怪事件の第一ページ
まさか、その日、この大事件の第一ページであるとは
ふしぎな
まあ、
その日、春木少年は、この間から学校で仲よしになった同級生の
春木少年が、この町へ来たのは、ほんの一カ月ほど前のことであった。その前、彼は東京にいた。この町は関西の港町だ。
くわしいことは、いずれ後でのべる時があるから、ここには説明しないが、春木少年は、家の事情によって、とつぜんこの港町の
一時はずいぶんさびしい思いもしたが、清はこの頃ではすっかりなれてしまった。そして学校にも牛丸君のような愉快な友だちができるし、それから又港町のうしろにつらなっている
その日、清は、牛丸の
秋の日は、六時頃にはもうとっぷり暮れるので、午後三時に頂上を出ると、
そこで二人は、競走をして、山を下りることにした。
カンヌキ山を下りて、芝原水源地に近くなったところに、
カンヌキ山から出ている下り道が二つあった。東道と西道だ。この二つの道は、生駒の滝のすこし手前で出会い、いっしょになる。そこで春木少年と牛丸少年は、べつべつの道をとってどっちが早く生駒の滝につくか、その滝の前で出会う約束で、競走をはじめたのだった。
「ぼくは、だんぜん東道の方が早いと思うね。ぼくは東道ときめた」牛丸少年はそういった。
「そうかなあ。じゃあ、ぼくは西道をかけ下りて、君より早く、滝の前についてみせる」
春木少年は、牛丸が東道をえらんだものだから、やむなく西道を下りることにしたのだった。この決定が、春木少年を例の事件にぶつからせることになった。もしこの時反対に、牛丸少年が西道をえらんだら、牛丸の方が怪事件にぶつかったことであろう。
二人は、
秋の日は、まだかんかん照っていた。しかしだいぶん低くなっていた。
春木少年の方は、口笛を吹きながら、
二時間ばかり後に、彼はついに生駒の滝の音が聞える近くにまで来た。
「さあ、ぼくの方が早いか。それとも牛丸君が勝ったか。なにしろ牛丸君は、この土地に生れた少年だから、山の
春木の方は、そういうわけで自信がなかった。
ところが、実際は春木の方が、ずっと先についたのであった。
牛丸少年の方は、
そして三十分もおくれたことが、二人の少年の運命の上に、たいへんなちがいをもたらした。それは一体どういうことであったか。春木少年は、何事も知らず、生駒の滝の前へついて、
「しめた。ぼくの勝だ。牛丸君は、まだついていないじゃないか」
と、ひとりごとをいって、あたりを見まわした。滝は、
「おやッ」少年は目をみはった。
滝をすこし行きすぎた道の上に、
(どうしたのだろう)
様子がへんなので、清はおそるおそる、そのそばに近づいた。すると、いやなものが目にはいった。うつむいて倒れているその洋服男のかたく握りしめた両手が、まっ赤であった。血だ。血だ。
「死んでいるのか?」
少年が、青くなって、再び
重傷の老人
「あ、あの人は生きているんだ」春木少年は叫んだ。
叫ぶと、そのあとは、おそろしさも何も忘れて、
「もしもし。しっかりなさい。どうしたのですか。どこをやられたのですか」と、呼びかけた。
そのとき少年は、この血染めの人が、かなりの老人であることを知った。顔に、
老人は、苦しそうに顔をあげて、春木の方へ顔をねじ向けた。が、一目春木を見ただけで、がっくりと顔を地面に落とした。全身の力をあつめて、自分に声をかけた者が何者であるかをたしかめたという風であった。
老人は、うんうん
「しっかりして下さい。傷はどこですか」
と、春木はつづいて叫びながら老人を
しばるものがない。
どうしようか。そうだ。こうなれば服の下に着ているシャツと、それから
「これでよし。さあ出来た。おじさん、しっかりなさい。傷口に
そういって春木は、再び老人を抱きおこして、
老人は口から、赤いものをはき出した。胸をやられているからなのだ。少年は、絶望の心をおさえ、老人をしきりにはげましながら、傷口をぐるぐる巻いてやった。
その間に、老人は苦しそうにあえぎながら、目をあけたり、しめたりしていたが、少年がしてくれた傷の手当がすんで、しずかに地面にねかされたとき、
「あ、ありがとう。か、神の
と、しわがれた聞きとれないほどの声で、春木少年に感謝した。そのとき老人ののどが、ごろごろと鳴って、口から赤い泡立ったものがだらだらと流れだした。
「ものをいっては、だめです。おじさんは、胸に傷をしているのですからね」老人は、かすかにうなずいた。
「さあ、これからどうしたらいいか。ぼく、山を下りて、誰かを呼んで来ますから、苦しいでしょうが、しばらくがまんしていて下さい」
そういって春木は、老人のそばから立ち上って、ふもとへ走ろうとしたが、そのとき、老人が一声高く叫んだ。
「お待ち」
「えッ」
「そばへ来てください」
「なんですか。そんなに口をきくと、また血が出ますよ」
春木は、老人のそばへ膝をついた。
「もう、もう、わしはだめだ。あんたの親切にお礼をしたいから、ぜひ受けて下さい。今、そのお礼の品物を出すから、ちょっと、横を向いて下され」
「お礼なんて、ぼくは、いいですよ。大したことはしないんだから」
「いや、わしはお礼をせずにはいられない。それにこのまま、わしが死んでしまえば、
老人は、苦しそうにあえぎ、赤い泡をふき出しながら、少年に話しかける。その事柄は、
「ぼくは、
「ハルキ・キヨシ。いい名前だな。ハルキ・キヨシ君に、わしは、わしの
春木少年は、老人のいうとおりにした。
「キヨシ君。わしがいいというまで、ちょっと横を向いていておくれ」
老人は、へんなことをいった。しかし少年は、いわれるとおりにした。
老人は、ふるえる手を、自分の目のところへ持っていった。それから彼は、指先で右の目のところをもんでいた。そのうちに、老人の指先には、白い
「さ。これをキヨシ君に
老人は、気味のわるい贈物を、春木少年の方へさしだした。
なんということであろう。老人は気が変になったのであろうか。
春木少年は、まさか義眼とも思わず、それを卵か石かと思って受取った。
もらった
「これは何ですか。これはどんな
少年は、老人の義眼を、手のひらの上でころがしてみながら、
そのとき滝のひびきの中に、別の物音がはいって来た。ぶーンと、機械的な音であった。春木少年はまだ気がついていなかったが、老人の方が気がついて、びっくりした。
「おお、キヨシ君。悪い
「どうしたんですか。そんなにあわてて……」
「わしを殺そうとした
老人は、気が変になったように、わめきつづける。
春木少年は、重傷の老人がこの上あんな声を出していたら、
が、老人にたずねなくてはならないことが、たくさんあった。
「この卵みたいなものをどうすればいいんですか」
「な、中をあけてみなさい。早くかくれるんだ。だんだん空から近づくあの音が聞えないのか。早く、早く」
そういわれて春木少年は気がついた。頭の上からおしつけるような、ごうごうたる物音がしている。でも、もう一つ老人に聞いておかねばならないことがあった。
「おじさん。おじさんの名前は、なんというのですか」
「まだ、そこにぐずぐずしているのか」
重傷の老人は腹立たしそうに叫んだ。
「わしの名はトグラだ」
「トグラですか」
「
老人の声は、泣き叫んでいるようだ。
春木は、今はこれ以上、老人をなやませては悪いと思った。そこで、
彼が、岩のかげにとびこんだとき、頭上にびっくりするほど大きいものが、まい
ヘリコプターだった。竹とんぼのような形をした大きな水平にまわるプロペラを持ち、そして別にもう一つ小さなプロペラをつけた竹とんぼ式飛行機だった。
ヘリコプターは、宙に浮いたように前進を停止し、上下に自由に上ったり、下ったりできる飛行機である。だから、
そのようなヘリコプターが、
なぜであろう。ヘリコプターが、なに用あってまい下りてくるのであろう。
戸倉老人が、恐怖していたのは、そのヘリコプターであろうか。
春木少年は岩かげにしゃがんで、この場の
と、ぱっとあたりが昼間のように明るくなった。ヘリコプターが
「あッ」春木少年は、岩にしがみついた。
ぎらぎらと、強い光が、春木少年の左の肩を照らしつけた。
少年は、なんとはなしに危険を感じ、しずかに身体を右の方へ動かして、ヘリコプターの探照灯からのがれようとした。
しかし探照灯は追いかけて来るようであった。
春木は、岩にぴったりと寄りそったまま、身体を右の方へ移動していった。
すると、彼はとつぜん身体の中心を失った。右足で踏んでいた土がくずれ、足を踏みはずしたのだった。そこには草にかくれた穴があった。身体がぐらりと右へ
少年の身体は、深く下に落ちていって、やがて底にたたきつけられた。それは、わりあいにやわらかい土であったが、彼はお
気を失った少年のそばに、戸倉老人がゆずり渡した疑問の義眼が一つころがっていた。そして義眼の
空中
穴の中に落ちこみ、気を失ってしまった春木少年は、その直後に起った地上の
まったく、彼の思いもかけなかったような活劇の幕が、そのとき切って落されたのであった。
ヘリコプターから、とつぜん、だだだだッ、だだだだッと、はげしい機関銃が鳴りだした。
「うわッ、なんだろう」滝つぼの正面の道路の上に、少年の姿があらわれた。春木ではなかった。牛丸少年であった。彼はようやく
が、一瞬ののち、彼は戸倉老人の倒れている姿を認めた。また、つづいて起った銃声のすさまじさによって、はっと身の危険を感じた。
「あ、あぶない」牛丸少年は、身をひるがえすと、かたわらの大きな
そのときヘリコプターは、戸倉老人のま上まできた。
すると、ロープを伝わって、一人の男がするすると下りてきた。そのときロープの先は地上についていた。その男は、カーキ色の
老人は、死んでしまったように、動かない。
牛丸少年は、柿の枝につかまって、この有様をびっくりして眺めている。
作業衣の男は、ついに地上に足をつけた。ロープを放して、戸倉老人の方へ走りよった。そして膝をついて老人の身体をしらべだした。彼のために、老人は二三度身体を上向きに又下向きにひっくりかえされた。
しばらくすると、作業衣の男は立上って、手をふって、上のヘリコプターへ、
下の男は、分ったらしく、合図に両手を左右へのばした後で、ロープの端を手にとって、戸倉老人に近づくと、老人の身体をロープでぐるぐる巻きにしばりつけた。
それから自分は、老人よりもロープの上の方にぶら下った。
それが合図のように、ロープはぐんぐんヘリコプターの方へ巻きあがっていった。ヘリコプターは、宙に浮いて、じっとしている。この有様を、牛丸少年は、あっけにとられて柿の木の上から見ていた。
ところが、とつぜん作業衣の男が、片手をはなして、牛丸少年の登っている柿の木を
「うわッ。たまらん」牛丸平太郎は生れつきものおじをしない楽天家であったが、このときばかりは、もう死ぬかもしれないと思った。彼は目がくらんで、
「柿の木の上で、目はみえず」
ヘリコプターの音が遠のいていったのが分ったとき、牛丸は、ひとりごとをいった。俳句になるぞと思った。
このとき、ようやくすこしばかり、ものの形が見えるようになった。
「ひどい目にあわせよった」
彼は、そろそろと柿の木から、すべり下りていった。
牛丸少年は、滝の前に、小一時間もうろうろしていた。もうまっくらな中を、あたりを探しまわった。
「おーい。春木君やーい」と、何十ぺんも、友だちの名を呼んでみた。しかしその返事は、彼の耳に聞えなかった。その間に、彼は、倒れていた人のあとへも行ってみた。そこには、血の跡らしいものが黒ずんで地面を染めているのを見た。
「誰だろう、ここに倒れていた人は」
彼には事情が分らなかった。
ヘリコプターで救助作業をやったのかもしれないが、しかしその前に、はげしい銃声のようなものを聞いた。それを聞きつけたから、彼はびっくりして柿の木へ登ったのだ。彼は後で考えて、「ぼくは、あのときは、なんてあわてん坊であったろう」と苦笑したことだった。
いつまでたっても、春木君がやってこないので、一時間ばかりたった後に、牛丸少年は、ひとりで川を下りていった。
牛丸はなんにもしらなかった、ここにふしぎなことがあった。それは、戸倉老人の身体からはなれてとび散らばっていた老人の帽子も眼鏡も、共にそのあとに残っていなかったことである。
それにしても、重傷の戸倉老人を拾っていった、ヘリコプターに乗っていた者は、何者であったろうか。
老人を救助に来た者だとは思われない。もし救助に来た者ならば、老人は春木少年の前であのように恐怖してみせるはずはないのだ。
すると、あのヘリコプターは、戸倉老人のためには
この生駒の滝を背景とした血なまぐさい
穴からの脱出
岩かげの穴の中に落ちこんだ春木少年は、まだ牛丸君がその附近にいた間に、われにかえることができた。
彼は、牛丸君が自分を呼ぶ声をたしかにきいた。そこで彼は、穴の中で返事をしたのである。いくども牛丸君の名を呼んで、自分がここにいることを知らせたのである。しかし牛丸君は、ほかの方ばかりを探していて、春木が落ちこんでいる穴の上には近よらなかった。
そのうちに牛丸は、あきらめて、生駒の滝の前をはなれ、ふもとへ通ずる道をおりていった。
あとに残されて穴の中にひとりぼっちになった春木のまわりはだんだん暗くなってきた。彼は、お尻をさすりながら、あたりを見まわした。
「あッ、あの
「何だろう。ふしぎなものだなあ。おやおや、目玉みたいだぞ。こっちをにらんでいる。ああ
あまり気味がわるいので、彼はそれをポケットの中へしまった。
「さあ、なんとかして、この
見ると、
「土の壁が上までやわらかいといいんだがなあ。そしてなにか土を掘るものがあるといいんだが。待てよ、ナイフを持っているからこれで掘ってやろう」
春木は、空井戸の
それは手間のかかる仕事であったが、少年は
「やれ、ありがたい」春木は、そこで大きな
ただ
「しようがない。今夜、滝の音を聞きながら
春木は、草の上に
春木は、急に腹が
そのうちに寒くなって来た。秋も十一月の山の中は、更けると共に気温がぐんぐん下っていくのであった。
「ああ、寒い。これはやり切れない」空腹はがまんできるが寒いのはやり切れない。どうかならないものか。
「あッ、そうだ。ライターを持っていた」
こういうときの用心に、彼はズボンのポケットに
火縄式のライターは、
彼は、服の裏をすこしさいて、糸くずと同様のものをこしらえ、それにライターの火縄の火を燃えあがらせることに成功した。焔はめらめらと、赤い舌をあげて燃えあがった。その焔を、枯れ草のかたまりへ移した。火は大きくなった。こんどは、それを枯れ枝の方へ移した。
あたたかくなり、明るくなったので、春木少年はすっかり元気になった。附近から枯れ枝をたくさん集めて来た。もう大丈夫だ。
火にあたっていると、ねむくなりだした。昼間からの疲れが出て来たものらしい。
しかしここで
「そうだ。さっき戸倉のおじさんからもらった球をしらべてみよう」
それは、この際うってつけの仕事だった。少年はポケットから、例の球を出した。火にかざして、彼ははじめてゆっくりとその品物を見たのだ。
「やッ。これは眼玉だ。気持が悪い」
彼はぞっと背中が寒くなり、眼玉を手から下へとり落とした。眼玉は、ころころところがって、焚火のそばまでいった。
「待てよ。あれはほんとうの眼玉じゃないらしい。ああ、そうだ。義眼だろう、きっと」
彼は、自分があわてん坊だったのに気がついて、おかしくなり、ひとりで笑った。
「あ、眼玉があんなところで、焼けそうになっている。たいへん、たいへん」彼はあわてて、もえさしの枝を手にとると、焚火のそばから義眼を拾い出した。
「あちちちちッ」義眼はあつくなっていて、彼の手を焼いた。彼の手から義眼は再び地上に落ちた。すると義眼は、まん中からぱっくりと、二つに割れた。
それは春木少年のためには、幸運であったといえる。なぜなら、火で焼けでもしなければ、この義眼を開けることは、なかなかむずかしいことであったから、つまりこの義眼は、一種の秘密箱であったのだ。この球を開くには、どんなにしても一週間ぐらい考えなくてはならなかったのだ。少年は幸運にもその
「おや。中になにかはいっているぞ。ああそうか。あれなんだな。あのおじさんのいったことは
春木少年は、手をのばして、二つに割れた戸倉老人の義眼を手にとって調べた。
「ああ、こんなものがはいっている」
義眼の中には、
絹のきれをあけると、中から出て来たのは
「金貨の半分みたいだが、こんな大きな金貨があるんだろうか。とにかく妙なものだ。いったいこれは何だろうか」
と、彼はそのぴかぴか光る二つに割られた黄金のメダルを、ふしぎそうに火にかざして、いくどもいくども見直した。
「字は読めないし、それに半分じゃ、しようがないが、これでもあのおじさんがいったように、これが世界的な莫大な富と関係があるものかなあ」
せっかくもらったが、これでは春木少年にとってちんぷんかんぷんで、わけが分らなかった。
さあ、どういうことになるか。
そのとき、一陣の山風がさっと吹きこんできて、枯葉がまい、焚火の焔が横にふきつけられて、ぱちぱちと鳴った。すると少年のすぐ前で、ぼーッと燃え出したものがある。
「あっ、しまった」
それは、この半月形の黄金メダルを包んであった絹のきれだった。それには
火はようやく消えた。
「やれやれ。もちっとで全部焼いてしまうところだった」
焼け残ったのはその絹のハンカチーフの半分よりすこし小さい部分だった。それにはこまかく日本文字が書いてあった。少年は、その文字を拾って読み出したが、なにしろ半分ばかりが焼けてしまったので、その文字はつながらなかった。
だが、少年は読めるだけの文字を拾っていた。が、急に彼は顔をこわばらせると、
「ああ、これはたいへんなものだ」と叫んだ。にわかに彼の身体はぶるぶるとふるえだして、とまらなかった。
なぜであろうか。
いったいその焼けのこりの絹のきれは、どんなことが書いてあったろうか。そして半月形の黄金のメダルこそ、いかなる秘密を、かくしているのだろうか。
さて、戸倉老人をさらっていったヘリコプターはどこへ飛び去ったか。
ヘリコプターは、
約一時間飛んでからそのヘリコプターは、闇の中をしずしずと下降し、やがて、ぴったりと着陸した。
その場所は、どういう景色のところで、その飛行場はどんな地形になっているのか、それは
このヘリコプターには、精巧なレーダー装置がついていたから、その着陸場を探し求めて、無事に
こうしてヘリコプターは無事着陸した。しかもまちがいなく六天山塞へもどって来たのである。
六天山塞とは、何であるか?
