山家ものがたり

島崎藤村




空に出でゝ星くずの明かにきらめくを眺むれば、おのれが心中にも少さき星のありて、心の闇を照すべしと思ふなり。涓々たる谷の小河の草の間を流れ行くを見れば、おのれが心中にも細き小河のありて、心の草を洗ふべしと思ふなり。哀壑に開落する花を見れば、おのれが心中にも時來つて開き時去つて落つべき花のあるべしと思ふなり。願はくは心中一點の星をして、思ふがまゝに其光を放たしめ、涓々たる心中の細流をして、流るべきの岸に流れ、洗ふべきの草を洗はしめ、ちいさき心中の花をして、おのづから開くべきの花を開かしめん。闇にひとしくとも心の空に飛びちがふ黒雲の多かりせば、いつか吹きはるゝ折もあるべきに、濁れりとも心の底に流れ湧く水の多かりせば、いつか澄みわたる折もあるべきに、かなしいかな悲夢いかづちの如くに飛んで心を襲ひ、いたづらにまぼろしのやつことなるこそくちをしけれ、山は靜かにして性を養ひ、水は動いて情を慰むとかや、内に動き、外に亂れて、山水我を顧るのいとまなく、我亦山水を顧るのいとまなく、泣いてのけよ、笑つてのけよ、破つてのけよと思ふことも幾度か。風流とはこゝなり、忍耐とはこゝなり、人は人なり、我は我なり、あきらめられぬことまであきらめて、人を罵る百枚無用の舌、別にみづからを嘲る千枚の具とならざらんや、おのれ今日迄の願ひは是なりしも、かくては心の星明かにはきらめかじ、心の水長くは流れじ、心の花あざやかには開かじ。空の星と共にきらめき、水と共に流れ、花と共に開かんには、よろしく情を奮ふべし、性を起すべし、心動くときはいよ/\動き、神躍るときはいよ/\躍り、泣いてのけ、笑つてのけ、破つてのけんと、身にあるまじき願ひを起して、さすがにすゞしき風流の殼を荷はせたまひ山水の間にうかれし昔しの人もありながら、わが不風流なるかゝる無分別の殼を背負ひ、覺束なくも迷ひ入りしはみよしのゝ花の里なりけり。ちり易き櫻の花にて半年の暮しをたつるといふこの里のことなれば、むさくるしき農家にいたるまで、戸をはづし、疊をあらため、障子を張りかへ、何屋何屋と門行燈かどあんどうまで出して、なくもがなと思はるゝ古毛氈ふるもうせんまで引きつめたるなど、反てひなのけしきなるべし。これは/\とばかりなぐりつけられし貞室翁の風流もありがたく、一目千本の霞をくゞりぬけて、藏王權現仁王門前にいたるころは、早や花に醉ふたる心地こゝち。門を右に見て石崖の傍に腰掛二つばかり並べたる、わづかばかりの出茶屋でぢややあり。こゝに腰かけて、汲んで出す湯に浮く櫻の花漬のもうれしく、これより西行菴までの道の程を尋ねたるに、まめ/\しき四十ばかりの内儀、これはこの出茶屋のあるじなるべし、襷をはづしながら、少くも五十丁はあるべしといふ、木樵きこりか炭燒の外には、通ふものなしとさへ聞きつれば、かゝる時こそ道案内の要はあれと、旅になれて覺えしほどを茶盆の上に置き、案内一人ひとり頼みたしといへど、内儀押しとゞめて承知せず。こゝなめり、望蜀の古事はふりたれど、あきらめられぬことは、どこまでもあきらめられぬなど、思ひとゞまるべきことも是にいたりていよ/\思ひとゞまりがたく、山奧といふことも承知の上なり。谷底といふことも承知の上なり。夜は狐の巣といふことも承知の上なり。狸の栖といふことも承知の上なり。天井の破れ、壁のこはれて、見る影の無しといふことも承知の上なり。