1
理学士
その夜も、彼はただ一人で、冷い
通りかかった火の番小屋の中から、
葬送曲だの墓参だのと
(――なにか、
さっき喫茶店リラで、紅茶を啜りながら聴くともなしに聴いたラジオドラマは、将来戦を演出しているものだった。東京市民は空襲警報にしきりと
帆村理学士は濠端に出た。冷い風が横合からサッと吹いてきた。彼はレーンコートの
病院の大玄関は、火葬炉の
そのときだった。一台の自動車が背後の方から勢よく疾走してきた。帆村は泥しぶきをかけられることを恐れて、ツと身体を病院の玄関脇によせた。
すると自動車は、途端にスピードを落として、病院の玄関前にピタリと停った。彼は見た。自動車の中には、中腰になって、洋装の
「うむ、なにかあったな」
帆村はドキンとした。
女は濃いグリーンの長いオーヴァを着ていた。車を返すと、非常に気がせくらしく、受付の
「ハロー、ウララさん。いまごろどうしましたか」
突然奥の方から外国なまりのある男の声がした。見ると丁度このとき、病院の中から一人の若い西洋人が医師の持つ大きな
「おおジョン。まあよかった。あたし、貴方に会いにきたところよ。とっても大変なことが起ったわよ」
「大変なこと? 大変というとどんな大変ですか」
「今家に帰ってみるとあの人が死んでいるのよ。あたしどうしましょう」
「おう、あの人が――あの人が死にましたか。私、すぐ診察に行きましょうか」
「診察ですって、まあ。そんなことをしてももう駄目ですわ。あの人の頭は
「石榴というと」
「
「おおそれは大変! どんな訳で、そんなひどい怪我をしたのですか」
「どうしてですって」女は意外だという面持で、外人の顔を見上げた。
「……
と声をおとした。
ジョンと呼ばれる外人は、ずり落ちそうになった折鞄を抱えなおした。
「ウララさん。もしやあの人は、何者かに殺されたのではないのですか」
「まあ……」と女は
ジョンは黙って立っていた。
ウララは
「ねえジョン。あたしはもう決心しているのよ。こうなっては仕方がないわ。さあ、これからすぐに、あたしを連れて逃げて下さい」
といって、彼の腕を
ジョンは、またずり落ちそうになった鞄を抱えなおしてから、ウララの肩に手をかけ、
「ウララ、お聞きなさい。逃げることは、もっと後にしても遅くはありません。それよりも、あなたの家に行ってみましょう。死体の始末がうまく出来ればいいでしょう。さあ、急ぎましょう」
二人が玄関から出てくる気配なので、柱の蔭に隠れていた帆村はハッと愕いた。
それと入れ違いに、受付の窓が開いて、看護婦が顔を出した。
「アーラ、やっぱり誰も居やしないわ。だから、あたしはベルなんか鳴りやしないと云ったのに」
2
帆村は雨に濡れてゆく背丈のたいへん違った男女の後を巧みに追っていった。二人は
女は向うを
「アラ、窓に灯がついているわ。誰もいない筈なのに」
橋を越えて、濠添いに右へ取っていったところに、人造人間の研究で知られた竹田博士研究所が
二人は急ぎ足となった。そして一度追い越した帆村を、また追い越しかえして、濠端を
門前ちかくにまで進んだ二人だったけれど、何を見たのか
帆村は構わず、竹田博士研究所の門前に近づいた。石段の上に、玄関の扉が開け放しになっていて、その奥には電灯が一つ、
彼は構わず石段をのぼっていった。石段を上りきったと思ったら、
「こらッ」と
「まあ待って下さい。帆村ですよ」
「なんだ、帆村だとオ。――」警官は愕いて彼の顔を
「なアに、この辺は僕の縄ばりなんでネ」
といって彼は笑った。帆村理学士といえば道楽半分に私立探偵をやっていることで警官仲間によく知れわたっていた。彼の学識を基礎とする一風変った探偵法は検察当局にも
「ねえ君。これは逃げた
「冗談じゃありませんよ。ここの主人が
「ほう、竹田博士殺害事件か。それにしてはいやに静かだねえ。国際連盟は押入から
「じょ、冗談を……」
といっているところへ、表に自動車のエンジンが高らかに響いて、帆村のいう
と、雁金検事が、彼の肩を叩いた。
「いや貴官がたが御存知ないうちに、うちの助手に殺人現場を教えとくのは失礼だと思いましてネ」
と帆村は挨拶を返した。
「さあ、始めましょう」
大江山課長は
