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遙に満洲なる森鴎外氏に此の書を献ず
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大寺の香の煙はほそくとも、空にのぼりて
あまぐもとなる、あまぐもとなる。
獅子舞歌
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巻中収むる処の詩五十七章、詩家二十九人、
高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く
詩に象徴を用ゐること、必らずしも近代の創意にあらず、これ或は山岳と共に
訳者
日本詩壇に於ける象徴詩の伝来、日なほ浅く、作未だ多からざるに当て、
欧洲の評壇また今に保守の論を唱ふる者無きにあらず。仏蘭西のブリュンチエル等の如きこれなり。訳者は芸術に対する態度と趣味とに於て、この偏想家と
象徴の用は、これが助を
訳述の法に就ては訳者自ら語るを好まず。只訳詩の覚悟に関して、ロセッティが伊太利古詩翻訳の序に述べたると同一の見を持したりと告白す。異邦の詩文の美を移植せむとする者は、既に成語に富みたる自国詩文の技巧の為め、清新の趣味を犠牲にする事あるべからず。しかも
明治三十八年初秋
上田敏
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海潮音
[#改丁]
海のあなたの静けき国の
春のはつ花、にほひを
あゝ、よろこびのつばくらめ。
黒と白との
春の心の舞姿。
弥生来にけり、
風もろともに、けふ去りぬ。
春の川瀬をかちわたり、
しなだるゝ枝の森わけて、
舞ひつ、歌ひつ、
恋慕の人ぞむれ遊ぶ。
岡に摘む花、
草は香りぬ、君ゆゑに、
素足の「春」の君ゆゑに。
けふは野山も
わだつみの波は輝く
あれ、
あれ、なか
つれなき風は吹きすぎて、
あゝ、南国のぬれつばめ、
「春」のひくおと「春」の手の。
あゝ、よろこびの
黒と白との
舞の足どり教へよと、
しばし招がむ、つばくらめ。
たぐひもあらぬ
イソルダ姫の物語、
飾り
しばしはあれよ、つばくらめ。
かづけの花環こゝにあり、
ひとやにはあらぬ花籠を
給ふあえかの姫君は、
フランチェスカの前ならで、
まことは「春」のめがみ
われはきく、よもすがら、わが胸の上に、君眠る時、
吾は聴く、夜の静寂 に、滴 の落つるを将 、落つるを。
常にかつ近み、かつ遠み、絶間 なく落つるをきく、
夜もすがら、君眠る時、君眠る時、われひとりして。
[#改ページ]吾は聴く、夜の
常にかつ近み、かつ遠み、
夜もすがら、君眠る時、君眠る時、われひとりして。
「夏」の帝 の「真昼時 」は、大野 が原に広ごりて、
白銀色 の布引 に、青天 くだし天降 しぬ。
寂 たるよもの光景 かな。耀く虚空 、風絶えて、
炎 のころも、纏 ひたる地 の熟睡 の静心 。
眼路 眇茫 として極 無く、樹蔭 も見えぬ大野らや、
牧 の畜 の水かひ場 、泉は涸 れて音も無し。
野末遙けき森陰は、裾 の界 の線 黒み、
不動の姿夢重く、寂寞 として眠りたり。
唯熟したる麦の田は黄金海 と連 なりて、
かぎりも波の揺蕩 に、眠るも鈍 と嘲 みがほ、
聖なる地 の安らけき児等 の姿を見よやとて、
畏 れ憚 るけしき無く、日の觴 を嚥 み干しぬ。
また、邂逅 に吐息なす心の熱の穂に出でゝ、
囁声 のそこはかと、鬚長頴 の胸のうへ、
覚めたる波の揺動 や、うねりも貴 におほどかに
起きてまた伏す行末は沙 たち迷ふ雲のはて。
程遠からぬ青草の牧に伏したる白牛 が、
肉置 厚き喉袋 、涎 に濡 らす慵 げさ、
妙 に気高 き眼差 も、世の煩累 に倦 みしごと、
終 に見果てぬ内心の夢の衢 に迷ふらむ。
人よ、爾 の心中を、喜怒哀楽に乱されて、
光明道 の此原 の真昼 を孤 り過ぎゆかば、
がれよ、こゝに万物は、凡 べて虚 ぞ、日は燬 かむ。
ものみな、こゝに命無く、悦 も無し、はた憂無し。
されど涙 や笑声 の惑 を脱し、万象 の
流転 の相 を忘 ぜむと、心の渇 いと切 に、
現身 の世を赦 しえず、はた咀 ひえぬ観念の
眼 放ちて、幽遠の大歓楽を念じなば、
来れ、此地の天日 にこよなき法 の言葉あり、
親み難き炎上 の無間 に沈め、なが思、
かくての後は、濁世の都をさして行くもよし、
物の七 たび涅槃 に浸りて澄みし心もて。
[#改ページ]野末遙けき森陰は、
不動の姿夢重く、
唯熟したる麦の田は
かぎりも波の
聖なる
また、
覚めたる波の
起きてまた伏す行末は
程遠からぬ青草の牧に伏したる
人よ、
ものみな、こゝに命無く、
されど
来れ、此地の
親み難き
かくての後は、濁世の都をさして行くもよし、
物の
夢円 なる滄溟 、濤 の巻曲 の揺蕩 に
夜天 の星の影見えて、小島 の群と輝きぬ。
紫摩黄金 の良夜 は、寂寞 としてまた幽に
奇 しき畏 の満ちわたる海と空との原の上。
無辺の天や無量海、底 ひも知らぬ深淵 は
憂愁の国、寂光土、また譬 ふべし、耀郷 。
墳塋 にして、はた伽藍 、赫灼 として幽遠の
大荒原 の縦横 を、あら、万眼 の魚鱗 や。
青空 かくも荘厳に、大水 更に神寂 びて
大光明の遍照 に、宏大無辺界中 に、
うつらうつらの夢枕、煩悩界 の諸苦患 も、
こゝに通はぬその夢の限も知らず大いなる。
かゝりし程に、粗膚 の蓬起皮 のしなやかに
飢 にや狂ふ、おどろしき深海底 のわたり魚 、
あふさきるさの徘徊 に、身の鬱憂を紛れむと、
南蛮鉄 の腮 をぞ、くわつとばかりに開いたる。
素 より無辺天空を仰ぐにはあらぬ魚の身の、
参 の宿 、みつ星 や、三角星 や天蝎宮 、
無限に曳 ける光芒 のゆくてに思馳 するなく、
北斗星前 、横 はる大熊星 もなにかあらむ。
