想断々(2)

北村透谷




     兵甲と国家

 兵甲を以て国威を張るはへんなり。兵甲はむしろ国家を弱め、人心を危うするに足るも、以ておほいに国力を養ひ、列国にたらしむる者にあらず。国の本真ほんしんは気にあり。気若し備はらばげふ挙らむ。およそ業なくして勇を談ずるは、仮勇なり。業は以て地歩を堅うし、仮勇は以てみづからを危うす。

     請ふ米国を視よ

 米国はすなはげふの国なり。始めよりあへて国際間の武威をろうせず。而して各国之をおそる。何が故に畏るゝ、曰く、国民の元気充溢し、百般の業の上に其真勇をればなり。敢て兵甲を以て天下にほこらず、而も諸強国に対峙たいぢして遜色ある事なし。

     彼は迫らず

 蓋し彼は悠々として強弱の外に濶歩しつゝあるなり。彼は匠工なり、建設する事を心に留めて他を顧みず。蓋し猛虎もゆるが故に他をくわくす、然れども何の日か猛虎の全く餓ゆるなきを得む。猛虎の野にゆるや、其音おそる可し、然れども、其去れる跡には、莫然ばくぜん一物の存するなし、花は前の如くに笑ひ、鳥は前の如くに吟ず。の匠工に至りては然らず、其建設する所一として空しきはなし。彼れ能く堅固なる鉄檻を作る事を知る、彼れ能く猛虎を捕ふるの術を知る。猛虎も遂に幾間いくけん隘牢あいらうに甘んぜざるを得ざるの時なしとせんや。

     憐れむ可きは戦病国

 仏独相対して兵備日に厳なり。而して其中間に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)はさまれたる以太利イタリーは遂に如何いかならむ。邦運久しく疲れて産業興らず。民多くは一種固有の疾疼しつとうくるしむ。而して国境を守るの兵は日に多く、せたる民衆に課するの税斂ぜいれんは月に加ふ。先に拿翁の蹂躪じうりんに遭ひ、今後更に慮るところあり。昔日暴風雨をしのぎ、疾雷閃電の猛威を以て、中原を席捲せきけんし去りたる夢は今何処いづこにかある。平和の君、平和の君、切に此邦このくにを憐れまれん事を願ふ。

     闘犬

 戦ひに死してはいを敵に向けず、其勇は実によみすべし。然れども戦ふ為にうまれ、戦ふ為にたふる可きは、夫れ仏国か。一大魔ありて人間界を支配するとせば、彼は仏国を以て一闘犬となしつゝあるなり。何となれば仏人は国利の為に戦ふよりも、寧ろ戦ひの為に戦ふ。平和、平和、遂になんぢわづらはさざるを得ず。
(明治二十五年三月)





底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「平和 一號」平和社(日本平和會)
   1892(明治25)年3月15日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年5月18日作成
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