兵甲と国家
兵甲を以て国威を張るは
変なり。兵甲は
寧ろ国家を弱め、人心を危うするに足るも、以て
大に国力を養ひ、列国に
覇たらしむる者にあらず。国の
本真は気にあり。気若し備はらば
業挙らむ。
凡そ業なくして勇を談ずるは、仮勇なり。業は以て地歩を堅うし、仮勇は以て
自らを危うす。
請ふ米国を視よ
米国は
迺ち
業の国なり。始めより
肯て国際間の武威を
弄せず。而して各国之を
畏る。何が故に畏るゝ、曰く、国民の元気充溢し、百般の業の上に其真勇を
睹ればなり。敢て兵甲を以て天下に
傲らず、而も諸強国に
対峙して遜色ある事なし。
彼は迫らず
蓋し彼は悠々として強弱の外に濶歩しつゝあるなり。彼は匠工なり、建設する事を心に留めて他を顧みず。蓋し猛虎も
餓ゆるが故に他を
攫す、然れども何の日か猛虎の全く餓ゆるなきを得む。猛虎の野に
吼ゆるや、其音
懼る可し、然れども、其去れる跡には、
莫然一物の存するなし、花は前の如くに笑ひ、鳥は前の如くに吟ず。
彼の匠工に至りては然らず、其建設する所一として空しきはなし。彼れ能く堅固なる鉄檻を作る事を知る、彼れ能く猛虎を捕ふるの術を知る。猛虎も遂に
幾間の
隘牢に甘んぜざるを得ざるの時なしとせんや。
憐れむ可きは戦病国
仏独相対して兵備日に厳なり。而して其中間に
まれたる
以太利は遂に
如何ならむ。邦運久しく疲れて産業興らず。民多くは一種固有の
疾疼に
困しむ。而して国境を守るの兵は日に多く、
痩せたる民衆に課するの
税斂は月に加ふ。先に拿翁の
蹂躪に遭ひ、今後更に慮るところあり。昔日暴風雨を
凌ぎ、疾雷閃電の猛威を以て、中原を
席捲し去りたる夢は今
何処にかある。平和の君、平和の君、切に
此邦を憐れまれん事を願ふ。
闘犬
戦ひに死して
背を敵に向けず、其勇は実に
嘉すべし。然れども戦ふ為に
産れ、戦ふ為に
仆る可きは、夫れ仏国か。一大魔ありて人間界を支配するとせば、彼は仏国を以て一闘犬となしつゝあるなり。何となれば仏人は国利の為に戦ふよりも、寧ろ戦ひの為に戦ふ。平和、平和、遂に
爾を
煩はさざるを得ず。
(明治二十五年三月)