唯、ひとすぢに、生肉 を噛まむ、砕かむ、割 かばやと、
常の心は、朱 に染み、血の気に欲を湛 へつゝ、
影暗うして水重き潮の底の荒原を、
曇れる眼 、きらめかし、悽惨 として遅々たりや。
こゝ虚 なる無声境 、浮べる物や、泳ぐもの、
生きたる物も、死したるも、此空漠 の荒野 には、
音信 も無し、影も無し。たゞ水先 の小判鮫 、
真黒 の鰭 のひたうへに、沈々として眠るのみ。
行きね妖怪 、なれが身も人間道 に異ならず、
醜悪 、獰猛 、暴戻 のたえて異なるふしも無し。
心安かれ、鱶 ざめよ、明日 や食らはむ人間を、
又さはいへど、汝 が身も、明日や食はれむ、人間に。
聖なる飢 は正法 の永くつゞける殺生業 、
かげ深海 も光明の天 つみそらもけぢめなし。
それ人間も、鱶鮫 も、残害 の徒も、餌食 等も、
見よ、死の神の前にして、二つながらに罪ぞ無き。
[#改ページ]無辺の天や無量海、
憂愁の国、寂光土、また
大光明の
うつらうつらの夢枕、
こゝに通はぬその夢の限も知らず大いなる。
かゝりし程に、
あふさきるさの
無限に
唯、ひとすぢに、
常の心は、
影暗うして水重き潮の底の荒原を、
曇れる
こゝ
生きたる物も、死したるも、此
行きね
心安かれ、
又さはいへど、
聖なる
かげ
それ人間も、
見よ、死の神の前にして、二つながらに罪ぞ無き。
沙漠は丹 の色にして、波漫々 たるわだつみの
音しづまりて、日に燬 けて、熟睡 の床に伏す如く、
不動のうねり、大 らかに、ゆくらゆくらに伝 らむ、
人住むあたり銅 の雲、たち籠むる眼路 のすゑ。
命も音も絶えて無し。餌 に飽きたる唐獅子 も、
百里の遠き洞窟 の奥にや今は眠るらむ。
また岩清水迸 る長沙 の央 、青葉かげ、
豹 も来て飲む椰子森 は、麒麟 が常の水かひ場。
大日輪の走 せ廻 る気重き虚空 鞭 うつて、
羽掻 の音の声高き一鳥 遂に飛びも来ず、
たまたま見たり、蟒蛇 の夢も熱きか円寝 して、
とぐろの綱を動せば、鱗 の光まばゆきを。
一天 霽 れて、そが下に、かゝる炎の野はあれど、
物鬱 として、寂寥 のきはみを尽すをりしもあれ、
皺 だむ象の一群よ、太しき脚の練歩 に、
うまれの里の野を捨てゝ、大沙原 を横に行く。
地平のあたり、一団の褐色 なして、列 なめて、
みれば砂塵を蹴立てつゝ、路無き原を直道 に、
ゆくてのさきの障碍 を、もどかしとてや、力足 、
蹈鞴 しこふむ勢 に、遠 の砂山崩れたり。
導 にたてる年嵩 のてだれの象の全身は
「時」が噛みてし、刻みてし老樹の幹のごと、ひわれ
巨巌の如き大頭 、脊骨 の弓の太しきも、
何の苦も無く自 づから、滑 らかにこそ動くなれ。
歩 遅 むることもなく、急ぎもせずに、悠然と、
塵にまみれし群象をめあての国に導けば、
沙 の畦 くろ、穴に穿 ち、続いて歩むともがらは、
雲突く修験山伏 か、先達 の蹤蹈 でゆく。
耳は扇とかざしたり、鼻は象牙 に介 みたり、
半眼 にして辿 りゆくその胴腹 の波だちに、
息のほてりや、汗のほけ、烟 となつて散乱し、
幾千万の昆虫が、うなりて集 ふ餌食 かな。
饑渇 の攻 や、貪婪 の羽虫 の群 もなにかあらむ、
黒皺皮 の満身の膚 をこがす炎暑をや。
かの故里 をかしまだち、ひとへに夢む、道遠き
眼路 のあなたに生ひ茂げる無花果 の森、象 の邦 。
また忍ぶかな、高山 の奥より落つる長水 に
巨大の河馬 の嘯 きて、波濤たぎつる河の瀬を、
あるは月夜 の清光に白 みしからだ、うちのばし、
水かふ岸の葦蘆 を蹈 み砕きてや、降 りたつを。
かゝる勇猛沈勇の心をきめて、さすかたや、
涯 も知らぬ遠 のすゑ、黒線 とほくかすれゆけば、
大沙原 は今さらに不動のけはひ、神寂 びぬ。
身動 迂 き旅人 の雲のはたてに消ゆる時。
音しづまりて、日に
不動のうねり、
人住むあたり
命も音も絶えて無し。
百里の遠き
また岩清水
大日輪の
たまたま見たり、
とぐろの綱を動せば、
うまれの里の野を捨てゝ、
地平のあたり、一団の
みれば砂塵を蹴立てつゝ、路無き原を
ゆくてのさきの
「時」が噛みてし、刻みてし老樹の幹のごと、ひわれ
巨巌の如き
何の苦も無く
塵にまみれし群象をめあての国に導けば、
雲突く
耳は扇とかざしたり、鼻は
息のほてりや、汗のほけ、
幾千万の昆虫が、うなりて
かの
また忍ぶかな、
巨大の
あるは
水かふ岸の
かゝる勇猛沈勇の心をきめて、さすかたや、
ルコント・ドゥ・リイルの出づるや、哲学に
*
読者の眼頭に
*
*
幾度と無く繰返したる大智識の教話によりて、悲哀は分類結晶して、
*
自家の理論を詩文に発表して、シォペンハウエルの弁証したる仏法の教理を開陳したるは、この詩人の特色ならむ。
エミイル・ヴェルハアレン
[#改ページ]
波の底にも照る日影、神寂 びにたる曙 の
照しの光、亜比西尼亜 、珊瑚の森にほの紅く、
ぬれにぞぬれし深海 の谷 隈 の奥に透入 れば、
輝きにほふ虫のから、命にみつる珠 の華。
沃度 に、塩にさ丹 づらふ海の宝のもろもろは
濡髪 長き海藻 や、珊瑚、海胆 、苔 までも、
臙脂 紫 あかあかと、華奢 のきはみの絵模様に、
薄色ねびしみどり石、蝕 む底ぞ被 ひたる。
鱗 の光のきらめきに白琺瑯 を曇らせて、
枝より枝を横ざまに、何を尋 ぬる一大魚 、
光透入 る水かげに慵 げなりや、もとほりぬ。
忽ち紅火 飄 へる思の色の鰭 ふるひ、
藍 を湛 へし静寂のかげ、ほのぐらき清海波 、
水 揺 りうごく揺曳 は黄金 、真珠、青玉 の色。
[#改ページ]照しの光、
ぬれにぞぬれし
輝きにほふ虫のから、命にみつる
薄色ねびしみどり石、
枝より枝を横ざまに、何を
光
忽ち
さゝらがた錦を張るも、荒妙 の白布 敷くも、
悲しさは墳塋 のごと、楽しさは巣の如しとも、
人生れ、人いの眠り、つま恋ふる凡 べてこゝなり、
