其中日記

(十五)

種田山頭火




五月十九日

 晴。

さらりと朝湯によごれを流して。――
自分のうちのしたしさ、そしてむさくるしさ、わびしさ。
日本晴、めつきり夏めいた。
今日はアルコールなし!

五月廿日

 晴、風、そして曇。

暑い、暑い、汗、汗、友、友、酒、酒。

五月廿一日

 晴れたり曇つたり。

初夏の朝のさわやかなるかな。
こゝもタバコキキンである。
Fさん来訪、あたりさわりのない四方山話。

五月廿二日

 曇。

しづかに生きてしづかに死にたい
棕梠の花咲く、私の部屋の樹木としてはその木が一本あるだけ。
胡瓜一つ五銭だつた。
私はこのごろからことにふさいだりいら/\したりする、マヽ柑の花が匂ひ螢が飛びかふころは。――
山口まで散歩。
Yさん来訪、Hさんも、そしてほろ/\にしてもらつた!
夜明ちかく、ほとゝぎすが啼いた、一声、二声。

五月廿三日

 曇。

五月廿四日

 おなじく。

五月廿五日

去々来々、来々去々。

五月廿六日


五月廿七日

 曇。

自粛自戒、鞭は自分で持て
林芙美子女史の北岸部隊を読みて感動す。
三日ぶりに入浴して御飯を炊く。
Yさん来居、ありがたう。

五月廿八日

 晴曇。

重苦しい日であり夜であつた。

五月廿九日――六月九日


この間ブランク、それは渾沌とでもいふより外はなかつた。
“自省録”

“秋葉小路の人人”
  (身辺雑記風に)

  旧作二首
一杯の茶のあたゝかさ身にしみて
  こゝろすなほに子を抱いて寝る
   噫、マヽき弟よ
今はたゞ死ぬるばかりと手をあはせ
  山のみどりに見入りたりけむ

六月十日

 曇。“時の記念日”

徹夜だつた。――
身心すこし落ちつく、温泉はありがたいかな。
夕方、白船君来訪、君は変らない人、よき子、よき夫、よき父、よき祖父、そしてよき友、よき社会人であるとしみ/″\感じ入つた、うれしい来訪であつたが、気の毒な来訪でもあつた、すみませんでした、あしからず。
つゞいて千冬君来訪、白船君を送りだしてから、同道して山口へ出かける、Kで飲んだ、Yさんも来てくれた、酔うて夜更けて夢中で戻つて寝た。

六月十一日

 晴曇。

六月十二日

 梅雨入。

六月十三日

       梅雨らしく降れ。

六月十四日


やつぱりほんたうに落ちつけない、怏々として起きたり寝たり、悩ましい朝々夜々であつた。
とても愉快な一夜であつた。――

六月十六日

 晴。

七時のバスで、澄太君は西へ出発した、名残が惜しい、バスの見えなくなるまで見送る、……それから私は飲んだ、しやべつた、歩いた、酔つぱらつた。……
夜、Yさん来訪、Yへまで出かけて、また飲んだが、よい飲み方だつた。

六月十七日

 晴。

空梅雨らしく、なか/\降りださない。
身心おちついてこゝろよし。
Yさんと坊ちやんといつしよに湯にはいる。
晩酌、ほどよい酒であつた。
亡弟二郎を想ふ、彼は正直すぎて、そしてあまりに多感だつた、彼の最後は彼の宿命だつた、あゝ。

六月十八日

 晴。

明けるのを待ちかねて起きる。
朝湯、散歩、薊を折つて帰る。
Fさん来訪。
世の中はむつかしい、うるさいなあと思ふ。
散歩が安全第一、何よりもよい。
死を考へる、母、姉、祖母、父、弟、……そして妻を子を考へる。……

六月十九日

 晴。

早起。
近隣に対して、――父よ母よ、そんなに子を叱るなかれ。
身のまはりをかたづける、旅立つ前の用意として。
誰もさびしいのだ、みんな寂しき人々なのだとも時々は思はせられるが。――

六月廿日

 晴――曇。

八大龍王よ、雨降らしめたまへ。
どくだみの花はわるくない、入浴のかへりにはいつも摘んで来て、活けて楽しむのである。
昨日今日は古いゴム長靴を売つてさゝへたが!
死身の捨身だ
駅に遺骨を迎へて涙をあらたにした。
天地人有情非情に合掌する
夜は前の涼台に腰かけて、たれかれと世間話する、これも折々は面白い。
燃ゆる太陽、燃ゆる人間。

六月廿一日

 曇。

雨がほしいほしいといふ声ばかり聞える。
自粛自戒自重の事。
やつと雨になるらしかつたが、降るといふほど降らない。
米がなくなつた、銭はもとより。
今日は旧の端午だといふのに、――腹は空つても食べる物がない、水ばかりがぶ/\飲む。
Nさんに逢ふ、或る家で飲む、よかつた/\。

六月廿二日

 雨、よい雨。

ほどよい酔心地、銭を少々借ることが出来たのである。
ほどよく食べて、ぶら/\歩く。
何よりも米、そして酒である、私のやうな酒好にも。
酒は慎むべし、酒を慎めない私はしよつちゆう自分にかくいひきかせてゐるけれど、いつもだめになる。
酒は悪魔か酒は菩薩か酒は酒であるそして時として悪魔時として菩薩私次第で。……

六月廿三日

 曇――雨。

きのふのけふで、さすがの山頭火もへこたれてござる!
身辺整理、やつとかたづいた。
散歩、朝倉は好きな山里だ。
くちなしの花を貰ふ、なつかしいおもひでがある。
雷鳴、やうやく雨になつた、降れ/\、降らないと田が植ゑられない。
――とにかく酒をつゝしまうつゝしまなければならない
夕方、Yさんが雨中わざ/\来訪、酒と米とを買うて下さつた、ありがたし/\、ほどよく酔うてぐつすりと寝た、めでたし/\。

六月廿四日

 曇、ふつたりやんだり。

午前、ちよつと山口へ、少しばかり買物をする。
まことに喜雨だつた、たちまち旱魃解消、いつせいに田植が始まつた、一滴千金の慈雨とでもいはう。
午後、やるせなくたへがたいので一杯やつたがうまくなかつた。
散歩して野草に気を紛らした。

六月廿五日

 曇、梅雨らしく。

身心清掃!
さびしく焼酎一杯、そして入浴、そしてまた散歩。
私の窓へもいろ/\のものが来てくれる、蝶、蜻蛉、蜂、蜘蛛、それから雀、百舌鳥、――蠅と蚊とはおことはり。
近郊を散歩して、ふと二三基の墓石を見つけた、それには、在監中死亡者合葬之墓と刻んであつた、囚人の墓! 私はひそかに回向した。

六月廿六日

 曇。

夏の朝のよろしさ。
Kよ、ありがたう、――父としての私を考へる!
山口へ、買物いろ/\、ちよい/\コツプ酒!
不快事三件、バスに於ける彼、彼、店頭の彼女。
おもしろくもありおもしろくもない人生だ!
夕方、だしぬけにYさんがHを連れて来た、Kで飲んだが、あまり愉快でなかつた、Yさんの気持に同情する。
東漂西泊、おのづから死がおとづれる、そして野の鳥のやうに一生を終りたい。

六月廿七日

 晴曇。

平静、――清澄、U、S、そしてT君来訪、酒、魚、飯、……饒舌、呵笑。……
どくだみはよろしいかな、花も葉も。
向三軒両隣の人々

六月廿八日

 曇、時々明るくなる。

おちついてしづかなり。
Yさん来訪、たのしい酒を酌んだ。

六月廿九日

 曇。

先日来、飲みすぎ話しすぎたので、多少の憂欝は仕方がない。
入浴髭剃、これだけでもすこし気分が軽くなる。
D老人と話す、これも気分転換の一法。
Yさん、Nさん来訪、街のKへ出かけて飲む、酔つぱらつてみじめだつた

七月一日

 晴れたり曇つたり。

――自分で自分を持てあますとは何といふだらしなさだらう。――
午後、久しぶりに敬君来訪、なつかしく話しつゝCへ、それからさらにFへ、折よくM君も来訪、三人いつしよに飲んだ飲んだ騒いだ騒いだ、……Wさんはとう/\泊つてくれた。

七月二日

 曇。

……阿呆、馬鹿、……ぼうぼうばくばく……こんとんとして泥沼に落ちこんだやうな。……
夕方、Yさんがいつものやうに自転車で坊を連れて来訪、Wさんのお土産“三楽”を味ひつゝしみ/″\話したことである。

七月三日

 時々雨。

やゝ平静、降りきらない梅雨空を仰ぎつゝ溜息を洩らしつゝ。――
午後、酔つぱらつてI君W君来襲、三人の酔漢は今日もまたKへ出かけて、さらに/\酔つぱらつた、I君は猪になりN君は猫になり、私は兎になつた、そしていたづらに来てくれたY君を苦笑させた。……
I君をむりやり引張つて戻つたのは大出来だつたか。……

七月四日

 曇、風ふく。

防空訓練第一日。
禁酒、身心清掃に努力する。――
悔恨かぎりなし、自粛自戒せよ。
I君の苦悩が解りすぎて、私の苦悩たへがたし。
お互に慎しみませう、ああ済みませんでした!