この山塞について、ここにくわしい話をのべるのは、ひかえよう。それよりも、ヘリコプターのあとについていって、山塞のもようを
そのヘリコプターが無事着陸すると、操縦席から青い信号灯がうちふられた。
すると、ごおーッという音がして、大地が動きだした。ヘリコプターをのせたまま、大地は横にすべっていった。
それは大仕掛な動く
それから間もなく、動く滑走路は
その音がしなくなると、とつぜんぱっと
ばたばたと、ヘリコプターをかこんだ五六名の腕ぷしの強そうな男たちは、ピストルや
すると
「大丈夫だ。
といった。この男は、
そのとき、奥から中年の男が駆けだしてきて、波立二に声をかけた。
「おい。戸倉はまだ生きているか。心臓の音を聴いてみてくれ」心配そうな顔だった。
「脈はよくありませんよ。でもまだ生きています」
「新しく傷を負わせたのじゃなかろうね。そうだったら、
「ふん、
「そんならいいんだ。
木戸とよばれた中年の男は、ほっとした
その中に、ひとりいやに背の高い人物が
彼は、すぐでてきた。そして木戸の前に立って、ものいいたげに相手を見下ろした。
「どうだね、
「ふむ、頭目の幸運てえものさ。このおれ以外の
机博士は、表情のない顔で、自信のあることばをいい切った。
「ほう、助かるか」木戸は顔を赤くした。
「ではすぐ手当をしてもらうんだ。頭目は、すぐにも戸倉をひき寄せて、話をしたいんだろうが、いったいこれから何時間後に、それができるかね」
「
「君の引受けてくれる時間だけ聞けばいいんだ」
「この机博士が処置をするなら今から六時間後だ。それなら引受ける」
「よし、それで頼む。頭目に報告しておくから」
「今から六時間以内は、どんなことがあってもだめ。一語も聞けないといっておいてくれたまえ。
博士はひとりで
「手術はここでするから、医局員でない者はどこかへ行ってもらいたいね」
「え、ここでするのか、机博士」
「そうさ。どうして、この重態の病人を、動かせるものかね。狭くても、しようがないやね」
と、博士はいった。
「電気の用意ができました」
部下の合図があった。博士は再びヘリコプターの座席へもぐりこんだ。
それにつづく同じ夜、正確に時刻をいうと、午前二時を五分ばかりまわった時であった。
この
戸倉老人は、車がついている
頭目は、ゆったりと椅子から立ちあがり、カーテンをおし分けて、戸倉老人の方へ歩みよった。
彼の
四馬剣尺は、六尺に近いほどの長身であった。そしてうんと
その中国服には、金色の大きな
四馬剣尺の顔は見えなかった。
それは彼が、頭の上に大きな笠形の
「おい、戸倉。今夜は早いところ、話をつけようじゃないか」頭目四馬は、おさえつけるような太い声で戸倉老人にいった。
戸倉は、青い顔をして、
「おい、返事をしないか。今夜は早く話をつけてやろうと、こっちは好意を示しているのに、返事をしないとは、けしからん」
そういって四馬は、長い袖をのばすと、戸倉の肩をつかんで
「おっと待った、頭目」と、とつぜん停めた者がある。机博士であった。彼は、頭目の前へ進みでた。
「頭目。あんたから、わが
机博士は、俳優のように身ぶりも大げさに、戸倉老人が衰弱しきっていることを伝えた。
「ちかごろ君の手術の腕前もにぶったと見える」
「肺臓の半分はめちゃめちゃだった。それを切り取ってそのかわりに一時、人工肺臓を接続してある。当人が、自分の手で人工肺臓を外すと、たちまち死んでしまう。つまり自殺に成功するわけだ。だからこのとおり椅子にしばりつけてあるわけだ。当人があばれん坊だからしばりつけてあるわけではない。以上、責任者として御注意しておきます」
と、机博士は手を振り足を動かし、ひびのはいったガラスのコップのような戸倉老人の健康状態を説明すると、うやうやしく頭目に一礼して、椅子車のうしろへ下った。
「博士。しかしこの老ぼれは、
「ここへ担ぎこまれたときは、血のあぶくをごぼごぼ口からふきだして、お喋りは不可能だった。が、今手当をしたから、発声はできます。もっとも当人が喋る気にならないと喋らないでしょうが、それはわが輩の仕事の範囲ではない」
戸倉老人に返事をさせるか、させないかは、頭目、あんたの腕次第だよ――と、いわないばかりだった。
「ふん」頭目は、つんと首をたてた。「わしは知りたいと思ったことを知るだけだ。相手が柿の木であろうと、人間であろうと、太陽であろうと、返事をさせないではおかぬ。それに、このごろわしは気が短くなって、相手がぐずぐずしていると、相手の口の中へ手をつっこんで、舌を動かして喋らせたくなるんだ。すこしらんぼうだが、気が短いんだからしようがない」
机博士も木戸も、その他の幹部たちも、おたがいの顔を見合した。頭目がそんなことをいうときには頭目はきっとすごいことをやって、部下たちをびっくりさせるのが例だった。その前に、頭目は、しっかりとした計画をたてておく。それからそれに向ってぐんぐん進めるのだった。だから、成功しないことはなかった。らんぼう者のように見えながら、その実はどこまでも心をこまかく使い、抜け目のないことをする頭目だった。部下たちが、頭目に頭が上らないのも、そこに原因があった。
はたして、その夜のできごとは、後日になって部下たちがたびたび思いださないではいられないほどの、重大な意味を持っていた。その重大なるできごとは、今、彼らの目の前でくりひろげられようとしているのだ。
「おい、戸倉。きさまの
「私だって、ひどめ目に[#「ひどめ目に」はママ]あっている。おたがいさまだ」
戸倉老人が、はじめて口をきいた。
「ふん。なんとでもいうがいい」頭目四馬は軽くうけ流すと、一歩前進した。「そこでわしは取引を完了したい。おい、戸倉。きさまが持っている
四馬がずばりと戸倉老人に
「なにが欲しいんだか、私にはちんぷんかんぷんだ」
老人は、いよいよ軽蔑をこめていう。
「こいつが、こいつが……。きさまが黄金の三日月を知らないことがあるか。きさまが持っていることは、ちゃんと
「わしはそんなものは知らない。もちろん、持ってはいない。いくどきかれても、そういうほかない」
戸倉老人の語調は、すこし乱れてきた。机博士はうしろで注射薬のアンプルを切る。
「知らないとはいわせない。では、これを見よ」
四馬は、とつぜん右手で長い左の袖をまくりあげた。左の手首があらわれた。そのおや指とひとさし指との間に支えられて、ぴかりと光る小さな
つまり、春木少年の持っているのは、片われにちがいないが、半分よりすこし大きく、メダルの中心から角をはかると、百八十度よりも二十度ばかり大きい。今、四馬が指の先につまんで見せたのは、半分より小さいもので
それを頭目は戸倉の前へつきつけた。
「どうだ。これが見えないか」
「あッそれだ。や、
戸倉老人は、かん高い声で叫ぶと、手を
「おっと、らんぼうしては困る。はっはっはっ」
頭目は、あやういところで、手を引いた。
「はっはっはっ。これが欲しいんだな。きさまにくれてやらないでもないが、その前に、きさまが持っている他の半分をこっちへだせ。一週間あずかったら、両方とも、きれいにきさまに返してやる。どうだ、いい条件だろうが。うんといえ」
このとき戸倉は、ぐったりとして、頭を椅子の背につけた。目をむいているのか、目をとじているのか、それは茶色の眼鏡にさえぎられて分らないが、彼の両肩がはげしく息をついているところを見ると、戸倉老人は今なんともいえない悪い気持になって苦しんでいるものと思われる。もちろん、彼は頭目の話しかけに、一度もこたえない。
「黙っていては、わからんじゃないか。わしは早い取引を希望しているのだ。おい、戸倉。きさまが黄金三日月をかくしている場所をわしが知らないとでも思うのかい」
それを聞いて戸倉老人は、ぎょっと身体をかたくした。
「ははは。今さらあわててもだめだ。わしは気が短い。欲しいものは、さっそく手に入れる。まず、これから
四馬の手が、つと延びた。と思うと、戸倉老人がかけていた茶色の眼鏡が、頭目の手の中にあった。眼鏡をもぎとられた老人の
「ふふふ。きさまがおとなしくしていれば、わしは乱暴をはたらくつもりはない。そこでわしが用のあるのは、きさまが目の穴に入れてある
「許さぬ。そんなことは許さぬ。悪魔め」
老人は大あばれにあばれたいらしいが、手足のいましめは、ぎゅっとおさえつける。
四馬はそれを冷やかに見下して、
「ええと、きさまの義眼はたしか右の方だったな。おい、みんなきて、戸倉の頭を、椅子の背におしつけていろ」
木戸や波や、その他の部下が戸倉にとびついて、頭目が命じたとおり、椅子の背におしつけた。戸倉の鳥打帽子がぬげかかった。四馬はその前に進みよって、右手を延ばすと、戸倉の右眼を襲った。
エックス線のかげ
頭目の手には、戸倉の
「ふん。これが黄金の三日月の
頭目は、義眼を両手の指先で支えて、くるくるとひっくりかえしてみた。しかし、義眼のどこをどうすれば開くのか、見当がつかなかった。その開き方は、
(ふーン、こいつはまずい)と、頭目は心の中で舌打ちをした。だが、それを今顔色にあらわすことは戸倉に対しても、また部下に対してもおもしろくない。
が、問題は、それですむものではなかった。早くこれを開いてみる必要があった。
「おい木戸。大きな
と、頭目は命令した。
「はい」と返事をして木戸が引込んでから、再び彼がこの部屋にあらわれるまで、ちょっと時間があった。一座は、ここでほっと一息いれた。
机博士は、戸倉老人の腕に、
「ねえ、頭目。もう一回、今みたいな手あらなことをなさると、わが
と、机博士は、しずかにいい放った。これに対して頭目はだまりこくっていた。博士は、肩をすぼめた。
そこへ木戸がもどってきた。頭の大きな金槌を頭目に渡す。
「これでいいんですかね」
「うん」
頭目は、
「頭目。ちょっと待った」
と、声をかけた者がある。机博士だった。
頭目はいやな顔をして、博士の方へ首を向けた。
「頭目。金槌で義眼をうち割って、中のものを見ようというんでしょう。しかしそれはまずいなあ。かんじんのものに傷がつくおそれがある」
「じゃあ、どうしたらいいというんだ」
「その黄金三日月とやらは、もちろん、金属でしょう。義眼は
と、机博士はうしろから携帯用X線装置を持ちだしてきて、頭目の前の卓子の上においた。この装置は、さっき戸倉の
「これは名案だ。じゃあこれにX線をかけて見せてくれ」
と、頭目は、あんがいすなおに頼んだ。
「よろしゅうござる」
博士はそういって、装置からでている長いコードの先のプラグを、電源コンセントにさしこんだ。それからぱちンとスイッチをひねって、目盛盤を調整した。すると光線
「さあ用意はよろしい。ここへ義眼をさし入れる。そしてこっちから蛍光幕をのぞくと見えます」
と、博士は身体を横にひらいて頭目をさしまねいた。
頭目は、X線装置の前へ進んで、博士からいわれたとおりにした。蛍光幕へ戸倉の義眼のりんかくがうつった。うつったのはその義眼ばかりではない。頭目の右の手首がうつった。どの指かにはめている、幅のひろい
「あッ」頭目は低くさけんで、手を引きあげた。しばらくすると、また義眼をつかんだ手がうつった。その指には、指環がはまっていなかった。頭目は、すばやく左手に持ちかえたのである。
「どうです。見えますか」と、机博士がきいた。
「三日月の形をしたものは見えない」
頭目が、X線の中で義眼をぐるぐるまわしてみるが、義眼はすっかりすきとおっていて、金メダルの黒いかげはない。
「ああ、その中には、
と、机博士が横からのぞいてみて、そういった。
「しかし、そんなはずはないんだ」
頭目は、怒ったような声でいって、手をX線装置からだすと、義眼を卓上においた。
がーンと、大きな音がして、義眼が金槌で叩きつぶされた。頭目が、かんしゃくをおこして、やっつけたのである。X線装置が検出した結果を信じなかったのだ。破片があたりにとび散った。まわりにいた者は、あッと叫んで、口をおさえた。
が、その結果は、義眼の中には、なにも隠されていないということが分っただけである。
「ううーむ」と、頭目は
しばらく誰も黙っていた。嵐の前のしずけさだ。
と、とつぜん頭目が肩をいからして
「やい、戸倉。どこへ隠したのか、黄金メダルの
「わしは知らぬ。いや、たとえ知っておったとしても、お前のようならんぼう者には死んでも話さぬ」
戸倉老人は、のこる一眼を大きくむいて、四馬をにらみつけた。
「わしが知りたいと思ったことは、かならず知ってみせる。そうか。きさまの義眼というのは、もう一方の眼なんだな」
というと、頭目は、又もや戸倉にとびかかった。そして彼の指は戸倉の左の眼を襲った。
「あ、あぶない。待った」
叫んだのは机博士だ。あぶないと、大きな声。そしてやにわに、頭目の手首をつかんで引きとめた。
「なぜ、とめる?」
「お待ちなさい。戸倉の残る一眼は義眼ではないです。ほんものの眼ですよ。抜き取ろうたって、取れるものですか。やれば、器量をさげるだけですよ。頭目、あんたが器量を下げるのですよ」
そういわれても、頭目は戸倉老人の頭髪をつかまえて、放そうとはしなかった。
「頭目、よく見てごらんなさい。ほんものの眼だということは、目玉をよく見れば分りますよ。
そういって机は、携帯電灯を戸倉の眼の近くへさしつけた。
頭目は、戸倉の眼の近くへ顔を持っていった。そしてよく見た。なんどもよく見た。どうやら、こっちは、ほんものの目玉らしい。
そのときだった。頭目の注意力が、急に戸倉の目玉から放れた。彼は、自分の顔へ、下の方から光があたっているように思ったのである。そのとおりだった。机博士が手にもっている携帯電灯の光の一部が、偶然か、それとも故意か、頭目の顔を
(あッ)
「
博士は、手をおさえて、うしろへ身をひいた。彼の手から血がぽたりと床に落ちた。
「やあ君の手だったか。それは気がつかなかった。がまんしてくれたまえ」
頭目が、すぐ
「おい戸倉。きさまが、しぶといから、こんな
頭目は、どこかにしまっていた黄金メダルの半分を再び左の指でつまんで、戸倉の方へさしつけた。戸倉は、頭目をにらみつけたまま、口を
「早くいうんだ。早くいえ」そのときだった。
とつぜん、この部屋のあかりが、一度に消え失せた。鼻をつままれても分らないほどの闇が、一同を包んだ。
あッと叫ぼうとした
「動くと、撃つよ。動くな。あかりをつけると撃つよ。あかりをつけるな」
と、かん高い女の声が、部屋の一隅から聞えた。
女は、この部屋にはいなかったはず。みんなはふしぎに思った。女の声は、一同が集っているところの反対側で、頭目の立っていた後方のようである。
「何者だ。名をなのれ」頭目の声が闇の中をつらぬいた。
「よけいな口をきくな。わたしゃ暗闇の中で目がみえるんだから、撃とうと思えば、お前さんの心臓のま上だって、撃ちぬいてみせるよ。わたしゃ――」
と女が、えらそうなことをいっているとき、部下が固まっているところで、誰かが携帯電灯をぱっとつけた。
と、
携帯電灯は
「うーむ」どたりと人の倒れる音。
「誰でも、このとおりだよ。わたしのいうことをきかなければ……」
たしかに、彼女がやった
「いよいよ、こっちの用事だが」と女の声はいやに落ちつき払っている。
「おい、頭目さん、お前さんの大切にしている黄金メダルの半分をあっさりわたしに引き渡しておくれ。いやとはいわさないよ。早く返事をしてもらいたいね。おやおや、お前さんはなんてえ
暗闇で、ものが見える目を持っていると
「うそだ。見えてたまるものか」頭目の声がした。腹立たしさと恐怖とに、語尾がふるえて聞える。
「まあ、そんなことは放っておいて、おい、頭目。早く黄金メダルをおだしよ。おい、返事をしなさい返事を……」
頭目の声が、しばらくして聞えた。
「ばかをいえ。誰がだすものか」
すると、くくくくッと女が笑いだした。
「お前さんも間ぬけだねえ。そんなことをいう前にお前さんの頭の上を見るがいい。みんなも見るがいい」
「なにッ」頭目は上を見た。
「あッ、あれは……」彼の頭上一メートルばかりのところに、闇の中にもはっきり光ってみえる小さい物体があった。しばらく目を定めてみると、それが例の黄金メダルの半分であることが、誰の目にも分った。
「そんなはずはない」と頭目の声。
「あッ、無い。無くなっている、黄金メダルの半分が……。いつ、盗みやがったか」
「おさわぎでない。動けば撃つよ。わたしゃ、気が短いからね」
「
「まっくらやみで、目が見える猫女と申す者でござる。ほらお前さんの大切な黄金メダルが動きだした」
そのとおりであった。猫女のいったように、黄金メダルは空中をゆらゆらと動きだした。
「手をおだしでない。一発で片づけるよ」
ふしぎふしぎ、黄金にかがやくメダルは空中をとぶ。一同は、あれよあれよと、その運動を見上げているばかり。
そのうちに、
「あッ」一同は首をすくめた。
と、頭目の大きな声が、出入口のところで爆発した。
「ちえッ。逃げられた。戸の向こうで、
頭目はわめきたてる。
そのとき、電灯がぱっとついた。
「おお、頭目」
「みんなこい。この扉をこじあけろ。こわれてもさしつかえないぞ」
と、頭目は扉を放れて、指をさした。
そこで部下たちは集って、扉へどすーんと体あたりをくらわした。二度、三度、四度目に扉の錠がこわれて、扉は向こうにはねかえった。
「それッ」と頭目を先頭に、部下たちが続いて、そこから次の部屋へとびこんでいった。
急に部屋はしずかになった。
残っているのは、
老人は、気を失っていた。
机博士は
「はて、ふしぎなことだわい。まさか
と、不審の
深夜の怪音
さて、話は春木少年と牛丸少年の上に移る。
春木少年は、
牛丸少年の方は、この山道にも明かるいので、闇の道ながらともかくも
牛丸君は、両親から
彼は、春木君が家へたずねてこなかったことを知り、念のために、春木君が起き伏している
ところが、春木君はまだ帰ってこないので心配していたところだと、伯母さんは
それから大さわぎとなった。同級生や、その父兄が召集された。その数が二十名あまりとなった。
一同は
「迷い児の迷い児の春木君やーい」世の中が進んでも、迷った子供を探す呼び声は大昔も今も同じことであった。
「迷い児の迷い児の春木君やーい」
どんどんどん、どんどんどん。かあちかち、かちかちッ。
にぎやかに山を登っていった一行は、生駒の滝の前に焚火があるのを発見し、それに力を得て近づいてみると、当の春木君が火のそばで、いい気持にぐうぐう睡っているのを見出し、やれやれよかったと、胸をなで下ろした。
二人は、もう一度叱られ直して、山を下り、無事にめいめいの家へはいった。
その翌日になると、二人のことは町内にすっかり知れわたり、学校からは受持の先生が見えるというさわぎにまでなって、ふだんはのんき坊主の二人もすっかりちぢこまってしまった。
生駒の滝事件のことは、二人の口からもれたので、遂には警察署にまで伝わり、その活動となった。二少年も証人として現場へ同行した。
機銃弾は発見されたが、血だまりは雨に洗われたためか、はっきりしなかった。
ヘリコプターがとんできて、空中
春木少年は、戸倉老人からゆずられた黄金メダルなどのことについては、遂にいわなかった。彼は、そのことについて牛丸に話すこともしなかった。彼は、このことについてゆっくりと、自分でできるだけの研究をしてみたいと思った。その上で、話した方がいい。時がきたら、牛丸にも話をするつもりだった。
なにしろ
だが、春木少年は、その謎を秘めた宝の鍵・黄金メダルの片われと、小文字でうずめられた
「ああ、ちゃんとしていた」
と、春木少年は自分の胸をおさえた。
「ふふふふ。ぼくは、この間の事件から、いやに神経質になったようだぞ。こんなものは、何んでもないんだ。おもちゃみたいなものだ。あの戸倉とかいった老人は、気が変になっていたんじゃないかなあ」彼は、今までと反対の心になって、二つの宝の鍵をばかばかしく眺めた。
「だが、これはほんとの金かな」
彼は、黄金メダルを手にとって
(いっそ、売ってしまってやろうか。売ってしまえば、めんどうなことはなくなる。それがいい、そのうち
そんなことを考えていたとき、夜の静けさをついて空の一角から、ぶーンとにぶい
春木は、はっと目をかがやかした。
「飛行機が飛んでいる。まさかこの間のヘリコプターではないだろうが……」耳をすましていると、どうもふつうの飛行機の音とはちがう。
「あッ、ヘリコプターだ。いけないぞ」
彼は、机上のスタンドのスイッチをひねって、室内をまっくらにした。そして手さぐりで、二つの宝の鍵を包んで、元のようにひきだしの奥へおしこんだ。
ヘリコプターの音は、だんだんこっちへ近づいてくるようだ。春木少年は、急に恐怖におそわれ、がたがたとふるえだした。
「分った。ぼくの黄金メダルを奪いにきたんだ。それにちがいない」春木少年は、そう思った。
たいへんである。彼は生駒の滝の前で、あの黄金メダルを
どこまでも
「ぼくなんか、とてもかなわないや。これはおとなしく黄金メダルを渡した方が安全だよ」
春木少年は、抵抗することの
「……待てよ。戸倉老人は、生命にかけて、黄金メダルを賊どもに渡すまいと、がんばったのだ。それをぼくがゆずり渡されたんだから、ぼくも生命にかけて、これを守るのがほんとうじゃないか」
少年の気が、かわってきた。すると恐怖がすうーッとうすれていった。
「よし。逃げられるだけ逃げてやれ」
