幸福が遅く来たなら
生田春月
『幸福』よ、巷で出逢つた見知らぬ人よ、
お前の言葉は私に通じない!
冷たい冷たいこの顔が、私の求めてゐたものだらうか?
お前の顔は不思議な親みのないものに見える、
そんなにお前は廿年、遠国をうろついてたんだ、
お前はもはや私の『望』にさへ忘れてしまはれた!
よしやお前が私の許嫁であつたにしても、
あんまり遅く来た『幸福』を誰が信じるものか!
私は蒼ざめた貧しい少女の手に眠る、
少女よ、どんなにお前は軟かく、枕のやうに
夜毎痛む頭をさゝへてくれるだらう!
少女よ、お前の名前は何と云ふ?
もしか『嘆き』と云やせぬか?
そんなら行つて『幸福』に言つてくれ、
お前さんの来るのがあんまり遅いので
もはや私があの人のお嫁になりましたと!
底本:「日本の詩歌 26 近代詩集」中央公論社
1970(昭和45)年4月15日初版発行
1979(昭和54)年11月20日新訂版発行
底本の親本:「霊魂の秋」新潮社
1917(大正6)年12月15日発行
入力:hitsuji
校正:The Creative CAT
2022年4月27日作成
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