それほどに言はるゝものならばと、内儀十二三ばかりの娘にみせをあづけて、二十分程も尋ね※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)り、やがて尋ねあきて歸り來れり、けふはこのあたり名うての宗匠の葬式に、人といふ人は皆その方へ往つてのけましたと、氣の毒なる挨拶ぶり。おのれも氣の毒なることに思ひ、然らば案内は頼むまじ、旅になれたる身、五十丁ほどの山道何かあらん、藤村ひとり行くべしと、痩我慢にも勇み立てば、内儀袖をひかへて、この娘をつれたまへ、路は迷ふほどのことはあるまじといふ。ひなにはめづらしからねど、かざりなき親切のうれしく、荷物迄預けて、やがてかの娘を伴ひて西行菴へと山路をたどりぬ。名を問へば、お花とて、極めて無心なる風情ながら、弱々しき足先に草履をはきて、おもしろげもなく、おかしげもなく、たゞ/\むつちりとして、われより先に行く有樣、年はわづかに十二なりといへり。一里先の村より手傳ひに來りしなりといへば、かの出茶屋の親類のものにてもあらんか、時々は石に躓き、坂にすべり、心許なき案内とはこのことなるべし。奧の千本といふところをいつしか通りこして、いよ/\山路をたどり行きぬ。よしの村白雲のうちにかくれて、藏王權現堂花の間にうづもれ、顧れば疊々として諸峯遠く連なり、山腹深く落ちて谷のかなたに飛びちがふは、山雲の風に亂るゝなり。山路きて鳴く鶯の、松杉の梢の間にかくれて、友を得顏に妙音を吝まざるも、いづこの谷の戸を出でしものならん。杉丸太を背負ひて山を下り行く杣人あり、いづこへ行くぞと案内の娘に尋ねたるに、あれは吉野川へ行くものなりといふ。いざこのほとりに一休みしてと、木の株へ腰をかけて、やがて笠の紐のとけたるを結ばんとするとき、見れば坂のかなたへ葬式の通れりと覺しく、白張提灯の菜の花に見えがくれして。
あれに見ゆるはいかなる人の葬式にやあるらんと、案内の娘に尋ねたるに、當時隱れもなき美濃派の名匠路雪が野邊送りの營みと知られたり。さてはすねものゝ一生みよしのゝ花の下にちりはてけむ、惜むべし世を捨てしといふにもあらでいつしか吉野の草の庵に退き、人に知られぬ風流に三昧すと聞えしが、思へばなぐりがきの一軸さへ好奇の人々の間にはこよなくもてはやさるゝを、おのれが如き其名をきゝしのみ、いまだ名句一つ見もせず聞きもせざるものすら、何となく惜まるゝ心地のせられしが、案内の娘いかにしけむ顏の色も蒼ざめて、今迄のむつちり急に口をひらき、東京のお客樣、かなしいことのござりますといふ。今迄のむつちり、あの山は何といふ山ぞあのけふりは何のけふりぞと尋ぬれど、よくは返事さへせざりし案内のむつちり、そのむつちり今急に口をひらいて、年にはませたるほどの言葉づかひするもあやしきに、聽けば宗匠が内證けしからぬことのみなり。さてもかなしきことを聽くものかな。案内の娘お花が家といふは、もと相應の身代ありて、この里にゆたかなるけふりを立てしものなりしが、父は二年前京見物にとて家を出でしより、うつて變りたる放蕩に身をくずし、ありとあらゆる家財飮みこかし、はては姉娘の衣類まで賣りひさぎ、猶飽きたらでや温順すなをなる母迄追出し、京より怪しげの女を家につれこみて、のめ、くらへと、明日あすをも知らぬ氣狂ひ三昧。