江戸推理川柳抄

海野十三




 推理川柳とは、私が仮りにつけた名称であって、推理を含んだ川柳という意味である。
雷も雀がなけばしまいなり
 この句の味い方を、推理川柳の立場からしてみると、「雷があばれているうちに、雀が鳴きはじめると、もう雷鳴はおしまいになると推理してよろし」というわけ。この法則は、雷嫌いの多かった江戸時代の人々にたいへん重宝がられたことであろう。「あッ、雀が鳴きだした。もう雷さまは行ってしまうぞ。やれやれ」と、蚊帳からい出す。
 この句の扱っている内容が、推理川柳の好見本だとはいわない。もっといい推理川柳が少からずある。しかしこの雷と雀の鳴き声の如き取扱いをしている句は、江戸川柳の中に至るところに散見する。
 これを、一種の勘として認めたこともあるようだが、本当はやっぱり推理である。そして江戸人は、駄洒落や地口と同じ好みの方向において、こうした市井生活に関係の深い勘――実は真理を摘発することに大きな興味を持っていたものと思われる。
男湯を女がのぞく急な用
焼香を先へしたので後家と知れ
合羽やへ馬かたが来りゃさむく成り
にげしなに覚えていろはまけたやつ
内談と見えた火鉢へ顔をくべ
飛びこんでこようが煤の仕廻い也
あがるなといわぬばかりの年始状
油屋のかいで出すのは値が高し
晴天に持って通るはかりた傘
中腰で割るのがまきの仕廻い也
引出をひんぬいて来る急な用
時々顔をちょぴっと見るほれたやつ
通りぬけ無用で通りぬけが知れ
 このように並べて来た句は、同じ傾向の推理川柳である。これらの句の作者は、岡っ引に転向しても、きっとうまく勤めおおせたことであろう。いや、いや大岡越前守ぐらいにはなれる素質があると褒めても、褒めすぎはしまい。
 右の句より、やや高級な推理川柳がある。それを少々挙げてみよう。
橋の番てっきり投げた水の音
風鈴のせわしないのを乳母と知り
井戸がえは深さを横に見せる也
此頃はつくるに亭主気がつかず
よい娘なんのいしゅだか悪くいい
試みにつめってみればむごん也
桐の木のもくで娘の年が知れ
あれを呼ぶ気だよと伯父が星をさし
雁列をみだしてばれる村出合
乳の黒み夫へ見せて旅立たせ
若いごぜ壁をさぐって一つぬぎ
ひとりでに釣瓶のさがる物すごさ
 これらの句は、推理川柳として上乗の作品であると思う。
 中にも「橋の番てっきり投げた水の音」は断然光っている。その水音を身投げと聞き分けるには技術が要る。橋の番は、その特殊な判定力を持っていて、それで水の音を聞き分け、「てっきり投げた水の音」と断定するところは、うれしいかぎりである。
 推理の力で、事件を見つける。それを川柳に作ったものがある。
明キ店のくしから尻がわれるなり
 そのくしをつきつけて、二番手の申入れをするのが普通だったらしく、そういう句もある。
あの男かさけがあると後家ハ言イ
 後家さん、あとであッと口をふさいだが、間にあわなかった。
とびしらミおいらじゃないと女房言イ
 嵐の前のしずけさか。
事ありと見えて御湯殿しずか也
御刀をよけたが座頭落度なり
 スパイ捕縛につく。
すっぽんがいやすと顔を二つ出し
 禿の急報であるが、これは誤事件であろう。そんなところにすっぽんがいるわけがない。
土手であい今はなにをか包むべき
土手で逢いどこへどこへと手をひろげ
女房に土手であったは百年目
 きわめてかんたん明瞭な推理で結論が出る。
間男が抱くと泣きやむ気の毒さ
 とんだ怪現象である。いや、現象は正しいのだ、その現象を起した素因が怪なのである。
わがすかぬ男のふみは母に見せ
 まことにハッキリしている。その男の顔が見たいものである。
関守は手形とほくろ見くらべる
 見くらべただけではだめ。つまんで、引張ってみないと安心ならない。絆創膏ははがして、下に創痕やあざがないかを調べることが肝要なり。
 次に、川柳作者のお好みの題材である「内儀」「女房」について、推理川柳の広い柵内にはいるものを少し拾ってみよう。
行ったのさばかばかしいと内儀寝る
天文をかんがみ女房夜着をとき
朝がえり首尾のよいのも変なもの
女房のすねたは足を縄にない
足の毛を引くが女房の中直り
添乳して何か亭主にかぶり振り
 理化学的な推理川柳を引抜いて、この稿を幕としたい。
元結紙首をふるのでしまる也
料理人うんきも少し考える
こうほねのうごくをみれば蛙なり
鳥の毛を捨てるに風を見すまして
せきばらいごぜも少々にが笑い





底本:「海野十三全集 別巻2 日記・書簡・雑纂」三一書房
   1993(平成5)年1月31日第1版第1刷発行
初出:「旬刊ニュース」
   1948(昭和23)年11月号
入力:フクポー
校正:高瀬竜一
2018年4月26日作成
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