時間

横光利一

 私達を養っていてくれた座長が外出したまま一週間しても一向に帰って来ないので、或る日高木が座長の残していった行李を開けてみると中には何も這入(はい)っていない。さアそれからがたいへんになった。座長は私達を残して逃げていったということが皆の頭にはっきりし始めると、みなの宿賃をどうしたものか誰にも良い思案が浮んで来ない。そこで宿屋へは私が一同に代って当分まアこのまま皆の者を置かしておいてくれるよう、そのうちに為替がそれぞれ一同のものの郷里(くに)から来ることになっているからといってまた暫くそのまま落ちつくことになった。ところが為替は郷里から来たには来たが来るたびにわっと皆から歓声が上るだけで、結局来た金は来た者だけの金となってそのものがこっそりいつの間にか自分の一番好む女優と一緒に逃げのびていくだけとなって、とうとう最後に八人の男と四人の女とがとり残される始末となった。
 いつも女達が自分にばかり心を向けていると考えたがる癖のある六尺豊かな高木、賭博が三度の食事よりも好きで壺皿の中の賽の目を透視する術ばかり考えている木下、仏さまと皆からいわれている青白くて温和で酒を飲むと必ず障子を舐める癖のある佐佐、それから女の持物を集めたがる少し変態の八木、腕相撲や足相撲が自慢で町へ這入るといつも玉突ばかり探す松木、物を置き忘れたり落したり何んでも忘れることばかり上手な栗木、吝嗇坊(けちんぼ)な癖に借りた物を返すのが嫌いな矢島とそれに私、とこう八人の男と波子、品子、菊江、雪子の女四人のこの総勢十二人の取り残されたものたちには、いつまで待っても為替が来ないというより、そのものらは初めからどこからも金の来るあてがないのでただ為替の来そうなものの金を目あてに残っていたものばかりなんだから、来ない方が道理なので、そこで宿屋の方でももう後はいくら待っても危いと睨んだらしく、それからは残った十二人の者をうのめたかのめで看視し始めた。一方私達はそれぞれもうそうなれば誰かに金が来るよりもいっそのこともう来ない方が良いほどで、来れば必ずそのものだけがこっそりと逃げるに決っているのだから、後に残れば残ったものほど皆の不義理をそれだけ一身に背負っていかねばならぬので、お互に暫くすると今度は誰が逃げ出すだろうかとひそかに看視し合っているほどまでになって来た。しかし、そんな看視をし合ったのも初めの間だけで、そのうちに誰が今度は逃げるだろうかなどとのんきなことを考えるよりもだいいちもうその日の御飯さえただの一度も食べさせてくれなくなったのだから、だんだん皆の顔色までが変って来て、朝から誰も彼も水ばかり飲んではどうしようこうしようと相談ばかりし続けてとどのつまりは皆で一緒に逃げようということにだけは漸く決った。皆で逃げれば一人や二人追っかけて来たって恐くはなし、そのうちにうっかり逃げ遅れて自分一人とり残されたりした日にはどんな目に逢わされないとも限らないのだから誰もかれも今度はかたく一緒に逃げることを誓い合った。しかし、逃げるにしたってただばたばた逃げたのではそれでなくても傭われた土地の壮士の眼について駄目なのだから、銭湯へいくだけは許してくれているのを利用して一番警戒の弛んだ雨の夜に逃げようとか、逃げるなら逃げるに楽な道よりも難所でなければ追手に直ぐつかまってしまうから海を伝っていこうとか、先ずあらかたは決めてしまって一同は雨の降る夜を待つことにしていたのである。

 ところがここに逃げることを相談している一団の次の部屋では、内膜炎で舞台半ばに倒れたままいまだに起き上れない波子が一人寝ているのだ。これをどうしたものだろうかということになると皆も黙ってしまってそのことだけは誰も何ともいい出さず、いずれそのまま捨てておいて逃げるより仕様がないではないかと声にこそ出さないだけで暗黙の中に皆が思っているのは明らかであった。私もそれまでは実際はもう他の十一人のために波子をそうして残しておくより仕様がないと思っていたのであるが、相談がすんでふと波子の傍を通るといきなり彼女は床の中から私の片足に抱きついてしまって放さない。皆が逃げるのなら自分も逃げるからどうぞ一緒に連れて逃げてくれといって泣くのである。それではもう一度皆に相談してやるから先ず足だけ放してくれといってはなだめすかして漸く彼女の腕から足を抜いてまた皆を呼ぶと、私は相談をし直した。一同の者は私が彼らを呼ぶともう何事の相談かちゃんと皆には分っているので眼で馬鹿なことはよせよせとしきりに示し出したが、それでもあんなに一緒に逃げたいというんだからひとつ皆も同じ竃の御飯を今日まで食べていた誼(よしみ)ででも連れていってやってはくれまいかと頼むと、傍にいた雪子がだい一番に落って自分は波子から足袋を一足貰ったことがあるからこのまま残していくのもすまないといい出すと、品子も私は袖口を貰ったことがあるといい菊江も自分は櫛を貰ったことがあるなどといって波子を連れていくことだけはみな女達は承諾した。それでは男達はと訊くとこれは誰も何ともいい出すものはなくただ黙ってしきりに私の袂をひっぱってよせというだけなので、私は皆を動かすためにいずれ連れていったって何とかなるだろうからまアまアというと、初めてそこで皆の者もその気になりかけてそれでは仕方がないから揃って一緒に逃げようということに何となく決ってしまった。