春木は考え直した。そしていったんしまった黄金メダルと絹のきれとを再びとりだし、すばやくズボンのポケットにねじこむと、裏口からそっと外へでた。
ヘリコプターは、いよいよ近くに迫っていた。
春木は、首をちぢめて、
彼はヘリコプターから見つけられないようにと、塀づたいに夜の町をぬって、山手へ逃げた。
二百メートルばかりいくと、そこから向こうは急に高く
崖の上にのぼりついて、彼はほっとした。ここなら、まず、大丈夫である。
というのは、ここは山の
おそろしき事件
おそろしい事件が、この時には
今、その最後の仕上げが行われつつあった。
さて、それはどういう事件であったろうか。
ヘリコプターがだんだんこっちへ近づいてくるので、春木は不安になった。ヘリコプターは、このままの方向で飛びつづけると、お
ところがヘリコプターは、お稲荷さんの方までは飛んでこなかった。その途中にある
その河原は、春木のいるところからは右手に見えていたが、その川は
「何をするつもりかなあ」
と春木は、こわごわ崖の上の木立のかげからのびあがってその方を注意していた。
すると、河原の向う岸に、四五人の人影が固まって歩いているのに気がついた。彼らは上流の方へ向って歩いている。が、とつぜん彼らはひっかえした。影が長くなった。その先頭に、小さい影が一つ走っていた。
その小さい影は、ある一軒の家の石段にあがりかけた。とあとの群が、その小さな影の上に
人影の群は、ふたたび前のように、岸の上を上流に向って歩きだした。彼らは固まっていた。
そして小さい影は、彼らの頭の上にかつがれているらしかった。
春木は、このとき、どきんとした。
「あ、あの家は牛丸君の家だ。……すると、もしや。あの小さい人影は、牛丸君ではなかったか」
はっきりした理由は分らないけれど、牛丸君も自分も、この間からヘリコプターの賊と
だから春木は、すぐ牛丸君が
牛丸少年をかつぎあげた
彼らが、その梯子にとりついて、だんだん上へひきあげられていくのが見えた。ただひとり河原に残っていた人影があったが、それは大きな人影であって、牛丸君ではなかったようである。このとき牛丸君は、あの戸倉老人のときと同じように、綱にくくりつけられ、ヘリコプターの中へずんずん引きあげられているのにちがいない。
ヘリコプターは、この離れ業をたいへんすばしこくやってのけると、早やぐんぐん上昇を始めた。
「ひどい
春木は、むちゃくちゃに腹が立った。しかしどうすることができようか。
相手は、自分たちが持っていない文明の
ヘリコプターは、ぐんぐん舞いあがり、それから予想していたとおり、山を越えて、北の方へいってしまった。
(もうおしまいだ。ああ、かわいそうな牛丸君よ。……しかし賊どもは、君を誘拐してって、どうするつもりだろうか。君は、なんにも関係がないのに……)
春木少年はそう思って、すこしばかり心が痛んだ。自分の
あのとき生駒の滝の前で、自分は既に黄金メダルを戸倉老人からゆずられ、そして老人のいうところに従って、ヘリコプターから見られないようにするため、岩かげにかくれた。
ところがそこに大きな穴があいていて、自分はその中へ落ちこんだ。
そのあとへ牛丸君がきた。そしてヘリコプターに乗っていた悪者どもから見られてしまったのだ。戸倉老人が誘拐されてって、黄金メダルを調べられたが、持っていなかったので、それではあの少年に渡したのではあるまいか、なにしろ戸倉老人は重傷であったから、倒れていた位置を動くことはできなかったはずだ。そういう考えから悪者どもは牛丸君を今夜奪っていったのであろう――と、春木少年はこのように推理を組立ててみたのである。
そのあとに、新しい不安が
「いやだなあ。これはたいへんだ」
春木少年は身ぶるいした。どうしたら助かるだろうか。どうしたら安全になるであろうか。
それは警察の保護をもとめるのが一番よいと思われた。
「だが、待てよ」
警察の保護を受けるのはいいが、そうなると、あの黄金メダルのことも
春木少年は、やはり人間らしい
「しかし、そうなると、どうしたら安全になるだろうか。自分の生命も安全、黄金メダルも安全、という方法はないものか」そう考えているとき、目の下の校舎の窓にぱっと明かりがついた。
スミレ学園
それはスミレ学園の校舎であった。スミレ学園というのは有名な私立学校であって、下は幼稚園から、上は高等学校までの
春木少年は、自分の学校の先生ではないが、立花先生を見おぼえていた。なにしろ女史は目につく婦人だった。
立花先生のことを、このへんの子供は、タチメンとよんでいた。それは身体が長い銀色の魚タチウオに似ていて、先生は女だからメスで(この町ではメスのことをメンという)つづけていうとタチウオのメン、つまりタチメンという
春木少年は、今ごろなぜ立花先生が起きたのであろうかとふしぎに思った。先生ではなく、他の人が灯をつけたのかとも思った。しかしそのとき先生の顔が窓ぎわにあらわれた。そしてちょっと外を見てから、急いでカーテンをひいた。それだけのことであったが、タチメン先生にちがいなかった。
「そうだ。タチメン先生に、この黄金メダルを預ってもらおう。先生なら、女だけれど、体操の先生だから強いだろうし、秘密をまもって下さいといえば、承知して下さるだろう。そうすれば、ぼくも黄金メダルも安全になるのだ」
春木は、そう考えついた。
彼は、そのつもりになって、そこをでかけようとしたとき、急に事態がかわった。というのは、川向うの牛丸君の家の前でさわぎが起っているのが見えたからだ。どうやら家の人が外へとびだして、救いをもとめているようであった。家の人たちは、今まで家の中で悪者どもにしばられていて、縄をほどくことができなかったのであろう。
「これは、こうしていられない。ぼくもすぐいって、さっき見たことを家の人に教えてあげなくてはならない」
この方が急を要することだった。春木少年は走りだしたがまたもや戻ってきた。彼は、そこに
しばらくして、彼が手をとめると、根方には穴が掘れていた。春木少年はポケットをさぐって、黄金メダルと
「まあ、一時こうしておこう。でないと、牛丸君の家の前までいったとき、もしも悪者が残っていて、ぼくをつかまえでもしたら、大切な宝ものをとられてしまうからなあ」
春木少年は、どこまでも用心ぶかかった。
そうなのである。油断はならないのだ。さっきヘリコプターが牛丸君をつりあげ、そして仲間をひっぱりあげて空へ舞いあがっていったが、あのとき河原に一人だけ残っている者があったではないか。それは誰であるか分らなかったけれど、もちろん悪者の仲間にちがいない。彼はそれからどこへいったか見えなくなってしまったが、いつひょっくり姿を現わすかしれないのだ。あんがい近所の塀のかげにかくれて、牛丸君の家の様子を監視しているのかもしれない。そうだとすると、あそこへ大切な宝ものを持っていくのはやめたがいいのだ――と、春木少年は考えたのである。
黄金メダルは春木少年の身体をはなれたので、彼は
息せき切って、牛丸君の家の前へいってみると、はたしてそのとおりだった。牛丸君のお父さんやお母さんが気が変になったようになってさわいでいた。近所の人々も、だんだん集ってきた。そのうちにエンジンの音がして、警官隊が自動車にのって、のりつけた。
牛丸君のお父さんの話によると、四名の
それから先のことは、春木少年がお
「警察はもっと早くきてくれないと、だめだなあ」
と、近所の人がいった。
「そうだ、そうだ。それに自動車ぐらいもってきたんじゃだめだ。相手は飛行機を使って誘拐するんだから、警察もすぐ飛行機で追っかけないと、いつまでたっても、相手をつかまえることができない」別の人が、そういった。
全くそのとおりであった。しかし警察の方では、そんなにきびきびやれない事情があるようであった。
春木少年は、牛丸君の両親に、お見舞だけをいって、さよならをした。この間のカンヌキ山のぼりのことをいわれるかと思ったが、両親ともそのことについてはなにもいいださなかった。それよりも一刻も早く息子を取りかえしてもらいたいと警察の人にすがることに一生けんめいだったのである。
ひげ
それは、お稲荷さんの荒れはてた
その人物は、まず両手をうんとのばして、
「あッ、あッ、ああーッ」と大あくびをした。
月に照らしだされたところでは、彼の顔は
「さっきから見ていりゃ、あの小僧め、へんなまねをしやがったぜ。いったい、あの木の根元に何を埋めたのか、ちょっくら見てやろう。食えるものなら、さっそくごちそうになるぜ」
彼はすぐ埋めてある場所を発見した。そうでもあろう、春木少年が踏みつけていったすぐあとのことだから、気をつけて探せば、すぐ目にとまる。
「ははあ。この石が目印ってわけか」ひげ面男は石をけとばすと、そこへしゃがみ、両手を使って土をかきだした。間もなく彼は目的物をつかんで立ち上った。
「なあんだ、これは……」彼はあてが外れたという顔つきで、紙包を開いて中を見たが、よく正体が分らないので、それを持ったまま、祠の方へひきかえしていった。
祠の
彼は、むしろの上にごろんと寝ると、隅っこのところへ手をのばして、ごそごそやっていたが、やがてその手が、船で使う
すると、絹の焼け
絹の焼け布片の方は、紙と共にこの男の手をはなれ、折から吹きこんできた風のため、ひらひらと遠くへころがっていった。もしもこの光景を戸倉老人や春木少年が見ていたとしたら、おどろいて後をおっかけたことであろう。
「何じゃ、これは」三日月型の黄金メダルは、姉川の掌の上でさんざん宙がえりをやったが、その正体はこのひげ面男に理解されなかったようである。
「ぴかぴかしているが、これは
ひげ面男は、黄金メダルを腹立たしそうにむしろの上に放りだすと、角灯をぱっと吹き消した。そしてごろんと横になった。しばらくすると、大きないびきが聞えてきた。空腹をおさえて、ひげ面先生は睡ってしまったのである。
それから数時間たって、夜が明けた。
ひげ面男の姉川五郎は、早起きだった。もっとも朝日が第一番に祠の破れ目から彼の顔にさしこむので、まぶしくて寝ていられなかった。
彼は、むしろの上に起きあがって、たてつづけて大あくびを三つ四つやって、ぼりぼり身体をかいた。それから何ということなくあたりを見まわした。すると、ぴかりと光ったものが、彼の充血した眼を射た。
「何? ああ、
彼はひとりごとをいって手を
「鍍金にしてはできがいいわい。まさか、本ものの金じゃなかろうね。おい屑がねの大将、おどかしっこなしだよ。おれはこう見えても心臓がよわい方だからね」
彼は黄金メダルを手にして、左右をふりかえった。角灯が目にはいった。それを引きよせ、その角のところで、黄金メダルを傷つけた。メダルは楽に
「おやおや。中まで
姉川は、黄金メダルをポケットの中へねじこんだ。それから彼は、腰縄をといて、外套をぽんと脱いだ。それから手を
こんな一大事が発生しているとは知らず、春木少年は八時ごろにお稲荷さんへのぼってきた。
昨夜、宝ものを椋の木の根方に埋めたが、埋め方がうまかったかどうか、それを検分するために、彼は朝早く崖をのぼってやってきたのである。
「ああッ!」彼の目は、すぐさま、異常を発見した。椋の木の根方はむざんに掘りかえされてある。春木少年は青くなって、そこへとんでいった。
「やられた」土の上に膝をついて、掘りかえされた穴の中を探ってみたが、昨夜彼が埋めたものは、影も形もなかった。そばを見れば目印においた丸石が放りだしてある。彼はがっかりした。そこに尻餅をついたまま、しばらくは起きあがる力さえなかった。
(
春木少年は、大がっかりの底から、ようやく気をとり直して立ち上った。
(なんとか取返したいものだ。まだ、絶望するのは早かろう)
少年は、推理の糸口をつかみ、それからその糸を犯人のところまでたぐっていくために、
「これかもしれない」
と、緊張した。彼は祠の中をのぞきこんだ。
その結果、彼は姉川五郎の寝室があるのを見つけた。
「ぼくはうっかりしていた。ここにいた男に見られちまったんだよ」くやし涙が、春木少年の
もしや祠の中のどこかに黄金メダルをかくしていないであろうかと思い、彼は祠の中へはいあがって、念入りにしらべた。だが、そんなものはあろうはずがなかった。ただ、彼は祠の破れ穴のところに、絹の焼け布片がひっかかっているのを発見し、声をあげてよろこんだ。
黄金メダルとこれとの両方を失ったかと思ったが、焼け布片だけでも自分の手にもどってくれたことは、不幸中の幸であると思った。この上は、この焼け布片は大切に保管し、二度とこんなことにならないようにしなくてはならないと思った。姉川五郎は、黄金メダルを握って、どこへいったのであろうか。
二つに割れている黄金メダルの一つは、こうして春木少年の手からはなれてしまった。もう一つは、
それにしても、この黄金メダルに秘められたる謎はどういうことであろうか。事件はいよいよ本舞台へのぼっていく。
少年探偵なげく
まったく春木少年は、がっかりしてしまった。
もうなにをするのも、いやであった。自分のすることは何一つうまくいかないことが分った。彼はすっかりくさってしまった。
(お稲荷さまだから、どろぼうから守ってくれると思っていたのに……)
(きっと、あの祠に
春木少年は、あれからいくどもお稲荷さんの
春木は、がっかりしたが、いくどでもくりかえしあそこへいってみる決心だった。
黄金メダルを盗まれたことも、くやしくてならない大事件だったが、それよりも町中にひびきわたった大事件は、
なにしろ、そのさらわれ方が、あまりに人もなげな大胆なふるまいで、親たちも近所の者も手のくだしようがなく、あれよあれよと見ている目の前で、ヘリコプターへ吊りあげられ、そのまま空へさらわれてしまったのだ。
警官隊の来ようもおそかった。またたとえ間にあったとしても、やはりどうしようもなかったにちがいない。飛行機を持っていない警官隊は、どうしようもない。
牛丸平太郎は、みんなにかわいがられていた少年だから、この
春木としても、一番仲よしの友だちを、そんなひどい目にされたので、くやしくてならなかった。それで、ぜひ
「ああ、そうか。それはいいね。この前は、牛丸君が春木君の遭難を知らせた。こんどはその恩がえしで、春木君が牛丸君を探しにいくというわけだね。まことにいいことだ」
と、受持の
「先生。牛丸君は、なぜさらわれていったのでしょうか」
その時春木は、先生にたずねた。
「それがどうも分らないんだ。牛丸君の家は
「脅迫状ですか」
「うん。牛丸平太郎少年の
金谷先生は、牛丸君の家の内部のことをよく知っているらしかった。
「それじゃあ、なぜ牛丸君は、さらわれたんでしょうね」
「分らないね。牛丸君は、君のようにとび切り
と、金谷先生は春木の顔をじっと見つめた。
そのとき春木は、例の
だが、春木は、ついに、それをいいださずにしまった。
そのわけは、彼が口をひらこうとしたとき、そばを立花カツミ先生が通りかかったためである。この女の先生はスミレ学園につとめているが、方々の学校へもよく来る。そして体操の話をしたり、あたらしい体操や運動競技を教えていくのだ。
「やあ、立花さん」と、金谷先生が声をかけた。
「おや、金谷先生。こんなところにいらしたんですか」
と、立花先生は、そばへ寄ってきた。春木は、おじぎをして、二人の先生の前を離れた。そういうわけで、彼は黄金メダルまでの話をいいそびれてしまったのだ。
このとき春木には聞えなかったけれど、神さまは口のあたりに軽い笑いをおうかべになり、悪魔はちょッと舌打ちをしたのであった。なぜだろう。
その夜にも二回、その次の日の朝にも三回、春木少年はお稲荷さんの祠を
だが、彼が見たいと思った浮浪者の姿を見ることはできなかった。その浮浪者は、その夜はとうとうこの祠の中の寝床へはかえってこなかったのである。
(なぜ、帰ってこないのだろうか。ひょっとしたら、あの黄金メダルを売りにいって、お金がはいったから、帰ってこなかったのではあるまいか)
春木少年の推理はするどく、かの姉川五郎の気持をある程度まで、ぴったりあてた。
(ぐずぐずしていると、ますます
少年にも、そのことがはっきり分った。
「そうだ。ぼくは、なんというバカ者だったろう。盗まれるなら、あの黄金メダルに
ああ、そう気がつくのが、おそかった。
黄金メダルは、もう春木少年の手にはないのだ。まったく注意が足りなかった。人に見せまい、大切に大切にしようと思って、黄金メダルの暗号文もよく見ないで、しまっておいたのだ。
「ハンカチがある。あれにも字が書いてあった。そうだ、あのハンカチも、いつ盗まれるか知れない。今のうちに、文句をうつしておこう」春木は、やっと今になって、本道へもどった。しかし彼は、本道へもどるまでに、二度も大失敗をくりかえしている。
少年は、その夜、例の焼けのこりの絹ハンカチを
ざんねんにも、四分の一か五分の一ほどしか残っていない。
が、それでもこれは重大なる手がかりなのだ。
さて、読みかかったが、絹ハンカチに書かれてある文字は、細い毛筆で、達者にくずしてあるため、判読するのがなかなかむずかしかった。
しかし少年は、その困難を越え、字引をくりかえし調べて、どうやらこうやら一応はその文字を拾い読むことができた。
いったい、どのような文句が、そこに書きつづられていたであろうか。
十四行だけ残っていた。しかしその一行とて、行の終りまで完全に出ているわけでない。しかし行の頭のところは、みなでている。それは、次のような文字の
ヘザ………………………………
たる………………………………
二つ合……………………………
蔵する宝…………………………
の開き方を知……………………
り。オクタンとヘ………………
しため協力せず…………………
する黄金メダルの………………
のと暗殺者を送…………………
斃 れ黄金メダルは暗……………
り、それより行方不明…………
ここにある一片 はオ……………
せし一片にして余は地中………
おいてこれを手に入れたる……
たる………………………………
二つ合……………………………
蔵する宝…………………………
の開き方を知……………………
り。オクタンとヘ………………
しため協力せず…………………
する黄金メダルの………………
のと暗殺者を送…………………
り、それより行方不明…………
ここにある一
せし一片にして余は地中………
おいてこれを手に入れたる……
「なんだろう。さっぱり意味が分らない」
春木少年は、ざんねんであった。
もしも生駒の滝のたき火で、こんなに焼いてしまわなかったら、一つの完成した文章が読めて、今頃は重大な発見に小おどりしているだろうに。
「いや、
彼は興奮した。くりかえし、この切れ切れの文句を口の中で読みかえした。彼は、考えて考えぬいた。頭が火のようにあつくなった。
そのうちに、彼は、一つのヒントをつかんだように思った。
「この黄金メダルの半ぺらを一つずつ持っていた人間が二人ある。ひとりをオクタンといい、もうひとりをヘザ……というのだ」
オクタンにヘザ何とかであるが、ヘザの方は名前の全部が分っていない。とにかく、この二人が黄金メダルを半ぺらずつ持っていたとしてこの文句を読むと、意味が通るのであった。
これに勢いを得て、少年探偵はさらに推理をすすめた。
すると、第二のヒントが見つかった。
「あの黄金メダルを二つ合わせると、宝のあるところの開き方を知ることができるようになっているんだ」
第三行と第四行と第五行とから、これだけの意味が拾えたように思った。
もしこれが当っているなら、黄金メダルの二個の半ぺらを手に入れた上で、二つを合わしてみなくてはならないのだ。メダルの裏にきざみこんである暗号文字のようなものが、二つ合わせて読むと、完全な意味を持つようになって、
少年探偵は、いよいよ勢いづいて、その先を解析した。
第六行から第十一行までは、大して重要なことではないらしいが、そこに書かれてある意味は、
――黄金メダルの半ぺらずつを持ったオクタンとヘザ
というのではなかろうか。
「いや、それでは、両人のうちの誰かが相手に暗殺者を向けて斃し、そして黄金メダルの半ぺらを奪ったものなら、その半ぺらはその者の所有となり、行方不明になるはずがない。これは意味が通じない。考えなおしだ」
いろいろと考え直したが、もうすこしで分りそうでいて、どうもうまい答がでなかった。少年探偵は、しゃくにさわってならなかったが、そのときはもうそれ以上に頭がはたらかなかった。
それから最後の三行から、次のことを推理した。
――この一片、すなわち、戸倉老人の持っていた半ぺらは、オクタンが持っていた半ぺらであって、自分、すなわち、戸倉老人は、これを地中から掘りだしたものである――
どうやら、これだけのことが分った。
オクタンとヘザ某とは、いったい何者であるか、それが分らない。これは文章のはじめの方に、説明があったのだろう。そこのところが焼けてしまったために、とつぜんオクタンとヘザ某の名がでてきて、彼らが何者であるのか、その関係や、二人の時代が分らないのである。
後日になって明らかになったことだが、このように解釈した春木少年の推理は、原文の意味の七分どおり正しく解いているのであった。少年探偵としては、及第点であった。
このとき以来、彼は、右の解釈を
――ヘザ某は、オクタンの放った暗殺者のために殺され、ヘザの持っていた黄金メダルの半ぺらは行方不明となった。オクタンは自分の持っている半ぺらをたよりに、宝探しをこころみたが、うまくいかなかった。そして彼は、残念に思いながら死んでしまった。だから、世界的大宝物は、まだ発見されずにもとのところに保存されている――