階段を二つのぼると、三階が博士の実験室になっていた。そこはだだっ広い三十坪ばかりの部屋だった。沢山の器械棚が壁ぎわに並んでいた。隅には小さい鉄工場ほどの工具機械が
係官は、博士の死体のまわりに
帆村は、竹田博士の死体をちょっと覗いていただけで、間もなく
そのとき彼の眼についたのは、器械棚と並んで大きな棺桶を壁ぎわに立てかけたような
人造人間に近づいて、しばらく見ていると、どこからともなくギリギリギリという低い音がしているのに気がついた。
「オヤ」
と思った帆村は、試みに人造人間の
「ほう、この人造人間は生きているぞ」
彼は目を
「
3
帆村の愕きの声に、係官の一行は、函に入った人造人間の前にドヤドヤと集ってきた。
「ナニ血がついているって。おおこれはひどい」
「やあ、函の底にも、血痕が
血痕と聞いて、一同、
「ホラホラ。ここにもある、ウム、そこにもある。血痕がズーッと続いているぞ」
「なアんだ、寝台のところまで、血痕がつながっているじゃないか。すると、――」
「すると、この人造人間めが、博士を
「えッ、この人造人間が殺害犯人とは……」
一同は
「皆さんはまさか、こんな鋼鉄機械が一人前の霊魂を持っていると決議なさるわけじゃありますまいネ」
と、帆村が
「さあ、そこまで考えているわけじゃないが、とにかくこの人造人間の右の拳には博士の顔を粉砕したかもしれない
と検事は云った。
「こいつが生きている人間だったら」と大江山課長は人造人間を
「私は
「そうだ。だからわれわれは、この人造人間が博士を殺害してこの函の中に入ったまでの運動をなしとげたことを証明できればよいのだ。だがこの人造人間が果して動くものやら動かないものやらわれわれには一向分っていない」
「なアに雁金さん。こいつが動くことだけは確かですよ。今こいつの腹の中では、機械がしきりにゴトゴト廻っているのですよ。誰かこの人造人間に命令することができればいいのです。見わたしたところ貴官など最も適任のように心得ますが、一つ勇しい号令をかけてみられては如何ですか」
と帆村は手を前にのばした。
雁金検事は、すぐ顔の前で手をふった。
そのとき大江山課長が進みでて、
「こういつまでも、訳のわからない機械を相手にしていたのでは始まりませんから、いつもの手口の方から調べてゆきたいと思いますが、いかがでしょう」
「それもいいですね」と検事が同意した。
「そうなると、まずこの家の家族なんですが、夫人のウララ子が見えません。ばあやのお峰というのは、この事件を知らせて来たので、いま警察に保護してあります。ばあやは耳がきこえないのですが、夫人が外出先から帰ってきたので、お茶を持って上ってきたときに、夫人が入っていたこの部屋の中で
「ウララ夫人は、いつ帰宅したんですか」
「ばあやの話によると、今夜八時をすこし廻ったときだったといいます」
「すると博士が死体となった鑑識時刻とあまり違わないネ。その夫人が、今家に居ないし、警察へ届出もしないというのはどうもおかしい」
と検事は首を
「もう一人、この家によく出入りしている人物が居るのです。それは戸口調査で分っているのですが、
「その甥の馬詰というのにもなにか
「彼は
「なるほど、そいつは容疑者のうちに加えておいていいネ」
そういっているところへ、階下から一名の警官がアタフタと上ってきた。そして一同の前にキチンと姿勢を正して披露した。
「只今、馬詰丈太郎が門前を
「おおそれは丁度いい。
そういう大江山の言葉を、雁金検事はすぐに同意した。
4
やがて博士の甥の丈太郎が、警官に護られて、階段の下から姿を現わした。彼は
丈太郎は伯父の死体を見ると、ハラハラと
「だ、誰が、この善良なる伯父を殺したのです。ああ僕が心配していた事が
検事と課長とは、ちょっと顔を見合せた。
「オイ丈太郎。君はなかなか芝居がうまいようだが、その手に乗るようなわれわれでないぞ」
と、大江山は一喝をくらわせた。
「なにが芝居です。そんなことを云う
これには大江山も参ってしまった。かねがね竹田博士の身辺を保護する必要のあることを考えないではなかった。しかしいろいろな手不足のため、心配していながらも、博士の保護を実践しなかったことは確かに