 しかし、さていよいよ逃げるとなると海に沿った断崖の上の山道を七八里も峠を越えて歩かなければならないのだから病人を背負って逃げるのはこれはたいへんなことなのだ。しかも無頼漢の眼をくらませて殊に雨風の中を町の湯へ行くように見せかけて一人ずつ手拭をぶら下げて出ていかねばならないのだ。だが、そうかといってそのままぐずぐずしていては御飯が食べられないのだから腹が空くばかりだし、これはもう無茶でも次の駅まで闇にまぎれて逃げていく一手よりないのである。そこで私は波子の枕もとへいって一度立ってどれほど歩けるものか歩いてみよというと、彼女は立ちは立ったが直ぐ眼が廻るといって蒲団の上へふらふらっとうずくまってしまってまるで骨無し同様な有様なので、私も皆に波子を連れて逃げることを一時の同情からすすめはしたもののこんなことならいっそのことここへ一人残していく方が本人のためでもあり皆のためでもあるとまた思い直して、波子にやっぱりここに一人あなただけ残っている気はないか、残っていたってまさか宿の者は病人を殺すようなこともしなかろうしそのうちに私が金を直ぐ送ってやるからというと、波子はまたわっと泣いてここに一人残されるほどなら自分を殺していってくれという。それではもう仕方がない、折角連れて逃げようとまで皆を納得させたのに今さら自分から連れていかないといい出すのもこれも勝手すぎることだしするので、もう波子のことはそのままにしておいて私も雨の降る夜を待っていた。しかし、雨の降るまで待つのがこれがまたひと通りのことではないのである。誰か銭湯へいくときに着物を一枚質に入れてはあんぱんを買って来て分けて食べたり、また一枚売りつけては銭湯へいく金を造ったりしているのだが、そのうちにうっかりして皆の汽車に乗る金まで使ってしまっては何にもならぬのだからもう煙草一本さえのめないばかりではない。パンだって一日に一度で後は水ばかりでごろごろ終日転っているより仕様がないのだ。すると、丁度折よくそれから二三日して朝から秋雨が降り出して夕方になるとますますひどく雨風にさえ変って来た。さアいよいよそれでは今夜こそ逃げ出そうということになって皆でそれぞれ朝から手筈を決めて夜の来るのを待っていたが、私は皆がまア無事に駅へ着いたとしてそれから後を誰と誰とがどんなにして逃げるのであろうかと実はそれが初めから興味があったのだ。四人の女に八人の男の残っているのはそれは万更金の来なかった連中ばかりだとは限っていなくて、一人の女が前から二人もしくは三人ずつの男と放れがたない交渉があったからではないかとも思われたので、これはいずれどこかで一騒動持ち上るにちがいないと思っていたにはいたのである。ところが夜が近かづいて逃げる刻限が迫って来ても誰もそういう様子を現さない。そのうちに一人二人と手拭をぶら下げて出ていったので、それではもう私の知らない間に一緒に逃げるべき女と男は自然に決ってしまったのであろうと思って私も逃げる手伝いをし始めた。逃げる手伝いといったってただそれぞれの着換え一枚か二枚ずつを風呂敷に包んでは塀の外に待たしてある仲間の者に投げ落すだけなのだが、それがこんなときのこととて最後まで宿に残っていたらいつどういう拍子で阿奴(あいつ)波子のような病人を連れていこうといい出した奴だからこのまま二人だけはほったらかして逃げようではないかと誰かがいい出さないとも限らぬし、もし誰かがそんなことでも一口いえばはっと忽ち気がついて実行しそうな者ばかりなんだから、もう私は高木を最後に残すと手拭を肩にかけ、波子を背負って無事に皆と待ち合せる筈の竹林さして雨の中を出ていった。

 竹林ではもう十人ほどが三本の番傘の下に塊って皆の来るのを待っていたが、一同の荷物をまとめて金に換えに質屋へ行った肝心の木下という男がなかなか戻って来ない。それでは木下の奴も、ひょっとすると今頃は金を持って逃げてしまったのではないかと、誰も何んともいわないのにだんだん皆の顔にそんな風な不安が現れ出して、しばらく顔を見合したまま黙っていると、そこへ木下が十円握って帰って来た。とにかく御飯だけは腹へつめていかなければというので、最後に高木が来て十二人すっかり揃うと久し振りに皆で蕎麦屋へ出かけていこうとした。すると、松木がこんなに沢山揃っていっては見附かってしまうに決っているから一人ずつ行こうではないかといい出したので、それもそうだという事になって金を一人ずつ分けようとすると十円紙幣一枚よりない。