胸の
心にうかぶ何もなし。
さびしくも、また、眼をあけるかな。
途中にてふと気が変り、
つとめ先を休みて、今日も、
まだ起きてゐる
秋の夜ふけに。
遊びに
取り出して
走らせて見る
本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
妻に言ひてみる。
旅を思ふ
朝の食卓!
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――
痛む歯をおさへつつ、
日が
冬の
いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ
深夜の
なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
手の
うっとりと
本の
途中にて
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。
しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。
酒のめば
胸のむかつく
何事か今我つぶやけり。
かく思ひ、
目をうちつぶり、
すっきりと酔ひのさめたる
夜中に起きて、
真夜中の
手先を
どうなりと勝手になれといふごとき
わがこのごろを
ひとり
手も足もはなればなれにあるごとき
ものうき
かなしき寝覚!
朝な朝な
下にして寝た
このなやみ、
ときどき我の心を通る。
みすぼらしき
今朝のかなしみ。
思ふ
何がなく
郊外に
なつかしき
故郷にかへる思ひあり、
久し
新しき
自分の言葉に
考へれば、
ほんとに
今日ひょいと山が恋しくて
山に
去年
朝寝して新聞読む
今日も感ずる。
よごれたる手をみる――
ちゃうど
この頃の自分の心に
よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。
年明けてゆるめる心!
うっとりと
昨日まで朝から
あのこころもち
忘れじと思へど。
戸の
笑う声す。
去年の正月にかへれるごとし。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
腹の底より
ながながと欠伸してみぬ、
今年の元日。
いつの年も、
似たよな歌を二つ三つ
年賀の
正月の
あの人の
世におこなひがたき事のみ考へる
われの頭よ!
今年もしかるか。
人がみな
同じ
それを横より見てゐる心。
いつまでか、
この
このまま懸けておくことやらむ。
ぢりぢりと、
夜となりたる
眼
時を
思ふ心を
過ぎゆける一年のつかれ
元日といふに
うとうと眠し。
それとなく
その
元日の午後の
ぢっとして、
心もとなさ!
手を打ちて
そのもどかしさに似たるもどかしさ!
やみがたき用を忘れ
途中にて口に入れたる
ゼムのためなりし。
すっぽりと
足をちぢめ、
舌を出してみぬ、
いつしかに正月も過ぎて、
わが
またもとの道にはまり
神様と議論して泣きし――
あの夢よ!
四
ただ一つの待つことにして、
今日も働けり。
いろいろの人の思はく
はかりかねて、
今日もおとなしく暮らしたるかな。
おれが
やらむ――と思ひし
いろいろの事!
牧場のお
バタかな。
夜ふけに立どまりて聞く。
よく似た声かな。
Yといふ
Yとはあの人の事なりしかな。
百姓の多くは酒をやめしといふ。
もっと
何をやめるらむ。
目さまして
年よりの家出の記事にも
涙
人とともに事をはかるに
わが性格を思ふ
自分と同じこと思ふ人。
自分よりも年若き人に、
半日も
つかれし心!
議会を
うれしと思ふ。
ひと晩に咲かせてみむと、
梅の
咲かざりしかな。
あやまちて茶碗をこはし、
物をこはす気持のよさを、
猫の耳を引っぱりてみて、
にゃと
びっくりして喜ぶ子供の顔かな。
弱い心を何度も
金かりに行く。
待てど待てど、
来る
机の位置を
古新聞!
おやここにおれの歌の事を
二三
引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、
女の写真!
忘れゐし写真!
その頃は気もつかざりし
昔の
今のわが妻の手紙の
眠られぬ
すこしでも
笑ふにも笑はれざりき――
長いこと
手の
この四五年、
空を
かうもなるものか?
原稿紙にでなくては
字を書かぬものと、
かたく信ずる我が
どうかかうか、今月も
あの頃はよく
平気にてよく嘘を言ひき。
汗が
古手紙よ!
あの男とも、五年前は、
かほど親しく
名は
姓は鈴木なりき。
今はどうして
生れたといふ
ひとしきり、
顔をはれやかにしてゐたるかな。
そうれみろ、
あの人も子をこしらへたと、
何か気の
『石川はふびんな
ときにかう自分で言ひて、
かなしみてみる。
ドア
病人の目にはてもなき
長
重い荷を
気持なりき、
この
そんならば
医者に言はれて、
だまりし心!
真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
話しかけて返事のなきに
よく見れば、
泣いてゐたりき、隣の
病室の窓にもたれて、
久しぶりに巡査を見たりと、
よろこべるかな。
晴れし日のかなしみの一つ!