をさな児 も、老 も若 も、さをとめも、妻も、夫も。
葬事 、まぐはひほがひ、烏羽玉 の黒十字架 に
浄 き水はふり散らすも、祝福の枝をかざすも、
皆こゝに物は始まり、皆こゝに事は終らむ、
産屋 洩る初日影より、臨終の燭 の火までも、
天 離 る鄙 の伏屋 も、百敷 の大宮内 も、
紫摩金 の栄 を尽して、紅 に朱 に矜 り飾るも、
鈍色 の樫 のつくりや、楓 の木、杉の床にも。
独 り、かの畏 も悔も無く眠る人こそ善けれ、
みおやらの生れし床に、みおやらの失 にし床に、
物古りし親のゆづりの大床 に足を延ばして。
[#改ページ]悲しさは
人生れ、人いの眠り、つま恋ふる
をさな
皆こゝに物は始まり、皆こゝに事は終らむ、
みおやらの生れし床に、みおやらの
物古りし親のゆづりの
身こそたゆまね、憂愁に思は
モゲルがた、パロスの港、船出して、
チパンゴに在りと伝ふる
船の帆も
西の世界の不思議なる
ゆふべゆふべは壮大の
しらぬ火や、
こがね
白妙の帆船の
夢のうちに、農人 曰 く、なが糧 をみづから作れ、
けふよりは、なを養はじ、土を墾 り種を蒔 けよと。
機織 はわれに語りぬ、なが衣 をみづから織れと。
石造 われに語りぬ、いざ鏝 をみづから執 れと。
かくて孤 り人間の群やらはれて解くに由なき
この咒詛 、身にひき纏 ふ苦しさに、みそら仰ぎて、
いと深き憐愍 垂れさせ給へよと、祷 りをろがむ
眼前 、ゆくての途のたゞなかを獅子はふたぎぬ。
ほのぼのとあけゆく光、疑ひて眼 ひらけば、
雄々しかる田つくり男、梯立 に口笛鳴らし、
具 の木 もとゞろ、小山田に種 ぞ蒔きたる。
世の幸 を今はた識 りぬ、人の住むこの現世 に、
誰かまた思ひあがりて、同胞 を凌 ぎえせむや。
其日より吾はなべての世の人を愛しそめけり。
[#改ページ]けふよりは、なを養はじ、土を
かくて
この
いと深き
ほのぼのとあけゆく光、疑ひて
雄々しかる田つくり男、
世の
誰かまた思ひあがりて、
其日より吾はなべての世の人を愛しそめけり。
波路遙けき徒然 の慰草 と船人 は、
八重の潮路の海鳥 の沖の太夫 を生檎 りぬ、
楫 の枕のよき友よ心閑 けき飛鳥 かな、
津 潮騒 すべりゆく舷 近くむれ集 ふ。
たゞ甲板 に据ゑぬればげにや笑止 の極 なる。
この青雲の帝王も、足どりふらゝ、拙 くも、
あはれ、真白き双翼 は、たゞ徒 らに広ごりて、
今は身の仇 、益 も無き二つの櫂 と曳きぬらむ。
天 飛ぶ鳥も、降 りては、やつれ醜き瘠姿 、
昨日 の羽根のたかぶりも、今はた鈍 に痛はしく、
煙管 に嘴 をつゝかれて、心無 には嘲けられ、
しどろの足を摸 ねされて、飛行 の空に憧 がるゝ。
雲居の君のこのさまよ、世の歌人 に似たらずや、
暴風雨 を笑ひ、風凌 ぎ猟男 の弓をあざみしも、
地 の下界 にやらはれて、勢子 の叫に煩へば、
太しき双 の羽根さへも起居 妨 ぐ足まとひ。
[#改ページ]八重の潮路の
たゞ
この青雲の帝王も、足どりふらゝ、
あはれ、真白き
今は身の
しどろの足を
雲居の君のこのさまよ、世の
太しき
時こそ今は水枝 さす、こぬれに花の顫 ふころ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦 みたる眩暈 よ。
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
痍 に悩める胸もどき、ヴィオロン楽 の清掻 や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈 よ、
神輿 の台をさながらの雲悲みて艶 だちぬ。
痍 に悩める胸もどき、ヴィオロン楽 の清掻 や、
闇の涅槃 に、痛ましく悩まされたる優心 。
神輿 の台をさながらの雲悲みて艶 だちぬ、
日や落入りて溺 るゝは、凝 るゆふべの血潮雲 。
闇の涅槃 に、痛ましく悩まされたる優心 、
光の過去のあとかたを尋 めて集むる憐れさよ。
日や落入りて溺るゝは、凝 るゆふべの血潮雲、
君が名残 のたゞ在るは、ひかり輝く聖体盒 。
[#改ページ]花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ
花は薫じて追風に、不断の香の炉に似たり。
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる
闇の
日や落入りて
闇の
光の過去のあとかたを
日や落入りて溺るゝは、
君が
悲しくもまたあはれなり、冬の夜の地炉 の下 に、
燃えあがり、燃え尽きにたる柴の火に耳傾けて、
夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、
過ぎし日のそこはかとなき物思ひやをら浮びぬ。
喉太 の古鐘 きけば、その身こそうらやましけれ。
老 らくの齢 にもめげず、健 やかに、忠 なる声の、
何時 もいつも、梵音 妙 に深くして、穏 どかなるは、
陣営の歩哨 にたてる老兵の姿に似たり。
そも、われは心破れぬ。鬱憂のすさびごこちに、
寒空 の夜 に響けと、いとせめて、鳴りよそふとも、
覚束 な、音 にこそたてれ、弱声 の細音 も哀れ、
哀れなる臨終 の声 は、血の波の湖の岸、
小山なす屍 の下 に、身動 もえならで死 する、
棄てられし負傷 の兵の息絶ゆる終 の呻吟 か。
[#改ページ]燃えあがり、燃え尽きにたる柴の火に耳傾けて、
夜霧だつ闇夜の空の寺の鐘、きゝつゝあれば、
過ぎし日のそこはかとなき物思ひやをら浮びぬ。
陣営の
そも、われは心破れぬ。鬱憂のすさびごこちに、
哀れなる
小山なす
棄てられし
こゝろ自由 なる人間は、とはに賞 づらむ大海を。
海こそ人の鏡なれ。灘 の大波 はてしなく、
水や天 なるゆらゆらは、うつし心の姿にて、