大江山が敗色濃いのを見てとって、雁金検事が代って丈太郎にたずねた。
「すると君は、外国のスパイかなんかのことを云っているようだが、なにかそんな話を知っているのかネ」
「そんな話は、こっちで
(そうか。あのジョン・マクレオという内科医が、そうなのか)と帆村は胸の
検事はそこでギロリと眼を光らせ、傍に馬のような荒い鼻息をたてている帯広警部の太い腹をついて云った。
「――サンタマリア病院のジョン・マクレオだ。
警部は返事の代りに、お尻のポケットから手帖を出して書きこんだ。
馬詰丈太郎は
「オイ馬詰」と突然叫んだのは大江山捜査課長であった。
「他人の話なんか、お前に聞かされないでもいいんだ。それよりお前の
「私が何処にいたというのですか、
と丈太郎は自信たっぷりだった。
「くわしくいうと、私は今夜七時三十分から八時五十分までJOAKにいましたよ」
「なんだ放送局にか。そこで何をしていたんだ」
「なにって……」と彼は答えるのをやめて、煙草を口に持っていって
「AKの文芸部に
「あああの『空襲葬送曲』というやつですネ」
と帆村が
「そうです。お聞き下さったですか」
「ええ聞きましたよ。なかなか面白かったですよ。あの地の文章を読んでいたのは、
「ええええそうです。どうかしましたか」
「いや、今夜はお早智女史、いやに雄壮な声を出していましたネ」
「それはそうでしょう。戦争ものですからネ。緊張するのも無理はありません」
二人は事件をそっちのけにして、ラジオドラマの話に熱中していた。
こっちでは大江山課長が雁金検事の前に近づいていった。
「ウララ夫人を早く捜しださにゃいけませんネ。一度外から帰って来て、死んでいる博士をそのままにして外へ出たという行動は
「君、あの留守番のばあやは大丈夫かネ」
「あああれは大丈夫ですよ。老人なんで、なにが出来るものですか」
「しかし君、人造人間が博士を殺したことが分れば、そんな生きた人間を調べても何にもならんじゃないか」
「いや、人造人間に霊魂がない限り、これは生きた人間の
「うん、この点をハッキリしたいんだがネ、どうも機械というやつは、
「それがいいですね」
そこで帆村が呼ばれて、この人造人間はどうして動くかを調べるように命ぜられた。
「さあ僕にも、まだ分ってはいないが、馬詰丈太郎氏は、博士の助手を永らくしていたというから、一つ訊いてみましょう」
帆村は馬詰をつれて、人造人間の前へいった。そしてどうすれば動くかと
「そうですね。僕はこの新型の人造人間については知らないんだが、一つ中を開けて見てみましょう」
そういって彼は物慣れた手つきでドライバーを手にとり、人造人間の胴中をしめつけている
「――こっちが増幅器で、こっちが継電器ですよ」と馬詰はドライバーの先で機械を
「これが身体を直立させるジャイロです。こっちが腕を動かす
馬詰は医学者のようにいとも無造作に、人造人間の鉄仮面を
「ほら、これが口の代りになる高声器です。ほほう、この人造人間は目が見えませんよ。光電管がついていますけれど、電線が外れています。これが耳の働きをするマイクロフォン」
「ちょっと待ってくれたまえ」と帆村が手をあげた。
「するとこの人造人間はどうすれば動くかといえば、結局このマイクに何か信号音を送ってやればいいのだネ」
「まあ今のところ、機械の接続はそうなっていますね」
「ハハア――すると、どんな信号音を送ってやれば、どんな風に動くかという人造人間操縦信号簿といったようなものがなければならぬ。さあ皆さん。その辺を探してみて下さい」
「よオし、人造人間操縦信号薄か。――」
そこで係官の指揮で、刑事たちは一勢に部屋の中を宝捜しのように
「あッ、これじゃないかなア」
一人の刑事が、機械戸棚と後の壁との間に落ちこんでいる一冊の薄い帳面をみつけて
その帳面の表紙には「ロボットQ型8号の暗号表」と
「うむ、Q型8号とは、この人造人間ですよ。ホラ、その
係官は、その暗号表を引張りあいながら
「ほうほう、荒天――首ヲ左ニ曲ゲル。魚雷――首ヲ前後ニ振ル。なるほど、いろんな暗号が書いてあるぞ。偵察――『時間ガ来タ』ト発言スル。滑走――膝ヲ折ル。……これでみると、人造人間を動かす号令は、短かい単語ばかりだ」
