劉海石

田中貢太郎




 劉海石りゅうかいせき蒲台ほだいの人であった。十四歳の時にその地方に戦乱が起ったので、両親にいて浜州ひんしゅうに逃げて往って、其処に住んでいたが、その浜州に劉滄客りゅうそうかくという者があって、同じ教師について学問をした関係から仲が好くなって、とうとう義兄弟の約束をした。
 間もなく海石の両親が亡くなり、海石はその遺骨を奉じて蒲台の故郷へ帰ったので、二人の間の音問おんもんは絶えてしまった。
 滄客の家は頗るゆたかであった。年は四十になったところで二人あるこどものうち、長男の吉というのは、十七歳でゆうの名士となり、次男もまたりこうであった。滄客はそのとき、邑のげいという家のむすめを妾にしてひどく愛していたが、半年ばかりして長男が脳の痛む病気になって歿くなった。夫妻はひどくそれを歎いたが、間もなくその妻君も病気になって歿くなった。そして三四箇月したところで、長男の※(「女+息」、第4水準2-5-70)よめであった女も病気になってこれまた歿くなってしまった。そのうえにじょちゅうげなんもつぎつぎに歿くなったので、滄客は悲しみにたえられなかった。
 ある日、つくねんと坐って悲しんでいると、不意に門番がきて、海石が来たといって知らした。滄客は喜んで急いで戸口へ往って迎えてきた。二人はそこで寒いあついの挨拶をしようとした。ところで海石は驚いて言った。
「君は一家族が全滅するが、知らないかね」
 滄客はびっくりしたが、海石がどうしてそんなことを言うのかその理由が解らなかった。海石は言った。
「久しく逢わなかったが、君はこの頃、どうもしあわせが悪いようだね」
 滄客は泣きながら家の不幸を話した。海石もすすり泣きをしたが、やがて笑って言った。
「しかし、もう僕が来たから大丈夫だ、安心したまえ」
 滄客は言った。
「久しく逢わないうちに、医者の修業をしたかね」
 海石は言った。
「医者のことは知らない、家相と方位を見ることを、すこし習ったばかりだよ」
 滄客は喜んで、そこで家相を見てくれと言った。海石は中へ入って残らず家の内外を観まわったが、そのあとで家族の者を見たいと言いだした。滄客は海石の言うとおり、児、※(「女+息」、第4水準2-5-70)、婢、妾、家族全体を座敷へ集めて、それに一いち指をさして教えた。滄客の指が妾の倪に往ったところで、海石は仰向いて大声に笑いだしたが暫くその笑声がやまなかった。一座の者は何事だろうと思って不思議がった。と見ると、倪がわなわなと慄えだして顔の色がなくなったが、にわかにその体がすくんで、二尺あまりになってしまった。海石は文鎮を持ってその首を撃った。その音が缶を打つ音のようであった。海石はそこでその髪をひっつかんで、後脳のところを検べた。三四本の白髪が其処にあった。海石はそれを抜こうとした。女は頸を縮めて啼いて、
「此処を出て往きますから、どうか抜かないでください」
 と言った。海石は怒って、
きさまはまだ悪い心がうせないのか」
 と言って、その白髪を抜いた。白髪を抜くと同時に女は毛の黒い貍のような獣になった。一座の者はひどく駭いた。海石はその獣をつかまえて袖の中にれ、次男の※(「女+息」、第4水準2-5-70)の方を向いて言った。
「あなたはひどく毒を受けていらっしゃる、背にかわったことがあるでしょう、見ましょう」
 ※(「女+息」、第4水準2-5-70)は羞かしがってどうしても肩ぬぎにならなかった。それを次男がいてぬがしてみると、背の上に四寸ばかりの白い毛が生えていた。海石は針でその毛を抜きとって言った。
「この毛はもう古くなっているから七日おくれたなら、助からないところでした」
 また次男の背を見た。その背にも二寸ばかりの白い毛が生えていた。海石は言った。
「これは、一月あまりすると死ぬところだった」
 滄客はそこで婢や僕の背も調べてもらった。海石が言った。
ぼくがもしこなかったら、君の一家族は全滅するところだったよ」
 滄客は海石の袖の中に納れた獣のことを訊いた。
「それは何だね」
 海石は言った。
「狐の類だよ、人の神気を吸うて、不思議なことをする奴なんだから、人の死ぬのを喜ぶのだよ」
 滄客が言った。
「久しく逢わなかった間に、君は不思議なことをやりだしたが、君は仙人になったのじゃないかね」
 海石は笑って言った。
「師匠について小技を習ったまでだ、仙人じゃないよ」
 滄客はその師匠のことを訊いた。海石は言った。
山石さんせき道人だ、だが、僕は、この獣を殺すことができないから、師匠に献上することにする」
 海石はそこで帰ろうとして別れの挨拶をしたところで、袖の中が空になっているのに気がついた。海石は駭いた。
「しまった。しっぽのさきに大きな毛があったのを、まだ抜かなかったから、げて往ったのだ」
 一座の者は駭いた。海石は言った。
「首の毛を皆抜いてあるから、人に化けることはできない、ただ獣には化けられる、化けても遠くへは往っていないだろう」
 そこで室の中に入って往って飼ってある猫を見、門を出て往って犬をけしかけたが、それには異状がなかった。ぶたを飼ってあるおりけて笑って言った。
「此処にいる」
 滄客は其処に往ってみた。圏の中には豕が一疋多くなっていた。豕は海石の笑声を聞くと、とうとう寝て動かなかった。海石はその耳をつかまえて出た。しっぽに一本の針のようなこわい白い毛があった。海石がそれを検べて抜こうとした。豕は体を動かして抜かさなかった。海石が言った。
「汝はたくさん悪いことをしながら、まだ一本の毛を惜しがるのか」
 海石はしっかと豕をつかまえてその毛を抜いた。と、豕はそのまま貍になった。海石はそれを袖に納れて出て往こうとした。滄客が無理に留めたので飯をって帰った。海石は言った。
「この次は、何日比いつごろ逢えるだろう」
「どうも予定することができない、僕の師匠は、大きな願いを立てて、僕等を海上へ傲遊ごうゆうさして、衆生を救わしているから、二度と逢えないかも解らない」
 滄客は海石と別れた後になって、山石道人の名を静かに考えてから、はじめて悟って言った。
「海石は仙人だ」
 それは山と石の字を合わすと岩の字になるが、それは呂仙のいみなであった。





底本:「中国の怪談(二)」河出文庫、河出書房新社
   1987(昭和62)年8月4日初版発行
底本の親本:「支那怪談全集」桃源社
   1970(昭和45)年11月30日発行
※「毛の黒い貍のような獣になった」の箇所は、底本では「毛の黒い狸のような獣になった」でしたが、親本を参照して直しました。
入力:Hiroshi_O
校正:小林繁雄、門田裕志
2003年9月29日作成
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