底ひも知らぬ深海 の潮の苦味 も世といづれ。
さればぞ人は身を映 す鏡の胸に飛び入 りて、
眼 に抱き腕にいだき、またある時は村肝 の
心もともに、はためきて、潮騒 高く湧くならむ、
寄せてはかへす波の音 の、物狂ほしき歎息 に。
海も爾 もひとしなみ、不思議をつゝむ陰なりや。
人よ、爾 が心中 の深淵探 りしものやある。
海よ、爾 が水底 の富を数へしものやある。
かくも妬 げに秘事 のさはにもあるか、海と人。
かくて劫初 の昔より、かくて無数の歳月を、
慈悲悔恨の弛 無く、修羅 の戦 酣 に、
げにも非命と殺戮 と、なじかは、さまで好 もしき、
噫 、永遠のすまうどよ、噫、怨念 のはらからよ。
[#改ページ]海こそ人の鏡なれ。
水や
底ひも知らぬ
さればぞ人は身を
心もともに、はためきて、
寄せてはかへす波の
海も
人よ、
海よ、
かくも
かくて
慈悲悔恨の
げにも非命と
並んでとまる梟は
昔の神をいきうつし、
なにを思ひに暮がたの
傾く
鳥のふりみて達人は
道の
世に
現代の悲哀はボドレエルの詩に異常の発展を遂げたり。人或は一見して云はむ、これ僅に悲哀の名を変じて
*
先人の多くは、悩心地定かならぬままに、自然に対する心中の愁訴を、自然その物に捧げて、尋常の失意に泣けども、ボドレエルは然らず。彼は都府の子なり。
エミイル・ヴェルハアレン
ボドレエル氏よ、君は芸術の天にたぐひなき凄惨の光を与へぬ。即ち未だ
ヴィクトル・ユウゴオ
[#改ページ]
主は讃 むべき哉 、無明 の闇や、憎 多き
今の世にありて、われを信徒となし給ひぬ。
願はくは吾に与へよ、力と沈勇とを。
いつまでも永く狗子 のやうに従ひてむ。
生贄 の羊、その母のあと、従ひつつ、
何の苦もなくて、牧草を食 み、身に生 ひたる
羊毛のほかに、その刻 来ぬれば、命をだに
惜まずして、主に奉る如くわれもなさむ。
また魚とならば、御子 の頭字 象 りもし、
驢馬 ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、
はた、わが肉より禳 ひ給ひし豕 を見いづ。
げに末 つ世の反抗表裏の日にありては
人間よりも、畜生の身ぞ信深くて
心素直 にも忍辱 の道守るならむ。
[#改ページ]今の世にありて、われを信徒となし給ひぬ。
願はくは吾に与へよ、力と沈勇とを。
いつまでも永く
何の苦もなくて、牧草を
羊毛のほかに、その
惜まずして、主に奉る如くわれもなさむ。
また魚とならば、
はた、わが肉より
げに
人間よりも、畜生の身ぞ信深くて
心
常によく見る夢ながら、奇 やし、懐 かし、身にぞ染む。
曾ても知らぬ女 なれど、思はれ、思ふかの女 よ。
夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、異 りて、
また異らぬおもひびと、わが心根 や悟りてし。
わが心根を悟りてしかの女 の眼に胸のうち、
噫 、彼女 にのみ内証 の秘めたる事ぞなかりける。
蒼ざめ顔のわが額 、しとゞの汗を拭ひ去り、
涼しくなさむ術 あるは、玉の涙のかのひとよ。
栗色髪のひとなるか、赤髪 のひとか、金髪か、
名をだに知らね、唯思ふ朗ら細音 のうまし名は、
うつせみの世を疾 く去りし昔の人の呼名 かと。
つくづく見入る眼差 は、匠 が彫 りし像の眼か、
澄みて、離れて、落居 たる其音声 の清 しさに、
無言 の声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。
[#改ページ]曾ても知らぬ
夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、
また異らぬおもひびと、わが
わが心根を悟りてしかの
蒼ざめ顔のわが
涼しくなさむ
栗色髪のひとなるか、
名をだに知らね、唯思ふ朗ら
うつせみの世を
つくづく見入る
澄みて、離れて、
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
訳者
[#改ページ]髪おどろ色蒼ざめて、降る雨を、
エホバよりカインは
夕闇の落つるがまゝに
妻は
「
広大の
物陰の奥より、ひしと、みいりたるに、
わなゝきて「未だ近し」と叫びつつ、
もくねんと、ゆくへも知らに
かゝなべて、日には
色変へて、風の
やらはれの、
眠なく
後の世のアシュルの国、海のほとり、
とゞまらむ。この世のはてに今ぞ来し、
いざ」と、いへば、陰雲暗きめぢのあなた、
いつも、いつも、
おそれみに身も世もあらず、
「隠せよ」と叫ぶ
沙漠の地、毛織の幕に住居する
後の世のうからのみおやヤバルにぞ
「このむたに幕ひろげよ」と命ずれば、
ひるがへる布の高壁めぐらして
鉛もて地に固むるに、金髪の
孫むすめ曙のチラは語りぬ。
「かくすれば、はや何も見給ふまじ」と。
「否なほも
ゆきめぐる
「おのれ今固き守や設けむ」と。
そがなかに隠しぬれども、
「いつも、いつも
「恐しき塔をめぐらし、近よりの
難きやうにすべし。
その
宏大の
野辺かけて
石にくみ、
塔影は野を暗うして、その壁ぞ
山のごと厚くなりける。工成りて
戸を固め、
刻める文字を眺むれば「このうちに
神はゆめ入る可からず」と、ゑりにたり。
さて親は
憂愁のやつれ姿ぞいぢらしき。
「おほぢ君、眼は消えしや」と、チラの問へば、
「否、そこに今もなほ在り」と、カインいふ。
「
地の下にわれは住はむ。何物も
われを見じ、
さてこゝに
たゞひとり
物陰の座にうちかくる、ひたおもて、
ユウゴオの趣味は典雅ならず、性情奔放にして
訳者
[#改ページ]
さても千八百九年、サラゴサの戦、
われ時に軍曹なりき。此日惨憺 を極む。
街既に落ちて、家を囲むに、
閉ぢたる戸毎に不順の色見え、
鉄火、窓より降りしきれば、
「憎 つくき僧徒の振舞」と
かたみに低く罵 りつ。
明方 よりの合戦に