「これを見ると、号令単語は四、五十もありますね」
「オヤ、これはおかしい。どうも変だと思ったら、暗号表が一枚、ひき破られているよ。うむ、これは重大な発見だ。おい皆、破れた暗号表の一枚を探してみろ」
刑事たちは課長の命令で、再びその辺を丹念に捜してみた。しかし彼等はついにそれを捜しあてることができなかった。
「どうも、ないようですよ」
「そうか。ウム、よしよし。それで分ったぞ。やっぱりこれは人造人間に霊魂があったわけでなく、やっぱり生きている人間が、この人造人間を
大江山課長は、決然と云い切った。
とにかく博士の居るこの部屋で、誰かが人造人間に号令をかけたのに相違ない。それが誰だか分れば、この事件は解決するのであった。さあ、誰がこの部屋に入って、号令することが出来るか。
ウララ夫人であろうか。馬詰丈太郎だろうか。または怪外人ジョン・マクレオ医師であろうか。それとも外の人物だろうか。
ばあやにつき調べてみると、博士はいつも七時から七時半までを夕食の時間にあて、それが済むと一服の睡眠剤をのみ、今博士の死体が横たわっているベッドにもぐりこんで九時半まで丁度二時間というものを熟睡して、その後深夜に続く研究の精力を
すると今夜も博士の夕食後の睡眠中に、何者かがこの部屋に忍びよって、人造人間の前に死の
「さあ、誰が号令したのだろう」
係官は
「この上は、関係者を全部検挙して、そのアリバイを確かめるより外ありませんネ」
と大江山は云った。
そのとき帆村探偵は、部屋の片隅に腰を下して、例の暗号表を幾度も熱心に読みかえしていた。
5
その翌日の午後、帆村探偵は雁金検事のもとへ電話をかけた。
「いやあ、昨日はどうも、いかがです、博士殺しの犯人は決まりましたか」
「ウン、決ったとまでは行かないんだが、重大なる容疑者を
「それは誰ですか」
「ウララ夫人だよ」
「えッウララ夫人? 夫人はとうとう捕ったのですか。どこに居たのですか」
「なあにサンタマリア病院に入院していたのだよ。別に大した病気でもないのだがネ」
「するとあのジョン・マクレオは怪しくないのですか」
「マクレオは午後二時から午後九時半までずっと病院にいたことが分った。あの外人の
「そうですか。馬話丈太郎も完全なのでしょう」
「そうだ。あの男は放送局に居たことが証明された。結局残るのはウララ夫人と、耳の聞えないばあやの二人た。ばあやはウララ夫人が外出から帰ってのち、使いに山の手までやられたのだが、その足で警察へ駈けこんだ。ばあやは博士が殺害されるとき、あの家に居たことは疑う余地がない。しかしばあやは口がきけない。犯人がもし人造人間に号令をかけたものとすればばあやは犯人であり得ない」
「なるほど、するといよいよウララ夫人という順番ですかネ。ウララ夫人の帰宅と、博士の殺害と、どっちが早いのですか」
「さあ、それが判然しない。君も知っている通り死体検索から死期が推定されるが、二十分や三十分のところは、どうもハッキリしないのでネ。……とにかく大江山君もウララ夫人の
「どうも僕には、夫人が博士を殺したような気がしないのですよ。夫人はあの外人と、
「オヤオヤ、君も反対論を唱えるんだネ」
「ほう、すると外にも反対論者が居るのですか」
「そうなんだよ。私もそのお仲間だ。私はむしろジョンの行動に疑念をもつ。なにかこう近代科学をうまく利用して、サンタマリア病院に居ながら、五、六丁はなれたところに住んでいる竹田博士を殺害する手はないものかネ。私はこの点、君の応援を切に望むものなんだよ」
帆村は雁金検事の
帆村探偵は、かえす言葉もなく、電話を切った。
考えてみると、まことに残念でもあり、奇怪な事件である。彼は時計を見た。丁度午後二時である。彼は昨夜の現場へ再び行ってみることにした。
邸内の警戒は、昨夜よりも厳重を
「ほう、君はまだ非番にならないかネ」
と、帆村は昨夜から顔を見せている警官に云った。
「駄目なんですよ。私が最初にここへ来たものですから、現場を動けないことになっています。もっともときどき交代で、下へ行って寝て来ますがネ。お得意の手で早く犯人を決めて下さいよ、ねえ帆村さん」
「ウフ、そのお得意のお
といっているとき、――そのときだった。突然大きな声が、部屋中に鳴りひびいた。