七月五日

 曇――晴。

防空訓練第二日。
早起、入浴、読経、身辺を整理する。
近郊散策、雑草のよさを観賞する。
夜はN君来訪、月の出るころまで、くらがりで話す。
アルコールなし。――

七月六日

 曇、風物何となく不穏。

防空訓練第三日。
不眠、夜の明けるのを待ちかねて入浴、私が今日の最初の浴客であつた。
しんみりおちついた日であつた。
回光返照、おちつけ/\、しつかり/\。
十時、約の如くN君来訪、バスで吉敷地方を散歩する、龍蔵寺拝登、鼓の瀧を観る、初めて蝉を聴く、一杯の酒、数個の握飯、おいしかつた。
夕方、Yさん来訪、三人連れ立つてFで飲む、楽しかるべき会合があまり楽しくなかつた、うまい酒もうまくなかつた、Yさんの振舞は軌道を外れてゐた、私は何となく腹立たしかつた。……
山頭火よ恥づかしくはないか恥知らずめ

七月七日

 曇、そして晴。

――身心重苦し、自業自得なり、こゝで転一歩しなければ私は自滅するより外なし
何よりもアルコールを節すべし(禁ずることはとうてい出来ない)、自己を失はない範囲で酒を楽しむべし。
叱る声、泣く声、怒る声、笑ふ声、――市井の間にゐることを痛感する、裏小路だなあと思ふ。
文章報国――句作一念の覚悟なくては私は現代に生きてゐられない
D老人は病みて動けない、毎日逢ふ人々に同じ繰言を並べて、悶々の情をまぎらしてゐる、人事でない気の毒さである。
支那マヽ変二周年記念日、黙祷、回向、私も日本人である、日本人ならば日本人らしく行動せよ。
お粥と握飯とですます、むろん酒なし日也。
午後、呉郎君来訪(N君ではしつくりしない、矢島君をYさんと呼ぶよりも、やあさんといつた方がしたしめるやうに)、散歩、水泳、帰途、S君を訪ねる、Yさんに邂逅、三人同道して帰つて来て、内證で、ほんたうに内證でビールを飲む、Yさんは何か事情があると見えて泊ることになつた(今日、店頭で飲酒し警察で説諭された人もあつたさうな)。
月よろし、おそくまで話し合つた、Yさんはやうやく睡つたが、私はたうとう睡れなかつた。……

七月八日

 晴。

ほんにうつくしい朝だつた。
梅雨はいよ/\空梅雨らしい、夏日かゞやき炎天燃ゑる、――それにつけても私には自粛自戒が足らない。
隣は夫なしの奥さん、裏は妻なしの御主人、そして子供が多い、朝晩、子を叱る声が絶えない、気の毒でもあり皮肉でもある。
Yさんと共に入浴、朝飯をあげる、近来にない朝起だつたさうな、六時にはもう帰られた、長門峡行を約束して。
十時、Nさん来訪、すぐ連れ立つて湯田駅から上り列車へ乗り込む、山口駅からYさん同乗、おもしろおかしく話してゐるうちに長門峡駅に着いた。
山容水声、身も心も楽しくおどる。
中の茶屋まで歩く、河鹿が鳴く、青葉がそよぐ。
呉郎君やあさんそして山翁まさに子供にかへる
酒、ビール、鮎、鰻、飲みたいだけ飲み、ふざけたいだけふざける、……たうとう三人いつしよに泳いだ。
観光客ちらほら、むつまじいアベツクもゐた。
五時の列車で山口へ、そしてカフヱーOへ、私は気が滅入つて堪へがたいので、ひとり別れて帰つた、九時近かつた。
よい一日だつたがよくない一夜だつた、私は誰にともなく(いや自分自身に向いて)バカヤロウ! と叫んだ。……

七月九日

 晴。

憂欝やりどころなし、一杯ひつかけて我慢する。
自省、自粛、自戒。
呉郎さん来訪、昨日の話をして笑つたり悔んだり、焼酎を少し仕入れて酌みかはす。
蒸暑かつたが、すこし降つた、ありがたい雨ではあつた。
夕方、呉郎さんに連れ出されて山口へ散歩する、思慮の足らない私と若い呉郎さんとは軌道を踏み外してしまつた、K屋に於ける、街頭に於ける悲喜劇一齣はこゝに書くにも忍びない。
私たちはこれを契機として本然に立ちかへらなければならない。

七月十日

 曇。

自己を鞭打つ自己を殴れ
退一歩そして転一歩
嵐の前のしづけさ、嵐のあとのむなしさ。
とにもかくにも私は一人となつて旅に出やう、九州から四国へ渡らう。
床屋へ行く、いくらか気持がよくなつた。
裏の子供が便所に落ちたといつて騒いでゐる、私にもさういふ思出がある、幼いとき馬の小便壺に落ちたのである。
しばらく散歩、雑草を観てまいる。
大風一過の心持、こゝで転一歩しなければならない。
呉郎さん来訪、やあさんも、――よか/\!

七月十一日

 晴。

身心沈静。
朝早くから、裏の小父さんが隣の小母さんが子を叱つてゐる、なるたけ子を叱らないやうに。
真夏らしい、洗濯、そして散歩。
呉郎さん、やあさん、Fさん来訪。
夕方、呉郎さんといつしよに散歩して帰つてくると、また、やあさんとTさんと、そして知らないオヤヂが座り込んでゐる、雰囲気険悪、唯事ならずと直覚したが、果してK屋がやつて来たのである、私は頭を下げて、ほんたうにすみませんでした、私が悪かつた、あやまります、と詫びるより外なかつた、幸にして呉郎さんの手が解決してくれた、ありがたう/\。
私たちのダラシナサもカキセイマヽの登場でバクハツし、それでどうやら葛藤も解消したらしい。

七月十二日

 晴。

沈欝。――
退一歩そして転一歩、それから歩々精進
午後、呉郎さんと共に川で泳ぐ。
一切放下着(酒と句とは詮方ないけれど)。
夜、やあさんTさん来訪、電話で呉郎さんを招く、四人でKへ出かける、Tさん送別、私たち慰労のためである。
しんみり愉快であつた。

七月十三日

 晴。

気分快適、身辺整理、自省自制
けふも呉郎さん兄弟と共に泳ぐ。
夕方、Nさん来訪、Tさんに招かれてH屋へ行く、Tさん不在、不得要領で戻つて来た、そしておとなしく読書して熟睡した。

七月十四日

 曇、晴。

沈静。――
昨日までの私の生活はあまりに放慢だつた、安易すぎた、緊張せよ、精進せよ、喝。
人間世間深入りするなかれ
しきりに旅を思ふ、山を水を思ふ、散歩する。
Yさん来訪、暑かつた。

七月十五日

 曇。

身心平静、湯銭がないので散歩、夏の夜明の快さ。
なか/\雨が降りさうにもない、誰もが天を仰いで長大息してゐる。
無一文! 煙草も喫へなくなつた。
暑苦しい日だつた。
夕方、Yさんが坊ちやんを連れて来訪、酒煙草を買つて貰つた、気持ちよく酔うて歩きまはつた。

七月十六日

 晴。

茫々漠々、真夏の太陽が照りつける、……私はまさに身心のひでりにあえいでゐる。
Yさんの厚意で、いろ/\買物することが出来た、ありがたう/\。
夜はSさんFさんに誘はれて、素人演芸会を観た、私は今更のやうに、強い心臓の持主が多いのに驚嘆した。

七月十七日

 曇。

よく眠れたので、身も心も軽く明るい。
月草のよろしさ、浅漬のおいしさ、風の涼しさ。
ビールの空罎を売つて、今日の小遣にする。
日中あまりに暑いので――まるでムロの中にゐるやうなので、川へまで出かけて泳ぐ、川は大小の河童だらけだ。
Yさん来訪、Nさんも来訪。
とても暑かつたけれど、ずゐぶんよい日でもあつた。
夜明けにたしかにホトヽギスが啼いた。
虫を殺す――そのことにも私のヱゴイズムを見出したのである。
・遊興、遊蕩、耽溺、沈没。
来る者は拒まず去るものは追はず求めず斥けず
他を相手にせず自分を相手にする
・自己省察、自己鞭撻。

七月十八日

 晴。

何と美しい朝明! 遠くほとゝぎすが二声三声啼いた。
身心おだやかに朝湯を楽しむ、生きてゐることのよろこびの一つ!
旱魃苦! 八大龍王、雨をめぐみたまへ!
大根一本七銭、胡瓜一本八銭。
饐えた御飯を食べたが何ともなかつた、私もまだ乞食旅行が出来る!
ちかごろしば/\変な夢ばかり見るがどうしたのだらう。
Y老人の不平、――人間はいやではありませんからなう。――
午後、泳ぐ、昼顔一茎を摘んで戻る。
夕早くYさん来訪、めづらしく単身である、電話で呉郎さんを呼び出して、F屋へ行く、飲む、踊る、ワヤだつた、バカヤロウ!