眼は硝煙に血走りて、
舌には苦 がき紙筒 を
噛み切る口の黒くとも、
奮闘の気はいや益 しに、
勢猛 に追ひ迫り、
黒衣長袍 ふち広き帽を狙撃 す。
狭き小路 の行進に
とざま、かうざま顧みがち、
われ軍曹の任 にしあれば、
精兵従へ推しゆく折りしも、
忽然 として中天 赤く、
鉱炉 の紅舌 さながらに、
虐殺せらるゝ婦女の声、
遙かには轟々 の音 とよもして、
歩毎に伏屍 累々 たり。
屈 でくゞる軒下を
出でくる時は銃剣の
鮮血淋漓 たる兵が、
血紅 に染みし指をもて、
壁に十字を書置くは、
敵潜 めるを示すなり。
鼓うたせず、足重く、
将校たちは色曇り、
さすが、手練 の旧兵 も、
落居ぬけはひに、寄添ひて、
新兵もどきの胸さわぎ。
忽ち、とある曲角 に、
援兵と呼ぶ仏語の一声、
それ、戦友の危急ぞと、
駆けつけ見れば、きたなしや、
日常 は猛 けき勇士等も、
精舎 の段の前面に
たゞ僧兵の二十人、
円頂 の黒鬼 に、くひとめらる。
真白の十字胸につけ、
靴無き足の凜々 しさよ、
血染の腕 巻きあげて、
大十字架にて、うちかゝる。
惨絶、壮絶。それと一斉射撃にて、
やがては掃蕩 したりしが、
冷然として、残忍に、軍は倦 みたり。
皆心中に疾 しくて、
とかくに殺戮 したれども、
醜行已 に為し了 はり、
密雲漸く散ずれば、
積みかさなれる屍 より
階 かけて、紅 流れ、
そのうしろ楼門聳 ゆ、巍然 として鬱たり。
燈明 くらがりに金色 の星ときらめき、
香炉かぐはしく、静寂 の香 を放ちぬ。
殿上、奥深く、神壇に対 ひ、
歌楼 のうち、やさけびの音 しらぬ顔、
蕭 やかに勤行 営む白髪長身の僧。
噫 けふもなほ俤 にして浮びこそすれ。
モオル廻廊の古院、
黒衣僧兵のかばね、
天日、石だたみを照らして、
紅流に烟 たち、
朧々 たる低き戸の框 に、
立つや老僧。
神壇龕 のやうに輝き、
唖然 としてすくみしわれらのうつけ姿。
げにや当年の己は
空恐ろしくも信心無く、
或日精舎 の奪掠 に
負けじ心の意気張づよく
神壇近き御燈 に
煙草つけたる乱行者 、
上反鬚 に気負 みせ、
一歩も譲らぬ気象のわれも、
たゞ此僧の髪白く白く
神寂 びたるに畏 みぬ。
「打て」と士官は号令す。
誰有 て動く者無し。
僧は確に聞きたらむも、
さあらぬ素振 神々 しく、
聖水大盤 を捧げてふりむく。
ミサ礼拝 半 に達し、
司僧 むき直る祝福の時、
腕 は伸べて鶴翼 のやう、
衆皆 一歩たじろきぬ。
僧はすこしもふるへずに
信徒の前に立てるやう、
妙音澱 なく、和讃 を咏じて、
「帰命頂礼 」の歌、常に異らず、
声もほがらに、
「全能の神、爾等 を憐み給ふ。」
またもや、一声あらゝかに
「うて」と士官の号令に
進みいでたる一卒は
隊中有名 の卑怯者、
銃執 りなほして発砲す。
老僧、色は蒼 みしが、
沈勇の眼 明らかに、
祈りつゞけぬ、
「父と子と」
続いて更に一発は、
狂気のさたか、血迷 か、
とかくに業 は了 りたり。
僧は隻腕 、壇にもたれ、
明 いたる手にて祝福し、
黄金盤 も重たげに、
虚空 に恩赦 の印 を切りて、
音声 こそは微 なれ、
闃 たる堂上とほりよく、
瞑目 のうち述ぶるやう、
「聖霊と。」
かくて仆 れぬ、礼拝 の事了りて。
盤 は三度び、床上 に跳りぬ。
事に慣れたる老兵も、
胸に鬼胎 をかき抱き
足に兵器を投げ棄てて
われとも知らず膝つきぬ、
醜行のまのあたり、
殉教僧のまのあたり。
聊爾 なりや「アアメン」と
うしろに笑ふ、わが隊の鼓手。
[#改ページ]われ時に軍曹なりき。此日
街既に落ちて、家を囲むに、
閉ぢたる戸毎に不順の色見え、
鉄火、窓より降りしきれば、
「
かたみに低く
眼は硝煙に血走りて、
舌には
噛み切る口の黒くとも、
奮闘の気はいや
狭き
とざま、かうざま顧みがち、
われ軍曹の
精兵従へ推しゆく折りしも、
虐殺せらるゝ婦女の声、
遙かには
歩毎に
出でくる時は銃剣の
鮮血
壁に十字を書置くは、
敵
鼓うたせず、足重く、
将校たちは色曇り、
さすが、
落居ぬけはひに、寄添ひて、
新兵もどきの胸さわぎ。
忽ち、とある
援兵と呼ぶ仏語の一声、
それ、戦友の危急ぞと、
駆けつけ見れば、きたなしや、
たゞ僧兵の二十人、
真白の十字胸につけ、
靴無き足の
血染の
大十字架にて、うちかゝる。
惨絶、壮絶。それと一斉射撃にて、
やがては
冷然として、残忍に、軍は
皆心中に
とかくに
醜行
密雲漸く散ずれば、
積みかさなれる
そのうしろ楼門
香炉かぐはしく、
殿上、奥深く、神壇に
モオル廻廊の古院、
黒衣僧兵のかばね、
天日、石だたみを照らして、
紅流に
立つや老僧。
神壇
げにや当年の己は
空恐ろしくも信心無く、
或日
負けじ心の意気張づよく
神壇近き
煙草つけたる
一歩も譲らぬ気象のわれも、
たゞ此僧の髪白く白く
「打て」と士官は号令す。
誰
僧は確に聞きたらむも、
さあらぬ
聖水
ミサ
僧はすこしもふるへずに
信徒の前に立てるやう、
妙音
「
声もほがらに、
「全能の神、
またもや、一声あらゝかに
「うて」と士官の号令に
進みいでたる一卒は
隊中
老僧、色は
沈勇の
祈りつゞけぬ、
「父と子と」
続いて更に一発は、
狂気のさたか、
とかくに
僧は
「聖霊と。」
かくて
事に慣れたる老兵も、
胸に
足に兵器を投げ棄てて
われとも知らず膝つきぬ、
醜行のまのあたり、
殉教僧のまのあたり。
うしろに笑ふ、わが隊の鼓手。
ながれのきしのひともとは、
みそらのいろのみづあさぎ、
なみ、ことごとく、くちづけし
はた、ことごとく、わすれゆく。
[#改ページ]みそらのいろのみづあさぎ、
なみ、ことごとく、くちづけし
はた、ことごとく、わすれゆく。
山のあなたの空遠く
「幸 」住むと人のいふ。
