魔の電柱

田中貢太郎




 昭和十年九月二十八日の夜の八時ごろ、駒込神明しんめい町行の市電が、下谷池したやいけの端の弁天前を進行中、女の乗客の一人が、何かに驚いたように不意に悲鳴をあげて、逃げ出そうとでもするようにして上半身かみはんしんを窓の外へ出したところで、そこにあったセンターポールで顔を打って昏倒した。
 その女客は浅草区西鳥越町の市川喜太郎と云う人の細君で、墓参ぼさんに往っての帰途かえりみちであった。市電の方では驚いて近くの河野病院へ担ぎこんで手当を加え、悲鳴をあげて逃げ出そうとした事に就いて聞いてみると、席の隣に全身血みどろになった幽霊がいたので、夢中になって逃げようとしたところであったと云ったが、その電柱は従来それまで、毎月五六名も頭をっつけて負傷をするので魔の電柱と云われているものであった。





底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社
   2003(平成15)年10月22日初版発行
底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社
   1938(昭和13)年
入力:Hiroshi_O
校正:noriko saito
2010年10月20日作成
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