七月十九日

 晴。

混沌として宿酔気分。
散歩、水泳、放談。
やあさん呉郎さん来訪、ビール、氷、干魚。……
夜はしづかに読書。

七月廿日

 晴。

四時起床、入浴、洗濯。……
今日は土用入、鰻が食べたいな。
自省自責の念たへがたし、何だか燃えるものが私のうちそとにひろがりつゝあるやうだ。
図書館まで散歩、山口は今日から祇園祭
白木槿を途上で見つけた、清楚そのものゝやうな。
昼はやあさんに奢つて貰つて呉郎さんとビールの飲み直し。
夜は祇園祭に出かけて白鷺の舞を観た。
あるときは死なむとおもひ
あるときは生きむとねがひ
還暦となりぬ

“酒を飲む者は閑をあるじとし”
“ひとり住むほど面白きはなし”
(芭蕉の言葉)

七月廿一日

 晴、一雨ほしや。

朝湯のよろしさ、朝蝉のよろしさ。
まつたく猛暑だ、油蝉熊蝉が鳴きだした。
身分しらべで巡査来訪、いろ/\話す、若いおとなしい巡査だつた。
何でも売れば売れる(窮すれば通ずる)、運よく今日は一杯代捻りだした、曰く、空炭俵六枚十八銭、古新聞十六銭、空罎七銭、合して四十一銭也!
あんまり暑いので呉郎さんを訪ふ、十郎ともいつしよに馬鹿話して馬鹿笑ひする、愉快だつた。
夕立来、まだ/\雨は足らないけれど万象いき/\として来た。
ううさんやあさん来訪、呉郎さんもやつて来て、酒、酒、酒、それから、それから、それから、――酒はうまいが、酔ふとやつぱり嫌なことがある。……
酒をつゝしむべし、つゝしまざるべからず、ひとりの酒を味ふべし、おちついてしづかに味ふべし。
自分にかへれ、自分の愚を守れ、すなほであれ、つゝましかれ、しやべるな、うろつくな。
人と人とは親しむべし[#「けものへん+丑」、233-15]るゝべからず、このごろことにこの感が深い。
・句作は飛行機の操作に似たり。
・熱時熱殺。

七月廿二日

 曇。

昨夜の今朝である、沈欝ならざるを得ない。
野を歩き草を踏んで自から慰めるより外なかつた。

七月廿三日

 雨――曇――晴。

退一歩せよ、自省自粛自戒。
福富さんがめづらしくも来訪、長谷さんと同道して、共に散歩、映画見物、浅マヽ低唱といつたやうなことになつたが、いつもとはちがつて気持がよかつた、多謝々々。

七月廿四日

 曇――晴。

なか/\思ふほどは降らない、すこしは降つたけれど、まだ/\。
健よ、ありがたう。
呉郎さん十郎を誘つて昼飯を食べる、それから風来居にいつしよに戻つて来てまた飲んだ。……

七月廿五日――七月廿七日


此三日間は空白にしておく、自分の修行未熟を見せつけられるばかりだつた、私はバカ/\/\ダメ/\を連呼してゐた。

七月廿八日

 晴。

身心やゝ軽快。
思ひ立つて佐野の妹を訪ねることにする、呉郎さんから本三冊借り受けそれを質入して、やうやく小遣をこしらへた、一時の汽車で大道まで、大道から歩いて、半年ぶりに思ひ出の多い門をくゞつた。
肉縁はなつかしい、同時にいやらしい、私は矛盾した心持を妹や甥に対して感じ、それにたへないで、引留められるのをふりきつて、七時の汽車で帰途についた。
小郡で飲んで飲んで飲みつぶれてしまつた。

七月廿九日

 晴。

朝早く河で泳いだ、いはゞ私の禊である、六根清浄、身心潔白、青天白日。――
章郎さんから少し借りて帰居。

七月卅日 卅一日


何も書かない、といふよりも書けないのである。

八月一日


混沌。

八月二日

 晴――曇。

沈欝たへがたし。
呉郎さんを訪ふ、不在、近在を散歩する。
ボロを売つていくらか出来た、呉郎さんから握飯を貰ふ。
まさに一刀両断すべし、前後際断、即今に徹すべし。
句集茶の花、おなじく背嚢を頂戴する、背嚢の真実にうたれた。
敬君来訪、つゞいて矢島さん来訪、呉郎さんもまた、酒とビールとチヤンポンでおもしろく飲んで酔うた。

八月三日

 雨。

早起、前の小路のラヂオ体操に和して遙拝黙祷。
恥ぢよ、慎めよ。
雨は降り足らないけれど、ほんにうれしいうるほひであつた。
腹工合がよくない、臥床読書。
夜、矢島さん来訪。
ひとり飲み、ひとり酔ひ、ひとり寝る、善哉々々。

八月四日

 晴。

身心何となく重苦しいやうな。
九時、組内の応召入隊者を駅まで歓送する、しんじつ頭がさがる、どうぞ、どうぞ。――
おちつけ、おちつけ、おちついてゐなければ自分のこともまた他人のことも解らない。
今日は来訪も徃訪もなし。
・酔へば極楽、醒めると地獄。
・徃いて還らぬ旅。
・合掌無心。
・有りすぎても困る、無さすぎても困る。
・銭、銭、銭!

八月五日

 晴。

気分すぐれず、散歩する。
いやな夢を見た、気分さらにすぐれず。

八月六日

 晴。

やつと米一升、そして豆腐一丁。
アルコールなし、矛盾した言葉でいふと、酒はうまいがアルコールはうまくない
向ひのおぢいさんおばあさんの仲のよさ、毎日見聞するにつけて感心するばかりである。
反省余録

“自画像”

八月七日

 晴。

四時半起床、入浴、清掃。――
今日は詩園同人が大挙して阿知須へ押しかけるといふ、私もHさんやYさんやSさんから誘はれたけれど、気分がすゝまないし、銭もないので断つた(まつたく無一文である!)。
――ひとりしづかにしてゐた。
靖国神社へ詣でる遺児部隊、涙の記事である。
何よりもうまいのは水であると思ふ、けつきよく味のない味ほんたうの味ではないかと思ふ。
永日、そして長夜、情ないけれど私の現実だ。
午後、近在散策。
タバコがなくなつた、諦めて禁煙。
夕飯はいさゝかのお粥ですます。
夕方、呉郎さん来訪、酒と下物とを奢つてくれる、煙草も貰つた、面白い話もした、近頃めづらしい快々的!
山口へ出かけて行つた呉郎さんが更けてから戻つて来た、泊めてあげる。……
夜はいつしか秋を感じるやうになつた、今夜は殊にそんな気がした、秋立つ日も近いな。

八月七日

 晴。

まいにち夕立が来さうで来ない、植物も動物も憂欝である。
呉郎さん寝床で長大息!
ウラのオヤヂのコヾト、トナリのオカミのコヾト、それはすべて子に対して妻への、夫への不平であり、要望である(彼等には夫も妻もゐないのだ! お察しいたします!)。
立秋気分十分、旅をおもふ。
壺に雑草を活けて飽かず眺める、すゞだま、夕顔、月見草、それ/″\のよさ。
腹ぐあいがよくない、食べすぎ飲みすぎのたゝり。
今朝、或る事実に於て、自分のきたなさ(身心共に)を見せつけられた!
――痩せましたね、と呉郎さんにいたはられた、痩せる筈ですよ。
やうやく健へ手紙――かなしいたよりを書いた、それを持つてしばらく散歩。
午後、T君来訪、誘はれて山口のT屋へ出かける、愉快な酒だつた、五時帰る、間もなくやあさん来訪、ちよつと話して、さよなら。
ひきつゞいてS君、呉郎さん来訪、やあさんまた来訪、H君、W君来訪、にぎやかなことだつた。
彼等は山口へ行つた、私は残つた、あゝくたぶれた。
ぐつすり眠つた、あけはなしたまゝで、――万歳!

八月八日

 晴。

毎日々々暑いことではある。
宿酔気分(私にはめつたにないことだ)。
胃が反抗して困つた、あたりまへすぎるあたりまへだ。
やたらに水を飲んでごまかす。
散歩、そして水浴、露草のなつかしい花。
偶然、機関銃隊に出くわした、兵隊さんの汗、それは私たちの涙でなければならない。
ふしぎにも短歌一首うまれた。――
機関銃隊真夏の真昼まつしぐら
  水をよぎり駈足で行く
S君徃訪、梅干を貰ふ、梅干のうまさありがたさ
呉郎さんについていろ/\聞かされた、或る事が暴れて謹慎を余儀なくされてゐるとのこと、私にも責任がある、あれこれ考へて胸がいたくなつた。……
やあさんがいつものやうに坊ちやんを連れてやつて来た、今日は自動車を買つてもらつておとなしかつた、助かつた。
夕方、呉郎さんが顔を見せてくれたのでほつとした、お互に自粛自戒を語り合つた、まもなくS君も来訪、三人で十時頃まで話した、いつもの猥話が主だつたが、ヘロ吸引病者の話は興味深かつた。
やすらかに睡つた。
今日は立秋だつた、吹く風が秋をさゝやいてゐる、私も旅に出かけよう。……

八月九日

 晴――曇。

気持よろし、自粛自制を誓ふ、忍ぶものは救はるべし自制なきところにはおちつきなし
前の路地で、いつものやうにラヂオ体操、今朝はいつもより緊張してゐるやうだ、観てゐて――参加すればさらに――ほゝゑましき風景なり。
十二時頃、沛然として夕立がやつて来た、よい雨だつた、ありがたい雨だつた、何よりも農家の歓喜が思ひやられる。
夕立のあとのしづけさ、一句たちまち出来た。
午後、山口へ散歩するつもりで出かけたが、気がすゝまないので、途中からひきかへした。
――米も煙草もなくなつた、こゝに缺食老人あり、誰か御馳走してくれませんか!
呉郎さん来訪、夕餉頃まで雑談、お辨当を頂戴した、おいしかつた、うれしかつた、夜は漫談しながらやあさんを待つたが、あやにく来てくれなかつた。
――待つもの来らず――さびしいなあ!