それでは誰かこまかくして来たらと気づいてもまた町中まで一人いってはそのまま持ち逃げされそうな気がされて誰も一人に許そうとはしないのだ。これじゃ紙幣なんか有ったってなくったって同じことでどうしたら良かろうかとまた暫く黙ってしまうと、そのうちにこんなにいつまでも愚図ついていたんではもう宿屋の方でも気がついて追手を向けているかも分らないといい出すものもあり、追手が来ようとどうしようとこんなにお腹が空ちゃ動けやしないといい出すものもあって、じゃパンでも買って来るのが一番だと決ってもさてそれなら誰が買いにいくかとなると、また一度植えつけられた不安のために容易に誰も何んともいい出さない。もうそうまでなると不思議なもので病人を背負い込んでいる私だけがはっきり逃げも隠れも出来ないに定っているのだから、矢島の発案で皆の者は今度は私一人に金を持ってくれといい出した。しかし、私は私でそんな大事な金なんか持って皆から絶えず気をくばられていたりしては不愉快なので、いっそのこと皆の見ている前で病人の波子に金を持たしたら、当分は波子も誰も彼もから守られるにちがいないと思ったので彼女の懐へ金を押し込んだ。すると、今まで厄病神のように思われて皆から厄介扱いにされていた病人は急に私の肩の上でがっくりと落ちついた金庫みたいになって来て、今度は自然にその病人を中心にした一団の法則が竹林の中で出来始めた。先ず一団の男達は背後で誰かが百を数えるまで波子を背負って歩いてから交代するということになり、女は負う必要だけはないが数を算える番を交代にしていくことに決めて、そこで初めてその順番を決めにかかろうとすると八木が十八拳で決めようといい出した。それじゃ一本歯で来い、いや軟拳にしろといい合っているうちにもう片方の二人から、は、は、よう、たち、はい、に、さんぼん、とやり出したので、傍で見ている女たちも笑い出して高木さんの方が手つきがいいのいや木下さんの方が締っているのといいいい波子を背負う順番だけを漸く決めると、もう先きに立ったものが竹林を出て歩き出した。

 しかし、傘は十二人に三本よりないところへ向い風で雨が前からびゅうびゅうと吹きつけて来るので、四人に一つの割りで傘を中にし一列に細長く縦隊を作ってびしょびしょと濡れて歩いていかねばならない。一番まん中に病人の波子を御輿のように守ってその後に女達、それから男と行くのだが佐佐が中からとうとう蕎麦を食べ忘れたじゃないかといい出すと、そうだ蕎麦だということになってまた一隊は立ち停った。けれども今からはもう蕎麦どころか追手につかまればまた明日から水ばかりより飲めないのだから、ひと思いに今夜のうちに峠を越してしまえば明日はどうにでもなろうという気勢の方が盛んになって、そのままずるずる一団は芋虫みたいに闇の中へ動いていった。動き出してから暫くは女達のあんこの出たフェルトがぴちゃぴちゃ高く鳴り始めると追手ではないかと気が気でなくなり、ときどきはいい合したように後ろを振り返るときもあったが、もし宿屋が気がついて追手を今頃出している頃だとしても直ぐこっちの難所へは気がつかず、もう一本の道の方へ廻るだろうと栗木がいうとそれもそうだと安心はしたものの、こっちの道にしたって誰も一度も通ったことのあるものはないのだから、行くさきざきに何があるのかどこにどんな畑があるのかそれも分らず、雨に洗われた砂地からしきりに頭を擡(もた)げている石ころ道がいくらか足さきでうすぼんやりとしているくらいのものである。一団のものも必死とはいうもののだんだん不安が募って来たと見えてあまり誰も饒舌(しゃべ)らない。ただ木村だけが余裕を見せて日頃の幾分社会主義めいたことを口走り、こんなに皆を苦しめた座長の奴なんか今度逢ったら殴ってやるというと、忘れていた座長への一団の鬱憤が俄に高まって来て、殴るどころか海の中へ突き落してやるというものがあるかと思うと海の中ではこと足りない自分は石で頭を割ってやるという者もあり、焼火箸で咽喉(のど)をひと突きに突き殺すという者もあり、いや焼火箸なんかではまだ足りぬというものもあると中央で黙っていた病人がいきなりわッと泣き出した。すると、病人を背負っていた八木が立ち停ってしまって動かない。どうした、早く行かぬかと、後から迫ると、病人は八木の背中の上で泣き泣き自分をここへ捨てておいて皆でいってしまってくれといい始めた。初めは誰もどうして急にそんなことを病人がいい出したのか分らなかったが、それが病人の症状で内臓から血液が出て来たのだと分ると、一同もぼんやりとしてしまってこれには困ったという風に雨の中で溜息をつき出した。そこで私は男には分らぬそんな女の症状のことは女達に任かせようというと、それでは今直ぐに乾いた布が何より入用だというので仕方がないから白い襦袢を脱いで渡してまた進んだ。