あゝさうか、今日は土曜日だつたね。諸君おそろひでよく来たね、さあ遠慮なくずつと此方へ来給へ。何、お話? またかい。よくお話に倦きないね。よろしいやるよ。面白いお話を。
静かにしてようく聞いてゐるんだよ。今は昔、昔は今と、即ちワンス、アツポン、エ、タイム、そこに一艘の船があつた。何とまあ不思議なことには、その船には船員がひとりも乗つてゐないのである。
見ると驚いた。隣の町の人々が幽霊船と名付けて怖ろしがつたのも無理はない。今迄に人々が見たこともない、まるで小山のやうに大きな船だつた。甲板の上には一人の美しい少年が、折から麗かな春の陽を浴びて、心地よささうに眠つてゐた。
「君は何処から来たのだい。」と町長は尋ねた。
「僕か?」と少年は眠むさうに眼を
「そりや僕だつて知らない。」少年は平気で答へた。町長は慌てゝ少年の肩を軽くたゝいて、
「どうかそのわけを小父さんに教へて呉れないか。」
「そんなら教へてやらう。僕は君達を救ひに来たのだ。」と少年が云つた。町長はむつとしたが、
「そりや有り難い、では早速私の町の宮殿へ御案内いたしませう。」と丁寧に促した。
少年が町に入つてから此の町の政治は急に改まつた。たゞでさへ三分の二だけ隣りの町より進んでゐるこの町は、一年の間で素晴しく立派な都会になつて了つた。といつてこの少年は決して魔術師の子ではない、普通の少年なのである。たゞ遠い国の少年なのである。船には少年の外に、少年のお父さんも叔父さんも乗つて居て、さうして大勢の船員が働いてゐたのである。たゞ遠い国の人のすることは、悉く此方の町ではまだ知らぬことばかりなのである。それをならつたばかりでこの町は立派な都になつたのである。二年目の春に少年は迎ひに来た例の船に乗つて帰つて行つた。少年も此の町に居る間にいろんな新しい知識を得て余程怜悧になつてゐた。その次の春に船が町の沖へ来た時には、船も前よりは立派になつてゐた。さうして種々な珍らしい品物を持つて来て町の品物と取り換へて行つた。このことを聞いた隣りの街では、俄かに慌てゝ船と交際を始めた。然し三分の一だけ遅れてゐる時間は、いつ迄たつても取返しがつかなかつた。
四年目の春に船が来た時、船の旗の一つには都の古い町長の肖像が附いてゐた。こつちの都の公園には、少年の大理石の像が建てゝあつた。その像を見て少年は、「僕はこんな立派な像を建てられる程この町へ尽しはしない、何故なら僕の船もこの町から同じやうに教はつたことが多かつた。」と云つた。
之で噺はお終ひなんだ。おや、もう十時だ、諸君左様なら。