新秩序の創造

――評論の評論

大杉栄





 本月もまた特に評論して見たいと思うほどの評論が見つからない。ただ一つ『先駆』五月号所載「四月三日の夜」(友成与三吉ともなりよさきち)というのがちょっと気になった。
 それは、四月三日の夜、神田の青年会館に文化学会主催の言論圧迫問責演説会というのがあって、そこへ僕らが例の弥次やじりに行った事を書いた記事だ。友成与三吉君というのは、どんな人か知らないが、よほど眼や耳のいい人らしい。僕がしもしない、またいいもしない事を見たり聞いたりしている。たとえば、その記事によると、賀川豊彦君の演説中に、僕がたびたび演壇に飛びあがって何かいっている。
 しかし、そんな事はまあどうでもいいとして、ただ一つ見遁みのがす事の出来ない事がある。それは、賀川君と僕との控室での対話の中に、僕が「僕はコンバーセーションの歴史を調べて見た。聴衆と弁士とは会話が出来るはずだ」というと、賀川君が「それは一体どういう訳だ」と乗り出す。それに対して僕がフランスの議会でどうのこうのとい加減な事をいう、というこの最後の一句だ。何が好い加減か。この男は自分の知らない事はすべてみんな好い加減な事に聞えるものらしい。
 演説会での、僕らのいわゆる弥次、もしくはこわしについては、世間では随分いろんな悪評がある。で僕はこの機会を利用して、この悪評に対する悪評をして見たいと思う。


 先日、神戸で賀川君と会った時、賀川君もしきりに僕らのいわゆる弥次を批評し、堺利彦君の言葉まで引き合いに出して、あんまり世間の反感を買わないようにと深切らしく忠告までしてくれた。
 僕らの弥次に対して最も反感を抱いているのは警察官だ。
 警察官は大抵仕方のない馬鹿だが、それでもその職務の性質上、事のいわゆる善悪をぎわけるかなり鋭敏な直覚を持っている。警察官の判断は、多くの場合に盲目的にでも信用して間違いがない。警察官が善いと感ずることは大がい悪い事だ。悪いと感ずることは大がい善い事だ。この理屈は、いわゆる識者どもには、ちょっと分りにくいかも知れんが、労働者にはすぐ分る。少なくとも労働運動に多少の経験のある労働者は、人に教わらんでもちゃんと心得ている。そしてそれを、往々、自分の判断の目安にしている。いわばまあ労働者の常識だ。
 僕らの弥次に反感を持つものは、労働者のこの常識から推せば、警察官と同じ職務、同じ心理を持っている人間だ。僕らは、そんな人間どもとは、喧嘩けんかをするほかに用はない。


 元来世間には、警察官と同じ職務、同じ心理を持っている人間が、実に多い。
 たとえば演説会で、ヒヤヒヤの連呼や拍手喝采のしつづけは喜んで聞いているが、少しでもノオノオとか簡単とかいえば、すぐ警察官と一緒になって、つまみ出せとかなぐれとかほざき出す。何でも音頭おんど取りの音頭につれて、みんなが踊ってさえいれば、それで満足なんだ。そして自分は、何々委員とかいう名を貰って、赤い布片きれでも腕にまきつければ、それでいっぱしの犬にでもなった気で得意でいるんだ。
 奴らのいう正義とは何だ。自由とは何だ。これはただ、音頭取りとその犬とを変えるだけの事だ。
 僕らは今の音頭取りだけが嫌いなのじゃない。今のその犬だけがいやなのじゃない。音頭取りそのもの、犬そのものが厭なんだ。そして一切そんなものはなしに、みんなが勝手に踊って行きたいんだ。そしてみんなのその勝手が、ひとりでに、うまく調和するようになりたいんだ。
 それにはやはり、何よりもまず、いつでもまた何処どこにでも、みんなが勝手に踊る稽古けいこをしなくちゃならない。むつかしくいえば、自由発意と自由合意との稽古だ。
 この発意と合意との自由のない所に何の自由がある。何の正義がある。
 僕らは、新しい音頭取りの音頭につれて踊るために、演説会に集まるのじゃない。発意と合意との稽古のために集まるんだ。それ以外の目的があるにしても、多勢集まった機会を利用して新しい生活の稽古をするんだ。稽古だけじゃない。そうして到る処に自由発意と自由合意とを発揮して、それで始めて現実の上に新しい生活が一歩一歩築かれて行くんだ。
 新しい生活は、遠いあるいは近い将来の新しい社会制度の中に、始めてその第一歩を踏み出すのではない。新しい生活の一歩一歩の中に、将来の新しい社会制度が芽生えて行くんだ。