病人は気の毒がって次ぎに背負い変った松木の背中の上で自分をもうここへ捨てておいていってくれとしきりに泣いていう。そんなに泣いてはやかましいからもう捨てていってしまうぞと松木が嚇かすと、一層激しくわッと泣くばかりである。しかし、そんなことよりも何より追手のことをあまり考えなくなると今度は一団に空腹がやって来た。一人が明日になって町へ着いたらだい一番にかつれつを食べるんだというと、一人は鮨を食べるという。いや鮨よりも鰻が良いという者があるかと思うと牛肉が食べたいというものがある。すると、それからそれへと他人のいうことなんか訊かずに何が美味かったとかどこで何を食べたとか食べ物の話ばかりが盛んになって、ますますがつがつした動物のようになっていった。

 ところが私もこの空腹にだけは皆と同様困り果てて道傍の畑からでも食物を探そうとしたのであるが、竹林を出てから暫くすると畑なんかは一つもなく、右手は岩ばかりの崖で左手は数百尺の断崖の下でただ波の音がしているだけなのだからどうするわけにもいかないのだ。せめても巾四尺ほどの道から足を踏み外さないだけが一団の儲けもので、今は互に帯を後ろから持ち合ったままひょろひょろして先頭の傘のまにまについていくのであるが、坂を上ったり下ったりうねうねとした道なのでときどき雨がさっと逆さまに下から降って来て、思わず崖の縁へぺったり貼りつけられたように重なったり、伸びたり縮んだり衝きあたったりしながらも茫々と続いた断崖の上を揺れ続けていくのだから、そう食べ物の話ばかりに眼もくらんではいられないのである。そのうちに食べ物の話に夢中になっていた一団のものもいくら饒舌ったって一つも食べられないのに気がついたらしく、一人黙り二人黙り、やがてみんなが黙ってしまうと、ただ病人を背負って歩く足数をその後で数える女の声だけが波の音と風の音との断れ目から聞えて来るだけで、溜息も洩れなければ咳の声さえしなくなって、みな誰も彼も一様にこれはもう暫くたてばどんなになるのかと恐怖に迫られ出した沈黙が、手にとるようにはっきりと感じられて来た。そうこうしているうちにまた病人の出血が激しくなって、男達の脱いだ襦袢を崖の頂きで海に向って取り替えるやら背負う番を変えるやら、前のように気の毒がって激しく泣き出す病人の声と一緒にひと際一団のものが賑やかに立ち返ると、また食べ物の話が出る。そんなに食べ物の話をしては食べたくなるばかりだからやめてくれというものがあると、いやもうせめて食べ物の話でもしてくれなければ食べた気がしないというものがあり、水でも良いから飲めないものかといいながら傘から滴り落ちる雨の滴を舐め出したり、小さな松の木でもあると松の葉をむしって食べながら歩いたり、まるで餓鬼そのままの姿となってしまって笑うにも笑えない。私も私で着物はもう余すところなくびっしょり濡れたうえに咽喉がからからになって来て、雨が吹きつけて来ると却って傘から顔を脱して雨に向って口を開けたり松葉を噛んだりし続けた。それがまた八人の男が一巡病人を背負ってしまって私の番が廻ってくると、どんなに背中の上のものを女だと思おうとしたって、その空腹では歩く力だけでもやっとのことだ。息切れがして来ると眼の前がもうぼうっとかすんで来る。腕がしびれる。足がふらりふらりと中風のように泳ぎ出す。すると舌を噛んだり頭を前の傘持ちにぶっつけたりし続ける。後ろで女が九十近くまで数えて来る頃にはもう病人をそのままそこへどたりと抛(ほう)り落したくなって来て、それを感づかせてはまた泣かれるからじっと我慢をしているものの、終いには眼がひき吊ってしまって開けるとぱっちり音がしそうなほどになる。そうして漸く次のものに変って貰ったとしても一人一丁で八丁目毎にまた廻って来るのだから、休む間が知れているのだ。お負けに空腹は時間がたてばたつほど増して来て、それに従って背中の上の病人はそれだけ重くなっていくのだからやりきれたものではない。すると、病人は真中に皆に挟まれていくのはいやだから真先にやってくれと無理をいい出した。それでは負われているものは捨てていかれる心配がなくなるから気楽にはなるであろうが、反対に背負っていくものは絶えず後から圧迫されて疲れることが甚だしいのだ。私は皆のものも私が病人を連れ出して来たばっかりにこんなに苦しまされたのだと思うと、もう皆がどうする事も出来なくなってへたばりそうになったら私は病人を海の中へ抛り込むか病人と二人でそのままそこへ残って皆に先きへいって貰おうと考えた。