まず、こんな風に推定したのだった。
だから、オクタンは、とても悪い
このことが正しいかどうか、読者諸君には興味が深いであろう。なぜなれば、諸君は春木少年のまだ知らない事実――四馬剣尺や猫女のことなどを知っているのだから。
きれいな
かわいそうなのは、自宅からヘリコプターにさらわれていった牛丸平太郎少年だった。
彼がヘリコプターに収容せられたときには、気を失っていた。だから、あとのことはよくおぼえていない。
気がついたときは、固いベッドの上に寝ていた。おどろいて彼は起き直った。からだが方々痛い。
「おお、これは……」
明かるく照明された、せまい一室だったが、入口は
「ぼくを、こんなところへいれて、どうするつもりやろ」
牛丸は、鉄格子のところへいって、それが開くかどうかためしてみた。だめだった。鉄格子の外側には、がんじょうな錠前がぶら下っているのが見えた。
鉄格子の前は通路になっていた。そして正面には、壁があるだけだった。
どこか抜けだすところはないかと、牛丸少年は部屋中を見まわした。天井に小さい空気穴があいているだけだ。そこからでようとしても人間にはできないことだった。小さい猫ならでられるかもしれないが、牛丸は猫ではなかった。
天井は、高かった。室内には、ベッドの外になんにもない。いや、一つあった。それは便器であった。
牛丸少年は、この部屋に永いこと、とめておかれた。ここでは、時刻がさっぱり分らなかったけれど、
牢番は、五十歳ぐらいのじゃがいものように、でくでく太ったおじさんだった。牛丸が話しかけても、牢番男は首を左右にふるだけで、返事をしなかった。
(わしは、耳がきこえないし、口もきけないよ)
と、知らせた。
牛丸は、がっかりした。すべての
疲れ切っていたと見え、その姿勢のまま、牛丸はねむってしまったらしい。
「起きろ。こら、起きろ、子供」
あらあらしい声に、牛丸はやっと目がさめた。
「さあ起きろ。
前後左右をまもられて、牛丸少年は通路を永く歩かせられ、それからエレベーターに乗せられて上の方へのぼっていった。その道中に彼はたえずあたりに気を配ったが、それはなかなかりっぱな建物に見えた。彼はここがカンヌキ山のずっと奥深い山ぶところにかくされたる
「頭目。牛丸平太郎をつれてまいりました」
若い男は、頭目四馬剣尺が待っている大きな部屋へ少年をつれこんだ。
牛丸少年は、そこではじめて頭目なる人物を見た。
華麗に中国風に飾りたてた部屋の正面に、一段高く壇を築き、その上に、竜の彫りもののあるすばらしい大椅子に、悠然と腰を下ろしているあやしき
その左右に、部下と見える人物が、四五名並んでいた。秘書格の木戸の顔も、それに交っていた。机博士のほっそりとした姿も、その中にあった。頭目が、覆面の中からさけんだ。
「うむ。
若い男は、入口を背にして、
木戸が前にでていって、牛丸少年の肩をつかんで、頭目の前に引立てた。
「
頭目は木戸に注意をした。
「これ、牛丸平太郎。お前にたずねたいことがあったから、ここまできてもらった。これからたずねることに正直に答えるのだぞ。もしうそをついたら、そのときはひどい罰をうけるから、うそはつくなよ」
太い
牛丸少年は、だまっている。彼は、頭目の顔の前にたれ下っている三重のベールがふしぎで仕方がなかった。
「おい、牛丸平太郎。お前は、戸倉老人から黄金メダルの半分をうけとったろう。正直に答えよ」
頭目はそういって、牛丸の返事はどうかと、上半身を前にのりだした。牛丸少年は、それでもだまっていた。
頭目は少年が返事をしないので、機嫌をわるくした。彼は肩を
「さあ、早く答えよ。お前が戸倉老人から渡された黄金メダルの半分は、どこへ隠して持っているのか」
と、声をあらくしていった。
「ぼくにものを聞きたいのやったら、聞くように礼儀をつくしたらどうです。昨日からぼくを
牛丸は、はじめて口を開くと、相手の非礼をせめた。
「お前から礼儀のお説教を聞くために呼んだのではない。こっちからたずねることだけに答えればよい。それを守らなければお前の気にいるような
頭目が、椅子の腕木のかげにつけてある
「あ痛ッ」鎖はぴーんと張った。そして鍋のようなものはしずかに持ちあがった。と、それに牛丸の頭髪が密着したまま、上へひっぱられていくのであった。
あの手この手
「痛い、痛い」牛丸少年は
痛い。髪の毛がぬけそうだ。もがくと、ますます痛い。牛丸は歯をくいしばり、ぽろぽろと涙を流した。
「これは
頭目は、けしからんことをいってから、拷問をとめた。鍋のようなものは、牛丸の頭髪をはなして、鎖紐と共にがらがらと天井の方へあがっていった。
日頃はのんき者の牛丸平太郎も、この拷問には参った。このような野蛮な責め道具を、さかんに持っているのだとすれば、うっかりことばもだせない。
「そこで、もう一度聞き直す。戸倉老人から渡された黄金メダルの半分は、今どこにあるのか。さあ、すぐ答えなさい」
頭目の声は、以前よりはやさしくなった。やさしくなったが、その
「ぼくは正直にいいますが、戸倉老人だの黄金メダルだのといわれても、何のことやら、さっぱり分りまへん。これはほんとです」
「なにイ……まだうそをつくか。それなれば――」
「いくら拷問されたって、今いったことはほんとです。今いうたとおり、なんべんでもくりかえすほかありまへん。それとも、ぼくからうそのことを聞きたいのやったら、拷問したらよろしいがな」
しゃべっているうちに牛丸はしゃくにさわってきて、又もやいわなくてもいいことまでいってしまった。
「知らないとはいわさん。それでは、証拠をつきつけてやる。戸倉老人をここに引きだせ」
頭目の命令によって、戸倉老人がこの部屋へつれてこられた。車のついた椅子にしばりつけられていることは、この前と同じだ。ひげ面をがっくり
戸倉老人の椅子は、頭目の前で、牛丸少年といっしょに並べられた。机博士がつかつかとやってきて、戸倉老人を診察した。それはかんたんにすんだ。机博士は自席にもどる。
「牛丸少年。お前の前にいるのが戸倉老人だ。この老人なら見おぼえがあるだろう。生駒の滝の前で、お前はこの老人から何を受取ったか。それをいっておしまい」
「この人、知りません。今はじめて会うた人です」
牛丸は、そう答えた。彼は生駒の滝の前に倒れていたのがこの老人かもしれないと思った。しかしあのときは、顔をよく見たわけでない。ヘリコプターから
「お前はどこまで
「待って下さい。ほんとにぼくは、この人を知りませへん。うそやありません。この人に聞いてもろうてもよろしい」
牛丸少年は
戸倉老人は、さっきから下を向いたままで、目を開かない。牛丸少年の顔を見ようともしないのであった。
老人の心の中には、今はげしい
「
と頭目は牛丸や戸倉老人のことをいった。
「よし、それでは、のっぴきならぬ証拠を見せてやろう。おい波、あの写真を持ってきたか」
すると戸口に立っていた波が、ポケットから
「ふーむ。これで見ると、あのときお前は現場にいた子供にちがいない。これを見よ」
頭目は、写真を牛丸に手わたした。
牛丸は、それを見た。そしてどきんとした。彼が生駒の滝の前まできたとき、ヘリコプターがまい下ってきたので、おどろいて柿の木にのぼった。そのときの彼の姿が、はっきりと撮影されているのであった。写真の中には、彼の顔をいっぱいに引伸してうつしてあるものもあった。それを見ると、これは自分ではないということができないほど、はっきりしていた。
「どうだ。その写真にうつっているのはお前だろう。お前にまちがいなかろう」頭目は、こんどはおそれ入ったかと牛丸少年の面をむさぼるように見つめる。
「これは、ぼくのようです」
牛丸は、あっさりとそれを認めた。
「しかし、この柿の木にのぼっているのがぼくだとしても、ぼくは誰からも、何ももらいません。ほんとです」
戸倉老人が、このとき
(おお……)老人の顔に、
(ああ神よ)老人は口の中で
そのとき頭目の、怒りにみちた声がひびいた。
「なんという手際のわるいことだ。調査不充分だぞ。責任者は
左右をふりかえって、頭目は部下を
「この剛情者二人は、当分あそこへ放りこんでおけ」
そういい捨てて、頭目はうしろの
(あの覆面の下に、どんな顔があるのか。早く見てやりたいものだ)
彼はこわさを忘れて、好奇心をゆりうごかした。
ここで話は、春木少年から
今、姉川五郎のことをくわしくのべるにあたるまい。なぜなれば、彼はひどく酔払っていて、どうにもならない。彼の服装は、ぼろぼろ服と別れて、りゅうとした若い海員姿に変っている。よほどたんまり金がはいったと見える。
彼がお
大金をつかんで、
「こんなにかけないで、丸々満足なのがあったら四割がたええ値で買いまっせ」
姉川は、ふふんと笑ったまま、店をでていった。
「ふふふふ。まるでただのようなもんや。つぶしても十二万円には売れる。しかし惜しいもんや。らんぼうなやり方で、半分に切断しよった。中まで黄金かどうか見るつもりやったんやろ」
老商はひとりごとをいいながら、黄金メダルを
それは、姉川五郎が黄金メダルを売りとばしてから三日目の昼さがりのことだった。
その日は、ふしぎに例の三日月形の黄金メダルが客の目を吸いつけた。結局、その日黄金メダルにさわったお客の数は三名であった。
最初の客は、意外な人物、立花カツミ先生であった。
その日、立花先生は、新しい体操の実演と打合会のために海岸通りの
はじめ、金谷先生がその飾窓の前に足をとどめた。先生はめったにこんなところへこないので、ガラス戸の中におさまっているいろいろの商品をもの珍らしくながめた。立花先生の方は、そんなものにあまり興味がないらしく、すこし迷惑そうな顔で、金谷先生のうしろに立っていた。
その金谷先生が笑いだした。
「はははは。この店は、がらくた店なんだよ。ちょっと見かけはいいが、ろくでもないものばかり並べてある。あれなんか、金貨の半かけだ。金貨の半かけはおかしい。金貨にしては大きいからメダルかな。とにかく半かけでは買い手もあるまいに……」
立花先生の顔が、飾窓へよってきた。
「立花先生。ほら、あそこにある金貨の半かけみたいなもの、あれはメッキですかな、それとも本物の金ですかな」
「さあ……」立花先生は、かすれたように声をだした。
「あれがもし本物の金だったら、あれだけあれば、うちの母のいれ歯もすっかり修理することができるんだがなあ」
「もう、いきましょうよ」先生二人は、老商チャンの飾窓から離れた。そしてにぎやかな元町へでた。
半町ばかり歩いたときに、立花先生は金谷先生に、
「わたくし、忘れていた用事を思いだしました。これからちょっといって参りますから、ここで失礼いたしますわ」
といった。そして二人は別れた。
立花先生は、すたすたとうしろへ戻った。そして先生は例の万国骨董商の店へはいった。老主人チャンは、
「なにをお目にかけましょうかな」
チャンは、もみ手をしながら、首をさげた。首を下げながら、美しい客の
立花先生は、黄金メダルの半ぺらを見せてくれといって、手にとってよく見た。それは先生の気にいったようであった。そこで値段を聞いた。
「さよう。あんたさんのお望みですさかいに、大まけにまけまして、二十万円ですな。あれは純金に近いものでな、そのうえ、えらい
二十万円だという。三万五千円で姉川五郎から買いとったものが六倍の値段でふっかけられたのである。
「二十万円ですか。高いわねえ」
「それだけの値打は、十分におまんねん。その道の者なら、よう知ってます」立花先生はしばらく
「わたくし、ここに二十万円のお金を持っていないのです。それで今手つけ金として二万円おいてまいります。これから家へかえって、のこりの十八万を持ってきますから、それをわたくしに売ったものとして下さい」
「へえーッ。どうもありがとうはんで。あの、二十万円で買いはりますか。よろしおます。二万円のお手つけ金。ここへちょうだいいたしましょう」
チャン老人は、自分のおどろきを隠すのに骨を折った。十五万円ぐらいに値切るかと思いの外、いい値の二十万円で買うというのだ。そんなことなら、もっと吹っかけておけばよかった。こんな質素ななりをしていた婦人のことだから、二十万円だといえば、びっくり仰天して、すぐさようならと店をでていくかと思いの外、とんでもないちがいだった。
その婦人客がそそくさと店からでていったあと、チャン老人は、黄金メダルを元のガラス箱の中に返した。
あとの二人の客
老商チャンは、またもとのように小鳥の籠に近づいた。
そして彼のかわいがっている小鳥に、餌をあたえはじめた。それが大方終りに近づいた頃、
「はい、ごめんよ」と、店へはいってきた男があった。背の高いりっぱな人物だった。日本人のようであり、また外人のようにも見える。
この紳士こそ、四馬剣尺の部下として重きをなす机博士その人であった。
「ご主人。そのガラス箱の中にはいっている金貨の半分になったようなものを、ちょいと見せてもらおう」
博士は、長い手を延して、ガラス箱の棚を指した。
「ああ、これですか」
老商チャンは、それを取出して客に見せた。チャンは、立花先生と
「これはおもしろいものだ。惜しいことに半分になっている。ご主人、これは本物のゴールド(
「
「ふふん。で、値段はいくら」
「あまり売れ口がええものやないさかい、まあ大まけにまけて三十万円ですな」
「三十万円! あほらしい、そんな値があるものか。ご主人、十五万円ではどうだ」
「あきまへん。三十万円、一文も引けまへんわい」
「そうかね。それじゃこれから三十万円、なんとかして集めてこよう」
机博士はそういって、チャンの骨董店をでていった。
その博士は、店先から五六歩離れると、肩をすくめて、ふふんと笑った。
「あの慾ばり
そういって、机博士は、オーバーの
「……だが、あの黄金メダルがあそこに売りにでていることを、頭目に知らせたものか、それとも何とかして、おれが手に入れておいたものか、さて、どっちにしたものだろうなあ」
博士は、海岸通りの方へ、長いコンパスで歩いていった。
第三の客がきたのは、それから三十分ばかりあとのことであった。
その人は、外国の船員の服装をつけていた。髪も瞳も黒くて、日本人のようであったけれど、顔色の赤いことや鼻柱の高いことなどから見て、スペイン系の人のようであった。彼の顔立ちは
「その半分のメダルを見せて下さい」
彼はおぼつかない英語で、そういった。
老商チャンは、客よりは上手な英語で応対した。彼は、今日はこの黄金メダルに、妙に人気が集っているのに気がついて、上機嫌であった。それと共に、彼はゆだんをしなかった。
刀傷のある船員は、黄金メダルを何十ぺんとなく裏表をひっくりかえし、またチャンから
「これいくらで売りますか」と、老商にたずねた。
「四十万円です」チャンは、こういうのは金持ではないから早く
「四十万円ですか。私、千二百ドルで買います。千二百ドルなら五十万円以上にあたります。あなた、いい商売します」
客はそういって、ポケットから米貨の紙幣をチャンの前へ並べだした。チャンは、近頃こんなにびっくりしたことはない。
「待って下さい。この品物は、実はもう売約ができていまして、さしあげかねます」
「いくらで売約しましたか」
「それは、あの……」老商チャンは、まさか正直に二十万円とはいいだせなかった。
客は、紙幣を並べおえた。
「私、五十万円に買う契約、さっき、あなたとしました。私、買います。五十万円の高値でこれを買う人、私より外にありません」
「よろしい。売りましょう」
チャンは、ついにそういった。二十万円に売るよりも五十万円に売った方が二倍半の大もうけだ。売約したあの婦人には、手つけの二万円の外に、あと五千円か一万円つけて返せば、文句はないだろう。そう思った老商チャンであった。
客は、黄金メダルの半ぺらを持って、店をでていった。チャンは、受取った紙幣をもう一度数えるのに熱中していた。
それから七八分あとのことだったが、万国骨董商チャンフー号の店先を通りかかった一人の少年が、不意に立ちどまって、さけび声をあげた。
「うわーッ。これは血やないか。店の奥から、えらいこと血が流れてきよるがな」
その声に、近所の人たちがおどろいてとびだしてきた。そしてチャンの店内へはいって、老主人の名を呼んだ。
チャンの返事はなく、ただ籠の中で、小鳥がチチチと鳴いていた。
「どうしたんやろか、チャンさんは……」
「あっ、こんなところに倒れている」
店の奥に、老商は
かわいそうな万国骨董商チャン老人殺しのニュースは、たちまちこの港町のすみずみまでひろがった。
「なんというむごたらしいことをする犯人だろう。あの老人は家族もなく、さびしく小鳥と住んで、あの店をやっていたのに、ああ気の毒だ」
老人を見知っている人々の中には、こういってその死をいたむ者もいた。
「チャン
そういって、にくまれ口をきく者もいた。
「いや、それは
「ちがうよ。ピストルで撃たれたんだ」
「あ、ピストルか。ピストルでもいいよ」
「ほんとかい、その話は」
「つまり、そうでもあろうかと、わしは考えたんだがね」
「なんだ。ひとが事件に熱中しているのをいいことにして、うまくかついだね」
「とにかく、あの爺さんは、
たしかにそのとおりで、犯人の
彼は、チャン老人の絶命の三十分あとへ現場へついて、さっそく捜査の指揮をとったのであるが、血の流れている店内は、事件発見者の少年のしらせで駆けつけた近所の人たちによって、すっかり踏みあらされていた。犯人をつきとめるための
それに、チャン老人は、店内にひとり住んでいたので、当時の店内の様子を証言する者がいなかった。向う三軒両隣はあるけれど、今日はチャン老人が殺害されると分っているなら、老人の店に出入りする人物に注意を払っていたであろうが、そんなことはあらかじめ分っていなかったので、誰も正確に出入りの人物を証言する者がなかった。おそらく犯人は、そういう事情をのみこんでいて
店内をしらべて、何が盗み去られたかを調査した。
その結果が、またはっきりしないのであった。なにしろたくさんのこまごました物がある。その品物の
金庫は閉っていた。この中を調べたが、これもまたはっきり分らない。金庫の中には、日本の紙幣やアメリカの紙幣などがしまってあった。これだけが
かれ秋吉警部には興味のないことであったが、読者には興味のあることがらを、ここで一つ述べておこう。それはアメリカの紙幣で千二百ドルがそっくりそこに残っていたことである。これは犯人がどういう種類の人物であるかを判断するのに、一つの参考となる。――秋吉警部は、気の毒にも、そのような資料をつかむ機会にめぐまれていないのだ。
そこで警部の注意力は、もっぱらチャン老人の
ピストルで心臓のまん中を見事に撃ちぬかれたのが、老人の死因だった。老人は声もたてずに死んだのであろう。
ピストルは老人の胸に向けられ、その銃口は老人の服にぴったりとふれていたにちがいない。その状況で、ピストルは発射されたのだ。だから銃口のあたっていた服には穴があいており、その穴のまわりの服地は、
ピストルの
「犯人は、
警部は、そう思って
老人は、帳場の台をへだてて、客と向いあっていたらしい。それから老人は、奥へゆこうとして身体をすこし曲げた。そのときすばやく犯人が握っているピストルが老人の心臓を服の上からねらい、
それから犯人はどうしたか。それがさっぱり分らない。何か目星をつけてきたものがあって、それを取出して、すばやく逃げうせたものか、それとも老人を
しかたがないので、警部は、各署や
水上署には、外国船員にも気をつけてくれるように特に依頼した。だが、外国船員にあやしい者があっても、これを検挙するまでに持っていくことは容易なことではなかった。
秋吉警部はだんだんやつれていった。そして事件は迷宮入りらしく思われてきた。
もしも、チャン老人が殺される日、あの店をたずねた客たちが名のってでるなら、警部は有力な手がかりをつかんだであろう。しかし誰も名のってでるものはなかった。むりもない。かかりあいになるのを恐れてのことだ。
海岸通り
春木少年や牛丸少年の組をあずかっている金谷先生も、この新聞記事を読んだ。そしてすぐ気がついた。
「ははあ。あの店だ。
あの家の主人が殺されたんだな。それを分っていれば、もっとよく顔を見ておくんだったのに」
と、先生はすこしばかり残念であった。先生は登校すると、この話をとくいになって教員室にしゃべり散らした。
「白いひげを長くたらした爺さんなんですよ。いかにも小金をためているという風に見えましたね。そういえば、
こんな風に話すものだから聞き手の先生がたは、もっとくわしいことを聞きたがった。
「いや、それだけのこと。ぼくは、中へはいって見ようかと思ったんですが、連れの
金谷先生がそういうと、
そこへ立花先生がはいってきた。
「まあ、みなさん、なにをそんなにおもしろがっていらっしゃるんですの」と、にこにこしてたずねた。
「あはは。金谷先生が、例の殺されたチャンという
「まあ、いやなことですわ」
と、立花先生は、美しい
「金谷先生は、あの店主が殺されると分っていたら、店の中へはいって、しげしげと見てくるんだったなどというもんだから、みんなで笑っていたところなんです」
「気味のわるいお話は、もう聞きたくありませんわ」