 長せりふは昔の芝居の特徴で、新しい芝居では短い対話が続く。芸術は社会の鏡だ。世相が芝居という鏡に写ったのだ。
 人の長話ながばなしを黙って聞いているのは、音頭取りすなわち上の階級の人に対してだけだ。同じ階級の人の間では、長せりふがなくなって、短い対話が続く。長い独白から短い対話へ、これが会話の進化だ。人間の進化だ。
 音頭取りの音頭につれて踊る社会では、学校でも演説会でもそうだが、講壇や演壇の上の人は、一人で長い独白を続けて、下の人々に教える。下の人々を導く。しかし人間がだんだん発意を重んずるようになると、その長い独白がちょいちょい聴衆の質問や反駁に出遭であって中断される。そしてついには、いわゆる講義や演説が壇上の人と壇下の人々との対話になって一種の討論会が現出する。
 演説会は討論会じゃないという。またそうなっては会場の秩序が保てないという。そして弁士の演説に一言二言の批評を加える僕らを、その演説会の妨害か打ち毀しかに来たものと考え、警察官と主催者と聴衆とが一緒になって騒ぎ出す。馬鹿な事だ。


 しかし、一番早く分るのは、聴衆だ、民衆だ。僕らのいわゆる弥次に、最初は盛んにえついている聴衆が、だんだん僕らの味方になる。そして最後にはほとんどみんな僕らの味方になる。しかも会場のいわゆる秩序は、新しい形となって、立派に保たれて行く。
 いつかの晩だってそうだ。最初僕らが弥次り出した時には、聴衆のほとんど全部がち上がって、つまみ出せの黙れのと怒鳴り出した。警察官は僕らを取り囲んだ。そして僕らの手足をとって引きずり出そうとした。が、僕らの方の勢いも相応に強いので、もし強いてそうしようとすれば、かえって会場の秩序をまったくこわしてしまいそうな形勢になった。それに、聴衆の中にも、僕らが警察官の暴力を受けそうになると、急にその民衆的本能を出して、僕らをかばいにかかるものが出て来る。敏感な警察官らはすぐにそれを察して、やむをえず手をひっこました。
 僕らはその勢いに乗じてますます弥次った。弁士の言論の曖昧あいまい矛盾を指摘した。そのいわんと欲していい得ざる点を補足した。僕らの弥次は大抵その肯綮こうけいに当っていた。聴衆は僕らの弥次に拍手し出した。そして自らもまただんだん、弁士の言論に対する質問や反駁のいわゆる弥次を始め出した。弁士や主催者や警察官は、にがり切った顔をして、仕方なしに黙認していた。
 最後に僕が演壇に起った。最初僕らをつまみ出せの、気ちがいめのと罵っていた聴衆が、今までの弁士に対するよりもはるかに盛んに、猛烈な拍手を浴びせかけた。
 僕は演壇の上と下との会話や討論を弁士として試みようと思った。実は、僕自身にとっても、数百もしくは数千という会衆の前では最初の試みであったのだ。僕のどもりと訥弁とつべんとで、また大演説会というようなものに場所れない臆病さとで、果してそれがうまくやれるかどうか、僕は心中甚だそれを危ぶんでいた。
 が、僕は演壇に上るとすぐ、すっかりいい気持になってしまった。何を話しするかの準備も何もなかった。僕はただ、今現に会場のすべての人の間に実際問題となっている、会場の秩序そのものについて、みんなと話し合おうと思った。しかしその話し合おうと思った事が、既にもう、みんなの間に立派に了解されてしまっていたのだ。新しい秩序の気分が全会場にみなぎっていたのだ。
 ぼくはふだんのどもりも場馴れない臆病さもまったく忘れて、酔ったようないい気持になって、聴衆のみんなと会話した、討論した。僕はあんな気持のいい演説会は生れて始めてだった。
 弁士と聴衆との対話は、ごく小人数の会でなければ出来ないとか、十分にその素養がなければ出来ないとかいう反対論は、これでまったく事実の上で打ち毀されてしまった。
 僕らのいわゆる弥次は、決して単なる打ち毀しのためでもなければ、また単なる伝道のためでもない。いつでも、またどこにでも、新しい生活、新しい秩序の一歩一歩を築き上げて行くための実際運動なのだ。
 怒鳴る奴は怒鳴れ、吠える奴は吠えろ。音頭取りめらよ。犬めらよ。





底本:「大杉栄評論集」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年8月20日第1刷発行
底本の親本:「労働運動(一次) 六号」勞働運動社
   1920(大正9)年6月1日納本発行
初出:「労働運動(一次) 六号」勞働運動社
   1920(大正9)年6月1日納本発行
※〔〕内の編集者による補足は省略しました。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:浜坂邦彦
校正:雪森
2015年2月25日作成
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