 しかし、皆のもののへたばりそうにしているのはもういま現在のことなんだから、そんな考えを起したって無論何んにもなりはしないのだ。もう一団の者は油汗を顔ににじませて青黒く、眼はぎろりと坐り出し、なま欠伸がひっ続けて出始めると突如として奇声を発するものもあって、雨風に吹き折られるかのようにどっと突角った岩の上へ崩れかけたりすると、病人はまた捨てていってくれといって泣き上げる。女達は女達でもう髪から着物からびしょびしょで、幽霊みたいにべったりと濡れた髪を顔へひっつけさせたまま歩いているのだが、腰巻の色が下から着物へまで滲み出て来て、コンパクトや財布へまで水が溜ってぬらぬらして来ると、もうどっしりと却って落ちつき出して早く死ぬものなら一思いに死んでしまいたいと菊江がいう。じゃここから飛び込めばわけはないと八木がいうと、その一言の冗談がもうへとへとになっていた栗木の癇に触ったのであろう、人の苦しんでいるときに冗談をいうとは何事だと栗木は八木に詰めよった。すると、八木は八木でそんな思わぬことで詰めよられたんだからびくりとしたのか、逆に立ち直って、いくら菊江に冗談をいったからってそんなことで怒らなくとも良いだろう。菊江なんかはお前がいくら好いたってもう駄目でちゃんと高木と一緒になっているところを自分は見たのだとつい口を辷(すべ)らすと、いままで黙々として何一ついわなかった温和な佐佐が、いきなり懐中からナイフを出して高木めがけて突っかかった。高木は素早く佐佐のナイフの先からのがれて一目散に断崖の上を逃げていったが、佐佐もしつこく傾きながら彼の後から追っかけると、暫くこの思わぬ出来事にぼんやりしていた栗木が敵は八木ではなく高木と佐佐だと知ったのかこれもまた二人の後から追っ馳け出した。菊江は私の傍で闇の中を透しながらただ自分が悪いのだといって泣きじゃくっているだけなので、私は早くいって男達の争いをとめて来いというとあなたがいってくれなければ自分ではとまらぬという。ところが、これもまたあまり不意の出来事だが私の後ろにいた品子が急に泣いている菊江の襟もとへ武者振りついて歯をきりきり鳴らせ出した。自分の男の誰かをとられていたのに初めて気附いたのであろうが、そのうちに張本人の八木までが怒り出して今度は品子を引き摺り倒すと貴様の男は誰だといい始めたのには私も驚いた。これでは争いが今にどこまで拡がるか分らないどころか、いまこんなところでまた誰かに傷でもされて動けなくなったりしてはもう一団は絶体絶命で総倒れになるのは決っているのだ。さて困ったことになったと思ったが私の傍のものはまア刃物がないのだから良いとして、馳けていったもの三人の間には一本ナイフがあるのだからそのまま捨てておくわけにもいかず、それで私もふらふらしながら待て待てと呼び続けて黒い岸の上を馳けていくと、二町ばかりいった路傍で三人が並んで倒れたまま動かない。それでは誰か三人のうちの二人は殺されたのだと思って覗いてみると、それぞれみな誰も眼をぎょろぎょろ開いたまま私の顔を眺めているのだ。どうしたのだと訊いてみると、こんなところで女のために喧嘩をして傷でもしてはどちらも損だからやめようと相談してやめたのだが、もう疲れて息の根がとまりそうだから暫く黙らせておいてくれという。それはどちらも賢いことをしたといって私もまた後へ引き返して病人のいる所へ来てみると、こちらはまだ争いはこれかららしく矢島の背中の上でわアわア泣いている病人の下の道の上で、八木と木下が取っ組み合いをして唸っているのだ。これでは女達も誰と誰とが自分のどの男をとっていて、自分が誰のどの男を取っていたことになっているのか分らなくなってしまっているのであろう、もうぼんやりとしているだけで私に向うの喧嘩の首尾はどうだったかと訊ねもしない。私もこんな騒動はいずれ一度は起るにちがいはないと思っていたにはいたのだから、そうびっくりもしないのだが、今頃こんな崖の上でこんなに突然降って湧いたように起ろうとは思っていなかったので、誰が誰と喧嘩をしようとそんなことなんか平気にしたところでたちまち一団の進行にかかわること重大なのだ。ところが八木と木下とは前から仲も良くない上に女のことにかけてはどっちも競争し合っていた男同志のこととて、私が仲へ這入ってとめようとしてもなかなか放れるどころではない、じっと寝ながら殴り合っている方が立って歩いて病人を背負わせられるより楽は楽なんだから、足を絡まり合せたまま休息するように殴り合うばかりである。私も二人が傷さえしなければもう出来るだけ喧嘩をさしてしまっておく方が良いのだから、二人が転げている間私も身体を休めるために二人の頭の所に腰を降ろして眺めていると、木下も八木もすっかり疲れたらしくどっちもそのまま動かなくなって吐く息だけをふむふむいわせているだけなので、私ももうここらで良かろうと思っていつまでも寝ていたって仕様がないから喧嘩をするならもっとする、やめるならさっさとやめてそろそろ出かけようではないか、向うでももう女のことで喧嘩をすることほど馬鹿なことはないといって三人とも仲なおりが出来てしまったのだからというと、八木も木下も黙ってのろのろ起き上って来て歩き出した。