「金谷先生のいうことに、連れの立花先生がうしろにこわい顔をして立っているものだから、ついにはいるのをあきらめたといってますよ」
「えッ」と立花先生はかたい顔になって金谷先生の方に向き直ったが、すぐ顔を
「金谷先生。よけいなおしゃべりをなさるものじゃありませんわ。かかりあいがあると思われて、警察へひっぱりだされるようなことがあったら、つまらないじゃありませんの」と、かるくたしなめた。
「まいった。これは一本まいりました。今までのおしゃべりは取消しだ」
と、金谷先生はすっかり
金谷先生は、てれくさくなって、ひとりその座を立って、運動場へでていった。運動場では、早く登校した生徒たちが、元気にはねまわっていた。
「金谷先生」先生は、自分の名前をよばれて、はっとわれにかえり、その方を見た。
四人の少年が、そろって、前へ近づいた。その中には春木少年の顔が
「どうしたの。いやに改まっているね」
と、金谷先生が受持の学童の顔を見まわした。
「先生。ぼくたち四人は、少年探偵団を結成しようと約束したんです。それで、先生に少年探偵団の
「少年探偵団だって。それはいったい、なんの目的で結成するのかね」
「まず第一の目的は、ぼくたちの級友である牛丸君を一日も早く救いだしたいことです」
「それは警察がやってくれる。君達が手をださないでもいい」
「でも、警察だけにまかせておけないと思うんです。なにしろ、今になっても、警察はすこしも活動をしてないようですからね」
「それは相手が手ごわいから、準備のためにそうとう日がかかるんだろう。君たちがでかけていってもだめさ。相手が強すぎるからね。
先生は、少年たちが、きっと落ちこむにちがいない悪い運命を思って、その
「第二の目的は、世界にまれな宝さがしに成功することなんです」
「なんだって。世界にまれな宝さがしとは……」
「先生。牛丸君がかどわかされたことも、実はこの宝さがしに関係があると思うんです。そしてほんとうは、ぼくが連れていかれるはずのところ、
「君のいっていることは、さっぱりわけが分らない」
「それはこの事件のはじまりからお話しないと、お分りにならないのです。実はこの前、牛丸君とぼくと二人でカンヌキ山へのぼりましてねえ……」と、それから
先生はおどろいて、はじめは「ほう」とか「おもしろいね」といっていたのが、終りには腕をくみ、身体をかたくして、「ふん、それからどうした」とか、「それはたいへんだ。で、どうした」とか、さかんに力んでたずねた。
「これが焼け残った絹のハンカチの一部です」
と、春木少年が金谷先生の手にそれを渡したとき、先生の緊張は
「なるほど。これはほんものだ。えらいことになったものだ」
先生はそこで頭をひねって、しばらく沈黙したが、やがてあたりへ気をくばり、低い声でいった。
「春木君。先生は昨日、君がとられたという黄金メダルの半ぺららしいものを、海岸通りの横丁の骨董店の飾窓の中に見かけたよ」
「ええッ。先生、それはほんとうですか」
「ほんとうかどうか、とにかく君が今話をした
「あッ、それにちがいありません。先生、その店はなんという店ですか。どこにありますか。教えて下さい。これからぼくはすぐいって、取返してきます」
こんどは春木少年の方が、大昂奮してしまった。
「待ちたまえ、春木君。その店の老主人は昨日何者かのためにピストルで殺されてしまったんだよ。今朝の新聞を見なかったかね」
「ああッ。そうか。すると今朝の新聞にでかでかと大きくでていたチャンフー号主人殺しというのはこの店ですね」
「そうなんだ。だからね、今はその筋で殺害犯人を見つけようと
先生がおそれるわけは、もっともであった。しかし春木少年は、警察にこの話をしてもいいと思った。そして店の飾窓にあったその黄金メダルを、自分にかえしてもらうには、早く話をした方が有利だと考えた。
この考えを話すと、先生は困ってしまった。
(しまった、とうとうまたおしゃべりをしすぎた。さっきあんなに立花先生からいましめられていたのに、それを忘れて又しゃべった。下手をすると、自分は参考人か
きびしい
「
「ふふン」四馬は、かるく笑っただけであった。
「こんどからは、なんとかたしかな連絡の道を用意しておいていただかないと、万一のときにわしは、この山塞を持ち切れませんよ」木戸は久しぶりに腹を立てているらしい。
「大丈夫だ。万一のときは、おれがとびこんでくるから、心配はいらねえ」
「こっちから知らせたいことがあっても、それができないとすれば、結局頭目の大損害じゃないですか」
「すると、なにかおれに知らせたいことがあったんだな。それは何だい」
「わしではないんです。机ドクトルが、何か見つけてきたんです。それが三日前のことで、ドクトルは町へいったんです」
「ふーン。三日前のことか」
頭目は、ベールの中で、日を
「チャンフー殺しのあった日のことだな」
「そうです。あの日の午後、ドクトルは息せき切ってここへ戻ってきましてな、『頭目はどこにいる』と食いつくようにいうんです。どうしたのかと訊くと、『一刻も争うことだ、頭目の耳に入れたいことがある』という。なんだと聞きかえすと、『黄金メダルの半ぺらが、海岸通りのある店の飾窓に売りにでている』というんです。わしはおどろきましたね」
「それからどうした」頭目は気色ばんで、その先の話をさいそくした。
「それから頭目探しです。みんなをかりたてて、あらゆるところを探しまわりましたね。ところがだめなんです。机ドクトルからは、『まだか、まだか』と、きついさいそく。困りましたね。それで三日間、
「ばかだなあ。そんなものが見つかれば、なぜすぐに買いにいかないんだ」
「おっと。それはいわないことにしてもらいましょう。この山塞では、四馬剣尺頭目が命令しないことは何一つ行えないきびしいおきてになっているんです。これは頭目、あなたが作ったおきてですよ」
「よし、そんならよし。じゃあ、机博士をここへ呼んでくれ」
「はい」木戸がでていくと、やがて机博士がいれかわって細長い身体をこの部屋にあらわした。彼は木戸とちがって落ちつきはらっていた。頭目の前までいって、
「ご用ですかな」
「今、木戸から聞いたが、三日前に、海岸通りのある店で、黄金メダルの半ぺらを見つけたって」
「偶然に見つけましたよ。さっそく頭目に知らせようと骨を折ったんですが、残念にも、頭目に運がなかったな」
「本物かい」
「さあ、私は本物と鑑定しましたね。それも頭目がこの間まで持っていた半ぺらではなくて、その相手になる半ぺらでしたよ。三日月形をして、
「お前は、それを手にとってみたのか」
「手にとってみましたとも。万一、にせ物では頭目に知らせてお叱りをこうむるばかりだから、
「三十万?」頭目はちょっとことばをとめたあとで「三十万円にちがいないか」
「ちがいなし。しかしなぜ頭目は、そんなことを聞くんです」
「とほうもない高値だから」
「ふふン」と机博士は、けいべつをこめた笑い方をして、
「しかしこれが例の宝庫へ連れていってくれる案内者なんだから、三十万円はやすいと思うがなあ」
「あの店の商品としては高すぎるんだ、そして君はどうした」
「どうしたもあるもんですか。さっそく山塞へかけ戻って、頭目に知らせるよう大さわぎを始めたんです。いったい頭目は、どこへいったんです」それに答えないで、頭目はぴしゃりとことばを机博士に叩きつけた。
「お前は、チャンフーの店前で、なにか手品をやりゃしなかったか」
「手品ですって。とんでもない。私は、手術ならやりますが手品はやりませんよ」そういって机博士はうそぶいた。
二人の間に、しばらく沈黙があった。
と、とつぜん博士は口を開いた。
「チャンフーを殺したのは私じゃありませんよ。あんな老ぼれを殺す理由なんか、私にはありませんからね。……それより頭目。早くあの店へいって黄金メダルを持ってきたらどうです。頭目が今まで持っていたのは
「やめろ。あの店にはもう黄金メダルはないんだ。チャンを殺した犯人が持っていったのか、それとも……」
「それとも」
「まあ、それはいうまい」
「頭目。はっきりいって下さい。私が盗んできたとでもいうのですかい」
「おれは知らない。今日までかかって、いろいろと調べたが、手がかりなしだ」
頭目は、いつになくがっかりした調子でいった。
その後、牛丸平太郎少年は、監房の中におしこめられたままになっていた。あれ以来一度も頭目の前にもひきだされないし、またその
たいくつで、やり切れない牛丸少年であった。三度の食事が待ちどおしかった。その食事は、口がきけず耳のきこえない男が、きちんきちんとはこんでくれた。「
とにかく小竹さんが顔を見せてくれるのが、牛丸少年にとって、一日中の一番うれしいことだった。少年は小竹さんに対し、親しみの表情を示したが相手の小竹さんにはそれが感じられたことはない。いつも寝ぼけているような間ぬけ顔であった。牛丸少年は、たいくつに
あの老人も、たしかにこの地下牢のどこかの一室におしこめられているはずだった。それはいったいどこだろう。そしてどうしたらあの老人と連絡がとれるだろうか。牛丸少年はそれを宿題として考えはじめると、すこしもたいくつでなくなった。ただし、この宿題の答は、かんたんにはでてこなかった。
「戸倉老人の監房は、もう一階下にあるんだな」やっとこの答が少年の頭の中に浮かんできた。それは小竹さんが食事をはこぶときの行動で、それと察したのである。
なぜかというと、小竹さんが食事を持ってくるときは、それを手さげ式の金属製の
(一階下にあのおじさんが入れられているんだったら、ぼくと話をするのはちょっとむずかしいことになる)
少年は、ざんねんに思った。
しかしなにかうまい方法を考えつくかもしれないと、その後も頭をひねって、監房の前の交通に注意を
机博士が、朝早く一度、前を往復する。しかし牛丸少年のところへは寄らない。どうやら博士は、
牛丸は、食器を両手に持って、入口までいった。そして鉄格子の向うに待っている人物と顔を見あわせて、おどろいた。
「しいッ」相手は、唇へ指を立てて、しずかにするようにと注意した。頬かぶりに鳥打帽の姿はいつも見なれた小竹さんの姿だったが、顔はちがっていた。ひげだるまのような戸倉老人であったではないか。
「あッ、あなたは、どうしてここへ……」
「しずかに、わしは君に聞きたいことがあって、危険をおかしてここへやってきた」
と、老人はそれから岡持を床へおき、顔を鉄格子につけて早口で牛丸君に話しかけた。そのときの話は、主に春木少年のことであった。だが老人は、彼が春木に渡した黄金メダルのことについては一言もいわなかった。老人の知りたいのは、春木君の
だが老人は、牛丸少年の話から考えて、春木少年の身の上に危険があることを
「ぼくをここから逃がして下さい。そうすればきっと春木君に、あなたの
牛丸はそういった。老人は考えておくといい、その場を去った。彼は奥へ引返し、そして階段を下りていった様子である。
それからしばらくすると、彼はもう一度牛丸の監房の前へやってきた。だがそれは戸倉老人ではなく、本物の小竹さんであった。
牛丸は、おやおやと思った。そして疑問が一つ、ぴょんと
(おかしいぞ。戸倉老人は、この口がきけず、耳のきこえない小竹さんに、どういう方法で話を通じて、小竹さんに
全くふしぎなことだ。
ひょっとすると、小竹さんは、わざとよそおっているのではあるまいか。そう思った牛丸少年は、
「ふーン。やっぱり小竹さんは、ほんとに口と耳が不自由なのかしら」
牛丸少年は、ため息をついた。
その後も、牛丸はしんぼうづよく、毎回小竹さんに話しかけた。だが小竹さんの態度は同じことであった。
ところが、それから三日目に、思いがけないことが起った。
それは夕食後、小竹さんが食器をあつめにきたときのことだった。牛丸少年が、食べ終ったあとの皿二枚とスープのコップとを、小さい窓口から小竹さんに渡そうとしたとき、あッという間に皿は牛丸の手をすべって――いや、牛丸少年は皿を小竹さんに渡し終ったつもりだったから、手をすべらせたのは小竹さんの方であろう――皿は少年の監房の床に落ちて、小さな破片になってとび散った。牛丸は青くなった。今にも小竹さんから、すごい
小竹さんは、そうしなかった。彼はかぎをだして、監房の戸を開いた。そしてしずかに中へはいって、破片をひろいだした。破片を岡持の中へ拾っているのだった。牛丸はおだやかな小竹さんの態度にますます
しばらくしてそれは終った。小竹さんはそのまま立ち上り、外へでた。そして入口に錠をかけりて立ち去った。その小竹さんのおだやかさに、牛丸は始めたいへんに叱られると思っていただけに非常に意外で、小さい窓口から小竹さんのうしろ姿を見送っていた。
そのときであった、彼はうしろから、かるく背中を叩かれた。
[#底本では1字下げしていない]おどろいた、このときは! この監房には自分の外に誰もいないのだ。だから少年はびっくりして、その場にとびあがったのだ。ふりかえった。
「あッ」
「しずかに!」白いきれを頭からすっぽりかぶり、すその方まで長くひいた
「あッ、春木君!」
「牛丸君。よくぶじでいてくれたね」
「ぼくを助けにきてくれたんやな。こんなあぶないところへ、よくきてくれたなあ」二人は、ひしと抱きあい、頬と頬とをおしつけて涙をとめどもなく流した。
どうして春木少年は、このおそろしい山塞にもぐりこんだのか。また、小竹さんが、なぜ春木少年を、そっとこの監房の中へすべりこませたのか。
そのような春木少年の冒険ものがたりは、その夜くわしく、牛丸君に語られた。
また、牛丸君の家がその後、どうなっているかということや学校の話、警察の話、チャン老人殺しの話など、春木君が牛丸君のために話してやることは多かった。
牛丸君の方でも、この山塞に連れてこられてからこっちのことについて語ることが少くなかった。
それらのことがらの中で、読者がまだ知らない話をここで
台の上には、頭目用の椅子が一つおかれているだけで、人の姿はその上にない。いやこの部屋には今誰もいない。
垂れ幕の奥では、かすかな音が、ときどき聞える。
頭目が、この
それこそ机博士であった。
博士ただひとりだ。博士は、
机の引出もあけた。戸棚もみんなあけて調べた。秘密の大金庫も、壁からくりだして、すっかりあけて調べた。ありとあらゆる
(無い。なんにも無い。黄金メダルに関するものは、こんなところへはおいておかないのかな)
博士は無念に思って、唇をかんだ。
(たしか、この前、この部屋へ黄金メダルをしまうのを見たのだが……あれは、たとえ
机博士は、チャンフー号の店で、秘密に撮影した三日月形の方の黄金メダルの半ぺらの写真を持っている。もし頭目の部屋に、頭目が猫女にとられた、
だが、いよいよ探してみると、ここぞと思った黄竜の間に、思う品物がないのである。博士はくやしくてならなかった。
「手をあげろ。
「うッ!」博士は青くなって、さっと両手をあげた。あの毒棒は、押
「この間から、どうもお前の様子がへんだと思っていたが、この部屋でいったい何をしようと思っていたのだ」
頭目は落ちつき払った中に、
博士は、口をかたくつぐんでいた。
「いうんだ。いわないと、こいつがとんでいく。お前がよく知っている恐ろしい
「黄金メダルの半分の写真でもお持ちなら、ちょっと見せていただきたいと思ったのです。それだけです」
博士は、ついに返事をした。
「それだけだって。ふふン」と頭目は
「しからば、お前はチャンフーのところから、三日月形の半ぺらを持ってきたんだな。いや、ちがうとはいわせない。そうでなければ、おれが持っていた半ぺらの方を見たいなどという気を起すはずがない」
そうではないと、博士は一生けんめいに弁明した。だが、博士の弁明が真剣になればなるほど、頭目はそんなことが信じられるか、とはねつけた。そしてついに、
「そうだ。これからお前の部屋へいこう。この部屋でやったとおりのことを、おれはお前にやりかえしてやる。部屋のものをみんなひっくりかえして、
「あッ、それは……頭目。許して下さい」
博士の態度が一変して、気が変になったように見えた。が、すぐ博士は元にかえって、そのような乱暴は思い
「ならん。お前の部屋へゆくんだ。先へ歩け。命令をきかねば、毒矢をぶっ放すぞ」
もう仕方がなかった。机博士は、しおしおと歩きだした。その背中に、頭目が毒矢銃をぴったりとおしつけた。
「
向うを向いて、重い足をひきずって進む机博士の顔には、ふしぎな
(今にめにものを見せてくれる。その時になって腰をぬかすまいぞ。へん、おれの作った罠の中にわざわざおはいり下さるのだ。四馬剣尺の
博士のひそかなる気味のわるい笑いは、もちろん頭目には見えるはずもなかった。その頭目もまた、ひそかなる笑みを口のあたりに浮べていたのだ。
(見ろ。こんどというこんどは、
ついに机博士は、自分の部屋の扉を開いた。そのとき彼は、自分のうしろに
「ふりかえるな。向うを向いていろ」頭目が大声で叱りつけた。博士はぎくりとして、首を正面へ向けかえた。……が、今ふりむいたときにちらりと見たことだが、頭目のそばにもう一人背の高い人物がいたように思った。
「早くはいれ」机博士は背中をつかれた。
そこで室内へ足をいれた。室内は、
「部屋を明るくするんだ。これじゃ暗すぎて、なんにも見えない」頭目がそういった。
(待っていました!)
と、博士は、心の中でおどりあがった。
「はい。今、明るくします。ちょっとお待ちなすって」
「へんなまねをすると許さんぞ。おれはお前のそばをはなれないから、そう思え」
頭目が部屋の中へ足を踏み入れた。
「大丈夫です。へんなまねなんかしません。そこに油だらけの機械がありますから、けつまずかないようにして下さい。今すぐスイッチをひねりますから、ちょっと――」
博士はぐんぐん奥へはいっていった。そして壁ぎわに置いてある四角い機械のうしろへまわった。博士の顔には、またもや気味のわるい微笑が浮かんだ。
(今だ。化けの皮をはいでやるときがきたぞ。
博士はスイッチを入れた。それこそこの間中から博士が考案し、組立てていた大きなエックス線装置であった。これは広角度にエックス線を放射して、人間の身体全体を照らし、そして部屋のまん中にぶら下げてある、幅二メートル高さ三メートルの大きな
さッと、蛍光が、幕面を照らした。
実にたくみに、頭目の全身の透視像が幕面に写った。着衣や冠の
「あッ」頭目は気がついた。
手にしていた毒矢のはいった棒銃をふりあげた。その
ガーン。毒矢の棒は博士の方へとんできた。と、室内の電灯が全部消えた。完全な暗黒となった。そしてつづけさまに、いろいろな器物のこわれる音がした。
机博士の声はしなかった。また頭目の声もしなかった。
博士は、おそろしいものを見たのだ。
頭目の骸骨像によって、頭目の正体は、世にも奇怪なものであることが判明した。それはたしかに小さな男だった。その小さな男が、足に一メートル位もある高い棒をつけて立っているのだ。その上に
四馬頭目の正体は、小さな男だったのか。
この部屋に、このおそるべき光景を見た者が外にもう二人いた。それはその前にこの部屋に忍びこんでいた春木少年と牛丸少年とであった。二人はおそろしさに、もう生きた心地もなかった。さて、まっくらがりになったこの部屋のおさまりは、いったいどうなるのであろうか。
(われらの首領というのは、小男であったのか!)
机博士は、その意外に心をうたれ、危険の中に、しばらくぼんやりしていたほどだ。
彼は、首領がもっとほかの人物であると思っていたので、その予想は、エックス線を首領にあびせた結果、すっかり思いちがいであることが証明された。
(だが、どうもまだ、ふにおちないところがある。いつぞや、ひそかに
と、机博士の頭の中には、答がわり切れないで、ぐるぐる
がらがらッと、またもや器物がなげつけられ、机博士の頭の上に降ってくる。そして首領のあらあらしい息づかいが、だんだん近くによってくる。
(あぶない。このままでは殺される。どうかして逃げだしたい。
博士が思いだしたのは、この部屋の東よりの
(やっつけろ)
もうこうなれば、運を天にまかせる外ないと、机博士は決心をかためた。二カ所や三カ所に傷をこしらえるのは覚悟の上で、博士はくらがりを手さぐりで、横にはっていった。
なんでも、やってみることだ。荒れる首領の攻撃は、机博士の身体の移動のあとを追っかけてはこなかった。やっぱり、元のところに博士がかくれていると思い、がらがらッどすンどすンと、しきりに重いものがなげつけられていた。だから机博士は、
すこしは音がした。しかし室内はどんがらどんがらやっている最中であったから、すこしぐらいの音は相手に聞えそうもなかった。博士は、してやったりと、揚げ戸の下へ身体をもぐらせた。足の先に、階段がさわった。もう成功である。彼は、すっかり中へはいった。そして、揚げ戸を静かに閉めた。誰も追い迫ってくる様子はなかった。博士は、ほっと安心の一息をついた。
ここまでくれば、
「おやッ。今日は
そこには、いつもは電池灯がついていて、室内を照らしていた。これは停電に関係なく、いつでもついている電灯であった。それが今日は、運わるく消えている。どこか故障をおこしたのであろうか。そう思いながら、机博士は、鼻をつままれても分らない闇の中を、手さぐりで足をひきずりながら五六歩もすすんだであろうか、そのとき大きなおどろきが、彼を待ちうけていた。とつぜん彼の
「ほほほ、待っていたよ、博士さん」
闇の中に、たしかに女にちがいない声であった。何者?