噫 、われひとゝ尋 めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸 」住むと人のいふ。
[#改ページ]「
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「
森は今、花さきみだれ
艶 なりや、五月 たちける。
神よ、擁護 をたれたまへ、
あまりに幸 のおほければ。
やがてぞ花は散りしぼみ、
艶 なる時も過ぎにける。
神よ擁護 をたれたまへ、
あまりにつらき災 な来 そ。
[#改ページ]神よ、
あまりに
やがてぞ花は散りしぼみ、
神よ
あまりにつらき
けふつくづくと眺むれば、
悲 の色口 にあり。
たれもつらくはあたらぬを、
なぜに心の悲める。
秋風 わたる青木立
葉なみふるひて地にしきぬ。
きみが心のわかき夢
秋の葉となり落ちにけむ。
[#改ページ]たれもつらくはあたらぬを、
なぜに心の悲める。
葉なみふるひて地にしきぬ。
きみが心のわかき夢
秋の葉となり落ちにけむ。
ふたりを「時」がさきしより、
昼は事なくうちすぎぬ。
よろこびもなく悲まず、
はたたれをかも怨むべき。
されど夕闇おちくれて、
星の光のみゆるとき、
病の床のちごのやう、
心かすかにうめきいづ。
[#改ページ]昼は事なくうちすぎぬ。
よろこびもなく悲まず、
はたたれをかも怨むべき。
されど夕闇おちくれて、
星の光のみゆるとき、
病の床のちごのやう、
心かすかにうめきいづ。
子守歌風に浮びて、
暖かに日は照りわたり、
田の麦は足穂 うなだれ、
茨 には紅き果 熟し、
野面 には木の葉みちたり。
いかにおもふ、わかきをみなよ。
[#改ページ]暖かに日は照りわたり、
田の麦は
いかにおもふ、わかきをみなよ。
つくづくみれば、そゞろ、あはれ、
かしらや撫でゝ、花の身の
いつまでも、かくは清らなれと、
いつまでも、かくは妙にあれと、
いのらまし、花のわがめぐしご。
ルビンスタインのめでたき楽譜に合せて、ハイネの名歌を訳したり。原の意を
訳者
[#改ページ]おもわに
すゑの近さも。
敵の
それ、旅は果て、峯は尽きて、
唯、すゑの
なほひと
なまじひに
否
いにしへの
そも勇者には、
ほそりゆき、
そのとき
あはれ、心の心とや、
そのほかは神のまにまに。
春来れば、
つと走る光、そらいろ、
村雲のしがむみそらも、
こゝかしこ、
やれやれて影はさやけし、
ひとつ星。
うつし世の命を
めぐらせど、
こぼれいづる神のゑまひか、
君がおも。
親しくもあるか、
さて
この教こそ神 ながら旧 るき真 の道と知れ。
翁 びし「地 」の知りて笑 む世の試 ぞかやうなる。
愛を捧げて価値 あるものゝみをこそ愛しなば、
愛は完 たき益にして、必らずや、身の利とならむ。
思 の痛み、苦みに卑 しきこゝろ清めたる
なれ自らを地に捧げ、酬 は高き天 に求めよ。
[#改ページ]愛を捧げて
愛は
なれ自らを地に捧げ、
時は春、
日は朝 、
朝 は七時、
片岡 に露みちて、
揚雲雀 なのりいで、
蝸牛 枝 に這 ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
[#改ページ]日は
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
蜜蜂の嚢 にみてる一歳 の香 も、花も、
宝玉の底に光れる鉱山 の富も、不思議も、
阿古屋貝 映 し蔵 せるわだつみの陰も、光も、
香 、花、陰、光、富、不思議及ぶべしやは、
玉 よりも輝く真 、
珠 よりも澄みたる信義、
天地 にこよなき真 、澄みわたる一 の信義は
をとめごの清きくちづけ。
宝玉の底に光れる
をとめごの清きくちづけ。
ブラウニングの楽天説は、既に二十歳の作「ポオリイン」に
訳者
[#改ページ]風にもめげぬ
またはジュノウのまぶたより、
ヴィイナス
なほ
照る日の神も仰ぎえで
これも
それにひきかへ
百合もいろいろあるなかに、
あゝ、今は無し、しよんがいな。
心をとめて窺 へば花自 ら教あり。
朝露の野薔薇 のいへる、
「艶 なりや、われらの姿、
刺 に生 ふる色香 とも知れ。」
麦生 のひまに罌粟 のいふ、
「せめては紅 きはしも見よ、
そばめられたる身なれども、
験 ある露の薬水を
盛 りさゝげたる盃 ぞ。」
この時、百合は追風に、
「見よ、人、われは言葉なく
法を説くなり。」
みづからなせる葉陰より、
声もかすかに菫草 、
「人はあだなる香 をきけど、
われらの示す教 暁 らじ。」
[#改ページ]朝露の
「
「せめては
そばめられたる身なれども、
この時、百合は追風に、
「見よ、人、われは言葉なく
法を説くなり。」
みづからなせる葉陰より、
声もかすかに
「人はあだなる
われらの示す
小曲は刹那をとむる銘文 、また譬 ふれば、
過ぎにしも過ぎせぬ過ぎしひと時に、劫 の「心」の
捧げたる願文 にこそ。光り匂ふ法 の会 のため、
祥 もなき預言 のため、折からのけぢめはあれど、
例 も例 も堰 きあへぬ思 豊かにて切 にあらなむ。
「日 」の歌は象牙にけづり、「夜 」の歌は黒檀に彫 り、
頭 なる華 のかざしは輝きて、阿古屋 の珠 と、
照りわたるきらびの栄 の臈 たさを「時 」に示せよ。
小曲は古泉 の如く、そが表 、心あらはる、
うらがねをいづれの力しろすとも。あるは「命 」の
威力あるもとめの貢 、あるはまた貴 に妙 なる
「恋」の供奉 にかづけの纏頭 と贈らむも、よし遮莫
三瀬川 、船はて処 、陰 暗き伊吹 の風に、
「死」に払ふ渡 のしろと、船人 の掌 にとらさむも。
[#改ページ]過ぎにしも過ぎせぬ過ぎしひと時に、
捧げたる
「
照りわたるきらびの
小曲は
うらがねをいづれの力しろすとも。あるは「
威力あるもとめの
「恋」の
「死」に払ふ
心のよしと定 めたる「力」かずかず、たぐへみれば、
「真 」の唇 はかしこみて「望 」の眼 、天 仰 ぎ
