器用な言葉の洒落

薄田泣菫




 前号に細川護立侯のことを書いたから、今日こんにちはその御先祖細川幽斎のことを少しく書いてみよう。護立侯もかなり物識りだが、幽斎はそれにもましていろんなことに通暁してゐた。武術はいふに及ばず、その頃古今伝授を受けたたつた一人の男は彼だつたといふので、歌の方の造詣もほゞ察しることができよう。茶も上手で、とりわけ料理がうまかつた。この方では相当うぬぼれを持つてゐた利休なども、幽斎の前には一寸頭があがらなかつたらしく、ある時などはわざわざ頼んで、鶴の料理のお手前を拝見に往つたことがあつた。
 幽斎が頓才があつて、歌のくちなどが洒落てゐて、おまけに早かつたことは、かなり名高い話である。ある時、わが子の三斎と連れ立つて烏丸家を訪ねたことがあつた。主人の烏丸殿は細川が二人顔を揃へてゐるのを見て、
「細川二つちよつと出にけり」
といつて、ちよつかいを出された。
 すると、幽斎は即座に、
「御所車通りしあとに時雨して」
とつけたので、烏丸殿も感心するよりほかには言葉がなかつたさうだ。その日、幽斎が暇乞いとまごひして帰らうとすると、烏丸殿はわざわざ玄関まで見送つて出られたが、こつそり家来の一人に耳打ちをして、だしぬけに幽斎を後から玄関の式台の上に突き倒させた。(おそろしく近代的なお公家さまで、歌よみを優遇するよりも、いぢめることを知ってゐる。)そしてこの歌上手の老人が蛙のやうな恰好をして、まごまごしてゐる間に、
「細川殿、たつた今一首所望いたす。」
と浴びせかけたものだ。すると、幽斎は腰をさすり摩り起きあがりざま、
「こんと突くころりと転ぶ幽斎が
   いつの間よりか歌をよむべき」
とうたつたので、悪戯いたづらなお公家さんも手を拍つて嘆賞するよりほかに仕方がなかつた。
 また、ある大名が幽斎を困らさうと思つて、どうぞ歌一首のうちに「ひ」の字を十入れて作つてみてほしいと、難題をいひ出した。幽斎はちよつと思案をしたが、こんな手品師のやうなことは平素ふだん仕馴しなれてゐるので、何の苦もなく、
「日の本の肥後の火川の火打石
   日日にひとふた拾ふ人人」
と詠んでみせた。大名はこりずにまた難題を出して、今度は歌一首のなかに「木」を十本詠み込んでみせてほしいといひ出した。箱庭作りのやうに器用な幽斎は、何の雑作もなく、
「かならずと契りし君が来まさぬに
   強ひて待つ夜の過ぎ行くは憂し」
と、有り合はせのならとちと桐としきみと柿と椎と松と杉とと桑とを詠み込んで見せたものだ。すると、大名はぜんまい仕掛の玩具おもちやでも見せられたやうに首をひねつて感心してしまつたといふことだ。
 歌の話が出たから、これは幽斎のではないが、今一つ歌の話をつけ加へよう。連歌師の山崎宗鑑がある時さるお公家さまを訪ねたことがあつた。公家は宗鑑に、自分は近頃えらい発明をした、それは歌のどんなかみの句にでもくつゝけることの出来るしもの句だと、出来ることなら農商務省に願ひ出て専売特許でも取つておきたいやうなことをいひ出した。宗鑑がどんな句だと訊くと、公家は自慢さうに、
「といふ歌はむかしなりけり」
といふのだと答へた。宗鑑は鼻の上に皺をよせて笑つた。
「御前、これはやつぱりお公家さまのお詠みになつた下の句でございますね。私共の方ではちと趣向が違ひまして、かういふ下の句をつけます。」
といつて「それにつけても金の欲しさよ」といふ句を書いてみせた。公家はそれを口の中でよんでみて、そしてそれを自分の知つてゐる古今集や百人一首のいろんな歌にくつゝけてみた。ところが妙なことには、この下の句はどの歌にもよくついて、少しも縫目がみえなかつた。
「……それにつけても金の欲しさよ。」
 実際よくつくと思はれたのに不思議はなかつた。そのお公家さんは、貧乏な宗鑑と同じやうに金が欲しくて仕方がなかつたのだから。
 今一つそんな話をつけ足させてもらはう。――こなひだの欧洲戦役の当時、ある英国の軍医が、アメリカの野戦病院を見舞つたものだ。すると、泣きつらや、しかめつ面やの病人たちのなかに、たつた一人機嫌よささうににこにこ顔で病床に横たはつてゐる一人の年若な傷病兵が眼についた。傷はかなり重いらしかつた。
「何か御用はないかな、あつたら何でも伺ふよ。」
 軍医は患者の顔を覗き込むやうにして言つた。
「有り難う。是非伺ひたいことがあるんですが、……」傷病兵は相変らずにこにこしながら言つた。「あなたならきつと教へて下さるでせうよ。」
「伺はうぢやないか。言つて御覧。」
 軍医は短い口髯を引つ張つた。それを横目に見ながら、病人は口早に次のやうにまくし立てた。
“Well, doctor, when one doctor doctors another doctor, does the doctor doing the doctoring doctor the other doctor like the doctor wants to be doctored, or does the doctor doing the doctoring doctor the other doctor like the doctor doing the doctoring wants to doctor him?”





底本:「日本の名随筆70 語」作品社
   1988(昭和63)年8月25日第1刷発行
   1992(平成4)年4月10日第7刷発行
底本の親本:「完本 茶話 下巻」冨山房
   1984(昭和59)年2月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2014年7月16日作成
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