おお、
「誰だ、君は!」博士は
「あたしかね。あたしは『猫女』さ。どうぞよろしく」
「えッ、猫女……」机博士のおどろきは、五倍になった。
「猫女が、なぜこんなところに――」
「大きな声をおだしでないよ。上では、あのとおり大ぜいさんが集っているんだよ」なるほど、上では大ぜいの足音がいりみだれている。きっと首領がみんなを呼び集め、姿を消した自分の行方を探しているのにちがいない。
「きゅうくつだろうが、手をうしろへまわしてもらいましょう」猫女はおそろしく力強かった。机博士の手をかんたんにうしろへねじり、がちゃりと
「君は、私をどうしようというんだ」
猫女は、首領から黄金メダルの半ぺらを奪ったことがある。すると、猫女は首領の敵だ。自分も今は首領の敵になっている。それならば、猫女は自分と手をにぎって、味方同志になってもいいのだと思う。「猫女よ、なぜ私をいじめるんだ」といいたい、机博士だった。
「お前さんからもらいたいものがあるのさ。すなおに渡してくれないことは分っているから、こっちでお前さんの
「なにッ。なにがほしいんだ」
机博士が不安なひびきのある声でたずねたのに対し、猫女はこたえなかった。そしてくらがりの中で、博士の身体をしらべていた。室内には、
「ああ、これなのね、お前さんが鬼の首をとったように思って喜んでいたのは……」
とうとう猫女は、目的物を探しあてたらしく、博士の下着のポケットから、小さいひとまきのフィルムを取出した。
「それはちがう。それは何でもない」机博士は、最後の努力をした。だが、猫女はそのフィルムを返そうとはしなかった。そして
「さっき見つけたフィルムは、こっちへもらったよ。お前さんは器用なことをやってのける人だよ。チャンフーを殺したのも、お前さんじゃないのかい」と、博士をからかった。
「とんでもない。私がチャン老人を最後に見たときは、彼はこれから百年も長生きをするような顔をしていた。あの慾ばり
「ふん。なんとでもいうがいい。でも、あたしはチャンフーの身内でもなんでもないから、お前さんに
猫女は、へんなことをいった。机博士が、その言葉の謎をとこうとしていると、いきなり目かくしをされてしまった。もちろん猫女の
それから猫女は、机博士の身体に、ロープをぐるぐるまきつけた。それがすむと女は博士の腰のところを叩いて、
「さあ、お歩きな。お前さんのこしらえておいた抜け穴から外へでるのだよ」
なんでも知っている猫女だった。なんというすごい奴だろうと、ものがいえない机博士は、くやしさとおそろしさに、からだをふるわせるばかりであった。
歩いて、穴の外へでた。ひやりと涼しい風が首すじに吹きつけたので、それと察した。いやまだある。眼かくしの布の下に、ほんのすこしばかりの
しばらく彼のところを離れて、向こうでなにかやっていた猫女が、このとき博士のそばへもどってきた。
「さあ、こっちへおいで」博士は又歩かされた。ごつごつした岩の上を歩かされた。
「そこでストップ。さて、これから二三秒の間、息をとめているがいいよ」
猫女が、妙なことをいった。机博士は聞きかえしたかったが、ものがいえない。それで一生けんめいに目かくしの
岩かどが見えた。
(あッ、おれは今、崖の端に立っている!)
机博士は
「今になって、じたばたするんじゃないよ。早いところやってしまうからね」
猫女が机博士の方へ近づいた。何をするのかしら。その時に彼は、目かくしの隙から、猫女の服の一部を見た。足も見た。スカートは、濃い緑色の服地でできていて、短いスカートだった。その下に長くのびた形のいい脚があった。二本とも
しかし緑の服、長く
(うッ)と、
彼の足は、すでに崖の端を離れた。宙にうかんだ彼の身体!
ああ、机博士の生命は風前の灯同様である。死ぬか、この変り者の悪党博士? それとも悪運強く生の
ごったがえす
二少年は、どうしたろうか。
机博士の
「この部屋からでようよ」
「うん。今ならでられるやろ」
春木と牛丸とは、小犬のようになって、すばやく部屋からとびだした。
「あッ。ちょっと待った。しいッ」
牛丸は、春木よりも一足早く外へでたが、とたんにおどろいて、身を引いた。そしてうしろにつづく春木をおしもどした。彼は、
その人影は、牛丸がとびだすのと、ほとんど同時に、廊下の
スポーツごのみの短靴がはやると見える。そうではないであろうか。
(誰であろう、今向こうへいった人物は?)
と、牛丸は首をひねった。しかし彼は、その人物を追いかけていくつもりはなかった。向こうへいってくれて
「さあ、走るんや。今のうちなら、
そこには、戸倉老人が待っていた。
老人は、
「それじゃ、わしたちはでかける。あとは頼みます。これから毎日、あんたの無事を祈る。
と、戸倉老人は、小竹の肩をかるく叩いて、眼に涙をうかべた。すると小竹は、二三回あごをしゃくってみせた。
「早くゆきなさい」と、いそがせているようだ。これでみると、戸倉老人と小竹との間にはひそかなる
そこで戸倉老人につれられ、春木と牛丸の二人は、山塞を逃げだした。どういくと抜け道にでられるか、そのことは戸倉老人がよく知っていた。要所要所の扉をあける鍵もちゃんと持っていた。あける前に、
それより牛丸少年がおどろいたのは、老人が元気いっぱいだったことである。牢の中でも、首領の前へ呼びだされたときでも、老人は一歩も歩けない
しかし老人が、いくら
なにしろ、おそろしいでき事だった。
町まで使いにいって、ちょうど山塞の近くへもどってきた
「うわッ、あぶねえ」
その使いの者は、
甲二郎の知らせで、さっきから机博士の
「うわははは、たいへんだ。見ちゃおれん」
「たしかに机博士だ。早く下へ網を張れ」
「おい、首領に報告したか」
「知らせたとも。今ここへ、首領もでてくる、といってた」
こんなさわぎが起っていたから、二少年と戸倉老人の脱出は、あんがい楽に行われたのだ。そしてみんなが網を張れだの、崖の上へいってそっと綱をひいてみろだの、竹ばしごを組んで二人ばかり登って助けろだのとさわいでいる間に三人の脱走者は反対方向の山へまぎれこんでしまったのである。
二少年と戸倉老人とは、たがいに助けあって、山また山をわけて逃げた。
腹が
牛丸少年の考えでは、思い切って西の方へ
千本松峠へでれば、あと四時間ばかり下って、
牛丸少年は、今日のうちに山姫山までたどりつかねばならぬという計画を他の二人に話し、その日の午後は、とくに前後に気をくばりながら、できるだけ
「そらきたぞ。動いちゃいかん。ぜったいに動くな」
戸倉老人が、叱りつけるようにいった。
このとき三人は、背の低い
いいあんばいに、ヘリコプターは、こっちへ飛んでくる途中で、とつぜん
ヘリコプターが追いかけてきたのは、その一回だけであった。タヌキ山を駆け下り、しばらく沢について歩き、それからいよいよ山姫山へのぼりだした。
こののぼりの二時間が、一番苦しかった。
山姫山の頂上に小屋があった。三角点のすぐわきのところである。これは
夕食の時刻がきているが、その用意はなかった。ただ戸倉老人は、チョコレートの残りと、それから三枚のするめを持っていた。それをかじって、
日が暮れだした。もうでてもよかろうと、三人は小屋の外にでて、下界をながめた。はるかに芝原水源地が、ひょうたん形をして
(ここまでくれば、もう大丈夫だ)
と、三人が三人とも、そう思った。
その夜、戸倉老人は、春木少年から
「わしも、デルマの黄金メダルの秘密について、全部を知っているわけではない。もし全部を知っているものなら、こんなところにぐずぐずしていないで、さっそく宝を掘りあてることに夢中になっているはずじゃ。正直なところ、わしはデルマの黄金メダルの秘密については、おぼろげながらその
と、老人は二少年の熱心な顔を見くらべた。
「この前、春木君に渡した
そういって老人は、ポケットから、チョコレートを包んであった紙をだし、そのしわをのばした。それから鉛筆の短いのを取出し、その先をなめるようにして次のような文章を書いた。
かっこで囲んだところは、春木君の手にのこった焼けのこりの部分に残っていた文字である。
――この黄金メダルは二つの破片
より成るものにして、スペインの海
賊王デルマが死の床において、彼の
部下のうち最も有力なるオクタンと
(ヘザ)ールとに各々一片ずつを与え
(たる)ものなりと伝う。この破片を
(二つ合)わせたるときはデルマの秘
(蔵する宝)庫の位置およびその宝庫
(の開き方を知)ることを得るよしな
(り。オクタンとヘ)ザールは仲悪かり
(しため協力せず)、互いに相手の有
(する黄金メダルの)一片を奪わんも
(のと暗殺者を送)りしため、両人共
(斃 れ黄金メダルは暗)殺者の手に移
(り、それより行方不明)になりたり
(ここにある一片はオ)クタンの所蔵
(せし一片にして余は地中)海某島 に
(おいてこれを手に入れたる)ものなり
より成るものにして、スペインの海
賊王デルマが死の床において、彼の
部下のうち最も有力なるオクタンと
(ヘザ)ールとに各々一片ずつを与え
(たる)ものなりと伝う。この破片を
(二つ合)わせたるときはデルマの秘
(蔵する宝)庫の位置およびその宝庫
(の開き方を知)ることを得るよしな
(り。オクタンとヘ)ザールは仲悪かり
(しため協力せず)、互いに相手の有
(する黄金メダルの)一片を奪わんも
(のと暗殺者を送)りしため、両人共
(
(り、それより行方不明)になりたり
(ここにある一片はオ)クタンの
(せし一片にして余は地中)海
(おいてこれを手に入れたる)ものなり
「まあ、こういうことなのじゃ。実はもう一枚このあとに絹ハンカチがあるのじゃ。これはわしが春木に渡すひまがなかったもので、六天山塞のきびしい取調べのとき、うまく見つけられないですんだものだ。それはわしの靴の中にしまってある。これがそうだ」
そういって戸倉老人は、右の靴をぬぎ、
――因 に海賊王デルマは、かつて日
本にも上陸したることありと伝う。
彼は大胆にして細心 、経綸 に富 むと
共に機械に趣味を有し、よく六千人
の部下を統御 せり。また彼の部下ヘ
ザールは、デルマが去りし後も一年
有半日本に停 り、淡路島 とその対岸
地方を根城 として住みしが、日本人
には害を及ぼすことなかりしため彼
を恐ろしき海賊と知る者なかりし由
なり。彼は義 に固 く慎重 にして最も
デルマに愛せられたり。オクタンは
剛勇 にして鬼神 もさけるほどの人物
なりき。
本にも上陸したることありと伝う。
彼は大胆にして
共に機械に趣味を有し、よく六千人
の部下を
ザールは、デルマが去りし後も一年
有半日本に
地方を
には害を及ぼすことなかりしため彼
を恐ろしき海賊と知る者なかりし
なり。彼は
デルマに愛せられたり。オクタンは
なりき。
「どうだね。今読んだ文章の意味が分ったかね」
戸倉老人は、そういって二人の少年の顔を見くらべた。
「分ったような、分らないような、どっちだか分らない」
と、春木がいった。すると牛丸が笑った。それにつられて老人も笑った。春木も、なんだかおかしくなって、いっしょに笑った。
「それじゃ、もう一度話に直してしゃべろう。
と、老人は、ことばに直して、同じことを復習して聞かせた。もちろん、ハンカチに書いてあるよりはくわしかった。しかし
「……あの黄金メダルの半ぺらを、わしが手に入れたときは、わしはある汽船に
老人は、そういってことばを結んだ。なにかいいにくいことがあるにちがいないと、春木はそう思った。
とにかく、おどろくべきことだ。
今までは、
「惜しいことをしました。あれを盗まれてしまって、まことに残念です」春木は、ほんとに残念でならなかった。
「まあ、よいわい。わしが自由の身になったからには、なんとかして取戻す方法がないでもないのじゃ。うまくいったら、君たちにも知らせてあげる。しかしこのことは、他の人には絶対秘密にしておくがよいぞ」
「はい」
と春木はこたえた。しかし、彼はこのことを他の人々にもしゃべってしまったことを思い出して、苦しかった。もっともしゃべったのは、
「おじさんは、そのメダル探すあてがおまんのやな」
牛丸少年がたずねた。
「うむ。まあ、そういう見当じゃ」
「どこだんね。
「ほう」と戸倉老人は目を丸くした。「そんならその店の名をいってみなさい」
「
すると戸倉老人は
「どうしてそれを知っているのか」
「あそこの店には、なんの品でもおますさかいにな。しかしもうあそこは頼みになりまへん。主人が殺されましたさかい」
「なんという?」
「チャンフーという老主人が、この間ピストルで殺されましてん。まだ犯人はつかまらんちゅう話だす。春木君から、ぼく聞いたんです」
「ばかばかしい。そんなことがあるものか。はははは」
と、とつぜん戸倉老人が笑いだした。
「なんで、おかしがってんだね」と牛丸が、けげんな顔で聞きかえすと、戸倉老人は、こういった。
「チャンフーが殺されるなんて、絶対にそんなことは有り得ないのじゃ。お前さんたちはだまされている」
どうしたのであろうか。春木少年は、びっくりして老人の顔をながめやった。戸倉老人は、へんなことをいいだしたものである。それとも、老人の笑うには、なにかしっかりした
戸倉老人が元気になって、事件はまたもやいっそう怪奇な方向へすべりだした。しかし中天には、
燃えあがる
戸倉老人は妙なことをいいだした。
「チャンフーが殺されるなんて絶対にそんなことはあり得ないのじゃ。お前さんたちはだまされているのだ」
戸倉老人はそういって笑うのだ。
その笑いは、いかにも確信があるもののようであった。
しかし、戸倉老人はどうしてそのようなことがいえるのだろう。老人はいままで
それにもかかわらず、牛丸や春木の言葉をてんできこうともせず、あくまで、チャンフーの生きていることをいいはるには、何かたしかな根拠のあることなのだろうか。老人にありがちな、いったんこうと思いこんだら絶対に、ひとの言葉をきこうとしない、かたくなさからであろうか。
それはさておき、
秋ももうだいぶ
燃せば、火がでる。煙もたとう、ヘリコプターの眼がこわいのである。
「仕方がない、このまま寝よう。なにすぐ夜があけるさ」
寒さも、
それから、どのくらいたったのか。
ふたつにわれた黄金メダルや、スペインの海賊王や、さてはまた、かくされた
いや、それは夢ではなかったのだ。げんにその物音はまだつづいている。パチパチと何かはぜるような音――春木少年はギョッとして、
「なんだ、あれは……」
戸倉老人も、その物音に、ハッと
いちばんノンキな牛丸平太郎までが眼をさまして、
「なんや、なんや、いまの音……」
「わーっ」牛丸少年はうしろへひっくりかえった。
「おじさん、
「よし、外へでてみよう」
戸倉老人はさきに立ってでかけたが、何思ったのか、
「いや、ちょっと待て」
と、春木少年の肩をとってひきもどした。
「おじさん、ど、どうしたんですか」
「あれ……あの音をお聞き」
戸倉老人の顔は、するどい
その声に、春木と牛丸の二少年も、ギョッとして耳をすましたが、と、どこからか聞えてくるのは、ブーというかすかな
牛丸平太郎はガタガタと胴ぶるいをした。
「おじさん、まだ、ぼくらを探しているのでしょうか」
「さあ?」戸倉老人が、首をかしげたときである。またもや、ドカーンと
「あっ、わかった。山塞に何かあったんだよ、それで、一味のものが、ヘリコプターで逃げだしているのだ」
パチパチと物のはぜるような音は、ますますはげしくなってくる。ドカーン、ドカーンと、爆発するような音が、ひっきりなしにつづいて、東の窓はいよいよ明るくなってきた。
ブーン、ブーン――竹トンボをまわすような
ダダダダダダ! すさまじい音を立てて、機関銃がうなりだした。山小屋の周囲の岩石に、機関銃の
「あ、危い!」三人はパッと床に身をふせる。
「お、おじさん、見つかったのでしょうか」
春木少年の声もさすがにふるえていた。
しかし、あいては、たしかにここという確信があったわけでもないらしく、ひとしきり機関銃の雨をふらせると、そのままゆうゆうとして、西のほうへとび去った。
「ひどいやつだ。いきがけの
「いくらか
「そやそや、ひょっとすると、このなかかも知れんと思うてうちよったんや」
三人とも汗びっしょりである。いまさらのように、
パチパチと木のもえさける音、ドカーン、ドカーンとひっきりなしに聞える
戸倉老人と春木、牛丸の二少年は、
それをお話するためには、話を少し、もとへ戻さねばならぬ。
裏切者の机博士が、
町へ使いにいった、
しかし、さいわい、仙場甲二郎の
このときばかりはさすがの机博士も、よっぽど
「いや、地獄の一丁目までいってきたよ。は、は、は、とんだお
「先生、じょ、冗談じゃありませんぜ。いったい、誰があんなことをしたんです」
「猫女だよ」
「猫女あ……?」
「猫女といやあ、いつか首領の手から、黄金メダルの半ペラをうばっていった……」
「そうそう、あいつだ。あいつが暗闇のなかからとびだして、わしをあんな眼にあわせおったのだ。あいつはほんとに闇のなかでも眼が見えるらしい」
さすがの荒くれ男も、気味悪そうに顔を見合せた。
「それじゃ、先生、あいつがまた、この山塞へしのびこんだというのですかい」
「そのとおり、あいつはまるで空気のように、どこからでもこの山塞へしのびこむのだ。ひょっとすると、まだそこらの闇にしのんでいて、だしぬけにズドンと一発……」
「いやですぜ、先生、気味の悪い。いかにあいつがすばしっこいたって、
「いや、そうではない。あいつは暗闇のなかで、眼が見えるくらいだから、忍術も使うかも知れん。だって、考えてみろ。いつかの晩だって、電気が消えたと思ったら、そのとたんあいつの声が
「いやですぜ、先生、変なことはいいっこなしに願いましょう」
「いや、変なことではない。いずれにしてもあんな妙なやつが、ひょこひょこ出入りをするようじゃ、この
ひょっとするとそこらの闇にひそんでいて、猫のように眼をひからせているのではないかと思うと、
口では元気なことをいってるものの、さすがに、あのような、いのちの宙吊りをやらされた机博士、その日は一日ゲッソリ参って、自分の部屋で休んでいたが、さて、その晩のことである。仙場や波立二たちと話をしていると、そこへ
「おい、おまえたちは何をぐずぐずしているのだ。首領がお待ちかねだ。早く机博士をつれてこんか」
木戸は一同を叱りつけておいて、机博士にちかづいた。
「先生、あんた首領になにをしたんです。首領はカンカンにおこってますぜ」
首領――と、きくと、机博士の顔色はさっと
「いやあ……別に……ちょ、ちょっと
「なんだか知りませんが、首領をおこらせることが、どんなことだか、おまえさんもよく御存じのはずだ。いずれ、ただではすみませんぜ。さあ、おいでなさい。おい、みんな、机博士をにがすな」木戸の言葉に一同は、バラバラと机博士をとりかこんだ。こうなったら、袋のなかの
「さあ、先生、それじゃお気の毒でも、いっしょにきてもらいましょうか」
首領の
土色になって、コンニャクのようにブルブルふるえている机博士は、首領のまえの椅子にひきすえられた。
「机博士」首領四馬剣尺の声は、つめたく、落着きはらっていた。これは首領のいかりが、いかに大きいかという証拠なのだ。四馬剣尺はいかりが大きければ大きいほど、つめたく落着きはらうのである。
「おまえは昨夜、このわたしにどのような無礼をはたらいたか、よくおぼえていような」
「首領、お許しを……」
「黙れ!」
首領は
「
と、首領はギリギリと歯ぎしりをして、
「どうしても、許しがたいのは、それからあとのお前の
首領はわれがねのような声を張りあげて、両手をふりあげ長い袖のなかで、
「さあ、いえ、おまえは何を見たのだ。エックス線で透視して、おまえはいったい、どのようなものを見たのだ」
「首領、ごめんを……そればかりはごめんください」
「ならぬ、いえ! みんなのまえでいってみろ。おれの正体がどのようなものであったかいってみろ!」
首領の声が、広い部屋にとどろきわたって、
「
机博士の瞳に、チラと、狐のように
「構わぬ。いえといえば、早くいえ!」
「それじゃいいましょう。首領、あなたは小男なのだ。あなたの、その大きなダブダブの中国服は、その小男をゴマ
(この、横綱のような大男の首領が小男……?)机博士は気が変になったのではなかろうか。突然、爆発するような笑い声がおこった。首領の四馬剣尺だ。首領は腹をゆすって笑った。笑って、笑って、笑いころげた。
「机博士、それがおまえが見たところか。このおれが小男……? おい、机博士、おまえの眼はたしかか、いやさ、おまえのエックス線に狂いはないのか」
「
そのとたん、四馬剣尺は脚をあげて、いやというほど、博士の向う
「机博士、この脚が棒だというのか。わたしの脚が棒だというのか。さわってみろ。たった一度だけ許してやる。さわってみろ!」机博士は首領のまえにひざまずいて、おそるおそる、首領の両脚にさわってみた。そのとたん、つめたい汗が、つるりと博士の額からすべり落ちた。
ああ、これはなんとしたことだ。首領の両脚は、たしかに温い血のかよった、人間の脚にちがいなかった。
人間金庫
机博士はゲッソリとやつれた顔で、椅子のなかにうまっている。いっぺんに十も二十も年をとったように見える。
ああ、わからない。昨夜エックス線で見たときには、たしかに
「そうだ、おまえは気が変になっているのだ」机博士の考えを見抜いたように、
「おれを、この四馬剣尺を裏切ろうなどという考えが起ることからして、おまえはもう気が変になっているのだ。だが、まあいい。これで、おまえのバカげた疑いは晴れたであろう。それでこれからおれの用事だ。おい机博士、だせ!」
首領の声が、
「な、な、なんですか。なにをだせというんですか」
「白ばくれるな。おまえはチャンフーの店で、黄金メダルの半ペラを、手にとって調べてみたといったな。おまえのような
机博士の顔に、そのときまた、チラと狡猾なあざわらいの影がうかんだ。
「なるほど。さすがは首領だよ。えらい
「よし、よくいった。それじゃ、それをここへだしてもらおう」
「ない、とられた」
「とられた? 誰に?」
「
首領はギリギリ歯ぎしりした。いかりで肩がブルブルふるえた。
「木戸、波立二、そいつの身体検査をしてみろ!」
「首領、なにもありません」
「足らん」首領は
「身体検査のしかたが足らん、そいつを素っ裸にして調べてみるんだ」
「素っ裸に……?」
どういうわけか、素っ裸にしろときくと、机博士の顔色がにわかにかわった。
「じょ、じょ、冗談でしょう。
「机博士、面白い話をきかせてやろうか」
「面白い話……?」
「そうだ。とても面白い話だ。おまえが聞くと、喜ぶと思うんだ。ほら、
机博士はおびえたように眼をみはって、きっと首領の三重ヴェールを見つめている。額にはビッショリと汗。
「ところが、スペイン人か日本人かわからぬような、顔に大きな傷のあるその男は、間もなく、
机博士は、椅子の両腕を、くだけるばかりに握りしめている。からだがガクガクふるえて、眼玉がいまにもとびだしそうだ。首領はヴェールの奥でせせらわらって、
「あっはっは、その顔色じゃ知っていると見えるな。そうだ、その男というのは机博士、おまえだったのだ。しかも、おまえがでていったあとで、Xが部屋をのぞいてみると、そこには誰もいなかった。つまり、顔に大きな刀傷のある男とは、机博士、おまえだ、おまえだったのだ。おまえは黄金メダルの半ペラを見つけた。しかし、おまえのその姿で買いとれば、いずれ、チャンフーの口からそれがわかるにちがいない。そう考えたおまえは、外国の船員に変装して、黄金メダルを買ったのだ。顔の大きな刀傷は、できるだけ、
「わかった、わかった、わかったぞ」
細い指を、首領の鼻さきにつきつけると、
「問うに落ちず、語るに落ちるとはこのことだ。チャンフーを殺したのはXだ。そして、Xとは首領、おまえのことなのだ」首領はしかし、せせらわらって、
「バカをいえ。おれがこの大きな図体で、町を歩いていたらどんなに人眼をひくことか……聞いてみろ、チャンフーの店は、
自信にみちた首領のことばに、机博士はいっぺんにペシャンコになった。
「それ、木戸、波立二、なにをぐずぐずしている。そいつを早く、裸にしないか」
博士は
「あっはっは、さすがは机博士だ。人間金庫とは考えたな。おい、左の肩にあるその傷口はどうしたのだ」
机博士はあっと叫んで左の肩をおさえた。しかし、それはおそかった。左の肩に、少し盛りあがった傷口は、まだ新しくて、生々しかった。
四馬剣尺はギラリと、
「机博士、おまえはわざと左の肩に傷をつけ、そのなかに黄金メダルの半ペラをおしこみ、そのうえを
四馬剣尺は、青竜刀をひっさげて、ゆらりと椅子から乗出したが、そのときだった。あわただしい足音がちかづいてきたかと思うと、
「首領、たいへんです。たいへんです。警官がおおぜい押し寄せてきました。誰か
悲痛な声だった。
チャンフーの
何しろ、六天山からカンヌキ山へかけて、三日三晩、焼けつづけたのだから、附近の騒ぎはたいへんだった。
「なんですか。このあいだの晩の、あのものすごい物音は……?」
「あああれですか。あれはねえ、なんでも六天山のなかに
「へへえ、山賊がねえ。そして、その山賊はとっつかまったんですか」
「ところが、
「それは残念なことをしましたね。しかし、警察も、あれだけの騒ぎをやりながら、どうしてそんなヘマをしたんでしょう」
「それゃ、仕方がありませんよ。向うはヘリコプターとかなんとかいう、竹トンボの親方みたいな、飛行機をもっているんだからかないません」
「なるほど、それで
「おや、しゃれをいっちゃいけません」
などと、町の
木戸と波立二、それから仙場甲二郎の三人は首領の命令で、机博士をしばりあげ、それをヘリコプターにつんで逃げた。
そのあとで、首領の四馬剣尺は、かねて仕掛けてあった爆弾に火をはなち、いずくともなく姿を消した。だから、警察が大騒ぎしてとらえたのは、あの小竹さんはじめ、数名の下っぱばかりであった。
それにしても四馬剣尺はどこへ逃げたか?