 そこでまた一行が高木や佐佐などと落ち合うと病人を背負い変えたり、出血の準備品の乾いた襦袢がもう全く誰からもなくなってしまっているので、今度は男達の腰巻をとって病人をきよめたりして穏かに歩いていった。どうも考えると面白いもので女達の不倫の結果がそんなにも激しい男達の争いをひき起したにも拘らず、しかしまたそれらの関係があんまり複雑ないろいろの形態をとって皆の判断を困らせるほどになると、却ってそれが静に均衡を保って来て自然に平和な単調さを形成していくということは、なかなか私にとっては興味ある恐るべきことであった。だが、間もなくするとこの静かな私達の一団の平和もそれは一層激しくみなのものに襲いかかって来た空腹のために、個性を抜き去られてしまった畜類の平静さに変って来た。全く私も同様にだんだん声も出なくなって腹部の皮が背中へひっついてしまっているかのように感じられると、口中からは唾がなくなって代りに胃液が上って来て、にがにがしくねっとりと渋り出すと眼の縁が熱っぽくなって来て、煙草の匂いのするなま欠伸がまたひとしきり出始める。一同のものも前の格闘の疲れが出て来たのであろう誰も何ともいわないで俯向いたまま雨の中をびしょびしょといくのであるが、そんなにありあり弱りが見えるともう一人静に泣き続けている病人だけが一番丈夫な人間のようにさえ思われ出して、いったいこのさきまだどこまでもと闇の中を続いていそうな断崖の上をどうして越えきることが出来るのかと、むしろ暗憺たる気持ちになって来た。そうなると私達の頭は最早や希望や光明のようなはるかに遠いところにあるもののことは考えないで、この二分さきの空腹がどんなになるであろうか。この一分さきがどうして持ちこたえられるのであろうかと、頭はただ直ぐ次に迫って来る時間のことばかりを考え続け、その考えられる時間はまた空腹そのことについてばかりとなって満ち、無限に拡がった闇の中を歩いているものは私ではなくして胃袋だけがひとりごそごそと歩いているような気持ちがされて、これはまったく時間とは私にとっては何の他物でもない胃袋そのものの量をいうのだとはっきりと感じられた。

 私達は凡そそうして宵からもう四五里も歩き続けて来たであろうか。一団の男達は襦袢も腰巻もみな病人にやってしまってなくなった頃丁度崖の中腹の道より少し小高い所に一軒の小屋が見つかった。初めは先頭に立ったものがあれは岩だろうか小屋だろうかといっているうちにそれは廃屋同様の水車小屋だと分ったので、先ず皆は雨から暫くのがれるためにでもそこで少し休んでいこうではないかということになったのだが、中へ這入るともうそこには長い間人が近づいたことがないと見えていっぱいに張り廻された蜘蛛の巣が皆の顔にひっかかった。それでも雨露を凌げるほどの庭が二畳敷ほど黴臭い匂いを放っているのでそこへ十二人の者が塊まって蹲っていると、八木がここは水車小屋だからどこかに水があるにちがいない、水でも捜して飲もうといい出して小屋の周囲をうろうろ廻り出した。しかし、だいいち水を落すべき樋がぼろぼろに朽ちていて水車(みずぐるま)の羽根の白い黴のところから菌(きのこ)が生え上っているのだから一向に水なんかありそうにも思えない。そのうちに小屋の中で塊っている者達の肌から汗がだんだん冷えて来ると着物の湿りが応えて来て皆がぶるぶる慄え出した。殊に三時過ぎの急激な秋の夜の冷えが疲労と空腹との上に加わって来たのだからもう皆は一人ずつ放れていては寒さのために立ってもいてもいられない。そこで私達は火を焚こうにも誰もマッチがないのだからどうしようもなくそれぞれ羽織を脱いで庭に敷くと真中に病人を坐らせ、その周りに三人の女を置いて男達はその外から手を拡げながら丁度蕗の薹(とう)のように女達を包んで互に温度を保ち合った。しかし、私達の上に新しく襲いかかって来た寒気はそれだけでは納まらずますます激しくなって来ると、やがて一団のものは歯が打ち合ってかちかちと鳴り始め、言葉がうまくいえなくなって吃りばかりになり、泣き出すものがあっても涙だけがしきりに出るだけで、ただもうびりびり、びりびりとまるで揺られる海月(くらげ)みたいに慄え続けているだけだが、そのうちに中央にいる病人だけはもう慄える力もなくなって皆の慄える中で一人じっと縮んでしまって動かない。その周囲で女達は自分が死んだら髪を切って母親のところへ送ってくれるよう、もうとてもこれ以上は身体が保たないといい出すものがあるかと思うと、自分ももう駄目だから死んだら親指を切って郷里へ送ってくれとか眼鏡を送れとか、そんなことをいってるうちに膝がしびれる腰がしびれるやがて首まで痛んで来ると、栗木が急にしくしく泣き出して、自分が若いときに村の神さまへ石を投げつけたことがあるその罰が来たんだといい出した。