ドイツ軍
「おい、起きろ。ドイツ軍だ!」
私は、自分でも、なんだかわけのわからない
扉は、めりめりと、こわれはじめた。
「もしもし、今、扉を叩きこわしていられるのは、ドイツ軍のお方ですか」
私は、いそいでズボンをはきながら、入口の方へ、こえをかけた。
「おどけたことをいうな。この際に、ひとをからかうもんじゃない」
ハンスは、扉をこわすのをやめて、裂け目の向こうで、ふうふう一と息をついている。
「おい、ハンス。これから、どうするつもりか」
「すぐフランス国境へ逃げださないと、もう間にあわないぞ、
「なんだ。あんなに大きな音をたてながら、まだ扉はあいてないのか」
「よけいなことは、一口もいうな」
ハンスは怒っている。
私は、ちゃんと服を着てしまったので、扉の鍵に手をかけた。
とたんに、それがきっかけでもあるかのように、戸外で、だだだだだン、だだだだンと、はげしい銃声がきこえた。
「あっ、機関銃の音だ! さては、市街戦が始まったんだな」
鍵をまわすのと、ハンスが室内へころげこんでくるのと、同時だった。
「今のを聞いたか。ドイツの
「えっ、そんなものが、やってきたか」
私は、ドイツ軍の大胆さと徹底ぶりとから、大きな感動をうけた。
「おい、
「例のもの?」
「ほら、例のものだ。モール博士から預けられた例の
「うん、あれか。あんなものを持って逃げなければならないか」
「もちろんだ。われわれ二人の門下生は、特に博士から頼まれてるのだ。博士の信頼をうら切ってはならない」
モール博士というのは、このベルギー国のモール科学研究所の所長で、私もハンスも、この門下生だった。博士は、ちょうどドイツ軍がオランダに侵入したことが放送された直後、われわれ二人をよんで、その二つの黒い筒を預けたのだった。
――非常の際には、君たちは、何をおいても、これを一本ずつ背負って逃げてくれ。そして世界大戦が
モール博士は、長さ三十センチほどの、なんの印もついていない黒い筒を二本、二人の前に並べたのであった。
――博士、一体この筒の中には、なにが入っているのですか。いや、もちろん、それは秘密なんでしょうが、お預りする以上、その中身のことがいくらか解っていないと、保管するにしても、持ちはこぶにしても、用心の仕方がありますからね――
と、これは、私がいったのである。すると博士は、怒ったような顔になって、しばらく
――なるほど、そういわれると、君たちのいうことは
博士は、
――博士。なぜドイツ側の手に入ると、
と、私は、博士のおもっていることを、もっとはっきりしたいと考え、
――それ以上、いえない。なんといっても、いえない。――
そういったきり、博士は、
ぐわーン。がらがらがらがら。
家が、大地震のように
「おい、ハンス。もう駄目だ。逃げよう」
と、私は友を呼んだが、そのときハンスは、黒い筒の一本を抱えたまま、ものもいわず、二階の窓から外へとびおりた。
ニーナのこえ
それ以来、私はハンスと、別れ別れになってしまった。
私も、自分に預けられた一本の黒い筒を小わきにかかえて、階段を下り、裏口から戸外にとびだした。そのときは、空はまっくらであったが、銃声と反対の方へ逃げだして、五分ぐらいたって、後をふりかえると、私たちのすんでいた町は、三ヶ所からはげしい火の手が起っていた。
砲声は、しきりに、夜の天地をふるわせている。気がつくと、頭上を、
「これは、いけない。ぐずぐずしていると、ドイツ兵にみつかってしまうぞ」
日本人である私が、ドイツ兵に見つかっても、
「困った。これは、うまく逃げられそうもなくなったぞ」
私は、乾いて、やけつくような咽喉の痛みを感じながら、ぜいぜい息を切って、雑草に
「ふん、ドイツ軍のスパイがやった仕事だな。それにちがいない」
私は、それ以上、うたがいもせずに、どんどんと、灯台の灯を目がけて、前進した。足をとられてごろんごろんと
こうして、くるしい前進をつづけ、時間は、はっきり分らないが、約一時間以上かかって、私はようやく、上り坂になった段丘にたどりついたのであった。
砲声や銃声は、ひっきりなしに、
それから、どれほどの時間が流れたのか、私は、全くおぼえていない。
私は、しきりに、算術の問題をとこうとして、くるしんでいる夢をみていた。
そのとき、私は、誰かに呼ばれているような気がした。
「千吉、千吉!」
ほう、私の名を呼んでいる。
(誰? お母アさん!)
