宇宙の迷子

海野十三




   ゆかいな時代


 このゆかいな探険たんけんは、千九百七十何年だかにはじめられた。いいですか。
 探険家はだれかというと、川上一郎君、すなわちポコちゃんと、やま万造まんぞう君、すなわちせんちゃんと、この二人の少年だった。
 川上君は、顔がまるく、ほっぺたがゴムまりのようにふくらみ、目がとてもちいさくて、鼻がとびだしているので、まめタヌキのように、とてもあいきょうのある顔の少年だ。タヌキはポンポコポンであるから、それをりゃくして川上君のことを友だちはポコちゃんとよんでいる。とてものんきな、にぎやかな子どもだ。
 山ノ井君のほうは、顔が丸くなく、上下にのびていて、頭は大きく、あごの先がとがっていて、どこかヘチマにている。ヘチマ君とよばないで、ヘチマのチをせんとよみ、千ちゃんとよばれているが、それは山ノ井君はなかなか勉強がよくでき、友だちにしんせつで、級長をしているくらいだから、ヘチマとはよばないのだった。
 この二人はたいへん仲がよくて、いつも二人つながってあるいていたり、あそんだり勉強したりしている。だからこの二人が組んで、探険に出かけるのはもっとものことだ。
 探険――などというと、むかしはたいへん大じかけな、お金のうんといる事業のようにいわれたものだ。そのくせ探険のもくてき地はアフリカの密林の中とか、北極とかで、みんなこのせまい地球の上にある場所にすぎなかった。いまはそうではなく、探険といえば、たいてい地球の外にとびだしていくのだ。年号が千九百七十年代にはいると、世界中の人々がこの宇宙探険熱にとりつかれ、われもわれもと探険に出かけるようになった。探険がかんたんにできるようになったわけは、もちろん原子力エンジンが完成したせいである。
 原子力エンジンは、小型のものでも、何億馬力の力をだす。その原料はすこしでよい。昔はガソリンや石炭をつかっていたが、あんなものはうんとたいても、いくらの力も出やしない。原子力エンジンが世の中に出るようになってから、ガソリンも石炭もただみたいにやすくなったが、それは原子力エンジンにくらべると、たいへん能率のわるいエネルギーのみなもとだからである。
 さて、わがポコちゃんと千ちゃんをここへつれてきて二人の話をきくことにしよう。
「もう知れちまったのですか。早いねえ。ええそうです。ぼくとポコちゃんとの二人で、この夏やすみの二カ月間を利用して、ちょっと月の世界を探険してこようと思うんです」
 そういったのは、千ちゃんだった。
「ほんとうはぼくは火星までいってみたいんだけれどねえ。こんどは日数がたりないので、だめさ」
 ポコちゃんは、小さい目をしばたいてそういった。
「月の世界にこれまでいったことがあるんですか」
 と、きいてみた。
「いいや、こんどが、はじめてです」
「どんなものを目的に探険するのですか。貴重な鉱石かなんかをさがしにいくんでしょう」
「そうじゃないんです。ぼくは、月がなぜあんなにえてしまったかということをしらべたいと思うんです」
 千ちゃんは、そういってから、かたわらのポコちゃんのほうをゆびさして、
「しかしポコちゃんは、ぼくとちがった、べつな目的で探険するといっています」
「ポコちゃんの探険目的はなんですか」
「ぼくはね、ちょっとたいへんなんだよ。月の世界へいって、生物をさがすんだよ」
 ポコちゃんは肩をそびやかした。
「生物をさがす? だって月には生物がいないんでしょう。月は冷えきっているし、空気も水もないから、生物がいきていられないわけですね」
「それがね、ぼくは問題だと思うんだ。ほんとうに生物がいないかどうか、じっさい月の世界へいってよく探してみないことには、はっきりしたことはいえない。それにね、ぼくは前から、月の世界には生物がいるにちがいないと推理をたてているんだ」
「へえ、ポコちゃんだけですね、月の世界には生物がいるなどと考えているのは……。もっとも大昔は、月の中にウサギがすんでいて、もちをついているという話があったが、あれは伝説にすぎないですね」
「ぼくはそのウサギのことをいっているのじゃない。もっとすごいやつがいやしないかと思う。それで、むこうへいったら、どんどん地面を掘りさげて、月の生物をさがしてみるつもりなのさ」
 ポコちゃんのきばつな話は、そのへんでやめてもらい、もう一つきいてみた。
「こんどの探検では大宇宙をとぶわけですが、航空中になんぎをするような所はありませんか」
「やっぱりいちばんくるしいのは、重力平衡圏じゅうりょくへいこうけんを通りぬけるときでしょうね。もしぼくたちの宇宙艇の力がたりなくなったり、エンジンが故障になると、宇宙艇は前へも後へも進むことができなくなり、永遠にその宇宙の墓場はかばにつながれてしまうでしょう。ぼくはしんぱいしています」
「なあに、だいじょうぶさ。故障さえおこらなければ、すうすうと通っちまうさ。今からしんぱいしてもしかたがない。そこへいって、いっしょうけんめいやればうまくいくよ」
「だがね、ポコちゃん。重力平衡圏というものはもっとおそろしい場所だと思うよ。北極や南極の近くには、氷山が、ぶかぶか浮いていて、船に衝突してしずめてしまように、あの重力平衡圏には、おそろしくでっかい宇宙塵うちゅうじんがごろごろしていて、ぼくたちの宇宙艇がそれにぶつかろうものなら、たちまちこなごなになってしまうと思うよ。だからそのへんを宇宙の墓場といってみんなおそれているんだ」
「なあに、そこへ近づいたら、ぼくがうまく宇宙艇を操縦して宇宙の墓場を安全に通してあげるよ。千ちゃん、きみみたいに前からしんぱいばかりしていたら、ますますきみの顔が青くなってヘチ……いや、ごほん、ごほん」
「なんだって。ヘチがどうしたって。その下にもう一字くっつけたいんだろう」
「マあいいや。ごほん、ごほん」
「あっ、とうとういったな、こいつ……」


   カモシカ号出発


 二人ののりこんだ宇宙艇カモシカ号は、ついに地球をけって、大空へ向けてとびあがった。
 時刻じこくは午前五時十五分。場所は東京新星空港だ。
 すばらしいカモシカ号の雄姿ゆうし
 流線型の頭をもった艇の主体。そのまんなかあたりから、長くうしろへむけてひろがっているこうもりのようなつばさが三枚。艇のぜんたいは螢光色けいこうしょくにぬられていて、目がさめるほどうつくしい。尾部びぶからと、翼端よくたんからと、黄いろをおびたガスが、滝のようにふきだし、うしろにきれいな縞目しまめの雲をひいている。そしてぐんぐん空高くまいあがっていく。
 そのカモシカ号の艇の内部をのぞいてみよう。
(テレビジョンじかけで、艇のもようは、たえず地上へ向けて放送されている)。
 艇のまるい頭部の中に、二つならんだ操縦席がある。右の席にはポコちゃんが、左の席には千ちゃんが腰をふかくうずめている。
 操縦席と計器盤と自動式操縦ボタンとが、鋼鉄製こうてつせいの大きなかごのようなものの中にとりつけられている。そのかごは、外側に二本の軸がとびだし、それがかごをとりまく大きいじょうぶなの軸受けあなへはいっている。その輪には、おなじような二本の軸がとびだし、かごの軸と九十度ちがった方角へでていて、それが外側にあるもう一つの大きなじょうぶな輪の軸受けあなへはいっている。そしていちばん外側の輪は、しっかりと艇のかべにとりつけられている。
 つまり、昔からあるらしんのとりつけかたとおなじである。そのとりつけかたをすると、船がどんなにかたむいても、らしん儀の表だけはちゃんと水平にたもたれるのだ。――カモシカ号の操縦者とともに、いつも重力の方向にじっとしていて、横にかたむいたり、さかさになったりしないようにたくみに設計されているのであった。
 だから宇宙艇カモシカ号がまっすぐに上昇しようと、水平方向にとぼうと、あるいはまた宙がえりをしようと、操縦席はいつも直立不動で、操縦席にいる人間は家の中でいすに腰をかけてじっとしているのと同じことであって、たいへんらくである。
 そのかわり宇宙艇の頭は、すきとおったあつい有機ガラスと、じょうぶな鋼鉄のわくとをくみあわせて、半球形はんきゅうけいになっていて、操縦席がどっちへむこうとも、いつでも艇の外が見られるようになっている。
 艇は、垂直すいちょくに上昇をつづけている。
 太陽の光りはあかるく円屋根まるやねの左の窓からさしこんでいる。
 高度は、今しがた七千メートルを高度計のめもりがしめした。
 下界げかいは、はばのひろい濃いみどり色のもうせんをしいたように見え、そのもうせんの両側にガラスのような色を見せているのは海にちがいない。まるで白い綿をちぎったような小さな雲のきれが、艇と下界のあいだに浮いて、じっと、うごかないように見える。
「千ちゃん、たいくつだね。下界のラジオでもかけようか」
「うん。どこか軽快な音楽をやっている局をつかまえてくれよ」
「ああ、さんせいだね」
 ポコちゃんが短波ラジオのダイヤルをぐるぐるまわしていると、アメリカのラジオ・シチーの明かるい放送がはいってきた。
 二人がそれにききいっているうちに、高度はどんどんあがっていく。そして空がだんだん暗さをます。
 やがて星がきらきらかがやきはじめる。
「ポコちゃん、いつのまにかほくたちは成層圏せいそうけんへたっしたよ。ほら、空が暗くなってまるで夕方になったようだ」
 千ちゃんが指をてんじょうの方へむけていう。が、ポコちゃん、へんじをしない。それもそのはず、ポコちゃんは音楽をききながらいい気もちになってねむってしまったのだ。
「おやおや、のんきな坊やだなあ」
 そういっているとき、へんなこえが頭の上にした。
「もしもしカモシカ号。もしもしカモシカ号……」
 あ、下界からの超短波の無線電話のよびだしだ。
「ああ、こちらはカモシカ号です。山ノ井万造です。あなたはどなたですか」
「おお、カモシカ号ですね。ぶじですか。みんなしんぱいしていたところです。こっちは東京放送局の中継室ですが……」
「ぼくたちは元気です。しんぱいはいらんです」
「でもね、さっきから――そうです、四十分ほど前からこっちへずっとカモシカ号からのテレビジョンがとまっているのです。だからカモシカ号は空中分解でもしたんじゃないかと、しんぱいしていたわけです。だから超短波の無電でちょっとよびだしをかけたんです」
「こっちからのテレビジョンがとまっていますって。それは知らなかった。そんなはずはないんですがね。念のためにちょっとしらべますから、待っていてください」
 千ちゃんはふしぎに思って、テレビジョンの空中線回路へ監視燈かんしとうをつっこんでみると、あかりがつかない。なるほど電流が通っていない。やっぱりそうだったんだ。故障の箇所かしょはどこだろうかと、千ちゃんは座席から立ちあがってはしごで下へおり、テレビジョン装置をしらべてみた。しかしアイコノスコープも発振器はっしんきもどこもわるくなさそうである。しかしテレビジョン電流はさっぱり出ないのだ。
 いよいよこれはへんである。千ちゃんはふたたびはしごをのぼって操縦席へもどってきた。このうえは、いい気持のポコちゃんをねむりからさまして、二人して故障箇所を早くさがそうと考え、となりの席で、ていねいに、おじぎをしたようなかっこうでいねむっているポコちゃんの肩へ手をかけようとしたとき、故障の原因がたちまちはっきりわかってしまった。
「なあんだ。ポコちゃんが、自分のおでこで、テレビジョンのボタン・スイッチをおして“テレビ休止きゅうし”にしているじゃないか。困った坊やだ。おいポコちゃん、ポコちゃん。そうしていちゃこまるじゃないか」
 と、千ちゃんはポコちゃんの肩をもって、自動式操縦ボタンのパネル(盤)からひきはなした。しかしポコちゃんは、まだ目がさめないで、座席に深くおちこんだようなかっこうで、むにゃむにゃ、ぐうぐうぐう。
 千ちゃんはあきれながら“テレビ動作”のボタンをおす。するとテレビジョンはすぐさま働きだした。
「ああ、もしもしカモシカ号。そっちから送っているテレビジョンが受かるようになりました。ありがとう、ありがとう」
 下界の放送局のこえである。
「いや、どういたしまして。ぼくの顔が見えていますか」
「ああ、よく見えます。笑いましたね、いま。あなたは山ノ井君ですね」
「そうです、山ノ井です」
「もう一人の川上一郎君は健在けんざいですか」
「はあ、健在です」
「では、川上君にちょっとテレビへ出てもらって、何かしゃべってもらってくれませんか」
「はいはい。しょうちしました」
 千ちゃんはそうこたえて、テレビジョンの送影口そうえいぐちをポコちゃんの方へむけて大うつしにして、
「おいおい、ポコちゃん。放送局のおじさんが、君になにかしゃべれってさ」
 と、肩をゆすぶって起しにかかる。
「……うん、むにゃむにゃむにゃ……。もうおイモはたくさんだよ。ナンキンマメがいい。あ、そのナンキンマメ、まってくれ。むにゃむにゃ……」
 と、ポコちゃんは、ねごとをいう。
「はははは、これはゆかいだ」
 と、放送局のアナウンサーは笑って、
「では、もう時間がきましたから、このへんでさよならします。次の連絡時間は十時かっきりということにねがいます。エヌ・エィチ・ケー」