八月十日

 晴。

空々寂々。――
おはぐろとんぼがたくさんお寺の生垣をくゞりぬけてくる、草の葉にとまつて、しづかにしづかに翅をひろげたりたゝんだりする、――こゝは一坪にも足らない空地であるが、悪童の出入を禁じ雑草の茂るまゝにしてある、私の花園だ、そしてとんぼやてふてふの極楽である。
古新聞を売つて、やうやく二十銭捻出した、それはすぐナデシコとなりトウフとなつた。
豆腐は昔風なのがよい、絹漉は嫌ひだ、ことにヤツコで食べるときには。
どうにも堪へきれなくなつて酒造会社から五合借りてちび/\飲んでしまつた、うまかつた(弱虫め、卑怯者め!)。
酔うた、酔うて悠然として雲を眺めてゐた、善哉善哉、そして唄つた。――
何をくよ/\川端柳
米山さんから雲が出た……
呉郎さんを訪ねる、上り込んで本を読んでゐたが、誰も出て来ないので帰る、途中、Hさんから少し借りる、酔中厚顔とでもいはうか。
白米一升四十銭、さゝげ豆一束二銭、茹鮹一本十二銭。
夕方から呉郎さん兄弟といつしよに山口へ出かける、M店でやあさんもいつしよになり、それからカフヱーRからTへ飲みまはつた、そしてこゝで私は失敬して一人帰つて来た、ずゐぶん酔うてゐた。
今日はほんたうに飲みすぎた、カフヱーへはいつたのもよくなかつた、まことに過ぎたるは及ばざるに如かず、自制力に乏しい自分を罵りつゝ寝た。……
草叢の中で、もうこうろぎがうつくしいしらべをうたうてゐた。
水、水、水ほどうまいものはないと思ふ
・自分で自分に腹が立つうちはまだ見込があると思ふ。
・ヤイトウの思出
 母よ恋し

八月十一日

 晴。

胃のぐあいがよろしくない、自業自得である。
久しぶりに入浴、床屋へは行きたいが行けない。
酒代家賃を請求された、はて、何としたものか!
Fさん来訪。
やあさん来訪、昨夜の出来事を聴く、心配したが、夜、呉郎さん十郎さん来訪、そしてその詳細を聴く、お互に謹慎しなければなりませんね、謹慎々々。

八月十二日

 晴。

身心沈静。
ぢつとしてゐると、何となくいら/\してくるので、そこらを散歩する、雑草ののび/\とそよぐ姿を眺めると、なごやかな気持になる。……
呉郎さん、約の如く来てくれた(持つて来てくれた!)、ありがたう、ありがたう。
――午後、九州へ出発した。

八月十三日 十四日 十五日


旅日記(別冊)

八月十五日

 晴。

――午後五時帰居。
何となく、うるさくさびしく感じた。
無相さんから久しぶりにたよりが来てゐた、しみ/″\読ませるたよりだつた、この秋には多分逢へるだらう。
払へるだけ払つて、そして白米一升豆腐一丁買つた。
盆といふたとて、私には何もない。
秋風らしく吹く、盆踊のマヽ鼓が鳴つてゐる。
のび/\と寝た、自分の寝床ほどやすらかなものはない

八月十六日

 晴、肌寒し。

数日ぶりに温泉浴、温泉はよいなあと思ふ、温泉があること、そのことだけが私を湯田にひきつけてゐる!
身心沈静、身辺整理、心中清掃
呉郎さんを訪ねて、新聞を読ませて貰ふ、東京会談はやつぱり停滞してゐる。
何もお菜がないので、胡麻塩をこしらへる。
Sさんの死を呉郎さんから知らされて胸をうたれた、あの若さで死ぬるとは。――
いちにち涼しい風が吹きぬける、秋が駈足で来たのか。
山口へ夕の散歩、不在中に仲のよい中原兄弟が来訪されたらしい、すまなかつた、惜しいことだつた。
散歩の途上、早咲の曼珠沙華を見つけて、二三本頂戴する、机上らんまん、妖婦のやうな花だ。
夜、ふつと電燈が消えたので、外へ出て仰ぎ見ると、満天の星のうつくしさといつたらなかつた。
  自誓
その分を知るべし。
山頭火よ、お前はお前の愚を守れ

八月十七日

 晴。

五時前起床、子供と老人とは朝寝が出来ない!
木炭が買へないからそこらの雑木をひろひあつめて焚きつける、それでもありがたいことには、御飯が吹き御湯が沸いた。
当分降りさうにもない、まつたく雨のない夏ではある。
身心整理、市中大掃除日も近づいて来たよ。
呉郎さんを訪ふ、何だか声をかけたくなかつたので逢はないで戻つた、私はどうかしてゐるな!
午後は散歩、図書館まで行つて新聞を読む。
水涸れて水饑饉のいたましさ。
真昼、川向に火事があつた、人が走る、消防自動車が唸る。……
夕方、酔うて呉郎さんと下井田さんと縺れて来た、シヨウチユウ一杯よばれて、ぐつすり睡つた、めでたし。
酒は微酔に限る、とつく/″\考へるやうになつた。
酔態のいやらしさみじめさ、他人を観て、自分を顧みて。

八月十八日

 晴。

平静、そしてだん/\沈欝になる。――
今朝からまた絶食だ、炊く米がなくなつたからでもあるが。
新秋のさわやかさ、散歩でもしようとしてゐるところへ、呉郎さん十郎さんうち連れて来訪、正午のサイレンが鳴るまで雑談。
朝は塩茶、昼は砂糖茶(砂糖だけが少しばかり残つてゐた)、さて晩は。……
呉郎さんが親切にも握飯をたくさん持つて来て下さつた、昼飯として早速その半分だけ頂戴する、多謝々々。
どうやらかうやら夕飯にもありつけた次第。
どこへ行つても誰に逢つても、水がない、一雨欲しいといふ話ばかりである、今年は当地方は六十年ぶりの旱魃とのことである。
夕方、やあさんが思ひがけなく子を連れて来訪、愛宕様に禁酒の願掛をしたといふ、善哉々々、矢島家万歳である、自から誓つた事は必ず自から守りたまへ、私は改めて君を見直すことにする。
Fさん来訪、地方の小新聞記者といふものについて考へる。
呉郎さんを訪ねたが不在らしいので、そのまゝ帰つて読書。
“貧閑自詠”

八月十九日

 晴。

けさも塩茶ですます、すます外ないのである。
今日明日は大掃除日、私も掃除する、空腹でぼろ畳を出し入れするのは辛かつた、午前中片づいたけれど、何しろ食べてゐないのだから、さうとうこたえた、うれしかつたのは十銭一つ壱銭一つ見つけたことだつた、さつそく入浴して、そしてナデシコを買つた!
心が楽しまない、沈みがちである、弱いかな、山頭火!
山口へ散歩がてら出かける、敬君を訪ふ、不在、U君を訪ふ、また不在(そのために嫌な頼みをいひださなくてすんだけれど)、帰途、S君の店に寄り、事情を話して白米一升快く貸して貰ふことが出来た、うれしかつた、ありがたかつた。
留守中、やあさん来訪、私が帰るところへ引き返して来たので、同道して帰居、しばらく話す、マヽ詰を買つて下さつた、酒代も頂戴した、私が早速酒屋へ出かけた留守中に君は、“酒は恐ろしいから帰りますよ”と書き残して帰つてしまつた、禁酒はなか/\むつかしいものである、君よしつかりやつてくれたまへ、君よ、私は久しぶりにうまい酒を飲んだ、ありがたう、すまなかつた。
おかげで、ぐつすり熟睡した。
身口意の三業合致
   考へること、言ふこと、行ふこと。
・有仏のところ留まる勿れ、無仏のところ走過せよ。(趙洲)
知性と感性

八月廿日

 晴、雨遠し。

今日から六日間防空訓練。
朝早く散歩する、河原撫子を採つて来て活ける、素朴な可憐な花である。
M老人の代筆をしてあげる、うれしい手紙を読まされ、うれしい返事を書いてあげた、別れた妻、十五年間、新らしい妻、不行跡、古い妻、――人生は走馬燈のやうに廻転する現実を観た。
菜葉を買ふことができた、煮る、漬ける、おいしいぞ、一把七銭、さうとうな値段である。
母が恋しくて、何かなしに泣く子、裏の子供は気の毒だな。
いろ/\さま/″\なことを考へさせられる。
夕立が来さうで来ない、暑い暑い日中だつた。
午後、やあさん、雑誌配達のついでに来訪、酒がないので――酒が飲めないので、お互に何だか手持無沙汰だつた、こゝが辛抱々々。
Sがだしぬけに来た、近々支那へ行くといふ、それはよいことだ、近々また来ますといふ、どうぞ、さよなら。
夕、山口まで散歩、燈火管制は暗くて陰気だつた。
十二時近く敬君来訪、すぐいつしよにならんで寝たが、何しろ蚊マヽも蚊とり線香もなくて、むさくるしいので、我慢しきれないと見えて、夜中、どこかへ逃げだしてしまつた、すまなかつた、すまなかつた。
私は蚊にくはれながら、うつら/\だつた。
 マイナスのない生活、せめて物質的にでも。
・D老人とM老人。
 (向ひの)(裏の)
・飢(餓鬼)
 別れた妻の動静(再会)

   戯作一首
 いくたびかやめんと誓ひ
 いくたびか死なうと思ひ
 アル中になる

八月廿一日

 晴。

未明起床、身心平静。
早朝から、となりもうらも子供相手に小言小言小言の連続。
あゝうるさいな、まつたくうるさい世の中ではある!
井戸の水も日にまし涸れてくる、釣瓶綱いつぱいにマヽみあげる水のありがたさ!
朝蜘蛛が頭上からぶらさがつて来た、かくべつよい事がありさうでもないのに。……
洗濯をする、洗濯はなか/\骨が折れる、女房の恩を思ひ出す。
散歩、図書館まで歩いて諸新聞を閲覧する、東京会談も決裂に近く、時局いよ/\重大、形勢は急迫しつゝある。
暑かつた、暑い暑い日である。
Nさんから、井師を通して、酒代――揮毫料――を頂戴する、半分は借金払、半分は買物、たちまち無くなつてしまつたが、Nさん、ありがたう/\。
酔老人と子供、――それはほゝゑましい風景であつた。
夕立が来たことは来たが、たゞばら/\雨に過ぎなかつた。
入浴、顔を剃つたりして気分を立て直す。
夜は燈火管制で暗いので、涼み台がおそくまで賑やかだつた。
あゝ何といふ悲しい夢だつたらう、私は自分の泣声で眼覚めた、老祖母のいたましい犠牲の場面だつた、私はぢつとしてゐるにたへなかつた。……
或る友との対話に於て、私は私の卑小を痛感した、そしてそれが私の貧乏――私のふしだらからくる――のためであることを自覚して、内心たゞ/\恥ぢ入るばかりであつた。

