踏査

田山録弥




 街道がある。其處に日が照る。人が通つて居る。向うには山の翠が見える。それは年々歳々同じである。秋が來れば稻が熟つて、里川に澄んだ水に雜魚の泳ぐのが鮮かに見える。稻を滿載した車がガラガラと音を立てゝ通つて行く。私は其處に一『田舍教師』の歩いて行く姿を明かに見得た。
 踏査――私はこの踏査といふことを地理學から學んだ。
 日記よりも手紙、手紙よりも踏査の肝要なのを私は感じた。
 歴史地理といふ學問は面白い學問である。私は小説地理といふことを『田舍教師』に由つて考へた。
 私が小説製作上實在を尊ぶのは、決して消極的ではない、積極的である。史家が古城址をさぐり、地理學者が山嶽を踏査するのと同じ位に思つてゐる。





底本:「定本 花袋全集 第十五巻」臨川書店
   1994(平成6)年6月10日復刻版発行
底本の親本:「定本 花袋全集 第十五巻」内外書籍
   1937(昭和12)年1月18日初版発行
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:きゅうり
2020年2月21日作成
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