   飛ぶ火の玉


 ポコちゃんがしぜんに、ねむりからさめたときには、艇の外はもうまっくらであった。
「あっ、あああーッ。いい気もちでねむった。――おやおや、もう日がくれたぞ。早いものだ。さっき朝だと思ったのに……」
 そういうポコちゃんの横の席では、千ちゃんがしきりに日記をつけている。
「あ、千ちゃんがいたよ」
 と、ポコちゃんはつまらないことを感心して、
「千ちゃん、今何時だい」
「今、十時三十分だ」
「十時三十分? 午後十時半かい」
「ちがうよ。午前十時三十分だよ」
「へんだね、それは……だって、外はまっくらで、星がきらきらかがやいているぜ。ま夜中の景色だよ、これは……」
「おい、しっかりしてくれ、ポコ君、いつまでねぼけているんだよ」
「ねぼけているって、このぼくがかい。ぼくがどうしてねぼけるもんか。千ちゃんこそねぼけているぞ。ぼくはねぼけてなぞいないから、たとえば、この高度計でもさ、はっきり読めるんだ。……おやおやおや」
 ポコちゃんは目をこすったり高度計のガラスぶたをなでたり。
「へえ、ほんとうかなあ、高度二万五千メートルだって……。すると成層圏のまん中あたりの高度だ……。そのあたりなら、大気がうすくて、水蒸気もないし、ごみもないから、太陽の光線が乱反射らんはんしゃしない。それで昼間でも成層圏の中は暗い。ことに高度二万三千メートル以上となれば空は黒灰色こくかいしょくにみえるのである……と、“宇宙地理学”の教科書に書いてあったが、ははん、なるほどだ……」
 ねぼけていたとはいえ、もう夜中だ、などとばかなことをいったものだ。千ちゃんはそれに気がついたかなあ――と、ポコちゃんは、タヌキのやぶにらみという、みょうな目つきをして、となりの席の千ちゃんの方をうかがった。すると千ちゃんはまっすぐ顔をポコちゃんの方へ向けてにやにや笑っていた。
「あははは」
「わっはっはっはっ」
 二人は笑いあった。それぞれちがった笑いの原因によって笑った。
 カモシカ号の速度はかねて計算しておいたとおり、しだいにはやくなっていった。
 地上からいきなり早い速度で飛びだすことはきけんである。のっている人間は気がとおくなったり、ひどければ死ぬであろう。
 しかし地上を出るときは、わりあいゆっくりした速度でとびだし、それからだんだん速度をたかめていくと、のっている人間にはきけんをおよぼさないで、かなりたかい速度にすることができる。つまり人間のからだにこたえるのは、速度そのものではなく、速度のかわりかた――つまり加速度が、あるあたい以上になると、きけんをおこすのである。
 着陸のときにも同じことであるが、着陸の場合は、速度のへりかたが問題になる。
 なにしろカモシカ号としては、二カ月間に地球と月の間を往復し、そして月の世界を見物する日数も、この中にみこんでおかねばならないので、たいへん日がきゅうくつだ。したがって、地球と月の距離四千二百万キロメートルの往復を二十日ぐらいでやってしまいたい。そのためには、宇宙艇カモシカ号は、すくなくとも時速二十四五万キロメートルの、最大速度トップ・スピードをださねばならない。
 ガソリンのエンジンや、火薬利用のロケットを使ったのでは、今まではとてもこんなすごい速度はだせないが、原子力エンジンの完成された今日では、これだけの最大速度をだすことはよういである。人間が原子力を利用することができるようになったおかげで、それまでは、全く不可能とされていた、北氷洋とインド洋をつなぐ、大運河工事もできるようになり、また、土佐沖海底都とさおきかいていとのような大土木工事が成功し、それから地球外の宇宙旅行さえどんどんやれるようになったのだ。すばらしい原子力時代ではないか。じっさい二少年は、らくな気もちで、こうして宇宙を飛んでいるのだ。
 地上からはかった高度五万五千メートルあたりが、成層圏のおわりである。
 そこを通りこすと、大気はいよいようすくなって、地上の大気の四千分の一ぐらいとなる。もちろん艇の中では、たえず酸素をだす一方、空気をきれいにし、炭酸ガスをとっている。艇は気密室で、空気が外にもれないようにつくってあるが、このあたりまでくると、外の大気圧たいきあつが低いからどこからともなく艇内の空気が外へぬけだす。だから艇中で酸素などをたえずおぎなってやらなければならない。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、どえらい音をたてて、艇がゆれた。
 音がしたのは、操縦席よりずっと後方にあたる艇の胴中へんと思われる。
「何だろう、千ちゃん」
 ポコちゃんは、小さい目をせいいっぱいひろげて、千ちゃんの腕をつかんだ。
「さあ、何だろう」
 千ちゃんにも、けんとうがつかない。
 が、音もしんどうもそのままおさまったし、計器盤を見わたしても、べつに異常はなさそうである。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、またもやひどい音がして、艇がきみわるくふるえた。
「あっ、また起った」
「へんだね、どうも」
「気もちがわるいね。きっとこのカモシカ号は空中分解するんだよ。ちと早すぎらあ」
「……」
 千ちゃんはポコちゃんにはこたえず、顔を前へつきだして、ガラス窓ごしに外をすかして見ていたが、このとき、さっと顔をかたくすると、
「ポコちゃん、あれを見ろ。外を見るんだ」
 とさけんで右手で外を指さしたが、その手をただちにパネルへもどして、操縦席にあかあかとついていた電燈を消した。
 たちまち二人のまわりはまっくら。
 千ちゃんはなぜ電燈を消したのだろうと思いながら、ポコちゃんは艇外へ目をやった。
 外はすみをぼかしたようなまっくらな空。銀河が美しい。
 と、とつぜん、上の方からすぐ目の前におりてきた大きな赤い火の玉!
 みるみるうちにその火の玉は、まぶしいばかりにもえあがって下界の方へ。
 ガガガンの音はそのとき起った。
「何だろうね、今のは……」
 ポコちゃんは、青くなってさけんだ。
「いん石がもえながら飛んでいるんだ」
 くらやみの中に千ちゃんのこえがひびいた。


   危機脱出


「へえっ、あれが、いん石かい。すごいなあ」
 あまりものにおどろいたことのないポコちゃん川上少年も、艇外をひゅうひゅうととびかう鬼火のような、いん石群には、すっかりきもっ玉をうばわれた形であった。
 そのとき操縦当番の千ちゃん山ノ井少年は、ポコちゃんに答えようともせず、前のテレビジョンの映写幕面をにらみながら、汗をながして操縦かんをあやつっている。
「しかし、きれいなもんだなあ。両国りょうごく川開かわびらきで大花火を見るよりはもっとすごいや。あっ、また一発、どすんとぶつかったな。いたい!」
 ポコちゃんは金属わくにいやというほど頭をぶっつけた。それっきり、かれはおしゃべりをやめた。それはしゃべっているさいちゅうにどすんときて、じぶんの舌をかみそうで、心配になったからだ。
 艇内はしばらくしずまりかえっていた。ただ聞えるのは、艇の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
 そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。ようやく流星群りゅうせいぐんを通りぬけたらしい。もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。こわかったねえ」
「まったくこわかった。下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したものに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
 そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
 原子力エンジンは、この宇宙艇で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。それがわかっていたから、二少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。やはり本職の宇宙旅行案内人をやとっていっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。二少年のたのみのつなは、ある雑誌の増刊ぞうかんで、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
 その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。その流星の中には宇宙艇に命中して艇をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして艇を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
 だからここまで来たのはいいが、二少年はたいへん心ぼそくなってしまった。山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
 川上が急に大きな声をだして、横の、のぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
 山ノ井は、はっとした。大きな山が光ってみえる。もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
 うるしを流したようにまっ黒い大空。きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。その銀河が橋をかけているしたに、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。空中の博覧会の大イルミネーションだ。目をすえて見るとその五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
 山ノ井は思わず嘆声たんせいをはなった。
「千ちゃん。きれいだなどと、見とれていていいのかい。あれは何だい。原子力のたつまきじゃあないのかい」
 原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが、川上はそういうものがあったらさぞおそろしかろうと思って、そういったのだ。
「ちがうよ、ポコちゃん。あれはオーロラだ。極光きょっこうともいうあれだ。そして山形をしているから、あれは弧状こじょうオーロラだよ」
「オーロラ? ははあ、なるほどオーロラだ」
 川上は、本に出ていた三色ばん写真のオーロラを思いだした。
「あそこがちょうど北極のま上にあたるんだ。地上からの高度はいくらだったかな」
 山ノ井が、れいの増刊のページをぺらぺらとくって、オーロラの説明の出ているところをだした。
「書いてある。――弧状オーロラは高度百二十キロないし百八十キロの空間に発生する。また幕状まくじょうオーロラは、さらに高き場所に発生し、その高度は三百キロないし四百キロである――とさ」
「ふうん。ぼくたちはとうとうオーロラの国まで来たんだね。ゆかいだねえ」

   しんぼうくらべ

 オーロラの国も、いつしか通りぬけて、宇宙旅行の沿道のながめは、いよいよ単調で、たいくつなものとなってきた。
 なぜなら、空はどこまでいっても、うるしをとかしたようにまっ黒で、その黒い幕のところどころに針でついたような穴があって、それがきらきらと光っている大小無数の星である――という風景が、いつまでたってもつづくのであった。なんのことはない、無限にながく夜がつづいているようなものだ。
 ただ、ふつうの夜には見られないものが二つあった。
 その一つは、まっくらな大空に、よくみがいた丸鏡まるかがみのような太陽がしずかに動いていくことだ。それはふしぎなものだった。ぎらぎらとかがやいている太陽にはかわりがないんだが、しかしあたりはまっくらな夜の世界だ。なぜ太陽はあたりの空を明るくしないのであろうか。いきおいのおとろえた太陽。急に年をとったように見える太陽だった。
 しかしこれは、「月世界探険案内」に説明が出ていた。地上で仰ぐ太陽があたりの空をすっかり明るくしているのは、空中にあるちりや水蒸気の粒などが太陽の光線を乱反射させるためである。ところが空高くのぼれば、ちりはなくなるし、水蒸気はもちろんなくなり、太陽の光線は一直線にすすむだけで、何にもぶつかるものがない。だからもちろん乱反射は起らない。したがって、もえている太陽はぎらぎらかがやいても、あたりは明るくないのだという。
 いくら太陽がえらくても、ちりや水蒸気がなければ、空がまひるの明るさにかがやかないのだ。そうしてみると、ちりとか水蒸気は、大した魔術師だわい――とポコちゃんは感心してしまった。
「だけれど、なんというあわれなお日さまだろう」
 と、ポコちゃんは、窓の外に仰ぐ太陽にたいへん同情をした。
 もうひとつのかわった風景は、どんどん後へはなれていくわが地球が、とうとうすっかりたまの形に見えるようになったことである。
 その地球の大きさを、どういいあらわしたらいいだろうか。大きな丸いテントを張って、それをすぐそばに建っているとうの窓から身をのりだして見たようだとでもいうか、家の二階までがすっぽりはいる大きな雪の玉をこしらえて、そのそばにしゃがんで見上げたようだというか、とにかく大きな球の形に見え、それが太陽の光をうけて明かるくかがやいて見えるのだった。
 海と陸との区別がつくことはつくが、それはあまりはっきりしない。陸の色は黄色っぽい緑であるし、海はうす青であった。しかしよく見ているとあそこが太平洋だな、こっちがアジアで、あっちがアメリカだなとわかった。この大きな球である地球が、きれぎれの雲につつまれているところは、なんだかおそろしい気がしたし、またその大きい地球が、ささえるものもないのに落ちもしないのが、ふしぎであり、あぶなっかしく思われて、山ノ井も、川上も、ながく地球を見ていることができなかった。
 二人が目ざす月の方は、こうしてかなり近づいたのにもかかわらず、海から出た満月ぐらいの大きさになっただけだった。月の世界につくには、まだなかなかである。
 こうして、しんぼうくらべのような日が、いく日もつづいた。
 地球からのラジオが、いちばんたのしいものであったが、それもだんだんと音がよわくなってきたし、局の数もへった。こっちのカモシカ号から地球へ送る無線通信もだんだんうまくいかなくなって、やがてモールス符号のほかは、地球へとどかなくなってしまった。それでも地球からは、かすかながらも無線電話がカモシカ号のアンテナにとどいた。しかしそれは、とくに大切な連絡のために使われるだけであって、一日のうちに五分ずつ、たった三回にすぎなかった。
 しかしその五分間の無線電話によって、カモシカ号のことが、内地でたいへん人気があることもわかってうれしかった。また、金星探険団のマロン博士一行の乗っているロケットが針路をあやまって大まわりをしたために、いまだに金星につかないで、金星のあとを追いかけて太陽のまわりをぐるぐるまわっているが、このちょうしではもう地球へもどれず、博士一行は宇宙で遭難し白骨はっこつになるのではないか、と心配されている、といういやな報道もあった。
 このカモシカ号が、マロン博士一行みたいな運命におちいってはたいへんである。二少年は、たいくつの心をふるいおこして、一所けんめい艇のエンジンのちょうしをしらべ、そのほか艇が持っているいろいろな装置をしらべて、故障のおこらないようにつとめた。
 艇は気密室きみつしつになっていた。気密室とは、空気がもれない部屋のことをいうのだ。もしこの気密がわるくなり、艇内の空気が外へもれはじめると、二少年は呼吸ができなくて死んでしまわなければならない。だから艇が気密になっているかどうかを、念入ねんいりにしらべる必要があった。
 いよいよ地球から遠くはなれて月に近くなった結果、重力がうんとった。するとからだはかるくなるし、鉛筆などをほおりあげても、いつまでも上でふわふわしていて、なかなか下へおちてこないというわけで、まるで魔術師になったようでおもしろい。
 だが、机の上においた本が、いつの間にやら宙へうかんでいたり、たべようと思ってパイナップルのかんづめをあけると、たちまち中から輪切わぎりになったパイナップルや、おつゆがとびだしてきて、宙をにげまわるなどと、いうこともあって、なかなかてこずる。本や、かんづめはまだいいが、エンジンのちょうしがくるったり、燃料が下からたつまきみたいになって操縦席までのぼってきたり、どの部屋もごったがえしの油だらけになる。これでは困るから、人工重力装置を働かせて、この艇内の尾部びぶの方に向けて、万有引力と同じくらいの人工重力が物をひっぱるようにする。この人工重力装置が働いているあいだは、机の上の本も机の上からにげださないし、輪切りのパイナップルも、ふたのないかんの中におとなしくおさまっている。
 急行列車で地上を走ったり、飛行機で太平洋横断の旅行をするのとはちがい、宇宙旅行をするにはこのようにかってのちがったことがいくつもあって、たいへんやっかいであるが、そこがまた、たいへんおもしろいところでもある。