八月廿二日

 曇――晴。

朝湯、虫鳴く、秋だな。
朝酒ほろ/\、秋だな。
朝飯、菜漬のおいしさ、秋だな。
Kよ、ありがたう。
呉郎さん十郎さん来訪、三人ぶら/\山口へ、おでんや、料理屋、喫茶店、愉快に飲み食ひして談笑する、日が暮れる前に戻つて来たが、今日は飲むことも飲んだが、酔ふことも酔うた。
旅費がなくなつた、何とかしなければならない。
やあさん不在中来訪、お気の毒でした。
ぐつすり睡れた、ありがたし。

八月廿三日

 晴曇。

ぼう/\たり、サケはナミダかアブラかチかアセか。……
饐えた飯をわざと食べる、流浪に堪へ得るかどうかの試練でもある。
気分がすぐれないので朝酒一杯二杯三杯!
呉郎さん来訪、昨日の事を話して貰ふ、酔中の私を反省する、私も私らしくなつたやうである。
裏の子供に墨をすらせて、半切二三枚書きなぐる、それをやあさんの店に届け、ついでに図書館へまはつて新聞を読んで戻る。
暑い、暑い、乾く、乾く。
白木槿いよ/\美しい、好きな花である。
午後、やあさん父子来訪、いつしよに昼寝する。
夜は再来するといふやあさんを待つたが、待ちぼけだつた、少々腹立たしくなつたけれど、そのために数句作れた。
しづかに読書して快眠。
市井雑記のうち――
裏の子供ら、“汝の性のつたなきを泣け”
――雲はなぜ動くの――子供の疑問。
――お月様が駈けつとる、とつてやろ――おなじく。
ある娘
彼女は彼のかくし子だつたのか。

八月廿四日

 曇。

五時前起床、炊事をしておいて入浴。
早朝だしぬけにやあさん来訪、呉郎さんよんで来て、ちよつとおわかれの言葉など、さよなら、ごきげんよう。
こらへきれなくなつて、ちよい一杯!
井戸水がいよ/\涸れて濁つて来た、貰ひ水をしなければなマヽくなつた、断水の悲鳴が新聞をにぎはしてゐる。
今日も防空事務所へ、四時から五時まで勤務。
夕方、やあさんううさん同道して来訪、酒、飯、そして悪筆を揮ふ。
酔態あさましかつたらう、いやらしい夢を見た、若さがまだ残つてゐる故だといへないこともないけれど。

八月廿五日

 晴。

朝、防空訓練は解除された。
前の涼台で四方山話、世間はうるさいけれどまたおもしろい。
晩酌一杯、あゝうまかつた、緑平老の友情に感謝する。
夜しばらくそこら散歩、おだやかな睡眠。

八月廿六日

 晴。

いよ/\長旅に出かけるべく身辺整理。
散歩がてら図書館へ、途上で一句拾ふ。
世界の情勢はまさに発火点に達したらしい、その前夜といつた緊迫ぶりである、いつの時代でも戦争は絶えない。
胡瓜五銭、おいしく昼飯をいたゞいた。
貧しいけれどつゝましい日であつた。
つく/″\思ふ、人間の死所を得ることは難いかな、私は希ふ、獣のやうに、鳥のやうに、せめて虫のやうにでも死にたい、私が旅するのは死場所を探すのだ
いやな夢を見た、小人夢多とでもいはう。

八月廿七日

 晴、風ふく。

陰暦七月十三日、祖先の恩恵を考ふべし。
焚きつけの木切を拾うてくる。
まづすなほであれ。
貰ひ水、朝一杯、昼二杯、夕一杯(二升入の小バケツしか持つてゐない)。
今日も散歩がてら図書館へ。
欧州の情勢は一触即発といはれ、和戦の間紙一枚といはれるが、ほんたうに戦争が勃発するかどうか、神さまだけが知つてござる!
山中の校庭を歩く、感慨多少、市場に寄つて買物少々。
ひつきよう、人間の生活は飲むこと食べること!
早く旅に出たいが用意が整はない。――
いひかへると、旅費の工面がつかない、――いら/\する、この旅は、私にとつては、捨身懸命的である、ひたむきに良心的に歩かう。
時々風があたりを吹きまくる、颱風が近づきつゝあるさうな。
夕となればまた一杯やりたい、独り者の気楽さ、貧乏のはかなさ。
よい月夜、そして捨てられた仔猫がしきりに鳴いてゐる、私はどうすることもできない自分をあはれむほかなかつた。
つゝましくすなほに今日を送つたことはうれしい。
自己抑制でなくて自己解脱でなければならない。

私たちは時勢や環境の影響を受けないではゐられないけれど、私たちは肚の底にがつちりしたものを持つてゐなければならない、時代や周囲に順応しつゝ、そして自分自らの道を進まなければならない。
動いて動かない心である。

無芸無能の私に出来る事は二つ、二つしかない。――
 歩くこと(自分の足で)
 作ること(自分の句を)
私は流浪する外ないのである、詩人として。

   水のおもひで
“水の話”
   水についていろ/\。

八月廿八日

 曇、風模様、秋冷、雨すこし。

沈静。――
風よ吹くな、雨よ降れ、金の雨、銀の雨、降つてこい、降ることは降つたが、ばら/\雨にすぎなかつた、雨は今まさに一滴千両であるが。
人を憎むよりも己を責めろ、おのれを正せ自己批判は飽くまで峻厳でなければならない。
やうやく本格的に句作するやうになつた、喜ぶべき哉。
何となく切ないものがこみあげてくるので、酒を借りて飲んだ、酒は一時のなぐさめにしかならないけれど、ほろ/\酔ふと、とにかく愉快になる。……
内閣総辞職とは驚いた、日本もいよ/\更始一新だ。
白紙に返れ、人生は時々ブランクがあつてもかまはない。
身のまはりをかたづけてさつぱりした、無一文はちとさびしい。
アルコールのきゝめで、宵からこん/\うつ/\寝こんでしまつた、いろ/\の錯覚におそはれた、……旅人の夢だ。……
・動くものは美しい、水を観よ、雲を観よ。
・他国に依存する国家がいたましいやうに、他人依存の個人はみじめだ。
・求めない生活態度、拒まない生活態度、生活態度は空寂でありたい、私に関するかぎりは。
・自分を踏み超えて行け。

八月廿九日

 晴、風強し。

午後、図書館へ、途中ところ/″\枯るゝ田あり、傷心たへがたし、欧洲は緊迫情勢のまゝ、大命阿部大将に降下した、組閣早かるべし。
どうでもかうでも原稿を書きあげなければならなくなつた。
となりへ今日は旦那さんが来てゐるらしい、うらへは別れた妻君が来てゐる、私は一人でしづかにしづかに中外日報を読んでゐる!
午後、ひよつこり樹明君来訪、豆腐と魚とを貰つた、酒はわざと遠慮した。
待つてゐたけれど樹君も敬君も来てくれなかつた、Iもまた。
めづらしく号外の鈴が鳴る。
さびしいゆふべではあつた。
今宵は陰暦七月十五夜だが、月は冴えなかつた、たゞ風がさわがしかつた。
・およそ誠意のないところに友情は成り立たない。
 わざとらしさを去れ。
・酒は三合、ビールならば二本、ほろ/\酔ふたらそのまゝ睡るべし、その他の火酒は口にすべからず。
・つゝましく、けち/\せずに。
 のび/\として、くよ/\しないで。
・世に旧友ほどよろしきものはなし。

八月卅日

 曇、風、晴、風。

ゆつくり六時すぎまで朝寝(いつもは朝飯が六時)。
――今朝、旅立つつもりだつたが。――
香を※(「火+主」、第3水準1-87-40)いて自省自戒、遙拝黙祷。
裏の洗濯川もとうたう涸れてしまつた、赤ちやん持の妻君は閉口してゐる。
“風がふくので年とつたやうな気がする”とD老人が誰かと話してゐる、市井の風
魚肉は好きでもありうまいと思ふけれど、食べてゐるうちにたまらなく腥いと感じることがある、獣肉はうますぎる、だからもたれ気味になる、やつぱり新鮮な野菜にしくものはない。
午前、図書館へ、途上二句落ちてゐた。
この風の中で半鐘が鳴るとは! 山火事ださうな。
Sから手紙、うれしく読んだ。
午後、意外にも呉郎さん再出現、夕方まで雑談。
やあさん夕方来訪、てつちやん今日はおとなしい。
無相君から私のはがきの珍妙を指摘してくる、その筈だ、四国の木村君へのそれと九洲の木村君へのはがきとが宛名をまちがへて書かれたのだ、どうやら山頭火耄碌らしいぞ!
猫のいやらしさ、猫の心のいやしさを見せつけられて不快になつた。
今夜の月はうつくしかつた、風に磨かれて冴えきつてゐた。
近来珍らしい良夜であつた。