そして無事にわが家へかえりついたが、そのとき、牛丸平太郎のお父さんやお母さんが、どのように喜んだか、春木少年に対して、どのように感謝したか、それらのことはあまりくだくだしくなるから、ここでは書かないでおくこととする。
さて、それから当分、二人の身のうえに、別に変ったこともなく、毎日、楽しく学校へ通っていた。学校では、二人はすっかり英雄にまつりあげられ、みんなからさかんに話をせがまれた。ことに少年探偵を結成しようとしていた、
こうして幾日か過ぎた。春木、牛丸の二少年の
ところがある日、春木少年が学校へいくと、牛丸平太郎がまじめくさった顔をしてそばへ寄ってきた。
「春木君、ちょっと。……」
「牛丸君、なあに」
「妙なことがあるんや。ほら、あの
「うんうん、チャンフーの店か」
「そやそや、あの店がまた、ちかごろひらいたんやぜ。ぼく昨日、海岸通りへ使いにいったついでに、あの店をのぞいたところ、表がひらいていて、ちゃんとそこに、チャンフーが坐っているやないか。ぼく、びっくりして、
「馬鹿なことをいっちゃいけない。チャンフーはピストルで撃たれて、死んだはずじゃないか」
「そやそや、それやのに、そこにちゃんと、チャンフーがいるんや。どう見てもチャンフーにちがいないのや。ぼく、てっきり幽霊かと、おっかなびっくりで近所のひとにきいてみたんやが、なんと、店にすわっているのは、チャンフーやのうて、チャンフーの
「へへえ、チャンフーには双生児の兄弟があったの」
春木少年は眼をまるくした。
「そやねんて。いままで、横浜にいたんやそうやが、兄弟のチャンフーが殺されて、あとをつぐもんがないさかい、わざわざ横浜からやってきて、店を相続したんやそうな。双生児とはいえ、そらよう似とる。近所でも、まるでチャンフーさんが、生きてかえったようやというてるぜ」
春木少年は、しばらく、だまって考えていたが、やがて考えぶかい調子で、
「ねえ、牛丸君」と、声をかけた。
「なあに、春木君」
「いつか戸倉老人はへんなことをいったねえ。チャンフーが死ぬなんて、そんなことはありえないことじゃと……」
「そうそう、いうた、いうた。あら、どういうわけやろ」
「さあ、ぼくにもそこのところがよくわからないんだが、ひょっとすると、あの言葉と、チャンフーの双生児、チャンウーとなにか関係があるのじゃないかしら」
「うん、うん、なるほど」
牛丸平太郎は
「それで、どうだろう。チャンウーというのを、ぼくらの手でさぐってみたら。……戸倉老人は、なにか変ったことがあったら、なんらかの方法で通信するといっていたが、いまだに、何もいってこない。それでぼく、このあいだから、腕がムズムズして仕方がないんだ。だって、このままじゃ、
「そら、ぼくかて同じことや」
「そうだろう。だから、今度はこっちから積極的にでてみようと思うんだ。といって、さしあたり、どこから手をつけてよいかわからないから、まず、チャンウーの店からさぐってみたらと思うんだが、どんなもんだろ」
「うん、そいつは面白い。それにきめたッ」
牛丸平太郎が、
「よし、それじゃ、今日、学校がひけたら、みんなで、海岸通りへいってみようじゃないか」
と、相談一決したが、この少年たちがチャンウーの店を偵察して、いったいどのようなことを発見するだろうか。
さて、こちらは少年たちの話題にのぼった、海岸通りの
今日も今日とて、チャンウーが、店さきに坐って、スッパスッパと
チャンウーは眠そうな眼をして、さっきからぼんやり店に坐っていたが、どうやら客もないらしいと考えたのか、ノロノロ立って、おくの一間へ入っていった。そして、なかからピンとドアに鍵をかけると、これはいったいどうしたことか、いままで眠そうな眼をしていたチャンウーの顔色が、急にいきいきしてきた。眼鏡のおくでふたつの瞳が、にわかにキラキラかがやいた。
チャンウーは、油断なくあたりを見廻すと、壁にかかったスペインの
チャンウーはもういちど、鋭い眼であたりを見廻すと、やがて金庫をさぐって、なかから小さいビロードばりの箱を取りだした。そして、金庫をとじ、額をもとどおりにかけおわると、大事そうにビロードの箱を持って、机のまえまでやってきて腰をおろした。
それから、眼鏡をかけなおし、ビロードの小箱のバネを押すと、ピンと
チャンウーは、もういちど
しかし、これはいったい、どうしたというのだろう。半月形のその半ペラは、戸倉老人から春木少年の手にうつり、のちにひげづら男の姉川五郎に掘り出されて、骨董商チャンフーに売られ、さらにそれを、机博士が買いとって自分の肩の肉のなかに、かくしておいたはずではないか。
そうすると黄金メダルというのは二つあるのだろうか。
それはさておき、チャンウーは鉛筆片手に、字引きと首っぴきで、黄金メダルの
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
何しろ、メダルが半分しかないから、ここまで翻訳してみても、さっぱり意味がわからない。これからしても、どうしてもメダルの他の半分、とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
チャンウーは残念そうに、黄金メダルの半ペラを見つめていたが、また思いなおしたように、鉛筆をとりなおして、翻訳をつづけていったが、そのとき、店のほうで人の足音がした。
チャンウーはそれをきくと、あわててメダルをビロードの箱に入れ、壁のかくし金庫におさめると、翻訳しかけていた紙を、クチャクチャにかみくだいて、それから何食わぬ顔をして、店のほうへでていった。
店へきた客は、立花カツミ先生であった。
立花先生はチャンウーの顔をみると、ギョッとしたように眼をみはったが、すぐ気がついてにっこり笑って、
「ああ、びっくりした、あなたがあまり亡くなったチャンフーさんに似ているので、あたし幽霊かと思いましたわ。そうそう、あなたとチャンフーさんは双生児ですってね」
「そう、わたしとチャンフー、双生児の兄弟、あなた、チャンフー、知っていますか」
「ええ、以前いちど、この店へきたことがありますので、……チャンフーさん、お気の毒なことをしましたわね」
「そう、弟、可哀そう、なんとかして私、犯人さがしたい」
「いまにきっとわかりますわ。警察でもほっておきはしませんもの。あたしだって、いちどお眼にかかった
「ありがと。ときに、今日は何か御入用ですか」
「いえ、実は、今日は買物にきたんじゃないのです。反対にこの店で買っていただきたいものがございまして……」
「はあ、結構です。品と値段によっては、なんでもいただきます」
「そう、じゃ、ちょっと待って……」立花先生はいったん店をでていったが、すぐ、ひきかえしてきたところを見ると、二人の男をつれており、その男たちは高さ四尺、直径一尺五寸もあるような、大花瓶をかかえていた。
男たちがその大花瓶を、店のほどよいところへおろしてでていくと、立花先生はチャンウーのほうをふりかえり、
「買っていただきたいというのは、これですの。これは父があなたのお国を旅行した際、
「なるほど、これは立派な花瓶、値段によっては買いましょう」
チャンウーは花瓶のおもてを、なでたり、さすったりしていたが、ふと、なかをのぞいてみて、妙な顔をして
「おや、この花瓶、なかがつまってますね」
「そうなのです。父が買ってきたときからそうなっているんです。だから父はこの花瓶のことを、
チャンウーが不思議に思ったのも無理ではない。その花瓶は首のところまでセメントがつめてあって、叩くとコツコツかたい音がした。チャンウーは、しばらく考えていたが、
「いや、これは珍しい花瓶です。しかし、これくらい大きな花瓶になると、花を飾るよりも、花瓶自身が飾りものです。で、いくら御入用ですか」
「まあ、それじゃ買ってくださいますの。実は、……」
と立花先生が金額をきりだすと、チャンウーは笑って、
「それは高い。なかのつまった花瓶なんて、やっぱり
「あら、半分はひどいですわ。もう少しフンパツしてくださいな」と、しばらく
チャンウーはそのうしろ姿を見送って、それから、不思議そうに首をかしげ、しばらく見事な大花瓶を、なでたりさすったりしていたが、やがて表のドアをしめると、奥のひと間へひっこんだ。
もう日が暮れているのである。
チャンウーの店の隣は、四階建のビルディングになっていて、一階は
ところが、
少年探偵団の一行五名は、学校がひけると、海岸通りへ出向いていって、なにくわぬ顔で、チャンウーの店のまえを通ったが、
「なんだ、ここなら、お父さんの事務所のとなりじゃないか」
と、小玉君がささやいたので、それじゃお父さんにお願いして、しばらくその事務所の
そこで五人の少年は、三階にある小玉商事会社の応接室へあがっていったが、ますます都合のよいことには、その応接室はチャンウーの店のがわにあり、窓からのぞくと万国骨董商が眼の下に見えた。
「ああ、こいつは都合がいいや。小玉君、なんとかしてお父さんに、しばらくこの部屋をかして下さるようにお願いしてくれたまえ」
「いいとも。ぼくのお父さんは、たいへん
やがて、応接室へでてきた小玉氏というひとは、いかにも物分りのよさそうな紳士であった。小玉氏は息子の小玉少年から話をきくと、はじめは眼をまるくして驚いていたが、一同がかわるがわる熱心にお願いすると、
「なるほど、それじゃいつか牛丸君を
「そうです。そうです。ぼくらは警察に協力して、一日も早くあの山賊をとらえたいのです」
春木少年が、熱心にお願いすると、小玉氏はにこにこ笑って、
「よしよし、いや、いまどきの少年、すべからくそれくらいの勇気がなければならぬ。いいとも、君たちの頼みをきいてあげよう。しかし、ここに条件がある」
と、いって、小玉氏はつぎのような条件をだした。
まず、第一に、自分たちがまだ子供であるということをよく
「わかりました。お父さん。ぼくたちは決して、お父さんに御心配をかけるようなことはしません」
春木少年が一同を代表して
「よしよし。それじゃ、今夜から監視をはじめるのだろうが、君たち、飯はまだだろ。それじゃ、
と、親切な小玉氏は、五少年をひきつれて、近所の中華料理店へいって夕飯をふるまった。
「それじゃ、君たちの成功をいのるよ。しかし、くれぐれもいっとくが、自分たちがまだ子供であることを忘れちゃいかんよ」小玉氏から
「あっ、あれは立花先生じゃないか」春木少年がいちはやく、先生のすがたを見附けて注意すると、
「そうだ、そうだ。立花先生だ。先生は、なんの用があって、こんなところへきたんやろ」
牛丸平太郎も不思議そうな顔をしている。小玉、横光、田畑の三少年もギックリとしたような顔を見合せた。しかし、幸い立花先生は気がつかなかったらしく、男のような足どりで、スタッスタッと
「どうも変だね。ぼくはまえから、立花先生を変だと思っていたんだよ」
春木少年はあるきながら、考えぶかそうに
「変て、どういうふうに?」小玉少年がききかえした。
「だってね、このまえ、チャンフーが殺された日にも、立花先生は万国堂のまえを通りかかって、飾窓をのぞいたというんだろ。そして、そのとき、飾窓のなかには、黄金メダルの半ペラが飾ってあったんだ。しかもそのつぎの日、金谷先生がそのことをしゃべると、立花先生、とてもいやな顔をしたという話だよ」
「うん、そういえば、立花先生はよく学校を休むね。それにどこへいくのか、ときどき
「よし、それじゃ、明日から手分けして、誰かが立花先生を監視することにしようじゃないか。監視なら、子供にだってできるもの」横光少年の言葉だった。
「うん、それがいい。いずれ、明日になったら、誰が立花先生の監視にあたるかきめよう」
こうして、また、新しい探偵の方針がたったので、一同は、満足して、三階の応接室へかえってきた。窓から見ると、チャンウーの店から、ほの暗い光がもれている。
「あ、見給え。チャンウーの店には
「そうや、そうや。ぼく、ひとつあの屋根へおりてみようか」
牛丸平太郎が、ハリキって、窓からからだを乗りだすのを、春木少年はおしとどめ、
「いや、ちょっと待ちたまえ。もう、しばらく、あたりが暗くなるまで待とう」
それから一時間ほど待つと、あたりはすっかり暗くなった。チャンウーの店の天窓からは、あいかわらず、ほのぐらい光がもれている。
「春木君、もう、そろそろ、ええやないか」牛丸平太郎は、さっきから、腕がムズムズしているのである。
「そう。もうそろそろいい時刻だね。ところで、誰が偵察にいくか、これは公平を
春木少年のこさえた、五本のこよりを引いた結果、牛丸少年と春木君がいくことになった。ほかの少年たちは失望したが、これまた、あとでどんな役があるかも知れないからと慰めて、いよいよ、春木、牛丸の二少年が、偵察にいくことになった。
ちょうどいいあんばいに、このビルディングの
非常梯子をつたって一階おりると、すぐ眼の下にチャンウーの店の屋根がある。二少年は猿のように身軽にその屋根にとびうつった。屋根はかなりの
ふたりが天窓まで這っていってなかを覗くと、ほの暗い電灯のなかに、
春木、牛丸の二少年は、息をころして、このあやしくも、風変りな店のなかを覗いていたが、ふいに春木少年がギュッと力強く、牛丸少年の腕をにぎった。
「ど、どうしたの」
「しっ、静かに! あの大花瓶をごらん」
押しころしたような春木少年のささやきに、牛丸平太郎もなにげなく、花瓶のほうへ眼をやったが、そのとたん、ゾッとするような恐ろしさが背筋をながれた。
ああ、見よ! 大花瓶につめてあったセメントが、ポッカリ中から押しのけられると、その下から、ニューッと一本の腕がでたではないか。
「あっ!」牛丸平太郎は
大花瓶のなかに誰かいるのだ。そしてそいつがいま、花瓶のなかからでてこようとしているのだ。
二少年の胸はドキドキ躍った。額からビッショリと汗が流れた。二人は夢中になって、天窓のわくにしがみつき、眼を皿のようにしてチャンウーの店をのぞいている。
大花瓶のなかからは、また一本の腕がでた。そして、二本の腕は、しばらく花瓶のふちを握ってモガモガしていたが、やがて、
それは世にも不思議な小男ではないか。
小男は全身に、縫いぐるみみたいな黒い服をぴったりつけていた。そして、頭には服にぬいつけた三角型のトンガリ
小男は
春木、牛丸の二少年は天窓のうえから、手に汗握って、この様子を見つめているのである。
奇怪な男と
ああ、奇怪なる男、猿のような男――
いつか机博士が、
机博士は、
それはさておき、床へおりた小男は、しばらくじっとあたりの様子をうかがっていたが、やがて壁のそばへ這いよると、ポケットから取出したのは三十センチくらいの棒である。それはちょうど、
おやおや、あんなものを何にするのだろう。と、春木、牛丸の二少年が、屋根のうえから
わかった、わかった、その棒は、
おやおや、
春木、牛丸の二少年は、思わず顔を見合せた。
すると、そのとき
「男がドアをひらいて、誰かを呼びこんだんやな」
「そうだ。男は仲間をしのびこませるために、大花瓶のなかに、いままでかくれていたんだよ。それにしても、忍びこんだのはどういうやつだろう」
二人がこんな
「誰かいるのか」とたんに
「あ、だ、だ、誰だ!」
「
「な、な、なに、猫女……」
と、闇のなかでチャンウーの声が大きくあえいだ。
「ええ、そう、暗闇のなかで、ちゃんと眼の見える猫女よ。逃げても駄目。ちょっと相談があってやってきたんだから、おとなしくしていて
またもや、ズドンとピストルの音。あっという
「ほ、ほ、ほ、だからいわないことじゃない。闇の中でも眼の見える、猫女だといってるじゃないの。ポケットからピストルをだそうとしたって、ちゃんと見えているんだから」
春木、牛丸の二少年は、顔見合せて驚いた。それじゃ猫女という女、ほんとに闇の中でも眼が見えるのか。
「さあ、これであたしのいうことが、
「いったい、話って、何んのことだ」
「
「黄金メダル? お、黄金メダルってなんのことだ」
「ほ、ほ、ほ。白ばくれたって駄目。こっちは何度もいうように、闇のなかでも眼の見える猫女よ。おまえがいまどんな顔をしたか、ちゃんと知ってるよ。これ、よくお聞き。おまえの
「しかし、それゃア、チャンフーの買ったのが、贋物だったんじゃなかったのか」
「お黙り!」猫女は鋭い声で、
「こっちはちゃんと調べがいきとどいているのよ。姉川五郎という男にも当ってみて、そいつがどこで黄金メダルを手に入れたか、わかっているんだ。それはたしかに贋物じゃなかったのよ。チャンフーは本物をどこかへしまいこんで、贋物を飾窓に飾っておいたんだ。さあ、ここでは話ができない。奥へいってゆっくり話をつけようじゃないの」
それからしばらく、チャンウーと猫女の
春木、牛丸の二少年は、ほおっと顔を見合せた。
「春木君、猫女て、すごいやつやな」春木少年はそれに答えず、しばらくは何か考えていたが、やがて低い声で、
「ねえ、牛丸君、いまの猫女の声ね、君、あれに聞きおぼえがあるような気がしなかった?」
「えっ、さあ、ぼくは気がつかなんだが、誰の声に似ていたんやね」
「いや、君が気がつかなかったとすれば、ぼくの思いちがいだろう。だけど牛丸君、さっきの小男はどうしたんだろうねえ」
「さあ。あいつも奥へ入っていったんやないやろか」
二人がそんなことを
春木、牛丸の二少年は、ぎょっとしたような顔を見合せた。
「春木君、大変や、チャンウーが拷問されてるんやないやろか」
「そうだ、そうだ、牛丸君、さっきの部屋へかえろう」
「さっきの部屋へかえってどうするんや」
「警察へ電話をかけて、お
二人は、そっと、チャンウーの店の屋根からすべりおりると、ビルディングの非常梯子を、
空かける
春木、牛丸君たちの、少年探偵団が電話をかけたとき、ちょうどさいわい、警察にいあわせたのは
秋吉警部を諸君もおぼえていられるだろう。チャンフー事件の担当者だが、その事件が進展せず、どうやら
「よし、それじゃこれからすぐいく。ときに君たちは何人いるんだ」
「はい、少年探偵団は
「それじゃね、みんなで手分けして、
「
電話をきって春木少年、警部の言葉を一同につたえていたが、何思ったのか、急にはっと顔色をかえた。
「どうしたの、春木君、何かあったの?」
横光君が不思議そうに
「牛丸君、あれ……あの物音……?」
「なんや、あの物音……」
牛丸平太郎もギョッとして、春木君といっしょに耳をすませたが、にわかにガタガタふるえだした。
ああ、聞える、聞える、ブーンブーンと竹トンボを廻すような音。たしかにヘリコプターの
「田畑君、電気を消してくれたまえ」田畑君が電気を消すと、応接室のなかはまっくらになった。
「春木君、どうしたの。あの物音はなんなの?」
暗闇のなかで小玉君が、不安そうに訊ねた。
「ヘリコプターだよ。ほら、いつか牛丸君を
「ああ、六天山塞の
少年たちはギョッとしたように、暗闇のなかで顔見合せたが、
「それにしても、いまごろどこへいくつもりだろう」
と、田畑君が訊ねた。
「ひょっとすると、万国堂めざしてやってくるかも知れないよ。牛丸君。横光君」
