一
船が港へ近づくにつれて、船の中で起った先刻の悲劇よりも何よりも、新聞記者である
彼は、社へ発送すべき電文の原稿はもうしたためている。しかし、同じ船の中に、自分の社とふだんから競争の地位にたっているA新聞の記者
里村は気が気でなかった、波止場はすでに向うに見えている。彼はいても立ってもいられなかった。ことに、自分の体力に信頼しきって悠然とかまえている田中のそばにいるのがもう辛棒できなかった。彼はふらふらとデッキのベンチをたち上って船室へ降りていった。
田中は安心しきっていた。彼は靴のひもを結びなおし、腰のバンドをしらべ、帽子を
二
船はいよいよ波止場へついた。人夫が船を岩壁へひきよせる間も、デッキから波止場へ厚い板でブリッジがかけられる間も二人は、気が気でなかった。
やがて船客は降船しはじめた。田中は第一に船を降りて、
田中が郵便局へ息を切らしてついた時には
田中は、まだかまだかと
「親戚に急な不幸がありましてな」
里村がそこへ息せききってかけつけた。
二人はものの四十分もまちぼうけをくった。里村はもうあきらめているらしかったが、田中はしきりに時計を出して見て、「ちえっ」夕刊の締切に間にあわん。としきりに舌打ちした。
やっとのことで労働者は二人に恐縮そうにお
田中は入れかわって電報取扱口にたった。
里村は田中の原稿を見て、「たっぷり二十分はかかるね」ともうあきらめながら言った。「一寸その間に用たしをして来るよ、どうせ僕の方は夕刊にまにあいっこはないのだから」と云いながら彼は出ていった。
道の二町もいった頃彼はさっきの労働者にあった。
「どうも
彼は十円札をつつんでわたした。
「どうも相すみません」まださっきのつりものこっておりますが、あなたの電報の分が至急報で五円三十銭と、それにわっちゃあ、親類じゅうへ合計十三本も用もない電報をうちましたぜ」
「そりゃどうも有り難う、おかげであの男の方は夕刊に間にあいっこなしだ、なにつりはとっときたまえ」
× × × ×
「要するにあの場合、船から一番先きに降りるものは誰かってことに気がついたのは吾ながら感心だて、船員のうちには必ず船客より先へ降りる者があるってことに気がつくなんざ頭のいいもんだなあ。お蔭で来月あたりは昇給かな。田中の奴、おれが息せききってかけつけたと思っているが、
里村は
(一九二六年二月号)