病室の窓にもたれて
夜おそく
人や死にたらむと、
息をひそむる。
あたたかき日あり、
つめたく
病院に
すぐ寝入りしが、
物足らぬかな。
思ひてゐたりき。
子供なりしかな。
ふくれたる腹を
病院の
かなしみてあり。
目さませば、からだ痛くて
動かれず。
泣きたくなりて、夜明くるを待つ。
びっしょりと
あけがたの
まだ
ぼんやりとした悲しみが、
病院の窓によりつつ、
いろいろの人の
元気に歩くを
もうお
夢に母来て
泣いてゆきしかな。
思ふこと盗みきかるる
つと胸を引きぬ――
看護婦の徹夜するまで、
わが
わるくなれとも、ひそかに願へる。
病院に来て、
妻や子をいつくしむ
まことの我にかへりけるかな。
もう
それは
今また一つ嘘をいへるかな。
何となく、
自分を嘘のかたまりの
目をばつぶれる。
今までのことを
みな嘘にしてみれど、
心すこしも
軍人になると言ひ出して、
苦労させたる昔の我かな。
うっとりとなりて、
剣をさげ、馬にのれる
胸に描ける。
藤沢といふ代議士を
弟のごとく思ひて、
泣いてやりしかな。
何か一つ
大いなる悪事しておいて、
知らぬ顔してゐたき気持かな。
ぢっとして寝ていらっしゃいと
子供にでもいふがごとくに
医者のいふ日かな。
氷嚢の下より
まなこ光らせて、
寝られぬ
春の雪みだれて降るを
熱のある目に
かなしくも眺め
人間のその最大のかなしみが
これかと
ふっと目をばつぶれる。
痛みある胸に手をおきて
かたく眼をとづ。
医者の顔色をぢっと見し
何も見ざりき――
胸の痛み
さまざまの
泣きたきことが胸にあつまる。
寝つつ読む本の重さに
つかれたる
手を休めては、物を思へり。
今日はなぜか、
二度も、三度も、
いつか
表紙のことなど、
妻に語れる。
胸いたみ、
春の
薬に
あたらしきサラドの色の
うれしさに、
子を
熱高き日の
妻よ、思ふな。
運命の来て乗れるかと
うたがひぬ――
たへがたき
手をのべて
氷嚢のとけて
おのづから目がさめ
からだ痛める。
いま、夢に
閑古鳥を忘れざりしが
かなしくあるかな。
ふるさとを
かの閑古鳥を夢にきけるかな。
閑古鳥――
あかつきなつかし。
ふるさとの寺の
ひばの木の
いただきに来て
脈をとる手のふるひこそ
かなしけれ――
医者に叱られし若き看護婦!
いつとなく
Fといふ看護婦の手の
つめたさなども。
はづれまで一度ゆきたしと
思ひゐし
かの病院の長廊下かな。
起きてみて、
また
力なき眼に
やせし我が手の
いとほしさかな。
わが
その
目をとぢて思ふ。
かなしくも、
新しきからだを欲しと思ひけり、
手術の
薬のむことを忘るるを、
それとなく、
たのしみに思ふ
ボロオヂンといふ
幾度も思ひ出さるる日なり。
いつとなく我にあゆみ寄り、
手を握り、
またいつとなく去りゆく
友も妻もかなしと思ふらし――
革命のこと口に
やや遠きものに思ひし
テロリストの悲しき心も――
近づく日のあり。
かかる目に
すでに
月に三十円もあれば、
楽に暮せると――
ひょっと思へる。
今日もまた胸に痛みあり。
死ぬならば、
ふるさとに
いつしかに夏となれりけり。
やみあがりの目にこころよき
雨の明るさ!
そのときどきに変りたる
くすりの味もなつかしきかな。
病みて四
その
わが子の
すこやかに、
われの
まくら
まじまじとその顔を見れば、
逃げてゆきしかな。
いつも子を
うるさきものに思ひゐし
その子、五
その親にも、
親の親にも似るなかれ――
かく
かなしきは、
(われもしかりき)
「労働者」「革命」などといふ言葉を
聞きおぼえたる
五歳の子かな。
時として、
あらん限りの声を出し、
唱歌をうたふ子をほめてみる。
何思ひけむ――
わが
お菓子貰ふ時も忘れて、
二階より、
町の
新しきインクの
目に
いつか庭の青めり。
ひとところ、
その思ひを、
妻よ、語れといふか。
あの年のゆく春のころ、
眼をやみてかけし
こはしやしにけむ。
薬のむことを忘れて、
ひさしぶりに、
母に叱られしをうれしと思へる。
空を見る
長き病に。
おとなしき家畜のごとき
心となる、
熱やや高き日のたよりなさ。
何か、かう、書いてみたくなりて、
ペンを取りぬ――
わが妻の
ダリヤを見入る。
あてもなき
寝つ起きつして、
今日も暮したり。
何もかもいやになりゆく
この気持よ。
思ひ出しては
友の語る
恋がたりに
ひさしぶりに、
ふと声を出して笑ひてみぬ――
胸いたむ日のかなしみも、
かをりよき煙草の
何か一つ騒ぎを起してみたかりし、
いとしと思へる。
五歳になる子に、
ソニヤといふ
呼びてはよろこぶ。
*
ひとりかなしく今日も
猫を
その猫がまた
かなしきわが
今日もあやふく、
いひ
ある日、ふと、やまひを忘れ、
牛の
かなしきは我が父!
今日も新聞を読みあきて、
庭に
ただ一人の
をとこの子なる我はかく育てり。
父母もかなしかるらむ。
茶まで
わが
母の今日また何か
今日ひょっと近所の
呼べど来らず。
こころむづかし。
やまひ
死なず、
買ひおきし
薬つきたる朝に来し
友のなさけの
児を叱れば、
泣いて、寝入りぬ。
口すこしあけし寝顔にさはりてみるかな。
何がなしに
肺が小さくなれる
秋近き朝。
秋近し!
電燈の
さはれば指の
ひる寝せし児の
人形を買ひ来てかざり、
ひとり楽しむ。
クリストを人なりといへば、
妹の眼がかなしくも、
われをあはれむ。
ひさしぶりに、
ゆふべの空にしたしめるかな。
庭のそとを白き犬ゆけり。
ふりむきて、
犬を飼はむと妻にはかれる。