落ちぶれて吉野川の鮎取とまでなりしものに、二十圓の金を返せといふが無理ならば、姉娘をよこせと路雪よりせがまれて、父親繼母が日毎の折檻もかなしく、さりとて強慾非道の路雪風情に身をけがすべきやと、百哀一身の袖の雫となりて、吉野川へ身を沈めし夜より、まだ百日とはならずといへり、あまりのことに驚きて身を震はし、しばし案内の娘の顏を眺めたりしが、折しも葬式の行列すでにそこ迄きかゝりて、聲も無く吾等の前を通らんとするに、見れば白張提灯の蝋燭のひかり、夜ならねばたゞ薄赤くして物さびしく、金色銀色の蓮華爛々として日光にかゞやけども、美を盡したる葬具一つとして哀しき種にあらざるはなし。棺のうしろに添ふて黄のころもを着け、置くや浮葉の露よりも目に立てゝ見る一點の塵なき清僧と思はるゝは誰ぞと、案内のお花に尋ぬれば、あれは上市村とやらの和尚樣といへり。次に黒の紋付の羽織を着、右の手に扇子を持ちながら、腰を屈めて行く人は誰ぞと尋ぬれば、あれはこの里の村長樣といへり。十徳を着たる人と茶の羽織を着たる人の間にて、金ぶちの眼鏡をかけたるは誰ぞと尋ぬれば、あれはこの村の乞食より成り上りて、今は京の四條とやらの金貸といへり。目元すゞしく色白く、艶にうつくしき姿して、うつむいて行く人を誰ぞと尋ぬれば、あれはこの村の小學校の教員といへり。羽織の折目正しく、かなしげに空のみうちあふぎて、傍目わきめもふらで行く人は誰ぞと尋ぬれば、あれは隣村の漢學の先生といへり、棺のかざりより、白張提灯のひかり、香花の色まで見極めて行く人は誰ぞと尋ぬれば、あれはこの村の畫工にて、年は漸く二十一といへり。色淺黒く、容貌物凄く、一歩行いては南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛と唱へつゝ行くものは誰ぞと尋ぬれば、あれは吾が親、吉野川の鮎取といへり。葬式の行列ものかなしく、はや吾等の前を通りぬけて、先に行く白張提灯の峯のあなたに隱れしころ、おのれ漸くのことに塵を拂ひて立ち上り、思へばおかしからぬは路雪の風流なり。よしの山の西行菴二度まで燒けて、またと再建する人もあらざりしに、一生の反古かきあつめて、かたばかりの西行菴を建立せしといふは彼なり。案内の娘の話にては、日頃の望みとありて西行菴の傍らに遺骸を埋め、こゝにうつくしき石塔立てんとか。凡骨空菴の守りとなりて、これより幾千年の春のあはれを見んといはゞ、一代の宗匠かくこそあるべけれと誰しも思ふべきに、けしからぬは路雪なり。おのれは其一生を聽きしこと人よりも甚深じんしんなれば、よしの山に退きて身に過ぎたる財を蓄へしこと、西行菴建立のこと、句集のこと、今またこの亡き骸を埋むる遺言のこと、そも/\觀念の果は是かと哀しく、東花坊のむかしなど忍ばれて道をいそぐに、春の日うらゝかに旅の笠にうつり、草鞋の指先あたゝかくして、空の色何となくうれひをふくめり。墳墓こそよく人の一生を語るものなれ。路雪の葬式を見て、道すがら吾心に往來するものは是なり。人を葬るの墓と、墓を葬る夏草との間には、夢と名のついたる蝶のありて、晝となく夜となく飛び迷ふなり。墳墓といふものよりは、疑ひ、怖れ、惑ひ、迷ひなどゝ名のついたる細き流れの幾筋となく湧き出でゝ、行衞も知れず夏草の茂みを分けて流るゝなり。これより西行菴へ下る谷道なりといふ。おのれ笠の紐をしめて勇み立ち、眺むれば春やいまだこの谷底へしとも覺えぬに、谷間の櫻鬱蒼たる杉林の間に白く、いよ/\行けばいよ/\春めきて、寂しく悲しかりし山奧とも覺えられず。