八月卅一日

 快晴、風が涼しい。

千人湯最初の浴客として未明一浴、塩茶一杯、それだけで絶食(正確にいへば缺食だらう)。
Sへ手紙を書いてわびしい気持になつた。
旅行延期、身辺整理、一切放下着、々々々。
このごろの朝夕の散歩はたのしい。
貧乏のきたなさを見た、いはゆる清貧に対して、これは濁貧とでもいふべきだらう!(乞食になりきりえないみじめさでもある)
うたゝねのはかなさ。……
呉郎さんを訪ふ、不在、山口へ出かけて、S君から切手を貰つて手紙を出す、U君から当面の米代を借りる、途中一杯ひつかける、とてもうまい一杯だつた、帰つて来て、さつそく米を買うて御飯にありつく、何だかがつかりした!
夕方、やあさん来訪、顔色がよくない、何かあるなと予期してゐたら、一切をぶちまけて私の意見をたづねた(不幸にして私の直観はまちがつてゐなかつた、お互に苦しいことだ)、それはまことに非常時の非常時である、君は冷静に判断して誠意を以て事に当りたまへ、死の覚悟があるならば、そして誠実の一念を失はないならば、難関突破は成し遂げられるだらう、くれ/″\もヤケになりたまふな、飽くまでもマコトを以て貫きたまへと話した(今の私が君に与へうるものはこれだけである、私は私の腑甲斐なさを恥ぢる)、君は喜んでいつた、……私は合掌して、君の幸福を祈つた。……
やあさんのおかげで晩酌一本、ありがたう/\。
こゝろよくねむつた。
・私は喜んで恩に着るが、恩を着せられるのはまつぴらだ、――これが私の気質である、私は某君に対して、いつもかく感じないではゐられない、許してくれたまへ。
空々寂々、是非の中で是非にしばられない、利害の中で利害にとらはれない、――動いて動かない心である。

九月一日

 おだやかに明けて晴。

興亜奉公日、関東震災記念日、二百十日、――等には極めて意義ふかい日であつた。
朝浴、身心清浄、遙拝黙祷、自粛自戒。
割木一把弐十弐銭とは! 何もかも高くなる、そして貧乏人はいよ/\貧乏する。
ちよいと散歩、白い草花を見つけて活けた。
孤独を味はひ清閑を楽しむ、これが私の性天の命である。
午後、矢島さん来訪、君の復活精勤をよろこぶ。
夕方から山口へ、下井田君を訪ねて新聞を読む、思ひがけなく長谷さんに会し、招かれて下井田君と共に推参し、新婚の奥さんに紹介される、偶然また村田君も来訪、四人でしづかに話した(少しばかり酒をよばれたことはナイシヨナイシヨ!)、話してゐるうちに、蘇満国境戦の機微に触れ、我々国民はもつともつともつと緊張しなければならないことを痛感して憮然たるものがあつた。……
ひとりぼんやりいろ/\さま/″\の事に思ひを走らせる、蘇満国境をおのづから思ふ、子のこと、友のこと。……
矢島さん午後も来訪。
そこら散歩。
秋暑く、私は身も心も労れた、老いたのだ。
┌単独体
└配合体(元禄時代――)
叙述式(事象) 俳句的リズム
描写式(景象)   (内容律)

九月二日

 晴、けふもおだやか。

六時すぎまでゆつくり寝た。
いづれほどなく死ぬだらう捨猫が泣く、捨猫よ、汝の性のつたなきを泣け!
とんぼがはかなくとんできて身のまはりをとびまはる、とべる間はとべ、やがてとべなくなるよ。
朝、矢島さん来訪、一応帰店して新聞を持つて来てくれた、多謝々々。
独波がたうとう戦闘の火蓋を切つた(英は仏は伊は蘇は)、いよ/\世界戦争にまで展開するか。
新聞は私たちの生活からは離せないものとなつた、そして私は朝日を好む。
――つく/″\考へる、私は豆腐屋の売子にでもならうか! 友達のふところにすがることがいやになつた、すまないと思ふ、毎日毎月の赤字がたまらなく私を悩ます、私は省みて疚しくない暮らし方をしたいと念じてやまない。
午後、曇つて来て夕立が来さうだつたが来なかつた、みんな失望した、あるものは絶望したやうにも見えた。
また米がなくなつた、また絶食しなければなるまい、それもよからう、食べすぎて困るよりも!
今日はめづらしく矢島さんが来なかつた。
情に溺るゝなかれ、情に流れては真実の句は打出されない。

 句作の場合
添へるよりも捨つべし。
言ひすぎは言ひ足らないよりもよくない。
おしやべりは何よりも禁物なり、言葉多きは品少なしとはまことに至言なり。
として、として句作せよ。

   (私の述懐一節)
――私はその日その日の生活にも困つてゐる、食ふや食はずで昨日今日を送り迎へてゐる、多分明日も、いや、死ぬるまではさうであらう、だが、私は毎日毎夜句を作つてゐる、飲み食ひしないでも句を作ることは怠らない、いひかへると、腹は空つてゐても句は出来るのである、水の流れるやうに句心は湧いて溢れるのだ、私にあつては、生きるとは句作することである、句作即生活だ。
――私の念願は二つ、たゞ二つある、ほんたうの自分の句を作りあげることがその一つ、そして他の一つはころり徃生である、病んでも長く苦しまないで、あれこれと厄介をかけないで、めでたい死を遂げたいのである(私は心臓麻痺か脳溢血で無造作に徃生すると信じてゐる)。
――私はいつ死んでもよい、いつ死んでも悔いない心がまへを持ちつゞけてゐる(残念なことにはそれに対する用意が整うてゐないけれど)。
――無能無才、小心にして放縦、怠惰にして正直、あらゆる矛盾を蔵してゐる私は、恥づかしいけれど、かうなるより外なかつたのであらう。
――意志の弱さ酒の強さ――ああこれが私の致命傷だ!

九月三日

 晴。

早起一浴、焼香黙祷。
待つもの来らず、さびしいな。
生物の執着――打たれた蠅のあがき――を見てあんぜんとした、生から死へうつる強い苦しみを見よ
閑窓静思といつたやうな朝々夜々。
日中の暑さ、朝晩の涼しさ。
雷鳴はちかづいたが夕立は来なかつた。
二時頃、中村さん来訪、話してゐるうちに矢島さんも来訪、新聞をありがたう。
暮れて呉郎さん十郎さん来訪(何といふ仲のよい兄弟だらう)、しばらく雑談してさよなら。
私もちよいと散歩して、ちよいと一杯(十郎さんありがたう)、おかげでぐつすり。
・自我をしつかり(否定的にも肯定的にも)。
・自意識を強く深く。
・自己揚棄。
赤字のない生活
    身心共に

九月四日

 晴。

今朝は寝すごした、それほど昨夜の一杯はこたえた。
シヨウチユウよサヨナラ
久しぶりに味噌汁をすゝる(先日来、味噌までは買へなかつたのであるが、今朝は偶然買ふことが出来た)、いはゆる馬鹿の三杯汁だつた。
向ひの縁台が朝から賑やかである、それを題材にして二句作つた。
家のうちにゐても、そとを歩いても、湯に入つても秋を感じる、秋もいよ/\本格的になつた。
ぢつとしてゐると、しづかなよろこびをおぼえる、閑静そのものゝやうな一ト時をよろこぶ。
午前中、呉郎さん十郎さん来訪、寝たり話したり。
新聞をありがたう。
欧洲の情勢はいよ/\急迫して爆発したらしい。
自主独徃といふ、それは外交に限らない、国家も個人も自主独徃であれ、それは孤立ではない、提携しても離反しても、常に自己を堅持することである、鼠のやうな存在でなくて獅子の如く生きぬくのである。
近来、酒に対する私の執着は(少くとも火酒に対しては)、めつきり冷却した(もと/\火酒は好きでなかつた、それは安くて強いから飲んだのであるが)。
酒を味へ、日本酒の味を知れ。
ほろ酔のよさを守れ。
酒中の趣はほの/″\としてのびやかなり

九月五日

 晴。

塩茶二三杯(食べるものは何もない)。
十時頃出かける、気はすゝまないけれど仕方なしに敬君を役所に訪うて少しばかり米代を融通して貰ふ、図書館へまはつて新聞数種を閲覧する、欧洲は戦火さんらんだ。
あゝこの一杯!(まさに此一戦だらう!)
帰つてくると、まもなく矢島さん来訪、酒代を頂戴する、ありがたう/\。
けさ、或る事に於て、自分のつめたさいやしさを見て、それが忘れられないで不快たへがたし。
一本飲む、さらに一本、……熟睡の熟睡。
水がすつかり涸れて、稲が枯れる、人も枯れさうだ。
あせるな/\、あせらないでどつしりとしてをれ。
――私の酒は三合にきまつた、いや、きめなければならないのである、三合以上はうまくない、よろしくない、三合三合、あゝ三合!

九月六日

 晴。

沈静――憂欝。
山口図書館へ、そして大神宮参拝。
不在中に矢島さん来訪したらしい、すまなかつた。
何と日中の暑さ、ことに今日はひどかつた。
小人夢多し、このごろいろんな夢を見る。……
・ルンペンとハンカチ
 彼は或る朝早く香水ひんぷんたるハンカチを拾つた。……
ダンサマ
 こんな言葉――それは封建時代の残滓だ――がこのあたりの人々の間にくりかへされてゐる。
┌あるときは悪魔のこゝろ
│しかすがに神にちかづく
└我にやはあらぬ

九月七日

 晴。

身心沈欝。――
けさも図書館へ、欧洲戦局は捗々しく発展しない、宣伝戦だけは鎬を削つてゐるけれど。
閑想閑読といつたやうな。――
午後、呉郎さん十郎さん某郎さん大挙して来訪、呉郎さんの袂銭で酒少し買うて来て、少し愉快に話して、さよなら/\、めでたし/\。
夜、あんまり暑苦しいのでしばらく散歩、そして熟睡。

九月八日

 曇――晴。

待望の雨はなか/\やつて来ない。
早起入浴、身心安静。――
午前は図書館行、木戸神社参拝。
朝蜘蛛果して好事の前兆であるか――果して好事到来だつた、K社から稿料落手、そしておもひがけなくT君から旅費として着金、ありがたや/\(Sから返事のないことは気がゝりだが――)。
午後また山口へ、三時半着の遺骨を駅で迎へる、さびしかつたけれど、私にはこれだけしか奉仕が出来ない、あはれむべし、かなしむべし。
鯖一尾十五銭、胡瓜一瓢十銭、のんびり晩酌一本また一本、ありがたし。
――とうたうHさんから借りて山口へ出かけて飲んだり食べたり、あゝ、あゝ。
あたりまへに戻つて、ぐう/\ぐう/\!
あたりまへといふことはさびしい、さびしすぎる、とき/″\は脱線すべし脱線せざるべからず!