「誉 」は翼 、音高 に埋火 の「過去 」煽 ぎぬれば
飛火 の焔 、紅々 と炎上 のひかり忘却の
去 なむとするを驚 し、飛 び翔 けるをぞ控へたる。
また後朝 に巻きまきし玉の柔手 の名残よと、
黄金 くしげのひとすぢを肩に残しゝ「若き世」や
「死出 」の挿頭 と、例 も例 もあえかの花を編む「命」。
「恋」の玉座 は、さはいへど、そこにしも在 じ、空遠く、
逢瀬 、別 の辻風 のたち迷ふあたり、離 りたる
夢も通はぬ遠 つぐに、無言 の局 奥深 く、
設けられたり。たとへそれ、「真 」は「恋」の真心 を
夙 に知る可く、「望 」こそそを預言 し、「誉 」こそ
そがためによく、「若き世」めぐし、「命」惜 しとも。
[#改ページ]「
「
また
「
「恋」の
夢も通はぬ
設けられたり。たとへそれ、「
そがためによく、「若き世」めぐし、「命」
草うるはしき岸の上 に、いと美 はしき君が面 、
われは横 へ、その髪を二つにわけてひろぐれば、
うら若草のはつ花も、はな白 みてや、黄金 なす
みぐしの間 のこゝかしこ、面映 げにも覗 くらむ。
去年 とやいはむ今年とや年の境 もみえわかぬ
けふのこの日や「春」の足、半 たゆたひ、小李 の
葉もなき花の白妙 は雪間がくれに迷 はしく、
「春」住む庭の四阿屋 に風の通路 ひらけたり。
されど卯月 の日の光、けふぞ谷間に照りわたる。
仰ぎて眼 閉ぢ給へ、いざくちづけむ君が面、
水枝 小枝 にみちわたる「春」をまなびて、わが恋よ、
温かき喉 、熱き口、ふれさせたまへ、けふこそは、
契 もかたきみやづかへ、恋の日なれや。冷かに
つめたき人は永久 のやらはれ人と貶 し憎まむ。
[#改ページ]われは
うら若草のはつ花も、はな
みぐしの
けふのこの日や「春」の足、
葉もなき花の
「春」住む庭の
されど
仰ぎて
温かき
つめたき人は
心も空に奪はれて物のあはれをしる人よ、
今わが述ぶる言の葉の君の傍 に近づかば
心に思ひ給ふこと応 へ給ひね、洩れなくと、
綾 に畏 こき大御神 「愛」の御名 もて告げまつる。
さても星影きらゝかに、更 け行く夜 も三つ一つ
ほとほと過ぎし折しもあれ、忽ち四方 は照渡り、
「愛」の御姿 うつそ身に現はれいでし不思議さよ。
おしはかるだに、その性 の恐しときく荒神 も
御気色 いとゞ麗はしく在 すが如くおもほえて、
御手 にはわれが心 の臓 、御腕 には貴 やかに
あえかの君の寝姿 を、衣 うちかけて、かい抱 き、
やをら動かし、交睫 の醒 めたるほどに心 の臓 、
さゝげ進むれば、かの君も恐る恐るに聞 しけり。
「愛」は乃 ち馳 せ去 りつ、馳せ走りながら打泣きぬ。
[#改ページ]今わが述ぶる言の葉の君の
心に思ひ給ふこと
さても星影きらゝかに、
ほとほと過ぎし折しもあれ、忽ち
「愛」の
おしはかるだに、その
あえかの君の
やをら動かし、
さゝげ進むれば、かの君も恐る恐るに
「愛」は
ほのぐらき黄金 隠沼 、
骨蓬 の白くさけるに、
静かなる鷺の羽風は
徐 に影を落しぬ。
水の面 に影は漂 ひ、
広ごりて、ころもに似たり。
天 なるや、鳥の通路 、
羽ばたきの音もたえだえ。
漁子 のいと賢 しらに
清らなる網をうてども、
空 翔 ける奇 しき翼の
おとなひをゆめだにしらず。
また知らず日に夜 をつぎて
溝 のうち泥土 の底
鬱憂の網に待つもの
久方 の光に飛ぶを。
静かなる鷺の羽風は
水の
広ごりて、ころもに似たり。
羽ばたきの音もたえだえ。
清らなる網をうてども、
おとなひをゆめだにしらず。
また知らず日に
鬱憂の網に待つもの
ボドレエルにほのめきヴェルレエヌに現はれたる詩風はここに至りて、
訳者
[#改ページ]
夕日の国は野も山も、その「平安」や「寂寥 」の
黝 の色の毛布 もて掩 へる如く、物寂 びぬ。
万物凡 て整 ふり、折りめ正しく、ぬめらかに、
物の象 も筋めよく、ビザンチン絵 の式 の如 。
時雨 村雨 、中空 を雨の矢数 につんざきぬ。
見よ、一天は紺青 の伽藍 の廊 の色にして、
今こそ時は西山 に入日傾く夕まぐれ、
日の金色 に烏羽玉 の夜 の白銀 まじるらむ。
めぢの界 に物も無し、唯遠長 き並木路、
路に沿ひたる樫 の樹 は、巨人の列 の佇立 、
疎 らに生 ふる箒木 や、新墾 小田 の末かけて、
鋤 休めたる野 らまでも領 ずる顔の姿かな。
木立 を見れば沙門等 が野辺 の送 の営 に、
夕暮がたの悲を心に痛み歩むごと、
また古 の六部等 が後世 安楽の願かけて、
霊場詣 、杖重く、番 の御寺 を訪ひしごと。
赤々として暮れかゝる入日の影は牡丹花 の
眠れる如くうつろひて、河添 馬道 開けたり。
噫 、冬枯や、法師めくかの行列を見てあれば、
たとしへもなく静かなる夕 の空に二列 、
瑠璃 の御空 の金砂子 、星輝ける神前に
進み近づく夕づとめ、ゆくてを照らす星辰は
壇に捧ぐる御明 の大燭台 の心 にして、
火こそみえけれ、其棹 の閻浮提金 ぞ隠れたる。
[#改ページ]万物
物の
見よ、一天は
今こそ時は
日の
めぢの
路に沿ひたる
夕暮がたの悲を心に痛み歩むごと、
また
赤々として暮れかゝる入日の影は
眠れる如くうつろひて、
たとしへもなく静かなる
進み近づく夕づとめ、ゆくてを照らす星辰は
壇に捧ぐる
火こそみえけれ、其
ほらあなめきし落窪 の、
夢も曇るか、こもり沼 は、
腹しめすまで浸りたる
まだら牡牛の水かひ場 。
坂くだりゆく牧 がむれ、
牛は練 りあし、馬は 、
時しもあれや、落日に
嘯 き吼 ゆる黄牛 よ。
日のかぐろひの寂寞 や、
色も、にほひも、日のかげも、
梢 のしづく、夕栄 も。
靄 は刈穂 のはふり衣 、
夕闇とざす路 遠み、
牛のうめきや、断末魔。
[#改ページ]夢も曇るか、こもり
腹しめすまで浸りたる
まだら牡牛の水かひ
坂くだりゆく
牛は