これは一目千本の方へ行く道に相違なし。いづこの曲り目にてか道をあやまりしものならんと、案内の娘に尋ぬれば、娘笑ひてむつちりとして行く。こゝはいづこの花の山か。うらゝかに心も浮き立つ山のけしき、蹈み迷ふたり、あやまてりと、案内の娘の肩をたゝくに、例のむつちり素知らぬ顏にて谷を下り行く。かゝる山中にて案内の者にはぐれたらば、其時こそ東西も知らぬ旅の身の。いかばかりかなしからん、まゝよと案内の娘につき添ひ、行けば行くほどいよ/\いぶかしく、夢か、うつゝか、さき匂ふ滿山の花の梢は更なり、かくいふこの身迄夢の中にはあらずやと疑はれ、見上ぐれば花の色、雲のごとく、霞のごとく、空うらゝかに晴れ渡りて、草鞋の指先ます/\輕くなれり。西行菴はいづこぞと、案内の娘に尋ねたるに、こゝすでに西行菴なりといふ。屏風のごとくに立てる花の山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りて、見ればかなたの花の下に、赤の毛氈をしきつめ、なかに一人の僧、みめうるはしきあまたの女どもと酒酌みかはし、めづらしき肴などとりそろへて、樂しげに花を見る樣子なり。ひそやかに案内の娘にむかひて、あれに見ゆるは誰ぞと尋ねたるに、あれ/\あれが西行樣でござりますといふ。夢か。狐狸の業か。狐狸の業か。夢かと、咄嗟の間に千百の疑念をくりかへし、目をとづれば茫々たる枯草のなかに、さびしげなる木像の姿、東風の東より吹くとき、西風の西より吹くとき、雷電の上より襲ふとき、雨露をしのぐばかりの西行菴の風情、あり/\として心に浮べども、目を開いて見れば、何事ぞ、酒酌みかはし笑ひさゞめく一座のうちに、たはいも無く醉ふたる僧の風情。ひそかに/\眉へ唾をつけながら、額越ひたひごしに其姿をうかゞへば、眉といひ、目といひ、口元といひ、詫びつくしやつれつくしたるありさま、かねて吾心に畫いたる圓位のおんひじりなり。迷ふたりや藤村、眼前に美味珍肴をならべ、柳のまゆずみ細くかきて蘭麝のかほり袖に匂ふ女づれを相手の酒呑とは露知らず、かゝるところへはる/″\と尋ねよりしこそくちをしけれ。夢か。うつゝか。うつゝか。夢か。夢の人はうつゝの心を知らず、うつゝの人は夢の心を知らずと、たましひ何物にか奪ひ去られ、考ふべきことも忘れはてゝ、理もなく、非もなく、ぽろ/\と落つる涙は手に持ちし笠の上にかゝりぬ。あまりのことに二歩三歩退きて石の上に腰をかけ、目をねむりて口の中に讀むは、うろ覺えに覺え置いたる草堂集の一くぎり。中堂有神仙。煙霧蒙玉質。煖客貂鼠裘。悲管逐清瑟。勸※(「馬+施のつくり」、第4水準2-92-85)蹄羹。霜橙壓香橘。朱門酒肉臭。路有凍死骨。榮枯咫尺異。惆悵難再述。こちらへお出なさりませと手を取つて引き立てらるゝに、驚いて見れば、座中の人と覺しく、時ならぬ袖の匂ひさへいとしめやかなり。震へ立ち、立ち上り、行かじとすれば一座の人々皆ふりかへりて我を見るに、我ながら旅にもめたる羽織のほころび、草鞋のほつれ、笠の破れ、優美なる花見の人々にかようの風俗はづかしく、無理やりに毛氈のところ迄引かれ行きぬ。花見の座に貴賤老幼の差別はござらぬとやら。拙者この通り大酩酊をいたして居りまして、失禮ではござりまするが、ちとくつろいで御一緒に花見をいたそうではござりませぬか。