九月九日

 曇、風、そしてやうやく雨!

迎酒二三杯。……
中原邸を訪ふ、しばらく雑談して戻る。
ぼう/\としてゐる、風が吹くので、さらにぼう/\。
吹く吹く、そしてたうとう降りだした、降れ降れ、よい雨、よい雨、慈雨、喜雨、金の雨、銀の雨、まさに一滴千金!
夜は呉郎さん十郎さんが酒と下物とを持参、しばしのわかれを惜しんで別れた、ほどよい酒だつた、しんみりしたわかれだつた。
お互の幸福を念じつゝ安らかに寝た。
逢ふは別れのはじめといふ、いつも一期一会である。

九月十日

 晴曇、時々雨、晴。

朝湯、あざやかな天地、虫声むせぶが如く、秋風流るゝやうに吹く。
朝、十郎さんが白米を供養して下さつた、ありがたい、これで当分は安心して暮らせる、呉郎さんも来訪、いよ/\おわかれ、さよなら、ごきげんよう。
昨夜の残肴冷酒をいたゞく、残り物によろこびあり!
午前中は図書館で。――
不在中に矢島さん来訪、失礼々々、夕方また来訪、無相君より来書、はるかに健康を祈る。
晩酌一本、ほろ酔きげんで揮毫、その色紙を持つて長谷さん徃訪、三人同道して帰宅、酒をおごつて貰つた(珍妙品の買物も頼まれた!)。
それから散歩、T君に逢つて、そして飲んだ、酔つた。
焦燥――昏沈、一杯ひつかけたが不眠、徹夜して句稿を整理した。
私は考へる、――私は自虐症なのだ!
      ┌あるがままに
・虚心 無我│
      └なるやうに
      ┌生活
・良心的  │
      └句作
┌米、米、米、――
│酒、酒、酒、――
└水、水、水、――

九月十一日

 晴。

――ほんたうに十郎さんにはすまないことをした、敬君宇君には憐笑され、矢君を憤慨さした、……あゝ……痴呆といふより外なし、恥知らずを恥ぢる事ばかりなり。

九月十二日

 晴。

終日終夜、昏々として眠る、生ける屍なり。

九月十三日


今日も臥床、読書をせめてもの慰藉として。
夜、樹明君来訪、停留所まで送る、酒をよばれた、いそがしい酒であつたけれどうれしい顔だつた。
われあさましく ┌昨日今日 ┐
酒をたべつつ  │生死の中の│
われを罵る   └一句なり ┘

九月十四日

 晴。

身心不調、……堪へがたきものあり、つゝましくそしてすなほに。――
自覚せよ自制せよさもなくば自決せよ
自己に籠れ愚を守れ
   秋葉小路をうたふ(一)
うらのこどもは よう泣く子
となりのこどもも よう泣く子
となりが泣けばうらも泣く
泣いて泣かれて明け暮れる

感動と句作
良心的生活
日本人的気魄

――私は俳句を人生で割り切つた(と自信してゐる)、そして人生を俳句で割り切らうとしてゐる、果してそれが私の可能か不可能かは解らないが、私は全心全身で精進してゐる。

現実的抒情――俳句の本質
日本的詩情
民衆的(必ずしも大衆的を意味しない)
日本人的気魄

ぐつと掴んでぱつと投げる
印象的――象徴的
単純

九月十五日

 晴――曇――雨。

朝浴、沈静、執筆、読書。――
私は隠遁する、しなければならない、私は隠遁して私の仕事――といつても句作するより外ない――に没頭する、それが私の本分を尽す所以である。
午前中は運動がてら図書館まで、折から博物館で開催中の乃木展を観る、今更ながら乃木将軍及び乃木家の方々には頭がさがる、私は衷心恥づかしかつた。
彼岸ちかくなつて彼岸花がそこらに咲いてゐる。
何とさびしいゆうべではある。
暮れ方から、やつと降りだした、降れ降れ、降つてくれ降つてくれ。
久し振りに雨の音に耳傾けた、雨は人をおちつかせる、ことに今夜のやうな雨の音は。
雨を聴き虫を聴きながらゆつくりと、そしてぐつすりと寝た。――

九月十六日

 曇――雨。

早起清掃、焼香念誦。
朝しばらく散歩、雨後のみづ/\しさ、人に逢へば人のよろこび、野を行けば野のよろこび、山に入つたら山のよろこびがあるだらう。
やつと小さい刈萱を見つけて活ける。
蟹を捕るとて大人も子供も川の中をざぶ/\歩いてゐる。
待ちうけてゐる人も手紙も来ないので、すこし沈欝になる、Sよ、早く来てくれ。
ぢつとしてゐるにたへないので、今朝も図書館へ。
労れた、労れた、私は労れてゐるのだ!
正午前、矢君来訪、しつかりやりたまへと祈る。
すつかり秋になつた。
午後はまた雨、よいかな、よいかな。
すなほにつゝましく、そしてわびしくせつなく。
今夜も不眠、起きて原稿を整理する。
旅に出たいなあ! 一日も早く出たいなあ!
私の遊蕩はいのちがけだ
やらうたつてやれない、だから、やるまいとしてもやるのだ!
酒乱の切なさよ!
あゝ。――

私は芭蕉一茶のことはあまり考へない、いつも考へるのは路通や井月のことである、彼等の酒好や最後のことである。

私は人間の中へ入りこみすぎた、あまりに多くの人間に接した。
いはゆる友達なるものから遠ざかれ。

それにつけても、旧友はありがたいかな。
緑、澄、樹、敬、等々君の如きは。

九月十七日

 雨――曇――雨。

朝湯のよろしさ、そして詮方なしの絶食はよろしくない!
日記整理、私が日記をつけるのは自己整理のためだ。
何もかも無くなつたやうな気がする、たゞだらしのない命が残つてゐる!
ひよろ/\山口へ、途中或る寺の盛物講とかいふ法要に随喜したが早々退出、下井田君を訪ねて米一升借りて帰る、古雑誌を燃やして、ともかく飯にする、お菜といつても何もないから胡麻塩で食べる、ありがたかつた。
――貧乏すりやこそ人の知らない苦労する、やれ/\、こりや/\。
午后、上田君来訪、自由律俳談一くさり。
鉦たゝきが懸命に鉦をたたいてゐる、お隣はお寺だから何となくおもしろい。
妙な夢ばかり見て、とかく寝覚がちだつた、ほんに年はとりたくないものですね、といつても、とる年はとらずにはゐられませんね。
言ふことは汝の言ふに任す行ふことは我の行ふままなり、――これが今の私の生活態度だ
暮るゝころ、新国道をしばらく散歩して、湯田もなか/\よいと思つた、どうやら私も山口から足が抜けなくなつてゆくらしい(私は前から山口は好いてゐるのだが)。
[#「木+霊」、282-1]
皮はとてもマヽガク実はとてもアマイ、栗が殻いかめしく実がうまいやうに。

九月十八日

 晴、秋日和である。

三時ごろ眼が覚めたので、そのまゝ起きて執筆。
窓をあけはなつて浴衣一枚では肌寒い、水もつめたくなつた、ことしは冬が来るのも早からう。
彼岸入、団子たべたや、どこからかころげてこないかな!
と書いたあと、今日は彼岸入でなかつた、私はどうかしてゐるぞ。
満洲事変記念日、いろ/\考へさせられる。
朝の散歩、足はおのづから野へ川へ、刈萱はよいな、四句拾つた。
D老人と立話する、或る老人の悶死、彼の後妻の薄情、等、等、等。
山口へ出かける、下井田君のところで新聞を読み、それから古本屋へ行つて、最後の一冊――机上の小辞典――を五十銭紙幣一枚に代へる、途中こらへきれなくなつて幾日ぶりかの一杯をひつかけ、そして焚付の木切を拾うて帰つた。
市場風景はあまりに人間の食気を見せつける、うるさくて、私のやうな貧乏人はかへつて恐縮する。
日射が机上の半分までさすやうになつた、それだけ秋が深まつてくるのである。
――おゝ井戸の水があるぞ、と大人も子供も歓喜の声をあげた、旱魃が訓へた人間の叫びである、どうやらこれで水饑饉も助かつたやうだ。
このごろこのあたりも死ぬる病人が多い、昨日は三人も死にましたと聞かされた、みんな私よりも若い人達だ。……
午後便で、“層雲”と“小さき者”と到着、層雲を手にすると、武二君の苦心を察しる、小さき者を読んでは微笑した、天地のかため男女のちぎりはおもしろかつた。
夕方、矢島さん来訪、何となく労れてゐられるやうに見える、大事にしたまへ、ほんたうに。
晩酌一杯、もう一杯ほしいのをぐつと抑へた、大出来々々々。
アルコールなしでは生きてゐられない自分をあはれむ
酒として味ふべしアルコールとして飲むべからず
酒は飲まして貰へるが飯はなか/\食はしてくれない皮肉な事実である
今日は近来にない多作だつた、多作な割合に自信が持てた、とにかく精進々々。
うまく睡れた、それもうれしい。
  自嘲一句
酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ
・貧乏は物そのもののねうちを解らせてくれる。
 そして物そのもののあぢはひをも。
 稲さま、ありがたい言葉である。
・私共はお天道様の光と親の光で育ちました、――と前の家の小母さんが誰かと話してゐたが、今だつてさうである。
・私が貧乏してゐるので、おまけに病気で働けないので、お天道様が水だけは涸らさないで下さる、――と前の家の小父さんの皮肉見たいな挨拶、なるほど、近所の井戸は涸れて、人々が貰ひに来るほどよい水が絶えないのである。

