「兄さんはそれで病気なの? 何だか可笑しいわ。まるで病気ぢやないやうだわね。」
「さうね、そんなのなら私達もちよつとでいゝからなつて見たいわね。」
二人の少女は、云ひ合せたやうにホヽヽヽと笑つて私を見あげました。二人とも私の従妹です。名前ですか――名前は遠慮しませう。何故なら私は、正直にこの二人の少女を描写しようと思ひますから。正直に書けば必ず怒られるに相違ありません。怒られたつて怖くもないけれど、泣かれると困りますからね。
「何だ失敬な! 他人の病気のことなんて、解りもしない癖に。」と私は云ひました。
「ホヽヽヽヽ。」とまた二人は笑ひました。返答をしないで笑ふとは更に失敬だ。一体僕はこのホヽヽといふ笑方からして大嫌だ。何がそんなに可笑しいんだらう。さう思つた私は、これぢやとても相手にならないと気付きましたので、砂を払つて立上がり、青々と美しい空を見あげて大きな声で歌をうたひました。
「それ一体、何の歌?」
「いやなドラ声だわね。」
どうも煩さい少女共である。……私も口惜しいから、
「他人の歌をけなす位なら、君達は定めし美しい声だらうね。」と云ふと、
「そりや、兄さんよりはね。」
「そんならやつて見ろ。」
「えゝ、やるわ。」と云つたかと思ふと、二人は何やらコソ/\囁き合ひました。
「あたしはソプラノよ。」
そんなことを云つたかと思ふと、二人は砂に腰かけたまゝ静かに歌ひはじめました。――成程こりや僕よりうまい――と私は直ぐに感服して了ひましたが、いくらか口惜しくもあるので、平気な顔をしてゐました。何の歌だか私にはさつぱり解りません。
「この歌、兄さん御存知でせう。」と、三節まで歌ひ終つた時、Aは私に訊ねました。
「讚美歌だらう。」と私は答へました。すると二人はハツハツハツと大きな声で笑ひました。私は「しまツた!」と、思はずには居られませんでした。
「あら、これを御存知ないの? 非芸術的ね。」
「エヘン」と私は咳払をするより他はありません。唱歌の話なんか止めて、何か別のことを話さう、と私は考へました。
「ところでお前達はいつ東京へ帰るんだ。学校はいつまで休みなんだ?」
「来月の十日までよ。」
「随分長い試験休だな。」
「そんなこと云つたつて、私たちが帰つたら兄さん寂しいでせう。」
「平気だ!」と私は大きな声で云ひ放ちました。
「清々していゝよ。」
更にさう附け加へました。
「今の歌何だか教へてあげませうか。」
「もう一遍歌つて見れば解るよ。」
「だつて幾度歌つたつて同じぢやありませんか。」
「でもさつきのは、拙かつたから解らなかつたんだ。もつとはつきり歌へ!」
「もう厭!」と二人はすまして答へました。
海は静かで、空も水も紺碧に晴れ渡つてゐます。白い鳥が三ツ四ツ浮いたり舞つたりしてゐました。雲一つ見へない午前の空は、心ゆくばかり麗かに映えて居ります。
「少し散歩しよう。」と私は云ひました。
「えゝ歩きませう。」
二人は手を取り合つた儘、威勢よく立ちあがりました。さうして爪先をそろへて歩きはじめました。二人はおそろひの洋服を着てゐます。どんな洋服が近頃流行なのか、そんなことは私も知りませんが、ヒラヒラとした、裾の怖ろしく短い白いスカートと、バンドのついた紺色の上着です。髪にはリボンはつけてゐませんが、毛糸の頭布のやうな帽子からこぼれ出た髪の毛が、温い潮風にフワフワと翻ります。
「海が随分綺麗に晴れてるわね。」
「アラ白い鳥が飛んでるわ、アレ何でせうね。」
「あんな鳥、あれを知らないのか。あきれたもんだ。」と私は云ひました。
「ぢア何?」
「鴎といふ烏さ。」
「鴎? そんなら知つてるわ。」
こんなくだらない事を云ひながら、私達はぶらぶらと、砂を蹴りつゝ歩いてゐました。
「もうそろそろ家へ帰らうや。」と私は云ひました。私はもうこんなことをしてゐるのが、そろそろ飽きて来たのです。
「もう?」とAは眼をりました。
「もつと遊んでゐたいわ。」とBは私の手に縋つて駄々をこねました。
「もうお午だらう。僕のお腹が空いて来たから、多分お午に違ひない。」と私は云ひました。
「お腹が空いたからつて、お午と限つたことはないわ。お腹は時計ぢやあるまいし……」
「それに兄さんのお腹は人より先に空くのよ。いつでもどこかへ行くと、未だ遊びもしないうちから、すぐにお腹が空いたつていふんですもの。ほんとに厭になつちまふのよ。」
「冗談ぢやない。僕の腹の具合は、僕だけにしか解りやしない。たとひ全智全能の神様と雖も、この僕の神秘的なお腹は決してお解りになるまい。」
「神秘的のお腹ですつて? ホヽヽヽヽヽ。」
二人は又してもホヽヽヽヽと笑ふ。あゝ云へばかう云ふ。イヤハヤ口さがない少女達かなだ。
「いや僕はもうどうしても帰る。人をばかにしてゐる。」と、私はわざと怒つたやうな顔をして云ひました。
「兄さん、向ふの舟の処まで駆けツこしない?」
「厭なこつた!」
「兄さんなんかに負けないわよ。」
「何と云つても僕は厭だよ。」
こんな争をしてゐるうちに、Bは私の背後に廻つて、私をぐん/\おしはじめました。これには私も弱りましたが、仕方がありませんから、その儘Bにおされて歩いてゐました。
「よう兄さん。駆けツこをしませうよう。ねえ。」
Aは私の手を力一ぱい握つて、やはりぐんぐんと引ツ張ります。引ツ張られるやら押されるやら私は散々です。怒つた顔をしようと小言を云はうと、二人はてんで相手にしないのだから始末に
「ちよいと、兄さんの顔を御覧なさい! あゝ可笑しい、/\。」と云つて笑つたかと思ふと、
「もういゝわ!」といふ声にハツと思つてたちどまると素早く私の前に立ち現はれたA子は、シヤツターとか何とかを用ひて、私の顔を写してしまひました。小さなカメラなので、私はA子がそれを持つてゐることさへ忘れてゐたのです。
「Bちやん、もういゝわよ。写しちやつてよ。」
「どんなに写つたでせうね。早く見度いわね。」
何が、A子なんかに写せるものか! 私はさう云はうとしましたが、A子の写真の腕前は、