すると高木は俺はあんまり女を瞞しすぎた罰が来たんだというと、それには皆も胸を刺されたのであろう男も女もそうだそうだというかのように調子を合せて泣き出した。私もあんまり皆の他愛のないのにおかしくなったが餓えと寒さと身体の痛みにはもう実際このままでは死ぬ以外にないのではないかとさえ思われて、私だけは臼の傍だったので木の上へ腰かけながらさてこのつぎに来るものはいったい何なのかと思っていると、よくしたもので間もなく意識を奪ってくれる眠けがしきりにやって来た。それと等しく一団の上からもいつの間にか今までの慄えがなくなっているのに気がつくと、これはこのまま眠らせてしまえば死んでしまうに決っているのだから私は声を大きくして皆の頭を揺すぶって叩き起し、今眠れば死ぬにちがいないことを説明し眠る者があったら直ぐ、その場で殴るようといい渡した。ところが意識を奪う不思議なものとの闘いには武器としてもやがて奪われるその意識をもって闘うより方法がないのだから、これほど難事(むずか)しいことはない、といってるうちにもう私さえ眠くなってうつらうつらとしながらいったい眠りという奴は何物であろうと考えたり、これはもう間もなく俺も眠りそうだと思ったり、そうかと思うとはッと何ものとも知れず私の意識を奪おうとするそ奴の胸もとを突きのけて起き上らせてくれたりするところの、もう一層不可思議なものと対面したり、そんなにも頻繁な生と死との間の往復の中で私は曽て感じた事もない物柔かな時間を感じながら、なおひとしきりそのもう一つ先きまで進んでいって意識の消える瞬間の時間をこっそり見たいものだと思ったりしていると、また思わずはッと眼を醒して自分の周囲を見廻した。すると、私の前では誰も彼も頭を垂らして眠りかけているのである。

 私は皆の頭を暴力を振うように殴って廻って起きろ起きろと警告した。皆の者は殴られると暫くぼんやりして眼を開けてはいるがそのまままたふらふらと隣りの者へよりかかってしまう者や、急に死に迫っていた目前の自分の危機に気がついて眼をぱちぱちしながらびっくりしている者や、私に殴られて眠ったものを殴る権利を与えられていることを思ってはいきなり前の眠っているものを殴りつけ出す者などがあって、間もなく羽根の停った水車の傍では盛んな殴り合いが始められた。それでも眠りはほんの少しの静まった隙間から這い込んで来て意識を吸い取っていってしまうので、間断なく髪の毛をひっつかんで頭を引き摺り上げては頬っぺたを指の跡の残るほどひっぱたいたり、拳骨でそれこそ鉄拳を食わせるほど殴りつけたりしても、眠りを防害する動作がものの一二分も一致して休止すると、もう危く一同が死へ向って落ち込んでいくので、私も絶えず殴り続けているものの同時に十一人の動作を見詰めつづけている間にはふっとどうしたものやらまた私の意識も極りなき快楽の中へ溶け込んでいってうつらうつらと漂い出すのだ。快楽――まことに死の前の快楽ほど奥床しくも華かで玲瓏としているものはないであろう。まるで心は水々しい果汁を舐めるがように感極まってむせび出すのだから、われを忘れるなどという物優しいものではない。天空のように快活な気体の中で油然と入れ変り立ち変り現れる色彩の波はあれはいったい生と死の間の何物なのであろう。あれこそはまだ人々の誰もが見たこともない時間という恐るべき怪物の面貌ではないのであろうか。――しかし、私は私が死んでしまってなくなれば同時に誰も彼もの全世界の人間が私と一緒に消えてなくなってしまうのだと思うと愉快であった。ひとつみんなの人間を殺してやろうか、とふと思うこの死との戯れがときどき私を誘惑してひと思いに眠ってしまおうと思うに拘わらず、またいつの間にか私の前で皆が眠り出すと私は両手で所かまわず殴りつけているのである。人を死なすまいと努力すること――この有害なことが何故に人々にとって有益なのであろうか。私達は譬えいま死から逃れることが出来たにしたってこの次死ぬときにはこんなに巧妙に何の不安もなく楽々死ぬことなんかは最早や想像することが出来ないのだが、それでも矢っ張り私はもう一度皆を生かせてやりたいと思うと見えて、しきりに女達の鬢をもって引き摺ったり、殴ったり、片足で男達を蹴りつけたりし続けているのは、これをこそ愛というのであろうか、それともこれをこそ習性というのであろうか。首をさえ絞めつけて殺してやりたく思うほど皆のこれからの不幸な行くさきが分っているのに、それにまだ彼らの苦しみを増し与えて助けてやらねばならぬとは、これをこそ救いというのであろう――死ね死ねといいながら私はもう無茶苦茶になってあたかも年来攻め続けて来た不幸と闘うかのように人々の眠りの中を縦横に暴れ廻っていると、人々もだんだん眼が醒めて、まるで今迄の楽しみを奪った奴はこ奴かというようにぽかぽか一層激しく周囲の者を殴り出した。