「春木君、なんや」
「君たち二人は万国堂の表のほうを見張ってくれたまえ。それから、小玉君と田畑君は、万国堂の裏口の見張りをしてくれたまえ」
「よっしゃ。わかった。しかし、春木君。君はどうするんや」
「ぼくはここにのこって、この窓から万国堂を見張っている。もうそろそろ、警部さんがくる時分だから、みんな早くいってくれたまえ」
「よっしゃ、春木君、気をつけたまえよ」
「
「わかった。わかった。さあ、みんないこう」
牛丸平太郎を先頭に立てて、四人の少年がバラバラとビルディングからとびだしていったあとには、春木少年がただひとり、暗い応接室にとりのこされた。窓のそばによってみると、ブーンブーンというヘリコプターの爆音は、いよいよこちらへちかづいてくる。下をみると、万国堂はあいかわらずまっくらだ。ああ、いま、万国堂の奥では、どのようなことが行われているのであろうか。
春木少年は爆音のちかづく空のかなたと、万国堂のくらい
万国堂の表と裏から、けたたましくドアを
「開けろ、開けろ、ここを開けんか」
と、
「ああ、有難い、警部さんがやってきた……」春木少年はにわかに気のゆるむのをおぼえたが、そのとき空のかなたから
下では警部の一行が、万国堂の表と裏からしきりにドアを叩いていたが、なかから返事がないとみるや、もうこれまでと、ドアをぶっこわしにかかった。しめた! もうこうなれば袋の中の
春木少年はほっと胸を
そうなのだ。やっぱりそうだったのだ。ヘリコプターはチャンウーの店のうえまでくると、ピタリと
と、そのとき、万国堂のドアが破れた。バラバラと表と裏から、警部の一行が
だが、警部たちがとびこんだのとほとんど同時に、万国堂の天窓がガチャンとこわれた。そして、そこからモゾモゾ屋根へはいあがってきた人物をみたとき、春木少年は
ああ、なんということだ。天窓の下から
「あっ、
春木少年はいままで一度も、四馬頭目にあったことはない。しかし、
その四馬頭目が、警官たちに包囲された、万国堂の天窓から、忽然として現れたのだ。春木少年はびっくりすると同時にあっけにとられた。四馬剣尺はいままでどこにかくれていたのだろう。いやいや、それにもまして不思議なのは、猫女や小男はどうしたのだろう。……
春木少年が
ああ、このまま捨てておけば、四馬剣尺は逃げてしまう。……
春木少年はたまらなくなって、窓から乗りだして大声で叫んだ。
「ああ、警部さん、こっちです、こっちです。
ちょうどそのとき四馬剣尺は、屋根をはなれて、春木少年の鼻のさきまできていたが、その声をきくとズドンと一発! 春木少年はあっと叫んで床のうえに身を伏せた。
しかし、春木少年の叫ぶまでもなく、警部の一行もヘリコプターの爆音に気がついていた。それ、
ズドン、ズドン! 警官たちの手から、いっせいにピストルが火をふいたが、もうこうなれば
ヘリコプターの爆音が、遠ざかるのを待って、床から這いあがった春木少年、
「ああ、君か、さっき電話をかけてきたのは……せっかく注意してもらいながら、残念にも悪者はとりにがしたよ」
と、秋吉警部が歯ぎしりしながらくやしがっている。
「えっ、それじゃ、小男や猫女もにがしたのですか」
「小男や猫女……そんな、
「そんなはずはありません。天窓から逃げだしたのは、横綱のような大男です。小男や猫女は、たしかにまだ万国堂のなかにいるはずです」
春木少年の言葉に、警官たちや少年探偵団の同志が手分して、万国堂の隅から隅までさがしてみたが、小男も猫女も、どこにもすがたが見られなかった。
ああ、いるべきはずの小男や猫女がすがたを消して、いるはずのない四馬剣尺が、忽然として万国堂の天窓から現われたというのは、いったい、どういうわけであろうか。……
春木少年はそのことについて、深くかんがえこんでいたが、やがて思いだしたように、
「それはそうと、この家の主人、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]さんはどうしたのですか」と、警部にたずねた。
「ああ、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]か。あの男は
警部に案内されて、奥のひと間へ入ったとたん、春木少年は思わずあっと、ハンカチで顔をおさえた。部屋のなかの
「見たまえ。チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]の足を……あの足を炭火のうえにのせ、
見れば椅子にしばりあげられたチャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]の足は、いたいたしく火ぶくれがして血がにじんでいる。チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]はこの拷問にたえかねて、ぐったりと気をうしなっているのだったが、ひと眼、その顔をみたとたん、春木少年は思わずあっと床からとびあがった。
「あっ、こ、こ、これは戸倉老人!」
ああ、チャンウー[#「チャンウー」は底本では「チャンフー」]とは戸倉老人の
話変って、こちらは四馬頭目を救いだしたヘリコプターである。
海岸通りの万国堂のうえをはなれると、進路をしだいに西にとり、
ヘリコプターに向って、発火
ヘリコプターは黒竜丸のうえまでくると、ピタリと進行をとめ、しだいに下降してくる。やがて縄梯子のさきが
四馬剣尺は甲板に
「おまえたちは向うへいけ。それから五分たったら、机博士をおれの部屋へつれてこい。よいか、わかったか。わかったら早くいけ」
「しかし、
「そんなことはどうでもいい。早くいけといえばいかんか」
首領はわれがねのような声で
不思議なことに、四馬剣尺、いついかなる場合でも、自分の歩くところを
それはさておき、五分たって木戸と波立二が、机博士をひったてて頭目の部屋へ入っていくと、四馬剣尺はいつものように、大きな椅子にふんぞりかえっていた。
「どうだ、机博士」四馬剣尺はわれがねのような声で、
「肩の傷はなおったか。貴様があんなところへメダルをかくしておくものだから、つい
「ちがう、ちがう、そんなはずはない」
木戸と波立二に、左右から手をとられた机博士は、
「あれが贋物だなんて、そんな、そんな……あれは時代のついた
「そうよ、時代のついた古代金貨だ。しかし、やっぱり贋物なんだ。まあ聞け、机博士、そのわけをいま話してやろう」
四馬剣尺はゆらりと椅子から乗りだすと、
「貴様も知ってのとおり、あのメダルは、海賊王デルマが、
われ鐘のような声で笑いとばされ、机博士はいっぺんにペシャンコになった。四馬剣尺はしばらく、腹をかかえてわらっていたが、やがてやっと笑いやめると、
「いや、しかし、机博士、おれはやっぱり貴様に礼をいわねばならぬわい。おれは今夜、戸倉のやつがチャンウーという中国人に化けていることを知って、忍びこんで、本物を吐きださせようと
と、四馬剣尺がデスクのうえにならべてみせた。二つの黄金メダルの半ペラをみて、木戸と波立二が思わずあっと顔見合せた。
「頭目、そ、その扇型のやつはどうしたのです。それはいつか、猫女めに
木戸の言葉に、四馬剣尺ははっとした様子だったが、すぐさりげなくせせら笑って、
「なに、猫女から取りもどしたのよ。たかが知れた猫女、取り戻すのに
四馬剣尺が、ふところより取りだした
そこには、こんなことが書いてある。
三日月型の分
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
左の穴に同時
ただちに
強く押すべし
正しく従うなら
らの前に開かれん
扇型の分
うけつがん
かいをやめ両
ヘクザ館の塔にのぼ
二匹の鰐魚 を取除きそ
たるそれぞれの穴に金
を右の穴に左破片を
に押入れ、それより
ふたつのメダルを
汝 らわが命令に
ば金庫は自ら汝
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
左の穴に同時
ただちに
強く押すべし
正しく従うなら
らの前に開かれん
扇型の分
うけつがん
かいをやめ両
ヘクザ館の塔にのぼ
二匹の
たるそれぞれの穴に金
を右の穴に左破片を
に押入れ、それより
ふたつのメダルを
ば金庫は自ら汝
戦闘準備
残虐な悪魔の
その戸倉老人を、毎日のように見舞いにくるのは、少年探偵団の同志五人。探偵長株の春木少年をはじめとして、牛丸平太郎に田畑、横光、小玉の三少年である。
戸倉老人というひとは、海賊の宝を追うて生涯をはげしい冒険にささげてきただけに、いまだ家庭のあたたかみというものを知らず、ましてや、子供の
「ああ、おれももう年だ。一日も早く危険な冒険の世界から足をあらって、毎日こうして、子供たちと楽しく暮していきたいものだ」
戸倉老人の心には、そういう考えがしだいに深くなっていくのだが、少年たちはそれと反対に、戸倉老人の口から過ぎこしかたの冒険談をきくことを、このうえもなくよろこんだ。
アフリカの
ああ、戸倉老人が平和を愛し、少年たちが、冒険に
それはさておき、今日も今日とて、見舞いにきてくれた五少年をあつめて、戸倉老人が楽しそうに昔の思い出を語っているところへ、やってきたのが秋吉警部。
「やあ、相変らず、みんなきてるな」
「ああ、警部さん、今日は」
「警部さん、今日は」
少年探偵団の同志五人が、帽子をとって、警部ににこにこ
「警部さん、聞いて下さい。この子たちが毎日きてくれるので、わしはどんなに楽しみだか知れません。ちかごろではもう、すっかり子供にかえった気持ちで、いつまでも、こうして、平和に暮したいと思うくらいです」
「ははははは、あなたも変りましたな。しかし戸倉さん、あなたが、そういうふうに平和を愛されるようになったのは結構だが、そのまえに、ぜひとも解決しておかねばならぬ問題がありましょう」
「むろんです。あの四馬剣尺のことでしょう。わしはもちろん、最後まであいつと闘う決心じゃが、警部さん、その後、あいつらの
「はあ、若干の情報は入っています。しかし、戸倉さん、それよりまえにお聞きしたいのだが、あなたと四馬剣尺とは、いったい、どういう関係なのですか」
それをきくと戸倉老人は、しばらく眼をつむって考えていたが、やがてかっとそれを開くと、
「いや、お話しましょう。もう、こうなっては、何もかも洗いざらい打明けて、あなたがたの
と、そこで戸倉老人が打明けたのは、いつか
「つまり、海賊王デルマから、黄金メダルの半ペラを
戸倉老人の話をきいて、春木少年はキラリと眼をひからせたが、かれが口をひらくまえに、秋吉警部がからだを乗りだして、
「なるほど、なるほど、それでだいたい事情はわかりましたが、いつか殺されたチャンフーというのは……」
「ああ、あれですか」老人はちょっと暗い顔をして、
「あれは、まったく可哀そうなことをしました。なにあれは、わしの
戸倉老人は眼をしばたたいたが、なるほど、これで、はじめてわかった。いつか山姫山の山小屋で、戸倉老人が
まことのチャンフーとは、戸倉老人自身であったのだ。
「なるほど、それでだいたいの事情はわかりました。それでは、私のほうに入った情報をお話しましょう」
秋吉警部は手帳をひらいて、
「御老人からいつか、
「それだ!」突然、戸倉老人が手を叩いて叫んだ。
「それです、それです、警部さん、問題はそのヘクザ館にあるにちがいありません。海賊王デルマが、淡路島に根拠地をおいていたということは、古い
戸倉老人の声は、しだいに
秋吉警部もにっこり笑って、
「そうです。われわれもだいたい、そういう見込で、ヘクザ館には
「むろん、いきます。なに、これしきの火傷ぐらい」
「警部さん!」そのとき、横から緊張した声をかけたのは、少年探偵団の探偵長、春木少年だった。
「ぼくたちもつれていって下さい。ぼくたちも四馬剣尺の正体を知りたいのです」
それを聞くと秋吉警部も
「むろんつれていくとも、君たちこそは今度の事件でも、最大の功労者なんだからね」
ああ、こうして、戦闘準備はなった。
ヘクザ
その昔、国内麻の葉のごとく
いつのころか、ここはカトリックの
それは秋もようやくたけた十一月のおわりのこと、二人の教師に
教師のうちの年老いたほうが、院長に面会して、館内を参観させてもらえないかと申込むと、スペイン人
「ロザリオ、このひとたちが、ヘクザ館の内部を
「は、
長年日本に住みなれているだけあって、ヘクザ館に住む僧侶たちは、みんな日本語が上手であった。
「では、皆さん、私についておいで下さい」
「いや、どうも有難うございます」
むろん、この中学生の一行というのは、戸倉老人に秋吉警部、それから少年探偵団の同志五人である。みんなてんでに、スケッチブックやカメラなどをたずさえているが、かれらの真の目的が、写生や撮影にあるのではなく、館内の
古びて、ぼろぼろに
「おお、なるほど、これはよい
塔のてっぺんにのぼったとき、老教授に
いかにもそれは、世にも見事な眺めであった。東を見れば、大阪湾をへだてて
「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の
と、見れば
戸倉老人はそれをみると、ふと、黄金メダルの半ペラに書かれた文字を思いだした。
わが秘密を……とする者はいさ……人して仲よく……り聖骨を守る……のあとに現われ……(以下略)
もう一方の半ペラがないから、完全な意味はわからないが、聖骨を守る……という言葉があるからには、黄金メダルに書かれた文句は、この塔内の、この一室を
そうなのだ!
それにちがいないのだ。しかし、そうはわかっても、黄金メダルの他の半ペラのない悲しさは、それ以上の
実をいうと、これこそ、一行の思う壺であった。わざと参観に手間どったのも、ここで一夜を明したいばかりであった。
さて、一行七人、館内の二階にある、ひろい寝室へ案内されると、すぐに
「問題はあの塔にあると思うのじゃがな。みんなも見たろうが、初代院長の聖骨をおさめてある壇、あの周囲がくさいと思うがどうじゃ」
「
「ふむ、たしかにそうだと思う。それでどうじゃろう。今夜四馬剣尺がやってくるかどうかは疑問だが、ひとつ、あの塔を、われわれの手で調べてみようじゃないか」
それに対して、誰も反対をとなえるものはなかった。
そこで修道僧たちが寝しずまるのを待って、一行七人、こっそり寝室を抜けだすと、やってきたのは古塔の一室。
時刻はすでに十二時を過ぎて、
一行はその闇のなかを、懐中電気の光をたよりに、あの聖壇のまえまできたが、そのときである。少年探偵団のひとりの横光君があっと小さい叫びをあげた。
「ど、どうしたの、横光君……」
「あの音……ほら、ブーンブーンという竹トンボのような音……」
それを聞くと一同は、ギョッとしたように闇のなかで息をのんだが、ああ、なるほど、聞える、聞える、降りしきる雨の音にまじって、ブーンブーンとヘリコプターの
「あっ、しまった。ヘクザ館のありかを探しているのだ」
戸倉老人が叫んだとき、ダダダダダと
「危い。みんな、
一行七人、
ダダダダダダダダダダ!
機関銃のうなりはひとしきりつづいて、ヘクザ館の周囲の森に、弾丸が
やがて、機銃のうなりがピッタリやむと、ヘリコプターはヘクザ館の上空に停止したらしく、ブーンブーンといううなり声が、同じ方向から落ちてくる。
ああ、わかった。わかった、
少年探偵団の同志五人、それに戸倉老人と秋吉警部が、いきをこらしてカーテンのかげにかくれていると、知るや知らずや、やがて
「やい、机博士」四馬剣尺はヨチヨチとした足どりで、聖壇のまえまで近寄ると、われがねのような声で
「さあ、いよいよ宝の山へやってきたぞ。いまわしが手を下せば、宝はたちどころにわしの手に入るのだ。どうだ。うらやましいか。貴様もおとなしくしていれば、少しはわけまえにあずかれるのに、わしを
四馬剣尺が腹をかかえて笑っているとき、ギリギリと奥歯をかみ鳴らした机博士、
と、これはどうだ。
あのいわおのような体をした
「おのれ!」四馬剣尺は覆面のなかで叫んだが、どういうものか、モガモガ床で、もがくばかりで、なかなか起きあがることができないのだ。木戸と仙場甲二郎が
カーテンの陰にかくれていた七人も
このなかにあって、唯ひとり、腹をかかえて笑いころげているのは、
「わっはっは、わっはっは、東西東西、覆面の頭目、四馬剣尺の正体とは、男のような女に
だが、このとき、机博士は、四馬剣尺の恐ろしい武器のことを忘れていたのだ。
机博士は、最後の言葉もおわらぬうちに、
「あっちちちち」と、叫んで右の眼をおさえた。見ると、太い針がぐさりと右の眼につきささっている。
「あっちちちち」
机博士はふたたび叫んで、今度は左の眼をおさえた。同じような太い銀の針が左の眼にもつっ立っている。
「あっちちちち、あっちちち、わっ、た、助けて……」
小男のかまえた
これが悪魔のような机博士の
小男はヒヒヒヒと
「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」
「シュ、シュ、首領……」
木戸と仙場甲二郎は、あまりの恐ろしさにガタガタふるえながら、
「あっしは何も首領を裏切ろうなどと……」
「そうか、おれが小男とわかってもか。ふふふ、なるほど、おれは小男だが、ここにいる娘は恐ろしいやつよ。こいつはな、
「お父さん、何をぐずぐずいってるのよ。それより早く、
ああ、恐るべき立花カツミ。彼女は机博士が針鼠のようになって死ぬのを見ても、平然として
「よし、よし、おい、木戸、仙場甲二郎、その
「はい、
「ふむ、あるか、それではな、このメダルをひとつずつ入れてみろ。右の穴には右の半ペラ、左の穴には左の半ペラ……入れたか、よし、それじゃアな。おれが
そのとたん、
「ああ、みんなきて下さい。あれあれ、あんなところに……」
その声に、一同がバラバラとカーテンの影からとびだしてみると、
「おとし穴ですね」
「ふむ、おとし穴だ」秋吉警部は顔の汗をぬぐいながら、
「しかし、どうしてあんなことになったのでしょう。黄金メダルに書いてあることは、それでは、ひとをおとし入れるための、
戸倉老人はそれには答えず、聖壇の左の穴にはめこまれた黄金メダルの半ペラを取りだして、
「わかりました、かれらはこの
ああ、それというのも
それはさておき、一同がおとし穴に気をとられているとき、キョロキョロとあたりを
「あっ」と、
「あれを見い、みんな、あれを見い、えらい宝や、宝の山が吹きこぼれてるがな」
その声に、
四馬剣尺を頭目とする、悪人一味はすべて滅んだ。唯一人、ヘリコプターに乗った波立二のみは、その後、
ヘクザ館から発見された宝石や古代金貨の
それらの財宝は、すべて、日本の教育復興のために使用されることになり、戸倉老人や少年探偵団、さてはまた、秋吉警部たちは、それから一銭の
それにもかかわらず、いや、それだからこそ、戸倉老人も、少年探偵団の同志たちも幸福だった。
戸倉老人はその後、