「千吉、千吉!」
私は、はっと
「千吉、千吉!」
私は、その場に、とび起きようとした。
「し、静かにして……」
その声が、私の耳もとに、ささやいた。そして、私の両肩は、下におしつけられたのであった。
電灯が、
「おや。君は、ニーナじゃないか」
私は、目をみはった。私の
いや、違う。アパートには、こんな妙な室はなかった。ここの部屋ときたら、まるで工場の物置みたいである。
「あたし、ニーナよ。でも、千吉、うまく気がついてくれて、よかったわね。あたし、千吉はもう、死んでしまうのかと思ったのよ。だって、あたしが見つけたときは、千吉は、青い顔をして倒れているし、上衣は血まみれだし、シャツの腕からは、傷口が見えるし……」
「傷?」
私は、そのとき始めて、脈をうつたびに、左腕がずきんずきんと痛むのに気がついた。
「あっ、左腕をやられていたのか」
腕には、誰がしてくれたのか、ちゃんと
そのとき私は、たいへんなことを思いだした。左手でわきの下に、しっかり
私が、きょろきょろとあたりを見廻すものだから、ニーナはそれと気がついたらしい。
「どうしたの、千吉」
「大切な品物だ。私は黒い
ニーナは、にっこり笑った。
「黒い筒ならちゃんとあるわ」
「どこに?」
「千吉の寝ている
「えっ、ほんとうか」
私は、むりやりに起きあがった。そして藁の下に手をいれようとしたが、左腕を傷ついている私には、ちと無理だった。ニーナは、それをみると、自分の手を入れて、黒い筒を
「これでしょう?」
私は、うれしかった。
「あっ、開けてある。誰が、この筒を開けたのだろう」
その筒のうえに、厳重に封をしてあったのに、その
私は、ニーナをにらんだ。
「ニーナ。君だね、これを開けたのは」
ニーナは、首を左右にふった。
「でも、君でなければ、誰がこれを開くのだろうか」
そういいながらも、私は、筒の中にどんなものが入っているか、それを早く見たくて、ならなかった。だから私は筒の一方を、
筒は、苦もなく、すぽんと音がして、開いた。私は、胸をおどらせながら、筒の中をのぞきこんだ。
すると、筒の中には、十五六枚の紙が、重ねられたまま巻いて入っていた。私は、
青写真だった。こまかく描いた、器械の設計図であった。急いで、一枚一枚、
「おお、これは
私は、おどろきのこえをあげた。
人造人間! モール博士が、人造人間の研究をしていたことを知ったのは、今が始めてであった。博士が、自分の生命をうちこんで完成した器械というのは、人造人間の発明のことであったか。
「ふうん、大したものだ」
私は、むさぼるように、十八枚からなるその設計図を、いくどもくりかえして
「千吉。もういいでしょう。その図面を、早くおしまいなさいな」
と、ニーナが、私にさいそくをした。
「なぜ?」
私の眼は、なおも図面のうえに、
「おや、これはなんだ。えらいものを、みつけたぞ。ははあ、そうか」
ニーナが、図面を早くしまえといったわけが、急にはっきりしたのであった。それは、
「わかった。誰か、この図面を、写真にとったのだ。ニーナ、誰が、そんなことをしたのだ、おしえたまえ」
ひとの知らないうちに、この貴重な図面を写真にとってしまうなんて、ひどい奴があったものである。
ニーナは、もう仕方がないという顔つきで、
「千吉、あまり大きいこえを出さない方がいいわ。一体、ここを、どこだとおもっていらっしゃるの」
私は、ニーナのことばに、あらためて、びっくりしなければならなかった。
そうだ、ここは一体、どこなのだろう。さっき、目がさめたときから、今までに見たことのない、ふしぎな場所にいるわいと、気になってはいたのだが……。
「ニーナ。ここは、一体どこかね」
私は、ニーナのへんじをきいて、びっくりしなければいいがと思った。
「ここはね、たいへんなところなのよ」
と、ニーナは、うつくしい眼を大きくひらいて、ぐるっと、あたりをみまわし、
「ここはね、ドイツ軍に属する秘密の、地下工場なのよ」
「ええっ!」
私は、やっぱり、びっくりしてしまった。
まさか私は、ドイツ軍に属する秘密の地下工場の中にいようとは、気がつかなかった。
なぜ私は、そんな工場の中に、かつぎこまれたのであろう。わからない、全くわからない謎だ。
だが、その謎は、ニーナが、といてくれた。ここは、同じくベルギーの国内であって、ベン
そういえば、このベン隧道について、へんな噂をきいたこともあった。なんでもそれは、ベン隧道の怪談という風にいいふらされたが、たとえば、こんなことがあったというのだ。私たちのいた街の方から、ベン隧道の中に、十本の貨物列車が入っていくのを数えた人があるのに、隧道を出た向こうの踏切番は、いや十本の貨物列車なんて、うそだ。八本だといって、きかないのであった。二本の貨物列車は、どこへ行ってしまったか、姿も影もないのだ。そこで幽霊貨物列車の怪談がうまれ、この鉄道は、いよいよ乗客の数が減っていったのであった。今にして思えば、その二本の貨物列車こそは、ベン隧道の下に、地下工場をつくる材料をうんと積んで、地下へもぐりこんでしまったのであろう。おどろくべきドイツ軍の計画であった。いわゆる第五列の人々が、この地下工事にたずさわり、そして今も、その第五列の人々が、工場内で働いているのではなかろうか。
「私は、イルシ
というと、ニーナは首をふって、
「昨夜、町から見えた灯は、イルシ段丘の灯台の灯ではないのよ。このベン隧道のうえに
「だって、ベン隧道のうえに、灯が点く設備があるなどということを、きいたことがない」
「わかっているじゃありませんか。このベン隧道の下には、どこに国の人々が働いているかを考えれば……」
ニーナは、なまいきな口をきく。やっぱり、ドイツ軍に属する第五列のスパイの手によって、昨夜、ベン隧道のうえに、あのまぎらわしい
「で、私は、だれに、助けられたのかね。君かね、ニーナ」
「あたしじゃないわ」
「じゃあ、誰?」
「フリッツ
「フリッツ大尉って、誰だい」
そういっているところへ、うしろの扉が、ぎいーッと開いた。
「あ、フリッツ大尉よ」
ニーナが、私の
「おう、どうだ、君の傷のいたみは?」
「ええ、大して痛みません」
「そうか、痛みだしたら、またいいたまえ。注射をうってあげよう」
フリッツ大尉が、傷の手あてのことまで、やってくれたものらしい。
「ところで、君は、
「中、中国人です。センという姓です」
私は、うそをいった。
「なんだ、中国人か。ふふん、やっぱり中国人だったか」
と、フリッツ大尉は、失望したような口ぶりだった。
「おい、セン。お前は、モール博士と知り合いなのか」
「いいえ、知りませんなあ、モール博士などという人は」
私は、つづいて、うそをいった。身の安全のためには、博士との関係をいわない方がいいと思ったからだ。なぜといって、博士は、あれほどドイツおよびドイツ軍をきらっていたから。
「じゃ聞くが、あの黒い筒は、どうしたのか。お前の持っていた筒のことだよ」
フリッツ大尉は、私を
(ははあ、大尉が、筒をあけて、あの中身を、写真にとってしまったんだな)
と、私は、はじめて知った。
「あの筒は、拾ったものです。なんだか、いいものが入っているように思ったので、持っていたのです」
私は、またもや、うそをいった。そういうより、仕方がないではないか。
「ふふん。まあ、そうしておいてもいいと……」
が、フリッツ大尉は、
「とにかく、あの人造人間の設計図は、モール博士の研究したものであることは、たしかだ。余は、あの設計図を写真にうつして、本国政府へ報告した。その返事があって、モール博士の研究であることが、はっきりしたのだ。お前が、それを認めようが認めまいが、
と、大尉は、自信ありげにいって、気をひくように私の顔をみた。
大尉は、私を
「ところで、この工場では、あの十八枚の図面を
大尉は、とつぜんおどろくべきことをいいだした。
私は、どうにかして、圧倒せられまいと、自分の心を
私が今、見ている機械は、しきりに
「どうだね、セン。君の気に入るように、製造工程は進んでいるかね」
フリッツ大尉は、私の気をひいた。
「さあ。おっしゃることが、私には、すこしも分りません」
私は、すばらしい製造工程の進行についてのおどろきを、ひたかくしに、かくしていった。ドイツ技術なればこそである。
「おう、セン。こっちへ来たまえ。いよいよ出来あがった製品について、試験が始まる。君は人造人間の出来
フリッツ大尉は、そういって、私をエレベーターにのせて、別室へつれて行った。 それは、三階ぐらい上のところにある部屋だった。この地下工場は、どこまで大きいのであろう。
廊下をちょっと歩いたところに、入口があった。大尉は、扉を押して開いた。そして私の背中を、うしろからついた。
私は、全く気をのまれてしまった形だった。なぜといって、扉がひらいての瞬間から、私の眼は、室内に軍隊のように整列しているぴかぴかの人造人間のすばらしい群像に
なんというりっぱなモール博士の研究であろう!
それとともに、なんという手際のいいドイツ軍の製造技術であろう!
「さあ、あの台のうえにある金属製の檻の中に入って見物しよう」
大講堂を十個ぐらいうち
フリッツ大尉と私とは、最後に、檻の中の人となって、扉を閉じた。
檻の中から、整列している人造人間の部隊を見下ろしたところは、
そのとき私は、丁度向こう側に、大きな箱のようなものがおいてあるので、何だろうかと、いぶかった。
「あの箱みたいなものは、何ですか」
と、私は、フリッツ大尉にたずねた。
「おや、お前は、勝手なときに、口をきくんだなあ。あの小屋のことが知りたいのかね。見ていれば、今にわかるよ」
そういい捨てて、フリッツ大尉は、右手をあげた。それは、試験始めの
「右向け、右!」
フリッツ大尉が叫ぶと、もう一人の技士が、配電盤上のタイプライターのキイのように並んだ
「四列縦隊で、前へ!」
ぽんぽんぽんと、また、別なキイが、技師の手によって、叩かれる。
かつッと、金属製の靴が鳴ったかと思うと、すぐさま四列
「
ひゅーンと、妙な機械的な
フリッツ大尉は、それに引きつづいて、いろいろな号令をかけた。人造人間は、まるで人間とかわらぬ運動をした。どんな複雑な号令をかけても、配電盤のキイの
そうであろう、機械人間であるから、死をおそれる神経がないのであるから。
大尉は、ときどき私の顔色をうかがった。だが私は、そしらぬ顔をして、立っていた。大尉の
「もういいだろう。モール博士の作った人造人間は、思いの
大尉は、技師たちに、休めを号令した。そして汗をふいた。私も汗をふいた。
大尉が、汗をぬぐい終らぬうちに、指揮塔の向こうに見えている箱の横に、ぽっかりと扉が開いて、中から一人の技師が、とびだしてきた。
「フリッツ大尉。これは、どうもへんですぞ」
と、彼は、大きなこえで、どなった。
大尉は、びっくりしたような顔になって、箱の中にひそんでいた技師を、そばによびよせ、
「なにが、へんだ」
と、きいた。
「なにがって、エッキス光線で、今の人造人間の腹の中をみていたのですが、腹の中にあるたくさんの歯車のうちで、ついに一度もまわらなかった歯車が二個ありました。へんじゃありませんか」
技師は、熱心を
「まわらない歯車が二個もあったか。どうしたわけだろう」
と、大尉は私の顔を、じろりと
だが、何を、私が知っているものか。
「あらゆる号令は、かけてみたつもりだが、はて、へんだな」
と、大尉は、なおも
「なぜだろうな、セン。説明したまえ」
「私が、なにを知っているものですか。あの筒の中に、こんなすばらしい設計図が入っていると知ったら、私は、あんなところにぐずぐずしていませんよ」
「ふしぎだ。が、まあ今日のところは、これでいいだろう」
と、フリッツ大尉は、試験の
私たちは、檻を開いて、外に出たが、そのとき大尉は、私に向い、
「どうだね、セン。君は、
と、たずねた。
「もちろん、楽な方がいいですなあ」
と、私は
その日から、私は、この地下工場で、働くことになった。フリッツ大尉が、試験の結果、これならば大丈夫、戦場に出して充分役に立つことがわかったので、それからというものは、工場は、全能力をあげて、人造人間の製造にかかったのである。
当時、大尉の計算によると、この工場で、一日のうちに、人造人間を五百人作ることが出来る。十日間
私は、その夜のうちに、すべてを決行しようと、機会のくるのを、待っていた。私は、捕虜の身分であるので、例の藁のうえに寝た。ニーナも捕虜であるから、同じ部屋に寝るのだった。ニーナは、私に向かいいろいろと昼間の出来ごとを質問した。しかし私は、一切、口を
午前三時!
ついに、その時刻となった。私は、その時刻こそ、脱出するのに最上の機会だと思って狙っていたのだ。
「ニーナ、お起きよ」
私は、ニーナを、ゆすぶり起した。
ニーナは、びっくりして、藁の中から起きあがった。私が、脱出のことを話すと、ニーナはあまりだしぬけなので、
「脱走なんて、そんなこと、出来るの」
「うん、出来るのだ。人造人間を使って、ここを
「ええ、人造人間? そんなこと、出来るのかしら」
信じ切れないニーナを、ひったてるようにして、私は窓を破って、廊下へ出た。もちろん私は、例の黒い筒を、背中にしっかりと背負って、両手は自由にしておいた。
「ドイツ兵に見つかったら、どうなさるの」
ニーナは、心配げに、たずねた。
「柔道で、投げとばすだけだ。柔道のことは、ニーナも知っているだろう」
と、私は、投げの形をして見せた。
「ああ柔道! 知っている、あたし。日本人は、ピストルがなくても、敵とたたかえるのね。まあ、すばらしい」
その足で、私は、フリッツ大尉の部屋へ飛びこんだ。もちろん大尉は、ベッドの中で、ぐうぐういびきをかいて寝ていた。大尉の上衣が、壁にかかっている。私はそのポケットを探した。
ニーナは、その途中で、私に、こんなことをいった。
「なにもかも、お芝居のように、うまくいくのね。あんまり、うまくいきすぎると思うわ。それにしても、フリッツ大尉は、なんというだらしない人でしょう」
ニーナは、あきれている。私とて、じつはこううまくいくとは、思っていなかったのだ。脱出方法のことや、大尉が、
私たちは、らくに、指揮塔の中に忍びこむことが出来た。
「これからどうなさるの」
「これから、人造人間の背中に、おんぶされて、ここを脱出するのだ」
「まあ、そんなことが、ほんとに出来るかしら」
ニーナは、目を丸くしている。
「わけなしだ。ニーナ、見ているがいい」
私は、指揮塔の、配電盤のキイを、ぽンぽンぽンと押した。
その次の瞬間、私は人造人間が、がちゃンがちゃンと音をたてて、こっちへ歩いてくるのを予想していた。ところが、そうはいかなかった。場内に並んだ人造人間は、林のように、しずまっている。
「へんだなあ」
「それごらんなさい。人造人間は、うごかないじゃありませんか」
「そんなはずはないんだが……今押した人造人間は、故障かもしれない。他の人造人間をうごかしてみよう」
私は、別なキイを押した。ところが、やはり駄目だった。人造人間は、うごかない。私は、
「ニーナ、やっぱり、うごいたよ。三人うごいてくれれば、こっちの思う壷だ。さあ君は、この人造人間の背中におのりよ。私は、こっちのに、のる」
私は、よろこび
「人造人間を、三人も呼んで、どうなさるの。あたしたち二人をのせて脱出するのだったら、二人でたくさんじゃない。一人、あまるわ」
「そうじゃないんだ。どうしても、三人の人造人間が必要なんだ。のこりの一人の人造人間がたいへん大事な役をするんだ。見ていなさい、今すぐに分る」
私は、こういって、第二番目の人造人間の背中にのった。そして背中のうえから、腕をのばして、キイをポンと押した。
すると、第三番目の人造人間が、つかつかと、配電盤の前へ歩いていって、すぐその前まで私が占めていた位置についた。そしてその人造人間が、私に代って、キイを、ぽンぽンぽンと押したのであった。
「ニーナ、走り出すから、しっかりつかまえて………」
「出発から、破壊から、疾走から、それから国境越えまで、なにからなにまで、私が計画したとおり、配電盤の前に残っているあの人造人間が、順序正しくやってくれるんだ。まあ、見ているがいい」
私は、得意だった。ニーナと私をのせた人造人間は、肩を並べて、すッすッすッと歩きだした。そして階段をもう一階、上にのぼると、たいへんな力を出して、扉を押したおし、外へ出た。そこには
「ニーナ、おちないように、人造人間の背中に、しがみついているんだ!」
「ええ」
人造人間は、
あっという間に、
(どうも、あんまりうまくいきすぎたようだ)
私は、人造人間を利用したこの脱出計画が、あまりにうまくいきすぎて、うれしくもあったが、意外な感がしないでもなかった。それにしても、
一時間ばかりすると、夜が
ニーナも、
そのニーナが、とつぜん私をよんだ。
「ねえ、私たちの前を、へんな自動車が走って行くわよ。
「えっ、そんな奴が、前にいたか」
私は、うしろばかり注意していたので、この
その自動車のうえから、とつぜん、ぴかぴかと、
すると、どうしたわけか、私たちののっていた人造人間のスピードが、急におちて、おやへんだと思っているうちに、ぴったりと、道路のうえに、
「こんなはずはない。私は、国境附近に達するまで、人造人間を、全速力で走りつづけさせることにしてきたのに……」
と、私は、人造人間が、急に停ってしまったことに、
「おい、
太い声が、私をよんだ。
私は、前を見た。いつの間にか、例の怪自動車が、私たちの前に停っていた。そして、
「おお、モール博士じゃありませんか。これはおどろいた」
ふしぎな
モール博士と、行きあったのだ。ふしぎなところで、一緒になったものだ。
「おどろいたのは、わしの方のことだ。君はいつの間に、あの黒い筒の中に入れておいた設計図を使って、こんな人造人間を作りあげたのかね」
博士は、車上から、こわい顔をして、私たちを
そういわれると、私は一言もない。私は、もう仕方がないと思ったので、こうなったわけを手短かに、博士に報告した。
博士は、私の一語一語に、顔を赤くして、ドイツ軍を
「博士。でも、へんですな」
「なにが、へんだ」
「でも、私は、この人造人間が、私たちを国境附近へつくまでは、全速力で走るように、ちゃんと器械を合わして来たのに、ここで停ってしまったのは、どういうわけでしょうか」
「なんだ、そんなことか。それは
博士は、奇妙なこえをあげて、笑った。
「造作ないとは?」
「つまり、わしが停めたのさ。発明者であるわしには、あの設計によるA型人造人間を停めることなんか、わけはないのだ。
と、博士は得意そうにいった。
なるほど、これは
「そんなことは、なんでもないが、ベン
と、さすがの博士も、舌をまいた。
「博士はこれから、どうされるのですか」
「わしかね。わしは、やはり国境を越えて、フランスに入るつもりだ。君にあって、たいへんうれしいが、あと、ハンスのことが気がかりだが、仕方があるまい。では、君たち、わしの自動車に、一緒にのったがいい」
博士は、車上から
ニーナは、さっきから、
「博士、この人造人間は、どうしますか」
と、たずねた。
博士は、車上にかがんで、受話器を耳にあてて、何かの音を聞いていたが、このとき
「この人造人間は、ここで片づけていく」
「片づけていくとは……」
「なあに、
「そんなことが出来るのですか」
「出来るとも。わしが設計したんだもの。しかもこのA型人造人間も、ハンスの持っているB型人造人間も、じつはどっちも、不完全なんだから、こわすのは、わけなしだ」
博士は、妙なことをいいだした。
「不完全ですって。なにが、不完全なんですか」
「そのわけは、ちょっと簡単にいえない。が、要するに、ちょっとやれば、すぐ
といいかけた博士は、そこで急にことばをきって、熱心に受話器から流れ出す音をきき始めた。
「おお、そうか。いよいよやって来たか」
「やって来た? なにがやって来たのです」
「人造人間部隊の
博士は、かずかずの
「あっ、撃った」
「えっ」
「人造人間の腕に仕掛けてある
だだだン、だだだン、だだだン。
ものすごい銃声だ。銃弾は、ひゅーン、ひゅーンと、
「見ていろ、千吉。今あの人造人間部隊を、一時にぶっつぶしてみるから」
博士は、しわがれたこえで叫ぶと、車上の器械のスイッチを入れて、
「あれ、見よ!」
ドイツ軍が、人造人間で追撃させたことも、博士のために、無駄に終った。
「さあ、この
博士は、自動車のハンドルをとった。私たちの乗った車は、空中にまい上ったA型人造人間の
「向うに見えるあの
博士は、元気なこえで言った。
私たちの自動車が、丁度丘陵の下までやって来たときに、博士はなに思ったか、
「あっ!」
と叫んで、大急ぎで、ブレーキをかけた。
「どうしたのですか、モール博士」
と、私は、博士の
「また、人造人間部隊が現われた。あれを見ろ、行手の丘陵の上から、こっちへ向かって下りてくる」
なるほど、博士の目は早い。教会の垣根のように、整然と並んで、人造人間と思われる部隊が、例のすり足の行進で、ざくざくと、こっちへ向かってくるのであった。
博士は、車を停めると、
「おお、うしろに、ハンスがいるではないか。あいつ、ドイツ軍のまわし者だったんだな。ち、畜生!」
ハンス? 私は、双眼鏡をもっていなかったので、博士のように、ハンスの顔を、はっきり認めることが出来なかったが、しかし丘陵を駈け下ってくる人造人間部隊の一番後方に、一台の快速戦車があって、その
「おお、ハンス
博士は、かんかんになって怒りだした。そして、
「おい、ハンス。お前は、わしの持っていたB型人造人間の設計図をつかって、その人造人間部隊を作りあげたのじゃろう。双眼鏡で見ると、お前はたいへん得意らしい顔つきだが、B型人造人間なんて、A型人造人間同様に、不完全なんだ。見ていろ。わしが、この
と、遠くにいるハンスに向って、モール博士は、さんざんの憎まれ口をきいたうえ、例のスイッチを入れ、そして指先に力を入れて、B型人造人間が爆発分解する釦を、ぽッと押したのであった。
「おやッ!」
叫んだのは、モール博士だ。予期した爆発が、起らないのであった。人造人間部隊は、あいかわらず整然と
モール博士は、
だが、爆発は、いつまでたっても、起らないのであった。
“どうです、モール博士。悪いことは出来ないと、始めて知りましたか”
と、車上につけてあったラジオの高声器から、とつぜんハンスのこえが、大きく聞えてきた。
“私の
うむ――と、博士はハンスの声に対して
“あの図面の秘密はもうちゃんとわかってしまいましたよ。千吉のもっていったA型の図面だけでもすぐこれは不完全な人造人間が出来るし。私のもっていったB型の図面だけでも、同様に不完全な人造人間が出来る。――そうでしょう。だから、完全な人造人間をつくるにはA型とB型との両図面をどっちも二つに折って半分ずつつぎあわせたうえで、そのつぎはぎ図面によって作ればいいのです。ねえ、博士、そのとおりでしょう”
“博士。いまこの丘陵を下りつつある人造人間はその完全な人造人間部隊なんですよ。そして間もなく、博士を逮捕してしまうでしょう。もう覚悟をされたい”
ハンスが号令を下すと、人造人間部隊は、
私は、あまり意外なこの場の出来ごとに、すっかり気をのまれていたが、このときようやくわれにかえって、車をおりるとニーナと共に、ハンスの前へ近づいた。
「これは一体どうしたわけかね、ハンス」
私は、聞きたくて仕方がないことを、ぶっつけて尋ねた。
「うん、君は、びっくりしたろう。しかし、わけは、簡単なんだ。このモール博士というのは、もと、われわれの祖国ドイツにいた科学者だ。博士は、ナチスのため祖国を追われて、このベルギーへ移ったが、そのとき、モール博士と
そういって、ハンス少尉は、私とニーナの手を、かわるがわる、つよく握ったのであった。ハンスの父ヘルマン博士の研究による完全人造人間の部隊は、いずれそのうち、欧洲戦線のどこかに、必ず姿をあらわして、ドイツ軍に