わたくしは藤村と申しまする旅の者。わたくしは西行と申しまする浮氣者といはれて、張りつめし心も狹くちいさく哀しくなりしが、思へば今の應答、かねて愛讀せる對髑髏のうち、蝸牛庵がお妙との應答にそのまゝなり。これも大方髑髏風情ふぜいのわざくれか。さすがあはれにおかしき戀の物語などしてこそ、みやびとも風流とも申すべけれ、これはまた何たる不風流の髑髏ぞやと、泥のついたる草鞋をぬぎもせず、そのまゝ毛氈のはしより足を投げ出し、勝手と申しまするもおろかなれど、それでは少々拜借いたしますと言へば、はじめましてまづ/\ひとつとさかづきを差し出され、うけとるやうけとらぬになみ/\と酒をついだるは、蘭麝とやらんしめやかになつかしき袖のかほり。おのれ忽ちかたづを飮んで、思ひ返し、右の手に持つたる盃を下に置いて、野暮ではござりまするが。ハイ。このような酒は一口も喉へ通りませぬ。ハイ。西行樣。ハイ。さりとは哀しいことを拜見いたしまする。銀猫をなげうち、愛着のきづなを斷ち、あはれ芭蕉の破れ易きをいたみ、蜉蝣ふゆうのあだなるをかなしまれしといふは、誰のことでござりまするか。ハイ。悲、悲、悲の涙を呑んで、十二因縁の流轉のたまきを切り、幻、幻、幻のちまたに徘徊して、二十五生死しやうじのきづなをくりはて給ひしといふは、誰のことでござりまするか。ハイ。仙洞忠勤のおんむかし、九夏三伏のあつさにも、あせをのごひて終日ひねもす庭中にかしこまり。玄冬素雪のさむさにも、嵐を友としていさごに臥して龍顏のおんいきざしを守り、聊もそむき奉らじとふるまはれしに、寂寞じやくまくの風に心を破られて、草を枕としては松のひとりにならんとするを悲み、あはれ/\この世はよしやさもあらばあれと、花にむかつて涙をそゝがれしといふは、誰のことでござりまするか。ハイ。西行樣。ハイ。圓位樣。ハイ。上人樣。ハイ/\/\/\。書き捨てし反古などを何とお讀み下されてか。仰せらるゝような男でもござりましたならば。このように愚かはいたして居りませぬ。はかなき身。露の命。西行風情ふぜいが何を存じて居りましよう。酒のお相手とあらば。十盃や二十盃はおろか、何百盃なりと決して辭退はいたしませねど、いやはや左樣のことを仰せられましては、何ともお答にこうじまする。人生七十古來稀なりとやら。露をいたみ、雨になやみ、たわいもなき呼子鳥風情ふぜいにさそはれて、草の枕にやつれなどするといふは、凡そまんまるな月見ぬ人の申すこと。ハヽヽヽヽ花を見ては酒を飮みまするまでのこと。藤村樣御免なされと、生躰もなくそこに醉ひ伏しぬ。一人立ち、二人立ち、あちらの花見んと、一座の人々皆な立ち上り、西行と案内のお花と我とをのこし置き、杯盤の亂れたるもそのまゝにして、かなたへ行きぬ。顏にちりかゝる花もかなしくて、おのれやをら立上らんとするに。晴れやすく曇りやすきは花の空なり。風の東より吹くとき、西へ落つるものは花の雨なり。東へ落ち、西へ落ち、南へも落ち、北へも落つるものは人の心なり。今にも落ちかゝるべき空摸樣に、歡樂極つて哀傷多しとかや、うらゝかなる花の下をみづけふりにして、眼前のよろこび、たのしみ、優悠、歡樂、いつ流れ去るべきやと思ふ間もなく、一鳥啼きわたりて見るもの悉く雨となるべき勢なり。さすがに醉ひ伏したる上人、衣につたふ雫に驚かされてや、篠つくごとき雨にぬれて起き上りたまひしが、右へ行かんとしては左へよろめき、左へ行かんとしては右へよろめき、すゞしくたふとしと見ゆるおんまなこ酒に濁りて、顏は醉ふて朱の如く、姿は亂れて狂ふがごとく、仆れんとして前に石あり、のめらんとして後に石あり。上人樣。それはあぶなふござりますと、大音に呼べども聞き入れたまはず。霏々として風にちり、雨にちる落花の中、耳に入るものを何ぞと聞けば、さては上人のおん聲なめり。
