「
誰でも幸福の欲しくない人はありませんから、どこの家を訪ねましても、みんな大喜びで迎えてくれるにちがいありません。けれども、それでは人の心がよく分りません。そこで「幸福」は貧しい貧しい
この「幸福」がいろいろな家へ訪ねて行きますと、犬の飼ってある家がありました。その家の前へ行って「幸福」が立ちました。
そこの家の人は「幸福」が来たとは知りませんから、貧しい貧しい乞食のようなものが家の前にいるのを見て、
「お前さんは誰ですか。」
と尋ねました。
「わたしは「貧乏」でございます。」
「ああ、「貧乏」か。「貧乏」は
とそこの家の人は戸をぴしゃんとしめてしまいました。おまけに、そこの家に飼ってある犬がおそろしい声で追い立てるように鳴きました。
「幸福」は早速ごめんを
そこの家の人も「幸福」が来たとは知らなかったと見えて、いやなものでも家の前に立ったように顔をしかめて、
「お前さんは誰ですか。」
と尋ねました。
「わたしは「貧乏」でございます。」
「ああ、「貧乏」か、「貧乏」は
とそこの家の人は深い
「コッ、コッ、コッ、コッ。」
とそこの[#「 とそこの」は底本では「とそこの」]家の鶏は用心深い声を出して鳴きました。
「幸福」はまたそこの家でもごめんを蒙りまして、今度は
「お前さんは誰ですか。」
「わたしは「貧乏」でございます。」
「ああ、「貧乏」か。」
と言いましたが、そこの家の人が出て見ると、貧しい貧しい乞食のようなものが表に立っていました。そこの家の人も「幸福」が来たとは知らないようでしたが、なさけというものがあると見えて、台所の方からおむすびを一つ握って来て、
「さあ、これをおあがり。」
と言ってくれました。そこの家の人は、黄色い
「グウ、グウ、グウ、グウ。」
と兎は高いいびきをかいて、さも楽しそうに昼寝をしていました。
「幸福」にはそこの家の人の心がよく分りました。おむすび一つ、沢庵