九月十九日

 曇――晴。

何となく沈欝、黙々として。――
私は深く考へそして強く生きなければならない
まつたく無一文になつた、最後の一銭ではマツチを買つた。
屑屋来い来い、空罎売ろう。
無相君より来書、いつもかはらぬ真情流露のもの、それにしてもみゆきさんの軽快(全快とは、私としては、いひきれない)を祈つてやまない。
今日は米が足りないからお粥にして食べた、何といふ大きな、そして消化のよい胃袋だらう!
夕方から山口散策、下井田君を訪ねて、新聞を読み月おくれの新日本を借りて帰る。
今夜はうそ寒い、一杯やりたいな、ゼイタクをいふな!
そのうちにいつしか眠つてしまつた。
・つら/\生き物の世界を観ずるに、およそこざかしきものは人間なり。
・そも/\銭といふものは、――あゝあゝ。

九月二十日

 小雨――曇。

今朝は早くから水腹で歩いて小郡へ出かけるつもりだつたが、すこし寝すごしたし雨も降つてゐるので中止。
まことに秋は反省思索の季節、自分が自分に還る時であることを身心に於て痛感する。
食べるものがないから食べない、時々は絶食もわるくない、わざ/\断食する人も少なくないではないか(その効験も著しい)。
断食は身心清掃工作だ
そゞろに寒い、浴衣をかさねる。
一文なしではどうにもならないので、破羽織を持つて山口の質屋まで出かけたが、私はそこで冷笑され拒絶された、私はそのまゝ帰つて来た、途中も帰宅後も考へつゞけた。――
私は侮辱されたが、反省して、改悟の念をより深く深めることが出来た、これは動いて動かない心の一端を実現したのである、転一歩でありそして進一歩だ
恥を知らないのではない、恥は恥として痛切に感じてゐる、恥ぢ入るがゆえに、抗がはないで守るのである、恥を生かすのである。
身心澄徹、いはゞ明鏡止水の境地、よろこぶべし。
水を飲んではしづかに読書、ひもじかつたけれどやすらかであつた。
澄太君の温情を無にして申訳ないけれど、私はしばらく旅立てさうもない、むしろ此際かたづくだけ身のまはりをかたづけることにする、そして安心して旅立つことにしよう。
悠々として雲を観た、空々寂々の風を逍遙した。
山頭火は山頭火であれば足る、山頭火は山頭火として生きぬけ、それがほんたうの道である。

九月廿一日

 曇、時々雨――晴、好晴、彼岸入。

朝霧、それは私自身のやうにも。
沈静、おちついて読書。
午前ちよいと散歩、下井田君の宅に寄つて新聞を読み、ハガキを貰つて澄太君へ旅立延期を詫びる、心苦しかつた。
腹が空つて、それで歩くので、さすがに私も少々へこたれた。
水よりもあたゝかいものが飲みたくなつたので、湯を沸かして、茶はないから塩を入れてすゝる、うまかつた、さつぱりした。
気まぐれ日和、私とても同様に。――
午后また歩く、句を拾うてうれしかつた。
散歩のついでに上田君を訪ねる、恥をおさへて事情を話して少しばかり借りる、ほんに快く貸して貰つてありがたかつた。
上田君は若いけれど濶達だ、光栄あれ。
まづ何よりも一杯、そして一服。……
さつそく御飯を炊いて腹いつぱい食べた、そしてまた/\散歩、しかし散歩は散歩でも午前と午后とは気分が違ふ!
あゝ三日ぶりの御飯! その白さそのあたゝかさあゝ、その味は貧乏しないと、餓えたものでないと、たうてい解るまい、涙がこぼれる味だ
絶食二日、つらいよりもせつなかつた、断食ならばさうではあるまい。
餓に自責が伴うから二倍の苦しさとなるのである
食べたいだけ食べた気持は、――のんびりゆつくりがつかりぐつすり、だつた!
   今日の買物
       ┌半杯┐
一金十五銭 酒│  │
       └半杯┘
一金五銭  はぎ
一金二銭  マツチ
一金四十銭 米一升
一金六銭  ハガキ
一金十銭  イリコ
   合計金七十八銭也┐
一金十銭  醤油二合 │  ┌ちようど┐
一金四銭  菜葉   │1,00│いつぱい│
一金八銭  なでしこ │  └だつた ┘
   合計金二十二銭也┘
一金四十弐銭 酒
一金八銭  タバコ
一金四十銭 米
一金五銭  茄子
一金十銭   魚
   合計金壱円五銭也

・半杯+半杯=一杯!

九月廿三日

[#「廿三日」はママ] 秋晴。

三日ぶりの朝湯だつた、やゝ寒いほどのこゝろよさ。
正身端坐、遙拝黙祷。
買物がてら散歩、とうたう図書館まで行つてしまつた。
ほうれん草二把四銭、茹でたら一握りしかない、おいしかつた、ことしは菜葉が乏しい、したがつて高い、菜葉のありがたさが身にしみる。
午后、矢島ちよつと挨拶して通過。
向ひの老人、県会議員選挙の依頼状を貰つたのがうれしいと見えて、出かけて来て、何とかかんとか自慢らしい話。
終日秋風、ひえ/″\としてよろし。
つゝましくすなほな――さびしいけれどなごやかな一日だつた、好日の中の好日だつた。
季節のうつりかはり、それにもまして、私は人間のうつりかはりを感じないではゐられない。
この二三ヶ月間に於ける私のかはりやう、周囲のうつりやうはどうだ!
私もやうやくにして私自身にかへることができた、どんなことがあつても、びくともしないおちつきを持つやうになつた。
君は君の道を進みたまへ私は私の道をたどる、それが人生だ。
大道はまつすぐに通じてゐるそしてあらゆる道を摂めて貫くその道が正しいかぎりは

九月廿三日

 快晴。

なか/\寒い、水道の水のぬくさよ。
胡麻塩をこしらえる、こしらえるうちに二句を得た。
午前中散歩、図書館まで、途上二句拾ふ。
市役所から私のうちへまでも選挙権係が来られた、御苦労さん。
秋日のつよさよ、何もかもすぐかわいてしまう。
午後、藤井さん久しぶりに来訪、あいかはらずの愚痴話。
何ヶ月ぶりかでやつと層雲句稿をまとめて送る、安心。

ゆふべはまた散歩、長谷さんを訪ねて文芸九月号を借りる。
今夜はおもしろい読物があつて助かつた。
いやな夢を見た、酒と女と友との夢だつたが。――

九月廿四日

 晴。

秋季皇霊祭、すなはち彼岸の中日。
行楽日和、学校には運動会が開かれ、山野には子供を連れてのハイカーが多い。
悪夢の断片をさらりと朝湯に流し、閉ぢ籠つて読書三昧、多少の沈欝気味。
朝飯は食べないで――食べるものがなくなつたから――塩茶二三杯、身心清掃工作としてわるくない。
待つものがある、なか/\来ない。
午前図書館まで散歩。
午后また山口へ、恥づべき方法で当面の生活費を捻出した、恥づかしかつたが、現在の私としては、それを敢てしたことに理由がないでもない、少くとも三つの理由がある、だが自己弁護することはよろしくない、私は好まないからこゝには書くまい。
金借道中、世相人相いろ/\さま/″\だ、村田君に邂逅してちよつと話す、金缺病の話をして笑つた、一杯ひつかけた、それからまた一杯、今日の一杯は許して下さい、二杯はよくなかつたが、ほんたうに熟睡した、アルコールのおかげだらう。

九月廿五日

 晴れたり曇つたり。

沈静、朝湯の中で私は私の極楽を感じた。
Sから来信、ありがたう/\、さつそく払ふ買ふ。
山口へ散歩、ついでに理髪、さつぱりした。
昼食、小鰯の酢漬、酒三合、私はまた私の極楽を感じた。
午后、小郡へ、樹明君は来客でゆつくり話せなかつたが、暮羊君から夕飯の御馳走になつた、久し振りの学校飯、おいしかつた。
八時帰居、それから飲んだ、そしておとなしく寝た。
私はだん/\偏狭になるらしい、私は酔中の私を信ずることが出来ない、あはれ/\!

九月廿六日

 晴。

昨夜の今朝、時雨だよ、一浴一杯。
山口まで散歩、方々に寄つて暇乞する。
よい月夜だつた。
100 宇
100 矢
100 伊
100 矢
050 中
150 改
300 豊
150 林
020 中    (1070)
040 樹
045 ナ(品)(11,550)
080 ナ(品)
040 F   (11,750)
100 な
080 長   (14,550)
050 〔本〕 (15,050)
100 上   (16,050)
150 〔本〕 (17,550)
10,000      18,550





底本:「山頭火全集 第九巻」春陽堂書店
   1987(昭和62)年9月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
※「100 宇」から「10,000      18,550」までの最後の横組部分は、縦組の中の横組ではなく、底本そのものが横組になっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2010年7月6日作成
2011年1月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について

「けものへん+丑」    233-15
「木+霊」    282-1


●図書カード