惜まれぬ身だにも世にはあるものを
     あなあやにくの花のこゝろや
あら、仆れんとするおんありさま。上人樣。上人樣。上人樣。それはあぶなふござりますと、我をも知らず飛ぶが如くに馳せより、滿腹の痩せ力をこめてうしろより抱きとめんとするに、かなしやおん姿雨のうちに消えうせて、舞ひ立つものを見れば、一つの蝶なり。
無雷の花の雨、怒號しては梢を折り、颯々としては櫻を飛ばし、吹きすさび、荒れすさび、破れたる笠さへ奪ひとられて、雨聲漸くしづまりしころには、心ときめきし花の山もさびしくかなしき谷底と變じ、雲かとうたがはれし花の梢も鬱々たる老杉の林となり、さくら散りしきしあたりも枯れはてしまゝの草の露重く、山雲、長雲、獨りやたてる松の梢をはらつて、漠々茫々たる幽壑の空に飛びちがひ、めづらしき酒肴など取りそろへ、姿を鸞鏡にうつしては三月の春の花もはぢぬべき程の風情にて、のめ、くらへと、笑ひさゞめきし花見の座も、古像一つを安置せる廢菴のさまとはかはりぬ。さらさらとかすかに耳の底に流れ入るひゞきあり。ひゞきに近よりて何ぞと尋ぬれば、岩より落つる一すじの苔清水、かたわらなる石に彫りつけたるは、露とく/\こゝろみに浮世すゝがばやと讀まれたり。飛び立つばかりうれしくて、夢ならぬ證據はこの名句にて明かなり、さても酸鼻すべき夢のあるものかなと、いくたびか悲しき心を洗ひすまし、あれに見ゆる新しき卒塔婆こそ路雪の墓地ならめ、何たる老匠の心意氣ぞや、思へばいよ/\腹立たしく、心にくゝ、おのれがことも外にして眼前にちらつくあの卒塔婆引きぬきてくれんと、近よりて見れば筆の跡もいとあざやかに路雪居士と讀まれたり。お客樣、何をなされますといふは、たしかに案内のお花ならずや、あはれや盲目のわれ、夢のうちにありて何事をかなすと、覺めたるがごとく、醉へるがごとく、耳を貫いたるお花の聲に驚かされて、路雪の墓を尋ぬるに、知らずといふ。あはれにさびしき葬式の通りし覺えはあるべしと尋ぬるに、知らずといふ。さらば路雪の爲に身を吉野川へ沈めしは、姉娘ならずやと尋ぬるに、知らずといふ、上人の花見のことを尋ぬるに、知らずといふ。大雨のことを尋ぬるに、知らずといふ。夢か。夢か。さらば雨に飛んだる蝶の行衞はいかに。例のむつちり僅に口を開ひて、あれ/\そこに居りますといふ。見ればちいさき一つの蝶、己が手に持ちしすゝきの枯葉を離れて、お花が肩の上にとまりぬ。





底本:「藤村全集第十六卷」筑摩書房
   1967(昭和42)年11月30日初版発行
   1976(昭和51)年6月15日愛蔵版発行
底本の親本:「島崎藤村全集 第一卷」新潮社
   1950(昭和25)年10月
初出:「文學界 第十八號」
   1894(明治27)年6月30日発行
※初出時の署名は「藤村」です。
入力:杉浦鳥見
校正:officeshema
2021年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード