青磁の皿

薄田泣菫




 故人小杉榲邨すぎむら博士の遺族から売りに出した正倉院の御物ぎよぶつが世間を騒がせてゐるが、同院が東大寺所管時代の取締がいかにぞんざいであつたかを知るものは、かうした御物が小杉博士の遺族から持ち出されたといつて、単にそれだけで博士を疑ふのはまだ早いやうに思はれる。
 むかし鴻池家に名代の青磁の皿が一枚あつた。同家ではこれを広い世間にたつた一つしか無い宝物ほうもつとして土蔵にしまひ込んで置いた。そして主人が気が鬱々くさ/\すると、それを取り出して見た。すべ富豪かねもちといふものは、自分のうちに転がつてゐるちり一つでも他家よそには無いものだと思ふと、それで大抵の病気はなほるものなのだ。
 ある時鴻池の主人が好者すきしやの友達二三人と一緒に生玉いくたまへ花見に出掛けた事があつた。一こんまうといふ事になつて、皆はそこにある料理屋に入つた。
 亭主は予々かね/″\贔屓ひいきになつてゐる鴻池の主人だといふので、料理から器までつたものを並べた。そのなかの一つに例の秘蔵の宝物と同じ青磁の皿に、一寸したつまさかなが盛られたのがあつた。
 鴻池の主人は吃驚びつくりして皿を取り上げて見た。まがかたもない立派な青磁である。そばにゐる誰彼は幾らか冷かし気味に、
「ほほう、結構な皿や、亭主、お前とこはほんまに偉いもんやな。鴻池家で宝のやうに大事がつとる物を突出つきだしに使ふのやよつてな。」
と賞めあげたものだ。
 鴻池の主人は、皿を掌面てのひらに載せた儘じつと考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十枚並べた。亭主は吸ひつけられたやうに小判の顔を見てゐたが、暫くすると忘れてゐたやうに慌てて承知の旨を答へて、小判を懐中ふところぢ込んだ。
 鴻池の主人はそれを見ると、掌面の皿をいきなり庭石に叩きつけた。青磁の皿は小判のやうな音がして、粉々こな/\に砕けたと亭主は思つた。鴻池の主人は飲みさしの盃を取り上げながら言つた。
「あの皿はうちの物とそつくり同じやつた。同じ青磁の皿が世間に二つあるやうでは、鴻池家うちの顔に関はるよつてな。」
 そして眉毛一つ動かさうとしなかつた。
 一寸往時むかしの事を言つたまでだ。小杉家から出た宝物とは何の関係もない。





底本:「日本の名随筆 別巻9 骨董」作品社
   1991(平成3)年11月25日第1刷発行
   1999(平成11)年8月25日第6刷発行
底本の親本:「完本 茶話 上巻」冨山房
   1983(昭和58)年11月発行
入力:門田裕志
校正:高柳典子
2005年5月4日作成
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