「ええ、
「――君、ラジオの経済市況なんかで、寂しいのを
警官はムッとした顔つきで、
「じょ、冗談じゃありませんよ、帆村さん。経済市況で
「えッ、現状維持を――するとラジオは
「それはそうですよ。貴方がたのお見えになったのは、もう十時ちかくでしたものネ。ミナサン、ゴキゲンヨクオヤスミナサイマセを云ったあとですよ。私は今朝
「そうか。そいつは素敵な考えだッ」
「ええ、スイッチをひねることが、どうしてそんなに素敵だというんですか」
と警官は愕きの目を
帆村はそれには答えず、帽子をつかむと、その部屋を飛びだした。警官は後を見送り、
「ああ帆村さんもいい人なんだが、どうもちとここのところへ来ているようだよ。可哀想に」
と、耳の上を人指し指で
それから十五分ほど経った。
博士邸の門前は、にわかに騒がしくなった。警官が
「おやおや、また連盟会議か」
一行は階段をドヤドヤと上って来た。
「どうした、帆村君は。まだ放送局から帰って来ないかネ」
「ええ、放送局ですって。……別に放送局へ行くともなんとも聞きませんでしたが」
「おおそうか。まあいい。そうかそうか」
一行は、なんだか嬉しそうな顔をして、時刻のたつのを待っているという様子だった。
帆村が再び姿を現わしたのは、それからなお三十分ほどして後のことだった。彼は右手に藁半紙を
「やあ皆さん、お待たせしました。やっと一部だけ見つけてきましたよ。文芸部長の書類籠の中にあったやつを
といって、そのパンフレットを目の上にさしあげた。
一同は
「――さあいいですか。表状を読みますよ。十一月十一日AK第一放送、午後八時より同三十分まで、ラジオドラマ『空襲葬送曲』
といって彼は、パンフレットの
「いよいよこれから実験にかかりますが、皆さんこっちに寄っていて下さい。それから博士の死体のあった寝台の上には、
雁金検事のオーバーと、大江山課長の制帽とが、
「さて――これから、ラジオドラマの
そういって彼は、部屋の真中に突立って、大声で読みあげていった。見ていると彼はそれを
帆村はジェスチュア
一座はシーンとして、東京が敵国の爆撃機隊に襲撃されるくだりを聞き
「太平洋上、決戦ハ迫ル――」と帆村は高らかに叫んだ。
「
と
「……海面ハ次第ニ浪立ッテキタ」
「おお大変だ。人造人間が動きだしたぞ」
「こっちへどいた」
ガチャンガチャンと金属音を発して、人造人間は函の中から一歩外に出た。まるで魂が入ったもののようであった。
帆村は青い顔をして読みつづける。
「砲声ハマスマス激シサヲ加エテイッタ――」
「砲声」というと、人造人間はユラユラと三歩前進してとうとう
「
何にも動かぬ。
「重油ハプスプス燃エヒロガッテユク」
「重油」――という所で、人造人間はクルリと左へ向いた。
「砲弾モ炸裂スル。爆弾モ毒
「爆弾」――というと、人造人間はツツーと
「……恐ロシイ爆音ヲアゲテ、休ミナク相手ノ上ニ落チタ。
うわーッ。
一同の悲鳴。「煙幕」というところで、人造人間は鋼鉄の太い右腕をふりあげて、エイヤエイヤと寝台の上を打つのであった。大江山課長の制帽は、たちまちクシャクシャになって底がぬけてしまった!
帆村はなおも落ついて先を読んだ。「
ハーッ。一同は期せずして大きな
「……帆村君、ありがとう。君の実験は大成功だよ」
と、雁金検事が夢からさめたように云った。
「いや、恐ろしいやつは、馬詰丈太郎です。彼は博士の熟睡時間をはかって、こうして人造人間に殺害させたのです。人造人間操縦の暗号言葉を巧みに織りこんだラジオドラマを自作し、ラジオでもって人造人間に号令をかける。なんという
と帆村は真実心からの敬意を表したのであった。
馬詰丈太郎が伯父を殺したわけは、ウララ夫人に対する邪恋を遂げるばかりではなく、博士の財産も自由にするつもりだったという。彼は事実、株に失敗して、某方面に一万円を越える借金に悩んでいた事が取調べの結果分った事である。
ウララ夫人は一年のち、東京を去った。どこへ行ったのか、ハッキリ知る人もなかったけれども、
問題の人造人間は、事件後某所に監禁せられたまま、それっきり陽の目を見ないという噂であるが、この監禁というのは何処にあるのか、誰も話してくれる者がない。