   宇宙の墓場はかば


「おいポコちゃん。いよいよきたぞ、宇宙の墓場へ。このへんは、もう宇宙の墓場なんだぜ」
 山ノ井は、となりの席でもう三時間もぐうぐうねむりつづけている川上を起した。
「うううーん。ああ、ねむいねむい。なんだ、もう食事の時間か」
「あきれた坊やだね。宇宙の墓場だよ」
「シチュウがはかまをはいたって。そいつはたべられないや、口の中でごわごわして……。ああ、ああっ。腹がへった」
 ポコちゃんは目がさめると、おなかがすいたとさわぎだすくせがあった。山ノ井の千ちゃんは、あきれてしまって、とちゅうからもうだまっていることにして、しきりに暗視あんしテレビジョンのちょうしをかえながら艇外へするどい注意力をあつめている。
 ああ、宇宙の墓場。
 そこは重力平衡圏じゅうりょくへいこうけんというのが、ほんとうであろう。つまり地球からの引力と月からの引力がちょうどつりあっていて、引力がまったくないように感ぜられる場所なのだ。そこは、もちろん地球と月の中間にある。そこから月までの距離を一とすると、そこから地球までの距離は九ぐらいになる。だから月にたいへん近い。
 この重力平衡圏は地球と月との間に、かべのように立っているのだ。しかしそれはたいらなかべではなく、まがっている。
 そこへ流れこんだ物は、宙ぶらりんになってしまって、地球の方へも落ちなければ月の方へも落ちない。そしていつまでも宙ぶらりんの状態がつづく。だから宇宙の墓場といわれる。
 それに、大昔からこの重力平衡圏へ流れこんで、宙ぶらりんになっている物が少なくないのである。だからいよいよそれは宇宙の墓場らしく見えてくるのであった。山ノ井は、どんなものが宙ぶらりんになっているかと、目をさらのようにしてテレビの幕面まくめんをのぞいている。
 すると、一つだけ、見えた。
「なんだろう、あそこにある細長いものは……。いん石にしては長すぎるし、それにいやに形がいいし、へんだなあ」
 山ノ井がひとりごとをいったのを、川上のポコちゃんが聞きつけて、なんだ、なんだとそばへよってきた。
「へえっ、とうとう宇宙の墓場へやってきたのかい。それはたいへんだ」
 ポコちゃんは、小さい目を鉛筆のおしりのように丸くしておどろいた。
「えッ。そして何が見えるって。何が見えているんだろうと、いうのかい。きまっているよ、それはゆうれいだよ」
「なに、ゆうれい?」
「そうさ、ゆうれいにちがいないよ。だって墓場から出てくるのはゆうれいにきまっているじゃないか」
「あんなことをいっているよ。あんなゆうれいがあるものか。よく見てごらんよ」
 千ちゃんにいわれて、ポコちゃんがよく見ると、なるほどゆうれいにしてはどうも形がへんである。だいぶん近づいたので、よく見えるようになったが、胴のところに四角な窓がある。ポコちゃんは首をひねった。
「なるほど、四角な窓がついているゆうれいなんて、へんだね。……ああっ、そうか。おい千ちゃん、たいへんだよ。あれはだれかの宇宙艇だよ。遭難したらしいね。早く助けてやらなくては……」
 ほんとうだった。それは宇宙旅行中に遭難した宇宙艇にちがいなかった。近づくにしたがって、その宇宙艇の胴にかいてある「新コロンブス号――アルゼンチン」という艇の名前が読みとれた。
「ああ、新コロンブス号じゃないか。今から三年前にアルゼンチンの探険家ロゴス氏が乗ってとびだした新コロンブス号じゃないか」
「ああ、そうか。ふうん、すると三年前から、あのとおりお墓になってしまったんだよ。乗組員はどうしたろう。千ちゃん、すこしスピードをゆるめて、そばへいってやろうじゃないか」
「うん、そうしよう。しかしちょっと危険だぞ。うっかりするとこっちも墓場の仲間入りをするおそれがある」
 カモシカ号は、いくらか速度をゆるめ、新コロンブス号の方へ近づいていった。
 すると、望遠テレビで、しきりに焦点を新コロンブス号に合わせていた川上が、「あっ」とさけんで、あおくなった。
「どうした、ポコちゃん」
「た、たいへんだ。新コロンブス号はがい骨に占領されているよ。あの窓をよく見てごらんよ。どの窓にも、がい骨がすずなりになって、こっちを見ているよ」
「えっ、そうか。気持のわるいことだなあ」
 山ノ井も望遠テレビをのぞきこんだ。かれは首すじがぞっと寒くなるのをおぼえた。
 すずなりのがい骨! それはみんな乗組員のなきがらにちがいなかった。なんという気のどくなことであろう。宇宙探険の先駆者せんくしゃのはらった、とおといぎせいである。
「敬礼をしよう」
「ロゴスさん、ばんざい」
 そのとき二人の少年は、ほとんど同時に、難破した新コロンブス号の一つの窓に何か字をしたためてある一枚の紙がはりついているのを発見した。そしてそのうしろに、りっぱな艇長の服をきているがい骨が立っていて、
「お前たち、早くこれを読めよ」といっているようであった。どうやらそれはロゴス氏のがい骨らしい。
 がい骨がまもっているその一枚の紙にはたしてどんなことが書いてあったろうか。


   がいこつの警告


 がいこつ艇長が、こっちを向いて、紙に書いたものを「ぜひ、これを読め」というように、こっちへ見せているのだ。
 山ノ井も川上も艇長服を着たがいこつには、びっくりして顔色をかえたが、わけのありそうながいこつ艇長のようすに、こわいのをがまんして、紙きれに書いてある文句をひろって読んだ。
 それは、つぎのような文章であった。
――ここは宇宙の墓場だ。けっして乗物のエンジンをとめるな。エンジンが動かなくなるとわが新コロンブス号と同じ運命になろう。それからもう一つ、時々ここをつきぬける、すい星があるから注意せよ。
新コロンブス号艇長ロゴス――
 山ノ井と川上とは顔を見あわせた。
「やっぱり探険家のロゴス先生だったね」
「そうだ。ロゴス先生は、がいこつになってもあとから来る者のために、とおとい警告をしていてくれる。えらい人だね」
 そういっているうちに、動いているこっちのカモシカ号は、どんどん新コロンブス号から、はなれていった。二人は、それをじっと見送りながら、宇宙探険の英雄のれいのために、いのった。
 しばらくは二人ともだまっていた。がいこつ艇長にめぐりあったことが、ひどく胸をいためたからだった。
 そのうちに川上が声をだした。
「ねえ、千ちゃん、いったいこの重力平衡圏というところは、どんなところだろうね。もちろん地球の方へ引く重力と、月の方へひっぱる重力とが、ちょうどつりあっていて、重力がないのと同じことだとはわかっているが……」
 ポコちゃんの川上は、小さい目をくりくり動かして、そういった。
「それだけわかっていれば、それでいいじゃないか」
「いや、しかし、それは、りくつがわかっているだけのことだ。じっさいぼくたちが、その重力平衡圏へ出てみたら、いったいどうなるんだろうねえ」
「さあ、それは……それはぼくたちのからだは、ふわりとちゅうに浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、からだは鳥のように軽く感ずるのだと思うよ」
「へえっ、ふわりとちゅうに浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、鳥のように身が軽くなるんだって。それはゆかいだな。千ちゃん、ちょっと、それをやってみようじゃないか」
「やってみるって、どうするの」
「だからさ、つまりこのカモシカ号から外へ出て、ちゅうに浮いてみたいのさ。ちゅうに浮いた感じは、どんなだろうね。ぼくは前から、そういうことをしてみたかったのさ。天国にいるつばさのはえた天使ね、あの天使なんか、いつもそうして暮しているんだから、ぼくはうらやましくてしかたがなかったんだ。ねえ千ちゃん、ちょっと外へ出てみようじゃないか」
 ポコちゃんは、ちゅうに浮いてみたくてたまらないらしい。しきりに千ちゃんにすすめる。
「いや、ぼくは出ないよ」
「ぼくは一度出てみる。では、ちょっとしっけい――」
「あっ、待った。ドアをあけて外へとび出してどうするのさ」
「どうするって、今いったじゃないか。ちょっと、ちゅうに浮いてみる……」
「だめ、だめ、そのままでは……。だいいち、外には空気はすこしもないぜ、そのままとび出せば、とたんに呼吸ができないから死んでしまうよ」
「あっ、そうだったね」
「それから、外は寒いし、気圧はゼロなんだから、そのままでは、からだは大きくふくれて、しかもこおってしまうよ。つまり全身ぜんしんしもやけになった氷人間になっちまうよ。もちろん、たちまち君は死んじまう」
「おどかしちゃ、いやだよ」
「だって、ほんとうなんだもの。だから外へ出るなら空気服を着て出ることだ。空気服を着ていれば、中に空気があるから呼吸はできるし、服は金属製のよろいのように強いから、圧力にもえるし、また服の内がわは電熱であたためるようになっているから、からだが氷になる心配もない」
「ああ、それだ、空気服を着ることだ。そのことを早くいってくれればいいんだ。それをいわずに、ぼくをおどかすから、千ちゃんは、ひとがわるいよ」
 そこでポコちゃんは、千ちゃんに手つだってもらって、空気服を着、頭には大きな球型きゅうけいの空気帽をかぶり、すっかり身じたくをしてから、とうとう艇の外に出た。
 艇から外へ出る出入口は、このカモシカ号のどうのまん中あたり、それは小さい気密室が三つ、つづいていて、三つのドアがあった。いちいち、その小さい室へはいってはドアをしめ、だんだん外へ出ていくのであった。こうしないと、ドアをあけたとたんに、艇内の空気は、いっぺんに外へすいだされ、艇内は空気がなくなってしまう。それでは中にいる者は死んでしまうのだ。


   大事件


 ポコちゃんは、艇の外へ出たものの、しばらくは艇につかまって、手をはなそうとはしなかった。ここは重力平衡圏だとはいうものの、手をはなしたが最後、自分のからだは、すうっと下へ落ちていくのではないかと、やっぱり心配だったからである。
「おい、ポコちゃん、なにを考えているんだ」
 艇内からは、千ちゃんが無線電話でポコちゃんに話しかけた。無線電話器は、空気服のせなかに取りつけてあり、送話器と受話器の線は、服の内がわを通って、ポコちゃんの口と耳のところへいっている。
「いま、手をはなすところだ」
 ポコちゃんの声はすこしふるえている。
 カモシカ号の電燈が外を照らしているので、その光りのあたるところだけは、はっきり見える。
「千ちゃん、いよいよぼくは手をはなすよ。もし、ぼくのからだが、ついらくをはじめたら、すぐ助けてくれよね」
 日ごろのポコちゃんに似あわず、心ぼそいことをいう。さすがのポコちゃんも、自分の冒険がすぎたことを、いま後悔こうかいしているらしい。
「早くやれよ」
 千ちゃんは、艇内から、えんりょなくさいそくをする。
「では、はなすよ」
 ポコちゃんは、もうあきらめて、手をはなした。と、かれのからだは、カモシカ号の胴の上をつるつるとすべって、うしろの方へ……。
 それからよくと翼とのあいだをするりとすりぬけたと思ったとたんに、かれのからだは艇をはなれた。と、かれのからだは平均をうしなって、くるくると風車のようにまわり出した。
「うわっ、わわわわっ!」
 でんぐりかえること何十回か何百回か、わからない。目がくるくるまわる。頭のしんが、つうんと痛くなる。はき気がする。
 そんな大苦しみのすえに、ようやくからだの回転がゆるくなって、、ポコちゃんは人ごこちにもどった。――その時、自分のからだが、まぶしく照らされているのに気がついた。千ちゃんがカモシカ号から探照燈たんしょうとうをあびせかけていてくれるのだった。
 そのうちに、ポコちゃんのからだは、しずかにとまった。急にからだが軽くなった。やれありがたいと、ポコちゃんはうれしくなって、あたりを見まわした。
「ほ、ほんとうだ。ぼくのからだは、ちゅうに浮いている!」
 自分のからだをぐるっと見まわしたが、手足も胴も頭も、何にもふれていない。たしかに、空間に浮いているのだった。
 ポコちゃんは、そこで、からだをちじめたり、手足をのばしたり、いろいろやってみた。どんなことをしても、からだはじっと、ちゅうに浮いている。これで肩につばさがはえていたら天使そっくりである。ポコちゃんは、いい気になり、すきなことをくりかえして、はねまわる。
 カモシカ号は、ポコちゃんから千メートルばかりはなれたところを、ポコちゃんを中心として、ぐるぐると円をかいて、とびまわっていた。なにしろカモシカ号の最低速度は、このへんでも時速五十キロメートルで、かなり早い。
「ポコちゃん、すぐ艇へもどれ」
 とつぜん艇から無線電話が発せられた。
「どうしたの、すぐ艇へもどれなんて……」
「たいへんなんだ。むこうから、かなり大きなすい星が、こっちへ近づいて来る。早くこのへんから逃げださないと、すい星に衝突してしまうのだ。ポコちゃん、早く艇へ乗りうつれ」
「それは一大事だ」
 なるほど、らんらんと怪光かいこうをはなった大きな酒だるほどのものが、ぐんぐん近づいて来る。これを見てはのんき者のポコちゃんもあわてないではいられない。
 艇の中では千ちゃんも顔色をかえている。そして艇を操縦して、ポコちゃんの横手に持っていく。しかし艇は時速五十キロだから、ポコちゃんの前を猛烈もうれつないきおいでしゅっと通りすぎる。これではポコちゃんは艇の出入口につかまることができない。
 それだといって、ぐずぐずしていると、すい星にはねとばされてしまう。すい星はいよいよ近づいたと見え、小山ぐらいの大きさになった。
「おい千ちゃん。乗れやしないよ。こまったね」
「こまったね。よし、艇から長いつなをくりだすから、それにつかまるんだ」
 千ちゃんは頭のいいところを見せて、出入口から綱をくりだした。それが長い尾を引いてポコちゃんの前を走る。ポコちゃんは死にものぐるいで、この綱にとびついた。とびついたはいいが、とたんにポコちゃんは全身の骨がばらばらになるほどの強い反動を感じ、目が見えなくなった。でも網は手からはなさなかった。
 千ちゃんの方は一所けんめい、この綱を機械でまきとって、ポコちゃんのからだを艇内に、ひっぱりこんだ。
 三つの気密室を、息もたえだえに通りすぎて、二少年がもとの艇内へはいったときには、二人ともすっかり力を使いきって、その場にへたばったまま、起きあがれなかった。
 と、そのおりしも、ものすごい音が艇の後部に起った。百雷ひゃくらいが落ちたようなすごい音だ。とたんに電燈が消えた。めりめりと艇をひきさく音がする。
「やられたっ。すい星と衝突だ」
「千ちゃん、艇はこわれたらしいね」
 二少年を積んだまま、まっくらになったカモシカ号は、どこへともなく落ちていく。


   人の顔か花か


 二少年は、死にものぐるいの力をふるって、起きあがった。
「千ちゃん、千ちゃん」
「おい、ぼくは、だいじょうぶだ」
「ぼくもだいじょうぶ。早く操縦席へいってみよう」
 二人は手さぐりで艇内をはいはじめた。艇内の電燈は消えて、くらやみだが、ただ夜光塗料をぬってある計器の面や、通路の目じるしだけが、けい光色に、ぼうっと弱い光りを放っている。
「ああ、これはへんだね。呼吸が苦しくなった」
「ぼくもだ。ポコちゃん、艇がこわれて大穴があいたんだよ。そこから空気がどんどん外へもれていくんだ。弱ったね。呼吸ができなければ死んでしまう」
「じゃあ、ぼくは空気帽をぬぐんじゃなかった。ぬいだと思ったら、さっきのドカーンだ。だからどこへ空気帽がいったかわからない」
「しゃくだねえ。ここまで来ながら、呼吸ができなくて死ぬなんて……」
「ぼくがわるかった。重力平衡圏で、よけいなことをして遊んで、てまどったのがいけなかった。千ちゃん、ごめんね」
「そんなことは、あやまらなくてもいいよ。しかし月世界探険のとちゅうで死ぬなんて、ざんねんだ」
「もういいよ。死ぬ方のことは神さま仏さまへおまかせしておこう。それでぼくたちは、それまでのあいだに、できるだけ修理をやってみようじゃないか」
「だめだろう。あと五分生きているか、十分生きているか、もう長いことはないよ。あっ、くるしい」
「千ちゃん、しっかり、さあ、ぼくが引っぱってやる。とにかく操縦席までいってみよう」
 川上は山ノ井を抱きおこしながら一所けんめい操縦席の方へ通じる、ろうかをはっていった。しかしそれは、かめの子が、はうほどにのろのろしたものであった。艇内の気圧は、すごく低くなったらしい。が、生きているあいだの最後の力をふるったために、二十分ほどかかって、ようやく二少年は操縦席にのぼることができた。
 そこで二人は助けあって、スイッチをひねったり、レバーを引っぱったり、ペダルをふんだりして、ありとあらゆる応急処置をこころみた。その結果は……?
「だめだ、発電しない。原子力エンジンの方もとまっている。もう処置なしだ」
 山ノ井は、そういった。がっかりした声である。
蓄電池ちくでんちの方は?」
「だめ、ぜんぜん電圧がない。……もうだめだ。死ぬのを待つばかりだ」
「そうかね。どうせ死ぬものなら、死ぬまでに後部へいって、どんなにこわれているか見てこよう。いかないか」
「もうだめだ。何をしてもだめだ。ぼくにはよくわかっている」
「ぼくはいってみる」
 めずらしく二少年の意見はわかれた。山ノ井はそのまま操縦席に、ポコちゃんの川上は、またそろそろとはって艇の後部へ。
 だが、どこまで不幸なのであろうか。そのとき、まひせいのエーテルガスがどこからか出て来て二人の肺臓はいぞうへはいっていった。それで、まもなく二人とも知覚ちかくをうしなって、動かなくなってしまった。
 カモシカ号は、どこへいく?
 二少年は、時間のたったのを知らなかったが、それから、やく二十四時間すぎたのち、二人は前後して、われにかえった。気がついてみると、明かるい光りが窓からさしこんでいる。呼吸は、たいへん、らくであった。
「おやおや、これはどうしたんだろう」
 ポコちゃんの川上が、大きなあくびをしながら、立ちあがった。すると、その声に気がついたとみえ、千ちゃんの山ノ井が、操縦席の階段の下からむっくりとからだをおこした。
「ふしぎだ。重力の場へ、いつのまにかもどっている。エンジンはとまっているのに、重力があるとは、おかしい」
 足どりは二人ともふらふらであった。ふらふら同士が、ろうかのまん中でばったりあって、顔を見あわせた。
「千ちゃん、ぼくたちは、めいどへ来たんだ。しかし、じごくかな。ごくらくだろうか」
「まさかね。でも、わけがわからないや。死んでからも夢を見るのかな。あっ、ポコちゃん、外は明かるいよ。太陽の光りだ」
 山ノ井は窓を指さした。と、かれは、びっくりした。
「あ、窓から、だれかこっちをのぞいているじゃないか」
 すると川上が答えた。
「あれは人の顔じゃないよ。花だよ」
「花? 花だろうか。なぜ花が窓の外に見えるのだろう。おいポコちゃん、窓から外を見てみようや」
 二人は、息をはずませて、窓ガラスに顔をあてた。二人は、いったい何を見たであろうか。


   怪物の顔


 窓のむこうにあったものは何か。
 それは一ごんでいうと、夢の国みたいな風景であった。人間の首の二倍もある大きなタンポポみたいな花がさいている。広い砂原が遠くまでつづき、その上に青い空がかがやいている。人かげは見えない。
「ふうん、いつのまにか着陸しているよ。どうしたというんだろうねえ、千ちゃん」
「ほんとだ、カモシカ号はもう飛行していないんだ。でもよくまあ、いのちにべつじょうがなくて着陸できたもんだね」
「千ちゃん、いったいここはどこの国だい」
「さあ、どこの国か、どこの星なんだか、けんとうがつかないね。ぜったいに地球ではない、といって月世界ともちがう……」
「いやだねえ、きみがわるいね」
「窓をあけて、よく外を見てみようや」
 山ノ井がうっかり窓をあけた。と、思いがけない大爆発が、二少年のうしろに起った。なぜそんな大爆発が起ったのか、考えるひまもない。二少年は気をうしなってしまった。
 それからどのくらいたったか、ポコちゃんの川上少年は、ふとわれにかえった。
(痛い、ああ痛い!)
 はげしい痛みが、少年をなぐりつける。と、かれの記憶がよみがえりはじめた。
(あっ、どうしたろう、カモシカ号は、爆発したようだったが……)
 そのうちに、かれはいま自分が横になって寝ているのに気がついて、びっくりした。
「おや、なぜぼくは寝ているんだろう……。おうい千ちゃん、どこにいるんだい」
 とさけびながら、目をあけようとしたが、あまりにまぶしくて目があききれなかった。
「しずかに……。しずかに……寝ていなさい。動いてはいけません」
 みょうにぼやけた声が、川上の耳にはいった。だれかが、かれのからだをおさえつけるのをふりきって上半身を起した。そのときかれは目をあけた。――そのときかれの見た異様な光景こそ、一生忘れられないものとなった。
「ああっ――」
「もしもし、あなた。こうふんしては、いけません」
「はなしてください。ぼくにさわらないでください――。ぼくは夢を見ているのかしら」
「しずかに寝ていなさい。あなたは、からだをこわしているのだ。しかし心配ありません。われわれがじゅうぶんに手当していますから」
「夢だ。夢だ。それでなければ、ぼくの目がどうかしてしまったんだ」
 川上が見たのは、きみょうな顔をした人間――いや、人間でないかも知れない――であった。頭がスイカのように大きくて、そしてひたいははげあがり、頭のてっぺんと両脇に、赤い毛がもじゃもじゃとはえていた。
 ひたいの下には大きな目があった。青いリンゴほどもある大きな目だ。それがぐるぐると、きみわるく動く。
 目から下は、顔が急にしなびたように小型になる。ラッキョウをさかさにしたというか、クリをさかさにしたというか、とにかく頭にくらべて小さい。口があるけれど赤んぼうの口のように小さい。鼻ときたら気をつけてよく見ないとわからないほど低くて、やせて小さい。耳は、よく見れば顔の両側についているが、それはすり切れたようで、耳たぶなんか見えない。ぺちゃんこになって顔の横についているだけだ。
 ――と、こう書いてくると、諸君は、おばけを思いだすかもしれないが、しかしほんとうはそんなものではない。これは、ずっと後にそう思ったことであるが、かれはどこかキューピーに似ているところがあり、子ども子どもしていた。ことに血色がよくて、さくら色で、すきとおるような肌をもっている、そしてつやのある海水着みたいなもので胴のあたりをつつみ、腕や足は、赤んぼうのそれのようにふとくみじかく、かわいく、色つやがよく、ぶよぶよしているように見えた。
 だが、わがポコちゃんにとっては、この相手はやはり、きみがわるかった。いくらかわいくても美しくても、あたりまえの人間とちがっているので気持がよくなかった。その大きな目玉にみすえられると、ポコちゃんの背すじが氷のようにつめたくなり、ぶるぶるとふるえてくるのだった。いったいこの怪物――といっておこう。だってどう見ても人間じゃないんだから――その怪物は何者であろうか。
「気をしずめなさい。起きてはよくない」
 その怪物は、ポコちゃんのからだをおさえつける。そのときであった。ポコちゃんは新しいおどろきにぶつかって、まっさおになった。それは、かれのからだをおさえつける怪物の腕が実に三本もあることを、このときになって発見したからである。
 三本腕の怪物――人間ではない!
「き、きみは何者ですか。に、人間じゃありませんね」
 ポコちゃんはもつれる舌をむりに動かしてたずねた。さて三本腕の怪物は何と答えるであろうか。


   ふしぎな国


 ポコちゃんは、まっさおな顔で、歯の根をがたがたいわせて、日ごろのちゃめもどこへやら、おびえきっているが、あいての怪物は、さくら色のいい血色で、赤んぼうのように明かるい笑顔を見せて、しずかにポコちゃんのからだから手をはなした。
「ぼくのことを、きいているんですね」
 怪物は、自分の顔を指さした。その指は、怪物の第三の手についている指だったから、ポコちゃんは、また息がとまりそうになった。右の手を第一、左の手を第二とするなら、のこりの一本が第三の手である。その手は、怪物の首の後からはえている腕の先についていた。その腕は左右の腕とちがい、わりあいに細く長かった。そしてゴムくだみたいにぐにゃぐにゃしていた。そのような腕の先に、第三の手がついていた。そして手の指は六本あって、どれもみな同じくらいの長さであった。てのひらはずっとせまく、指は長すぎると思うほど長かった。そういう指で、怪物は自分の顔を指さしたのである。
 ポコちゃんは、返事をするにも声が出なかったから、そのかわりに大きくうなずいた。
「ぼくは、人間ですよ」
 怪物がそういった。
「いや、きみは人間ではない。そんなふしぎな形をした人間が住んでいるという話を聞いたこともないし、もちろん写真や画で見たこともない」
 ポコちゃんは勇気をふるって、異議いぎを申したてた。
「くわしくいうと、ぼくはこの国の人間です」
 と怪物はおちついていった。
「川上君。あなたはこの国の人間ではなくて、地球の人間である。そうでしょうが……」
 この国の人間と、地球の人間だって? そして「川上」などと自分の名を知っているのはなぜだろう。ああ気持が悪い。たのみに思う千ちゃんは、いったいどこへいってしまったのか。
「もしもし、ぼくといっしょに宇宙艇に乗っていた者があったでしょう。千ちゃんというんですが、どこにいますか」
 このだだっぴろい部屋に、ふわりとした白綿の寝床ねどこ――というよりも、鳥の巣みたいな形の寝床に寝かされているのは自分ひとりであった。千ちゃんはどこへいったろう。どうしているのかしらん。
「わたくしは知らない」
 怪物はそう答えた。川上はいくども千ちゃんのことを説明して、そのゆくえをたずねたが、怪物は知らないとくりかえすばかりであった。
「わたくしは、きみの健康をりっぱなものにするために、きみについている植物学者のカロチという者だ。きみにつれがあったかどうか、知らない」
 カロチという名の植物学者だって――と、川上は目を見はっておどろいた。
「……で、ここはどこなんです。月世界でしょうか」
 月世界にこんな生物が住んでいるはずはないと思いながらも、とにかくそれをきいてみないではいられなかった。川上ポコちゃんは、相ついで起る怪奇とふしぎに自分の頭の力に自信がなくなった。
「ここは月世界ではありません。リラリラ星と名づける遊星ゆうせいの上です」
「リラリラ星ですって。月世界でも地球でもないんですね。火星でも金星でもないんですか」
「そんなものではない。ジャンガラ星です。ジャンガラ星とは、この国の言葉で、『宇宙の迷子星まいごぼし』という意味です。わかりますか」
「さっぱりわかりませんね。ジャンガラ星なんて遊星があることなんか聞いたこともありません。もちろん宇宙旅行の案内書にも、そんな名は出ていなかった。きみはでたらめをいってるんじゃないでしょうね」
「でたらめなもんですか。そのしょうこに、きみは、げんにこうしてわがジャンガラ星の上で呼吸をし、ジャンガラ星の人間で.あるわたくしと話をしている。これでわかるでしょう」
「いや、なかなかわかりません」
「じゃあ、きみにわからせるためには、どういうことをしたらいいか……」
「それはこうすればいい。早くぼくを外へつれ出して、ジャンガラ星を案内してください。さあ、すぐ出かけましょう」
「だめです。出かける前に、きみは歩き方から練習しなければならない。でないと大けがをするにきまっている……。出かけるのは、もっともっと先のことです。とうぶん、そこに寝ているがいいです」
 そういうと、植物学者カロチは立ち上って、すたすたと部屋を出ていった。第三の手で、はげ頭のてっぺんをごしごしかきながら……。


   くしゃみ事件


「これが夢でないとすると、たいへんなことになったもんだ」
 川上のポコちゃんは、白雲のような寝床の上にひとり取り残されて、ひとりごとをいった。
 夢ではない。ほっぺたをつねれば、たしかに痛いし、手で鼻と口をふさぐと息がつまる――。すると、ジャンガラ星とかいう遊星の上にいることはほんとうらしい。
 しかしジャンガラ星なんて、全く耳にしたことがない。もしそんなものがあるなら地球上の天体望遠鏡に見えるはずだ。第一、わが太陽系の諸遊星のうちで、空気のあるのは地球と火星だけだといわれているではないか。その他の星には空気がなく、こうして安楽に空気を呼吸していられないはずである。まことにふしぎといわなければならない。
「ああわかった。いつのまにか地球へまいもどったんだ。そしてぼくらの友だちが、ぼくをおどかそうと思って、あんなふうにキューピーのばけものみたいな仮装をつけて、ぼくをからかっているんだ。それにちがいない……。それに、あのカロチとか名乗る植物学者は、日本語をじょうずに話しているじゃないか。地球以外の星で、いきなり日本語がわかったり、日本語で話したりするはずがない。そうだ。ここはもとの地球なんだ。この部屋の外には、おおぜいの友だちが、腹をかかえて笑っているんだろう。はははは」
 ポコちゃんは、とつぜんそういう結論をこしらえあげた。そしてかれは寝床をけってはねおきた。
「あれっ」
 きみょうなことが起った。それは思いがけないことだった。かれはそんなことをしたつもりではないのに、かれのからだは、すっと上にあがり、足が寝床からはなれて三メートルばかり上へあがった。
 それから、からだは、しずかに下りてきて、ふわりと寝床に足がついた。自分のからだが、目にははっきり見えながら、からだの中は空気ばかりになったような、きみょうな身がるさをおぼえた。
「へんだね、これは……」
 ポコちゃんは、小さい目をぱちぱちさせて、からだのまわりを見まわした。べつに風船がからだについているわけでもない。だれか、自分をそっと引っぱりあげ、そしてふわりとしずかにおろしたわけでもない。
「あっ、この寝床の中に、すてきなスプリングが入っているせいかな」
 ポコちゃんは寝床から下りた。そして手で寝床のスプリングをおしてみた。しかしスプリングらしいものは、指先にさわらなかった。
「このへやが、どうもおかしい」
 いやに天井てんじょうの高い、まっ白なへやである。出入りの扉が一つあるほかには、画にかいたようなかんたんな窓がいくつかついている。そのほかにはなんにもない。
 その窓から、外をみてやろうとポコちゃんは思った。そこでかれは一足二足、窓の方へ歩き出した。ところが、とたんにかれは足をすべらした。べつにそんなに力を入れたつもりでもないのに、足はつるつると前にすべり、かれのからだは中心をうしなって、どたんと背中をゆかにぶつけた。そしてからだは、足を上にしたまま、すごい勢いで窓の下のかべの方へすべって、かべにぶつかった。
 と、かべに足がめりこんだ。いや、からだもいっしょにめりこんだ。いや、そうではない。かべがポコちゃんのからだにおされて、外へ向けて帆のようにふくらんだ。
「うわははは……」
 笑ったのではない。恐怖の声をポコちゃんは出したのだ。かたいはずのかべが、まるでゴムのぬののようにまがるなんて、これはばけもの屋敷にちがいない。
 ポコちゃんは、あわてて起きあがった。そして戸口の扉をひらいて外へにげ出す決心をした。かれは足をひきながら、戸口の方へすりよった。
 そのとき戸口の扉が外に向かって、ぱっと開いた。さっきのカロチ教授が、おどろいた顔で部屋へとびこんできた。
 だがこのとき、外からの冷たい空気が、ポコちゃんの鼻の穴へ侵入してくすぐったので、かれはたまらなくなって、でっかいくしゃみを一つした。
「はっくしょい!」
「ケケッ」
 カロチ教授は、きみょうなさけび声を戸口にのこすと、そのからだは、あらしにまう紙だこのように、くるくるとはげしくまわりながら、はるかにはるかに遠くへ吹きとばされ、やがて姿は見えなくなった。
 思いがけないポコちゃんのくしゃみの偉力いりょくだった。
 ポコちゃんは戸口にぺったり、しりもちをついたまま、ぽかんとして石のように動かない。何事が起ったのか、ポコちゃんにはさっぱりのみこめないのだ。


   なぜすべるのか


「へんだなあ。さっぱり、わけがわからない」
 ポコちゃんは、ふしぎそうに、まゆをひそめて、けしとんでいったカロチ教授のゆくえを目でさぐってみる。
 戸口から見える前方の景色は、はばのひろい白い道が遠くまでつづき、その両側にきみょうな林がある。その林は、あたまの重そうな植物のあつまりでできている。その植物は背がずいぶん高くて、大きなケヤキの木ほどもある。しかし、ケヤキとはちがい、あんなふとみきはなく、細くてつやつやした幹がまっすぐに立っている。幹が細いかわりに、葉っぱはたいへん大きく、たたみを三四枚あわせたほどもある。それからこずえの上に、これも、たたみ何枚じきはありそうなばけもののような花が咲いているのであった。あぎやかな赤い花、すきとおるような黄いろい花、海をとかしたような青い花などが、そのかたちもいろいろあって、咲きみだれているのだ。
「へんな林だ。しかし、どこかで見たような気もする景色だ」
 そうだ、思いだした。地球の上ならどこにでも見られるあの草花るいを、かりに五十倍か百倍ぐらいに大きくして、それを集めて林にしたら、たぶんこのような景色になるかもしれない。とにかくきみょうな景色のジャンガラ星ではある。
「カロチ教授はどうしたのかしらん。これからいって、あの林の間を通りぬけ、カロチ教授がどうなったか、たずねてみよう」
 このきみょうな国にとびこんで、きみの悪いったらないが、カロチ教授はふしぎに日本語が通ずるので、どのくらい心強いかしれない。そのくらい頼みに思う教授が、糸の切れたたこのようにすっとんでしまって、いつまでたっても姿をあらわさないのであるから、気になって、しかたがない。
 ポコちゃんは、じゅうぶんに気をつけて起きあがった。さっきはどうして滑ったのかわからないが、こんどは滑らないようにと用心をして、ゆかの上を一足ふみだした――とたんにかれは、またすってんころりんと滑ってしまって、そのいきおいで、ゆかの上を氷のかたまりのように滑って走って、戸口から外へ……どすん!
 たしかに大地の上に、ポコちゃんはしりもちをついた。しかしおしりは、そんなに痛くはなかった。ふんわりとふとんのうえにしりをおろしたのと同じようであった。
 ポコちゃんは、きょろきょろとあたりを見まわした。空は青く晴れて、高いところにあった。太陽はぎらぎらと照りつけて熱帯の太陽のようであった。ふりかえると、今までポコちゃんのいた家があったが、それは白いクリームでこしらえた、みつバチの巣といったような感じだ。
 ポコちゃんは、もう一度じゅうぶんに用心をして腰をあげた。そしてしずかに大地に立った。そこでしばらく深い呼吸をして、気をしずめた。気がしずまったところで右足を高くあげた。まるで馬が前足をあげたように。それからその足をそっと垂直におろした。そのかっこうは、まるで川をわたるときの足つきそっくりだった。
「あっ、しめた。一足、ちゃんと歩けたぞ」
 たった一足だけ滑らないで歩けたことが、ポコちゃんにとっては大きなよろこびだった。そのちょうしで、彼は用心ぶかく、つぎの一歩をそれからまたつぎの一歩を、白い道路の上にふみだしていった。
 が、また、すってんころりんと、ころんでしまった。そのわけは、ポコちゃんにはわかっていた。すこしゆだんをして、うっかり大地をけるように足を使ったのがいけなかったのだ。とたんにつるり、すってんころりであった。
「なんという道路だろう。まるで油をぬってあるように滑っちまう。しかし油なんか、けっしてぬってないんだがな」
 道路を手でなでてみたが、油をぬったようにぬらぬらはしていないで、やはり大地はがさがさしていた。
「ふしぎだなあ。なぜ、歩くときだけ、滑ってしまうんだろう」
 このことは、後になってはっきりわかった。それはこのジャンガラ星は重力が非常に小さい星であるために、摩擦まさつもまた小さく、したがって地球の上を歩くような力の入れかたをしたのでは、すぐ滑ってしまうのだ。ジャンガラ星はたいへん小さくて月の一万分の一しかない豆粒星まめつぶぼしであったのだ。
 そしてついでに書きそえておくが、このジャンガラ星はビー玉のように球形ではなく、乾燥したグリーン・ピースの、おされてすこしいびつになっているそれによく似ていた。そのことがジャンガラ星の宇宙運航の軌道きどうを、いっそう、きみょうなものにしているのだった。
 そのことについて、もっとくわしく説明すると――いや、説明は中止だ。なぜといって、今空から一人の人間が、浮力ふりょくを失ったゴム風船みたいに、ふわりふわりと下りて来るではないか。しかもそれはポコちゃんがえんこしているすぐ前に下りてきそうなのだ。
 どうしたんだろう。あまくだる怪しい人かげは、いったい何者であろうか。


   あまくだる人かげ


 あまくだる人かげの、みょうな姿よ。
 ポコちゃんは、それに気がついて、ぽかんと口をあいてあまくだる人かげを見まもっている。
「空から人間が降ってくるとは、へんだぞ。つばさも生えていないようだし、落下傘らっかさんを持っているわけではないし、なぜあんなにふわふわと、ゆっくり下りて来られるのかなあ。おや、このへんへ落ちてくるぞ」
 まるで花火がうちだした紙製の人形のように、その人かげは風にのったまま、地面に対してななめにすうっと着陸した。と思ったら、とたんにごろごろところがりはじめて、約二十メートルを転がって、ちょうどポコちゃんの前まで来た。
 ポコちゃんはあわてて相手をつかまえてやった。
「どこか、けがをしなかったかね」
 と、相手に声をかけながらよく見ると、なんのこと、それはジャンガラ星人のカロチ教授であったではないか。
「川上君。くしゃみをするときは、こっちを向いてやらないで下さい。わしはもう呼吸がとまるかと思った。すごいくしゃみを君はするんだね」
 カロチ教授は、三本の手でしっかりとポコちゃんの腕をつかみながら、うらめしそうにいった。
 聞いているポコちゃんは、顔があつくなった。
「あなたを、くしゃみでふきとばすつもりはなかったんです。悪く思わないで下さい。あなたのからだは軽いんですね」
「君のくしゃみのいきおいがはげしすぎるのだよ。あっという間に、からだがくるくるとまわって、地上から千メートルも高い空までふきとばされちまったからねえ。ほんとにもうこれからは気をつけてくれたまえよ」
「はいはい。気をつけましょう」とポコちゃんはていねいにあやまった。
「しかしあなたのからだは、どうしてそんなに軽いのですか」
 ポコちゃんは、えんりょのない質問をした。
「それは生まれつきだよ。ちょうど、君たち地球人が、いやに重いからだをもっているのと同じことさ」
 カロチ教授は、大きな目玉をぐりぐりさせていった。
「なるほどねえ」ポコちゃんはうなずく。
「しかしぼくは、さっきから歩こうとして滑ってばかりいるんです。どうしたわけでしょう」
「そりゃ君が、あまり足に力を入れて歩くからさ。君はもっと歩き方を練習しなくてはならない。でないと、おもしろいところへ案内できないからねえ」
「なるほど」
 ポコちゃんは同じことばをくりかえして、カロチ教授にうなずいてみせた。
「あなたはたいへん親切ですね。カロチ教授。そこでもっとおたずねしてよろしいですか」
「どうぞ。答えられることは答えましょう」
 教授もポコちゃんも、道路の上にすわりこんでしまった。タンポポのおばけみたいな木のかげが長くのびて、かたむいた太陽がぎらぎらと光る。いやに日が短い。
「まず知りたいのは、こんなりっぱな星があるのを、天文学者はなぜ知らないのでしょうか」
「すぐれた天文学者なら、みんな知っているよ、このジャンガラ星のことをね」
「いや、ぼくはジャンガラ星のことを天文学者から聞いたこともないし、本で読んだこともありませんがね」
「そりゃわかっている。地球の天文学者たちはみんな天文の知識が低いんだ。だい一このジャンガラ星を見わけるほどの倍率ばいりつをもった望遠鏡さえ持っていないんだからねえ」
「ははあ、そうですか」
 ポコちゃんは顔が赤くなった。カロチ教授から、地球の学者は、知識が低いなどといわれると、自分まで文化の低い生物といわれたようで、はずかしくなる。
「われわれ地球人よりも、あなたがたの方がずっと知識が進んでいるのですね」
 そうでもなかろうが、カロチ教授がどう答えるかと思い、そう聞いてみた。
「そのとおりだ」教授は、はっきり答えた。
「その証拠しょうことしては、たとえばわしは君たち日本人種の使っている日本語がよくわかるし、またちゃんと日本語で君と話をしている。しかし君はジャンガラ星語は知らない。わしは日本語のほか、アメリカ語でもフランス語でも何でもよく話せる。わしだけではない。わがジャンガラ星人なら、みなそうなんだ。われわれは地球人の知能のあまりにも低いのに深く同情する」
「な、なアるほど」
 ポコちゃんは小さい目をぐるぐるまわして消えてしまいそうであった。ジャンガラ星人はたしかに地球人類よりずっと高等生物らしい。「人間は万物の霊長れいちょうだ」などと、いばっていたのがはずかしい。


   迷子星自伝まいこぼしじでん


 カロチ教授が手を貸してくれて、ポコちゃんをささえながら、歩き方をおしえてくれた。そのおかげで、ポコちゃんは、ようやく滑らないで歩けるようになった。
 教授は、ポコちゃんに散歩をすすめた。散歩をしながら、知りたいことをたずねてよろしいということだった。
「あなたは、まさか地球へ来られたことはないんでしょうね」
 おばけの草花の林にそって、ポコちゃんは教授と歩きながら、ふとそのことをきいた。
「そうだね、わしが地球旅行をしたのはわずか十四五回ぐらいのもんだ」
「ええっ、なんですって、十四五回も地球へおいでになったんですか」
 ポコちゃんは、おどろきのあまり、自分の心臓がとまったように感じた。
「そのうち、日本を通ったのが三回だと記憶している」
「ほんとうですかねえ、失礼ながら、ぼくたちは、そんなニュースを一度も聞いたこともないし、あなたがたが銀座通りを歩いていられる写真を見たこともありませんが……」
「わしたちは無用に地球人をおどろかしたくないから、いつも地球人には見つからないように用意をしていくんだよ。そしてね、わしたちは地球をてっとり早く調査してだいたいのことはわかってしまったのさ。日本語だって、わしが二時間ばかりかかってすっかり調べあげて来たのさ。それをもととして、ほらこのとおりしゃべれるようになったのさ。わしの日本語の発音はまずいかね」
「いえ、どうしまして。なかなかおじょうずですよ。しかしどうして二時間ぐらいで日本語がすっかりわかっちまうのかなあ」
「それはね川上君、君たち地球人の低い頭能では説明してあげても、すぐにはわからないだろう。が、ちょっとだけいうとね、地球ではまださっぱり研究に手をつけていないが電波生理学というものがあって、それを使うとかんたんにできることなんだ」
「そうですかねえ」
 ポコちゃんは、そういうよりほかなかった。電波生理学なんて知らない学問だ。
「そうすると、とにかくあなたがたジャンガラ星人は、ぼくたち地球人より知能が進んでいるようですが、いったいどうしてそんなにかしこいのですか。あなたがたの方が地球人よりも年代が古いのですか」
「たいして年代が古いわけでもないがね。地球では、今から約七十五万年前に、サルからわかれて猿人えんじんが現れた。その後いろいろな猿人が現れ進化していったが、五十万年たったどき、新しく君たち人類の先祖がその中から現れた。それがだいたい今から二十五万年前だ。そうだったね」
「そうですね」
「ところがわしたちの先祖は、今から約三十万年前にガラガラ星の上に現れたんだ」
「ガラガラ星ですって」
「そうだ、ガラガラ星だ」
「ジャンガラ星ではないんですか」
「それとはちがう。始めはガラガラ星といって、たいへん大きな地球ぐらいの星だったんだ。ところが今から八千年前にそのガラガラ星は彗星すいせいと衝突してこわれちまった。そのときくだけた小さな破片はへんが、このジャンガラ星というものになったんだ。ジャンガラ星の大きさは――そうだ。日本の伊豆の大島よりは大きいが、淡路島あわじしまよりは小さいくらいだ。豆粒みたいな小さい星だ。そしていまだに宇宙をふらふら迷子になってとびまわっているという、きみょうな星なのさ」
 カロチ教授の話は、じつにかわった話であった。感心してしまったポコちゃんは、声も出ないで教授の異様な顔を見つめている。その教授は、話をするとき手をさかんに動かす。ことに第三の手――つまり背中からはえている手を、風に吹かれているのぼりのように休みなく頭の上や顔の前に動かして語る。
「それはそれとして、われわれ星人のことだが、今もいったように、われらの先祖は約三十万年前に地上へ姿を現した。君たちより約五万年は早いわけだ。われわれの先祖が出る前は、海にすんでいたんだ。われらの先祖は海からはいあがって、陸上で生活するのを主とするようになった。そのころ、われわれにはこの第三の手が出来ていたんだ。これは背びれから進化して、こんな手になったんだよ」
 そういってカロチ教授は、第三の手を伸び縮みさせながら、おもしろそうに動かしてみせた。そしていった。
「君たちは、こんな便利な手を持っていないので、まことに気のどくだね」
 ポコちゃんは、かえすことばもなく、カロチ教授の前にすくんでいる。
 いよいよきみょうなジャンガラ星である。つぎはどんなことにおどろかされるのだろうか。星人はどこまで人類より高等なのであろうか。ポコちゃんは、どんなめにあうか。千ちゃんはどうしているのか。


   すごい計画


 ポコちゃんの川上一郎と、ジャンガラ星のカロチ教授とはかたをならべてあるいたが、そのうちに二人は、小高い丘をのぼりきった。そこでポコちゃんは、はじめてお目にかかる、いようなジャンガラ星の風景におどろきの声をあげてしまった。
「やあ、すごいなあ。地平線があんなにまるくまがってらあ」
 なにしろ小さいジャンガラ星のことであるから、丘の上に立つと、星が球形きゅうけいになっているのがわかるのだった。りくつから考えるとあたりまえのことだが、じっさいにそれを目で見ると、きみょうなながめであった。シャボン玉の上にのっているような気がする。
 地形ちけい起伏きふくがあり、多くは、れいのタンポポみたいなふしぎな木がむらがって樹海じゅかいをつくっている。その間に、ハチの巣のような家がてんてんと散らばっている。おとぎの国へきたアリスのような気がするポコちゃんだった。
 右手よりに、タンポポの樹海のこずえしに巨大なラッパの頭のようなものが大小十何個、ぬっと出ている。まん中にあるものがいちばん太く、そのまわりに並んでいるものは外がわへいくほど細くなっている。ラッパだろうか。いやあんな大きなラッパがあるものか。では、煙突であろうか。煙突にしては、形がへんだし、あんなに一つところにあつまっている煙突なんて話に聞いたことがない。まるで、キノコがかたまってはえているように見えるそれは、まぶしく金色に光っている。
「あれは何ですか、カロチ教授」
 川上は、そばに立っている教授にきく。
「ああ、あれですか。あれはいま建設中の噴気孔ふんきこうです」
 教授は、大きな目玉をぐるっと動かして川上の方をみる。
「噴気孔ですって。それは何をするものですか。煙突ではないのですか」
「煙突ではない。噴気孔というのは、あそこから強いガスをふきだすのです」
「なんのためにそんなことをするのですか」
 ロケットじゃあるまいし、ガスを空へふきあげてどうするのであろうか。むだではないか。
「ロケットというものを知っているでしょう。あれですよ」
 教授のことばは意外だ。
「ロケット? どこにロケットがあるのですか。ロケットの噴気孔なら、空に向いていてはおかしいですね。ロケットの噴気はおしりから出るんだから、あのかたちではロケットは空へとびあがるどころか、ますます大地の中へもぐりこむではありませんか」
「ふふふ」と教授は笑った。
「あれでいいのです。なぜといって、あの噴気孔からガスをふきだせば、このジャンガラ星が前進するのです。おわかりかな」
「ええッ、なんですって」
 川上は、おどろいて聞きなおした。
「つまり、このジャンガラ星が自力で宇宙を旅行することができるように、あれをいま取付け中なんですわい。そうでもしないことには、ジャンガラ星はいつまでも月の周囲をぐるぐるまわっている劣等星れっとうせいでがまんしなければならぬ。それでは、われわれはとても満足できないですからね」
 教授は、大きな計画を語った。川上はすっかりおどろいてしまった。
「でも……でも、いくら豆つぶみたいな星でも、星を動かすには、たいへんな力がいるわけでしょう。その原動力はどうしますか」
「知っているじゃないですか、川上君。原子力というものを使えば、そんなことはわけなくできる」
「ははあ、あなたがたもやっぱり原子力を利用されますかね」
「原子力利用は、われわれ星人の方が地球人類よりも、やく百年前にはじめました」
「百年前ですか。ずいぶん前のことですね」
「いや、百年なんか、ほんの短いものだ。地球人類よりも五万年もさきに生まれたわれわれ星人が、原子力を利用することでは、人類よりもわずか百年しか先んじなかったことを、むしろはずかしいと思いますね」
 教授は、地球人類に敬意を示しているようだ。
 そのときポコちゃんは、重大なことを思いだした。
「もしもしカロチ教授。ぼくの仲間の千ちゃんを知りませんか、山ノ井君のことですがね。ぼくと一しょにカモシカ号というロケットに乗って、このジャンガラ星の上に不時着したはずなんですが……」
 教授はしばらくだまっていた。その末に、つぎのようにこたえた。
「山ノ井は悪い人間だ。かれは、いま追跡されている。まだつかまらない」
 なんという意外な話だろう。ポコちゃんはあきれてしまって、すぐには口がきけなかった。なぜ千ちゃんは悪人だと思われているのか。


   カモシカ号のさいご


「なぜです。どうしたというんです。千ちゃんはどんな悪いことをしましたか」
 ただ山ノ井少年にたよる気持でいっぱいの川上ポコちゃんだった。そのなつかしい友の消息がわかったのはうれしいが、この星人たちから悪人だと思われているとは、なんという残念なことだ。
 このジャンガラ星から脱出するのには、千ちゃんがいてくれて、二人で力をあわせるのでなければ、とても成功はのぞめない。ことに機械学や天文学のことになると、千ちゃんがくわしいので、ぜひいてもらわないと困る。その千ちゃんが、ジャンガラ星人に追われているとは、なんということだ。
「ああその……つまり山ノ井なる地球人は、貴重なる多数の生命をうばった、にくむべき凶悪犯人きょうあくはんにんである。しかもいまなお、かれは暴行をはたらいている。かれのためにうばい去られた生命は、ますますふえつつある。……どうです。なんとポコちゃん、あの人間は凶悪なるやつではありませんか」
 カロチ教授から聞いた話は、川上にとってはまったく意外だった。あのおとなしい千ちゃんが、そんなひどい人殺しをするとは、どうしても考えられないのだった。
「ほんとうですか、それは……」
「もう何もかも君に話します。まったくほんとうなのです。悪人山ノ井はとらえられた上、極刑きょくけいしょせられるでしょう」
 極刑だって、極刑といえば死刑だ。ああ、、それはたいへん。いちばんの仲よし、そして二人で力をあわせてこの天のはてまで旅をつづけてきたのに……。千ちゃんを死刑台へ送ることはできない。なんとかして助けたいものだ。
「ぼくたちが乗ってきた宇宙艇カモシカ号は、いまどうなっていますか」
 川上は、教授のへんじはどうであるかと胸をおどらせた。
「カモシカ号は、空から落ちてくる前から火を発していたが、地上にはげしくつきあたると同時に、すっかり、ほのおにつつまれ、みるみる焼けてしまったですよ」
「ええッ、すっかり焼けおちましたか」
「火が早くて消すことができなかった。きみと山ノ井を救い出すのが、ようやく、まにあったというわけです」
「山ノ井も救いだされたのですか」
「そうです。しかしかれは、きみのようにけがをしていないから、われわれが救い出すと、すぐ逃げてしまったのです。林の中へね」
「はあ、そうですか。なぜ逃げたのかな」
「逃げることはないと思います。われわれに感謝をしていいはずです。ところが、そのまま逃げてしまった。そして暴行をはじめた」
「どうもわからないなあ。なぜ千ちゃんがそんなことをしたのか」
 ひょっとすると、千ちゃんは気が変になったのではあるまいか。川上はそう思って身ぶるいした。
「君たちの乗ってきた乗物の残骸ざんがいは、こっちの方角にあります。あの道を行って丘を二つほど越したところです。だいたいいまわれわれが立っているむこうがわになります」
 教授の指さしたのは左であった。噴気孔ふんきこうが立っているところと九十度ほどちがう。
「カモシカ号の残骸は、どんなになっていますか。すこしは形がのこっていますか」
「全体は、ひらったく地にはりついています。そしてところどころこぶのようにもりあがっていますね。みんなまっ黒こげですよ」
 なさけないことを聞くものだと、ポコちゃんは思わずためいきをつく。
「ふうん」
「お気のどくですね」
「カロチ教授。ぼくをそこへ案内してくださいませんか。カモシカ号の残骸をとむらいたいと思いますから」
「よろしい。すぐ行ってみましょう」
「でも遠いのでしょう。どのくらい時間がかかるんですか」
「そうですね。君がぴょんぴょんとんでいくなら、三十分もかからないでしょう」
「ぴょんぴょんとんで三十分?」
「そのかわり、きみはわしをいっしょにつれてとんでもらいましょう。そうでないと案内ができない」
「つれてとぶとは、どんなことをするんですか」
「せなかにおんぶしてもらってもいいし、あるいは手をひいて、とんでもらってもいい」
「せなかにあなたをおんぶするのはきみがわるいから――いや、えへん、えへん」とポコちゃんはうっかり口をすべらしたのを、せきをしてごまかし「手をひいてとぶことにしましょう」
 川上はカロチ教授の手をとって、いわれるとおりに大地をけってぴょんととんだ。するとあらふしぎ、川上のからだは打上げ花火のようにすうっと空へとびあがった。緑の樹海が足の下をうしろへ走るようだ。やがてからだはだんだんおりてきて、タンポポの林の中に足がついた。
「そら、そこでまたとんだり」
 教授がさけんだ。
 ポコちゃんは、また一けり、大地をけった。からだはふたたび空中へまいあがる。なかなかいい気持だ。こんどは気がおちついてきたので、うしろをふりかえった。教授がポコちゃんの手をはなすまいといっしょうけんめいにぎって、歯をくいしばってとんでいる。第三の手が、とばされた帽子のように、あとの方にふきとばされている。
「これはゆかいだ。こんどはもっと高く、うんと遠くまでとんでやろう」
 ポコちゃんはまた強く大地をけった。


   樹海じゅかい土煙つちけむ


 そんなことを十四五回くりかえしているうちに、川上と教授は、ジャンガラ星の上をどんどんまわって、やく十キロあまりとんだ。
 赤土の沙漠みたいなところをとびきった。つぎはうすい緑色のまるい大きな葉が地上にはっていて、それに赤い花がついている野原に出た。その野原をとび越すと、こんどは丘がつづき、また元のようなタンポポみたいな樹海となった。
 その樹海のまん中から、しきりに煙りがあがっている。
「ちょっとお待ちなさい」
 樹海の入口のところの野原で、カロチ教授はポコちゃんの手を強くひっかいた。
「待てとは、なんですか」
「あの土煙りが見えるでしょうねえ。さかんに林の中からたちのぼっているあのすごい土煙りが、きみにも見えるでしょう」
 あれなら、ポコちゃんは、さっきから気がついている。
「見えますとも。あれはなんですか」
「あそこですよ。悪人山ノ井があばれているのは。あれあれ、さかんに貴重な生命をうばっている。おそるべき殺害者さつがいしゃだ」
「ほう、あそこに山ノ井君がいるんですか」
 川上はおどろいて、林の中からあがる土煙りを見なおした。林の中から、土煙りのほかに空の方へ向かってとび出してくるものがある。それこそカロチ教授がいうとおり、貴重なる生命をうばわれた死体の一部分なのであろうか。ばらばらの手足がとび散っているのであろうか。気が変になった千ちゃんが、ジャンガラ星人とたたかって、手あたりしだいに相手のからだをひきちぎってなげとばしているのであろうか。川上はどきどきする胸をおさえて、林の上にとびだしてくるものに目をすえた。
(はて、べつに手足のようなものも見えないぞ。星人の首らしいものも見えない。なんだか葉っぱや、えだや、花がちぎれて、とんでいるようだが、殺された星人のからだはちっとも見えないじゃないか)
 川上は、そう思って、ふしんの首をひねった。
「あれあれ、あのとおりだ。かわいそうに、ばらばらにひきさかれて、さかんにとばされる。ああ、おそろしい」
 カロチ教授の大きな目から、涙がぼろぼろとおちる。
「もしもし、カロチ教授」
「おお、なんですか」
「あなたにはばらばらになってとぶ死骸が見えるのですか。ぼくには何も見えませんですよ」
「見えない? そんなことがあるものか。あれあれあれ、あのようにとばされている」
「あれは葉っぱじゃありませんか。花もとんでいますけれども……。あれはみんな植物じゃありませんか。ジャンガラ星人の死骸なんかてんで見えないです」
「き、き、きみはへんなことをいう。植物にもちゃんと生命がある。あれが暴行でないと、きみはいうのか」
 カロチ教授のようすが、急にけわしくなった。川上には、まだ事情がよくのみこめない。
「もしもし、教授、気をしっかり持ってください。冷静になってください。あんなことをやっているのが山ノ井君だとしても、山ノ井君はべつに殺人のような悪いことをしているのではない。たかが植物をちょん切って、なげつけているんじゃありませんか。大したことではない」
 すると教授は、顔から目玉を半分ばかりとび出させて、身をひいた。はげしいおどろきにうたれたらしい。
「おお、おそろしい。君も山ノ井におとらぬ悪人だ。植物の生命をとるのが平気だとみえる。そんなおそろしい心の人間にはつきあえない」
 教授のことばに、こんどは川上の方がびっくりしてしまった。なんということだ。ジャンガラ星人は、植物の生命をそんなに重く考えるのか。しかし花の首を一本ちょっと切り落したくらいで極刑になってはたまらない。どうして山ノ井千ちゃんを救ったものか。ポコちゃんは大こまりであった。
 その間にも、千ちゃんは樹海の中であばれているらしく、いよいよさかんに林の上に葉っぱや花の枝が投げあげられる。
(そうだ。一刻も早く千ちゃんに会って、植物を切りたおすことをやめさせなければならない)
 ポコちゃんは、ようやくそこに気がついた。そこで教授に、そうすることを話してしばらくの時間を待ってくれるように頼んだ。しかし教授は、さっき[#「さっき」は底本では「さつき」]と変って、もういい顔をしない。にくしみにみちた目で川上をにらみつける。そこで川上は、しかたなく教授の前をだまってはなれた。そして一足大地をけると、土煙り、葉煙りのあがる林の中へとんでいった。
 いったい千ちゃんは、なぜそんならんぼうをはたらいているんだろうか。


   再会


 なつかしい友の姿を、樹海のうちに発見した。しかしその友は、すっかりのぼせあがって、まっかな顔をして、鉄の棒らしいものでまわりの草木をなぎたおしている。それを遠くからとりかこんで、このジャンガラ星人せいじんたちがわいわいさわいでいる。
 かけつけた川上少年は、この場のすさまじいありさまに、何から手をつけたらいいのか、ちょっと迷った。こんなことなら、カロチ教授の手をひっぱって、ここまでとんでくればよかったと思った。
 さかんにはやしたてる星人たち。みんないかりの絶頂ぜっちょうにあることは、その顔色がエビガニのように赤黒くなっていることによっても知れた。かれらは、だんだんと包囲の陣をちじめて、つかれをみせている山ノ井にせまっていく。このままでは、たいへんなことになる。川上少年は決心をして、もうひととびとんで、山ノ井のそばへおりた。
「千ちゃん。いったいどうしたんだい」
 川上は、山ノ井のうしろへよって、肩をたたいた。山ノ井は、はっと身をちじめ、おそろしそうに、うしろをふりかえった。が、その目はきゅうにかがやいた。
「おおポコちゃん、ポコちゃんじゃないか。それともぼくは夢を見ているのか……」
「夢じゃないよ。ほんとうだよ。ほっぺたをつねってみな、いたいから」
「待て待て」山ノ井は自分のほおをぎゅっとひねった。
「あいたたた。これはほんとうだぞ。よう、ポコちゃん。よくきみは生きていたね」
「生きているさ。ぼくが死ぬなんてことがあるものか」
「いや、ポコちゃんは死んだんだ。いや、殺されたんだ。殺されたところを、たしかにぼくは見たんだ。それは……」
 と、山ノ井がいいかけたとき、ジャンガラ星人たちが、びっくりするほどの近くできみょうな声を大きくはりあげた。
 山ノ井は、その方へけわしい目をむけ、星人たちをぐっとにらみつけた。
「来るなら来い。近よれば、この草や木同様、へし折ってくれるぞ」
 山ノ井千ちゃんは、鉄の棒をぶんぶんふりまわして、怒りのかたまりとしている。
「千ちゃん。きみはなぜあの連中とけんかを始めたんだい。そのわけをきかせてくれない」
 川上はうしろから声をかけた。
「そのわけかい。そのわけは……」と山ノ井はちょっとことばにつまって、「……ポコちゃんが、こうしてぴんぴんして、ぼくのそばへ帰って来た今となっては、どうもへんなものだね」
「なにがへんなの」
「なにがへんだといって、つまりぼくはポコちゃんを、かれらの手からとりもどそうとして、ひとりでこうして奮闘ふんとうしていたんだ。しかし、きみはぶじに帰って来たんだから、もうべつにけんかをしなくてもいいわけだけれど、なにしろさっきから両方でじゃんじゃんやったことだから、すぐやめるわけにもいかない」
「つまらないよ、そんなこと。すぐよした方がいいよ。それに、けんかなんて、いいことではないからね」
「そりゃわかっている。しかしかれらは、こわれたカモシカ号へずかずかはいって来ると、大けがをしているきみのからだを手荒くなぐりつけるやら、あのへんな手をきみの口の中へおしこむやら、らんぼうをしやがった。そしてぼくのとめるのをきかずに、大ぜいできみをさらっていってしまったんだ。ぼくはくやしいやら、腹が立つやらでね、すぐ追っかけようと思ったんだが、カモシカ号墜落ついらくのときにひどく腰をぶっつけて痛くて立ちあがれないんだ。それでぐずぐずしているうちに、きみをもっていかれてしまった。ぼくがあばれだしたのは、それから十五分もたった後のことで、きみはどこへさらわれていったのか、さっぱりわからない。くやしかったよ。そのときは……」
「それでわかった。ぼくはそれから連れられていってカロチ教授のかいほうをうけ、傷の手あてをしてもらい、命もとりとめたんだ」
「だって、きみはたいへんな傷をしていたよ。ああ、今思いだしてもぞっとする。しかし今見るときみは、そんな大けがをしたようには見えないじゃないか」
「うん。それはね。そのカロチ教授という人がたいへん医学の心得があって、うまくなおしてくれたんだと思う。なにしろこのジャンガラ星人たちは、ぼくたち地球人類よりもずっとすぐれた科学技術をもっているんで、われわれ人間がびっくりするような、大仕事をかんたんにやってのけるんだ。とてもかなわないや」
「どうもそうらしいところもある。しかし人間とちがうので、どうもつきあいにくいね」
「そうでもないよ。カロチ教授なんか、話がよくわかる星人だと思う。そういえば思いだしたが、きみのひょうばんはよくないよ」
「それはよくないだろう。けんかの相手だからね」
「それもそうだが、カロチ教授さえもきみをにくんでいたよ。きみが草木を切りたおすのが重い罪悪ざいあくだというんだ」
「えっ、草木を切りたおすのが重い罪悪だって。そんなわけのわからない話は聞いたことがない。ポコちゃんは聞いたことがあるかい」
「ぼくだって、もちろん聞いたことなんかありやしない。なぜだろうね」
「きみは、そのカロチ教授に、そのわけを聞いてみなかったのかい」
「うん、聞かなかった。だって教授は、そのときたいへんきげんを悪くしていたもんでね」
 そういっているとき、カロチ教授が、汗をふきふき林をふみわけて二人の方へ近よってくるのが見られた。教授が来たせいか、星人たちはきゅうにおとなしくなった。しかし安心はならない。


   仲なおりのえん


 カロチ教授をかこんで、山ノ井と川上とはいろいろと話をした。
 その結果、二少年と星人との間にもつれていた感情かんじょうがきれいにとけた。それはどっちにとってもさいわいなことだった。
 二少年が意外に感じたのは、このジャンガラ星の上では、植物の生命せいめいというものがひじょうに重く見られていることだった。それは地球の上でいうと、牛や馬、いやそれ以上に値うちのあるものとし、またかわいがらなくてはならないものとされていた。
 なお、そのわけについて、カロチ教授は、こんなふうにいった。
「見てもわかるでしょう。このジャンガラ星は、せまい上に、食料として大切な植物がほんのわずかしか生えていないのだ。われわれは、この植物をできるだけ大切にあつかい、これからのわれわれの生活をささえなければならないのです。いや、じっさい植物の補給がじゅうぶんでないために、われわれは近くこのジャンガラ星を運転して、もっとたくさんの植物が繁茂はんもしている遊星へ横づけにしたいと思っている」
 二少年が見たところ、植物はそうとうしげっていた。これだけしげっていれば、よろしかろうと思うのに、教授はなかなか不足だといったのである。
「おわかりかな。だから山ノ井君が林の中であばれてさかんに木を切りたおしたでしょう。あれはわが星人たちを恐怖のどんぞこへなげこむとともに、憎悪ぞうおの絶頂へおしあげた。おわかりかな御両人ごりょうにん
 なるほど、それでわけはわかった。しかし、この星人たちが、なぜおびただしい植物を持っていたいと思うのか、その理由がわからなかった。これについて山ノ井は教授につっこんでたずねた。
 すると教授は、こんなふうに答えた。
「古いお話をしなければならない。われわれジャンガラ星人の先祖は、じつは動物ではなくて植物なんだ。その植物も、陸の上に生えているものではなく、海水の中に発生した一種の海藻かいそうだったんだ。その海藻のあるものが、ふしぎな機会にめぐまれて、自分で動きだした。それからだ。この海藻が、ぐんぐんと高等生物になっていったのは。どうです、聞いていますかね」
 教授は大きな目をぐるぐるまわして二少年の顔を見た。
「ああ、聞いていますよ」
「ふしぎな話ですね。あなたがたが植物から出た動物とは? しかしへんだな、植物はどこまでいっても、植物であり、動物はどこまでいっても、動物でしょう」
 ポコちゃんは信じられないという顔だ。
「それはそうです。しかし動物も植物も、これをひっくるめて生物というでしょう。それから動物でも動かないものがあり、また植物でも動くものがあります。地球にあるものでいうなら、ホヤという動物は、岩の上にとりつくと、一生涯いっしょうがいそこを動かない。それに反して植物のハエトリ草はさかんに動きます。タンポポの実は風に乗ってとぶし、竹の根など、どこまでものびていく」
「ああ、そうか」
「それから鯨というほにゅう動物どうぶつが、海中にすんで魚のような形になってしまったでしょう。それと似ているが、われわれの先祖の動く海藻はだんだんと魚のような形となり、それから陸上へあがるようになってから、こんどは動物の形に似てきたんです。もちろんそれまでには約四千万年の長い年月がかかった。おわかりかな。だからわれわれは、生活の上におけるいろいろな点において、今も植物に助けられている。ところがごらんの通り、ジャンガラ星の上には植物がとぼしくて、まことに心細くてならぬ。さあ、そこでわれわれはいよいよ宇宙さすらいの旅に出かけることになったのです。植物の豊富なほかの星を見つけるためにね」
 ジャンガラ星人の気のどくな境遇には、ふかく同情された。二少年もできるだけのちえをかすことを申し出た。
 その夜は、カモシカ号不時着以来、はじめての、にぎやかな宴会えんかいがひらかれ、星人たちと二少年とは、陽気にさわいで楽しんだ。


   大団円だいだんえん


「いよいよジャンガラ星は自力じりきで宇宙をとぶんだそうだが、いったいどこへ行くつもりだろうか」
 その夜ふけ、寝床ねどこにはいった川上少年は、となりに横になっている山ノ井に話しかけた。
「さあ、どこへ行くのかわからないらしい。ほら、カロチ教授がいったろう。宇宙さすらいの旅に出るんだというから、あてはないんだよ」
「あてがないとは心細いねえ」と、川上もいつになく元気がない。
「いつになったら、地球へもどることができるのだろう」
「さあ、それもわからない。ジャンガラ星としては、わが太陽系に迷いこんで来てのことだから、わが太陽系なんかにみれんはないわけだ。だからわが太陽系にさよならをして、ずっと遠方のほかの太陽系へ行ってしまうかもしれないね」
「それじゃますます地球へもどれなくなるわけだねえ。千ちゃん、なんとかして早く一度だけ地球へ帰ろうじゃないか」
「うん。だがカモシカ号は、あのとおりこわれてしまって役に立たない。つまりぼくたちはこのジャンガラ星から抜けだすことができないわけさ」
「いやだねえ。何とか、くふうがないものかしらん。……あっ、そうだ。いいことがある。ねえ千ちゃん。カロチ教授を説いて、ジャンガラ星を地球へ着陸させてもらおうや」
「地球へ、この星を。でも、教授はしょうちしないだろう」
「うまく話せばわかると思う。つまりわが地球の上には、植物はうんと生えているじゃないか。日本だって原始林があるし、焼けあとのほかはどこへいっても青々している。熱帯なんかへ行くと、まったく草木におおわれてしまって、植物の世界みたいだ。それを話せば、教授だって喜ぶよ。第一、ここから地球は近いし、第二に地球の上には植物がうんと生えていることは、ぼくたちが見て知っているのだから――」
「よし、わかった。それをいってみよう」
 二少年の話はきゅうにきまって、このことをカロチ教授にあって、くわしく話をした。
 教授は、「それは考えないでもなかったが、地球の植物は、われわれの欲しているものとはすこし種類がちがうんだがね」と少ししぶっていたが、その日一日よく考えてみると、返事をした。
 その翌日、教授はきげんのいい顔で二少年のところへやってきて地球へいくことにきめたといった。アフリカと南米とニューギニアに、自分たちのほしいものがそうとうあるから、それを採取した上で、またつぎの宇宙旅行を考えるのだといった。これを聞いて、二少年はとびあがって喜んだ。
「しかし心配なことがある。われわれは小さな乗物に乗ってならたびたび、地球へいったことがあるが、小なりといえども星を地球の上に着陸させることは一度もやったことがない。ようすによっては、星は着陸させないで、地表から百メートルぐらいのところへ碇泊ていはくさせるかもしれない」
 教授はそんなことをいったが、二少年は地球へ帰れるうれしさで、そんな話を気にとめてもいなかった。

 ジャンガラ星が、すごいガスをふきだしてみずから旅行をはじめたときの光景は、ことばにも文章にもつづれないほどの壮観だった。それとともに、巨大なる三基のジャイロスコープがいきおいよくまわり出した。この器械によって、思うような方向へジャンガラ星を進めることができるわけだった。
 こうしてジャンガラ星は、刻一刻地球へ近づいていった。
 カモシカ号が不時着をしたときに、無線器械もテレビジョン装置もこわしてしまったことが、二少年にとってはたいへん残念なことであった。そのかわりなにか通信機を貸してもらいたいと教授にたのんだが、教授はそれをことわった。その理由ははっきりしないが、二少年や地球人を警戒したためかもしれない。
 事実、地球では大さわぎが始まっていた。とつぜんあやしげなる星がだんだん近づいて来、それはどうしても地球に衝突する軌道きどうをとっていたから。
 ジャンガラ星が、地球に対しあと一万メートルの距離に達したときには、地球人のおどろきは一段とたかまり、さわぎであった。ジャンガラ星は、慎重にかまえて、距離千メートル以後は一日に百メートルずつ高度を下げて行き、百メートルの最少距離になると、それ以上近づかない予定であった。また、ジャンガラ星は、だいたい南アメリカのアマゾン川に面した空中に停止する予定であった。ところがこの予定は、はずれてしまった。
 ジャンガラ星は三日も早く地球の方へ吸いよせられ、ついには百メートルの最少距離を残すどころか、そのまま南太平洋の海面に接触してしまった。そして接触するやたちまちものすごい爆発を起して、ジャンガラ星は煙とも灰ともつかぬ微粒子びりゅうしとなって、空をおおってしまった。それは地球全体の空をおおいつくし、太陽の光は色をうしなってしまったほどであった。これは星と地球の海水との間のすごい摩擦力まさつりょくでそうなったものであろう。
 ジャンガラ星は、こうして姿を変えた。地球もめいわくな空中塵くうちゅうじんになやまされなければならなかった。ある学者は、この空中塵が地球上に氷河時代を出現せしめるであろうし、そのために人類はみな死滅するであろうと予告したが、じっさいはそれほどのことはなかった。しかし全世界は地上に達する太陽熱が減ったために、それから十年間というものは凶作きょうさくがつづいた。おそろしい影響であった。
 カロチ教授たちは、みんな死滅しめつしてしまって跡形あとかたもない。川上、山ノ井の二少年だけはさいわいにも一命を拾った。それは二少年は、ジャンガラ星が地球に接触する三時間前に、落下傘らっかさんを作りあげて、ジャンガラ星から脱出し、運よくオーストラリアに着陸することができたためであった。
 二少年は、その後元気になってから、めずらしいジャンガラ星の話をして、みんなに喜ばれた。二少年は、そのうちに新しい宇宙艇を手に入れて、またもや宇宙探険に出かけるといっている。そしてまだわれわれの知らない宇宙にすんでいる高等生物に面会し、こんどこそぶじにこの地球へ案内するんだと、たいへん意気ごんでいる。





底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「少年クラブ」
   1947(昭和22)年4月〜10月
※「探険」と「探検」の混在は、底本通りにしました。
※「探険家はだれかというと、」と「千ちゃんとよばれているが、」の「、」は、底本では、「,」となっています。
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2003年9月5日作成
2005年10月19日修正
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