すると、もう人々もさすがにゆっくり眠っていることは出来なくなったと見えて、中には眠りながら手だけは殴る形をして動かしている者もあり、踏んだり蹴ったり殴ったり修羅場みたいに傍若無人になぐり合っているうちに、また一同は眠り出した。そうなると初めの間は蕾のように丸くなって塊っていたものでもだんだん形が崩れて来て、終いには足の間へ頭がいったり胴と胴とが食い違ったり、べたべたしたまま雑然として来始めて殴るにも誰のどこを殴っているのか分らなくなって来て、誰か一人でもこっそり殴られずにすんでいようものならもうそのものは死んでいるかもしれないのだから、出来るだけ大きな面積で暴れ廻って絶えず全部の者を撹乱し続けていなければならぬのだ。しかし、眠むけというものは暴れたものほど次には激しく襲われて沈められる恐れのあるもので、直ぐ暫くすると私も私が刺戟を与えて醒したものから頭を叩かれたり膝で横腹を蹴られたりして眼を醒す。醒す度にまた私は皆の身体の中でのたうち廻って沈んでしまう。そうして幾度となく私達は眠ったり醒ましたりし合っているうちに、私達の小屋の外でもそれに従って変化が着々と行われていたと見えて、いつの間にか雨もやみ、天井の崩れ落ちた壁の穴から月の光りがさし込んで蜘蛛の巣まではっきり浮き上っているのを発見した。私達は眠け醒しに戸外へ出ようとするとなかなか足が動かない。そこで腹這いになって戸外へ出ると、月の光りに打たれながら更めて山や海を眺めてみた。すると、私の傍にいた佐佐が物もいわずに私の袖をひっぱって狼狽(うろた)えたように崖の中腹を指さしたので、何心なく見るとそこには細々とはしているが岩から流れ出ている水が月の光りに輝きながらかすかな音さえ立てている。水だ水だといおうとしたが声が出ない。佐佐は直ぐ崖の方へ膝をもみながら近よって降りていったが暫くすると水を沢山飲んだのであろう、急に元気になって大声で下から水だ水だと叫び出した。私も小さな声で同時に水だ水だと叫んだ。

 それでもう一同は助かったと同様であった。小屋の中の者は足が動かないのにかかわらず我れ勝ちにと腹這いになって崖の方へ降りて来ると、蜘蛛の巣をいっぱいつけた蒼然とした顔を月の中に晒しながら変る変る岩の間へ鼻を押しつけた。岩の匂いに満ちた清水が五百羅漢のような一同の咽喉から腹から足さきまで突き刺さるように滲み透って生気がはじめて動き出して来ると、私も皆と一緒に月に向ってこれこそ明瞭に生きていることだと感じるかのように歎声を洩してはまた岩の間へ口をつけた。しかし、私はふと皆が置き去りにして来た病人のことを思うともうひょっとするとひとり眠入ってしまって死んでいるのではないかと思われて、皆の者にどうかしていっぱいでも病人に水を飲ましてやる工夫はないかというと、そうだそうだ病人が何よりだということになってそれなら水を入れるには帽子が良いからという高木の発案でソフトに水を受けてみると、水は数歩ももじもじしている間にすっかり洩れてしまって何の役にも立ちはしない。それで今度は皆の帽子を五つ合して水を受けるとやっとどうやら洩れないだけは洩れなくなったが小屋まで持っていく迄には疑いなく無くなるのは決っているのだ。そんなら小屋まで一番早く帽子を運ぶには十一人でリレーのように継ぎながら運ぼうではないかと佐佐がいい出すと、それは一番名案だということになっていよいよ十一人が三間ほどの間隔に分れて月の中に立ち停ると、私は最後に病人の所へ水を運ぶ番となって帽子の廻って来るのを待っていた。その間私は絶えず病人を揺り続けているのだが、もう彼女はさっきから殴り続けられた指跡を赤く皮膚に残したまま、私に揺られるがままに身体をぐたぐた崩して寝入ってしまってなかなか眼を醒しそうにもない。それで私は彼女の髪の毛を持ってぐさぐさ揺るとぼんやり眼を開けたは開けたが、それもただ開けたというだけで同じ所をじっと眼を据えて見ているだけである。そこへ丁度最初の帽子が殆ど水をなくして廻って来たので私は病人の口のなかへ僅に洩れる滴をちょろちょろと流し込んでやると、病人も初めてはっきり眼が醒めたと見え、私の膝に手をかけて小屋の中を見廻した。水だ水だ早く飲まぬとなくなるからといってはまた膝の上へ病人を伏せて次の帽子を待っている。すると、また帽子が廻って来る、また滴を落すという風に幾回も繰り返しているうちに、私には遠く清水の傍からつぎつぎに掛け声かけながらせっせと急な崖を攀じ登って来る疲れた羅漢達の月に照らされた姿が浮んで来ると、まるで月光の滴りでも落してやるかのように病人の口の中へその水の滴を落してやった。


入力者注


底本:「定本 横光利一全集 第四巻」河出書房新社
   1981(昭和56)年
入力:佐藤和人
校正:かとうかおり
1998年11月3日公開
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