時しもあれや、落日に
日のかぐろひの
色も、にほひも、日のかげも、
夕闇とざす
牛のうめきや、断末魔。
北に面 へるわが畏怖 の原の上に、
牧羊の翁 、神楽月 、角 を吹く。
物憂き羊小舎 のかどに、すぐだちて、
災殃 のごと、死の羊群を誘ふ。
きし方 の悔 をもて築きたる此小舎 は
かぎりもなき、わが憂愁の邦 に在りて、
ゆく水のながれ薄荷莢 におほはれ、
いざよひの波も重きか、蜘手 に澱 む。
肩に赤十字ある墨染 の小羊よ、
色もの凄き羊群も長棹 の鞭に
撻 れて帰る、たづたづし、罪のねりあし。
疾風 に歌ふ牧羊の翁、神楽月よ、
今、わが頭 掠 めし稲妻の光に
この夕 おどろおどろしきわが命かな。
[#改ページ]牧羊の
物憂き
きし
かぎりもなき、わが憂愁の
ゆく水のながれ
いざよひの波も重きか、
肩に赤十字ある
色もの凄き羊群も
今、わが
この
石は叫び
驕慢の
虚空は震ひ、労役のたぎち
好むや、
あはれ
悲みて夢うつら
つゝむ火焔の帯の停車場。
なが胸を焦す
この
千万の
満身すべて
意志あへなくも狂瀾にのまれをはんぬ。
廊下のあなた、かたことゝ、
「時」の
これや
花形模様色
人の
これや
うち沈みたるねび声に
これや
冷たき壁に封じたる
「時」の
これぞ
げに
あるは、
夕暮がたの蕭 やかさ、燈火 無き室 の蕭 やかさ。
かはたれ刻 は蕭やかに、物静かなる死の如く、
朧々 の物影のやをら浸み入り広ごるに、
まづ天井の薄明 、光は消えて日も暮れぬ。
物静かなる死の如く、微笑 作るかはたれに、
曇れる鏡よく見れば、別 の手振 うれたくも
わが俤 は蕭 やかに辷 り失 せなむ気色 にて、
影薄れゆき、色蒼 み、絶えなむとして消 つべきか。
壁に掲 けたる油画 に、あるは朧 に色褪 めし、
框 をはめたる追憶 の、そこはかとなく留まれる
人の記憶の図 の上に心の国の山水 や、
筆にゑがける風景の黒き雪かと降り積る。
夕暮がたの蕭 やかさ。あまりに物のねびたれば、
沈める音 の絃 の器 に、 をかけたる思にて、
無言 を辿 る恋 なかの深き二人 の眼差 も、
花毛氈 の唐草 に絡 みて縒 るゝ夢心地 。
いと徐 ろに日の光陰 ろひてゆく蕭 やかさ。
文目 もおぼろ、蕭やかに、噫 、蕭やかに、つくねんと、
沈黙 の郷 の偶座 は一つの香 にふた色の
匂 交 れる思にて、心は一つ、えこそ語らね。
[#改ページ]かはたれ
まづ天井の
物静かなる死の如く、
曇れる鏡よく見れば、
わが
影薄れゆき、
壁に
人の記憶の
筆にゑがける風景の黒き雪かと降り積る。
夕暮がたの
沈める
花
いと
夕まぐれ、森の小路 の四辻 に
夕まぐれ、風のもなかの逍遙 に、
竈 の灰や、歳月 に倦 み労 れ来て、
定業 のわが行末もしらま弓、
杖と佇 む。
路 のゆくてに「日」は多し、
今更ながら、行きてむか。
ゆふべゆふべの旅枕、
水こえ、山こえ、夢こえて、
つひのやどりはいづかたぞ。
そは玄妙の、静寧 の「死」の大神 が、
わがまなこ、閉ぢ給ふ国、
黄金 の、浦安の妙 なる封 に。
高樫 の寂寥 の森の小路よ。
岩角に懈怠 よろぼひ、
きり石に足弱 悩み、
歩む毎 、
きしかたの血潮流れて、
木枯 の颯々 たりや、高樫 に。
噫 、われ倦 みぬ。
赤楊 の落葉 の森の小路よ。
道行く人は木葉 なす、
蒼ざめがほの耻 のおも、
ぬかりみ迷ひ、群れゆけど、
かたみに避けて、よそみがち。
泥濘 の、したゝりの森の小路よ、
憂愁 を風は葉並に囁きぬ。
しろがねの、月代 の霜さゆる隠沼 は
たそがれに、この道のはてに澱 みて
げにこゝは「鬱憂」の
鬼が栖 む国。
秦皮 の、真砂 、いさごの、森の小路よ、
微風 も足音たてず、
梢 より梢にわたり、
山蜜 の色よき花は
金色 の砂子 の光、
おのづから曲れる路は
人さらになぞへを知らず、
このさきの都のまちは
まれびとを迎ふときゝぬ。
いざ足をそこに止めむか。
あなくやし、われはえゆかじ。
他の生 の途 のかたはら、
「物影」の亡骸 守る
わが「願 」の通夜 を思へば。
高樫 の路われはゆかじな、
秦皮 や、赤楊 の路 、
日のかたや、都のかたや、水のかた、
なべてゆかじな。
噫 、小路 、
血やにじむわが足のおと、
死したりと思ひしそれも、
あはれなり、もどり来たるか、
地響 のわれにさきだつ。
噫、小路、
安逸の、醜辱 の、驕慢の森の小路よ、
あだなりしわが世の友か、吹風 は、
高樫 の木下蔭 に
声はさやさや、
涙 さめざめ。
あな、あはれ、きのふゆゑ、夕暮悲し、
あな、あはれ、あすゆゑに、夕暮苦し、
あな、あはれ、身のゆゑに、夕暮重し。
[#改ページ]夕まぐれ、風のもなかの
杖と
今更ながら、行きてむか。
ゆふべゆふべの旅枕、
水こえ、山こえ、夢こえて、
つひのやどりはいづかたぞ。
そは玄妙の、
わがまなこ、閉ぢ給ふ国、
岩角に
きり石に
歩む
きしかたの血潮流れて、
道行く人は
蒼ざめがほの
ぬかりみ迷ひ、群れゆけど、
かたみに避けて、よそみがち。
しろがねの、
たそがれに、この道のはてに
げにこゝは「鬱憂」の
鬼が
おのづから曲れる路は
人さらになぞへを知らず、
このさきの都のまちは
まれびとを迎ふときゝぬ。
いざ足をそこに止めむか。
あなくやし、われはえゆかじ。
他の
「物影」の
わが「
日のかたや、都のかたや、水のかた、
なべてゆかじな。
血やにじむわが足のおと、
死したりと思ひしそれも、
あはれなり、もどり来たるか、
噫、小路、
安逸の、
あだなりしわが世の友か、
声はさやさや、
あな、あはれ、きのふゆゑ、夕暮悲し、
あな、あはれ、あすゆゑに、夕暮苦し、
あな、あはれ、身のゆゑに、夕暮重し。
いづれは「夜 」に入る人の
をさな心も青春も、
今はた過ぎしけふの日や、
従容 として、ひとりきく、
「冬篳篥 」にさきだちて、
「秋」に響かふ「夏笛」を。
(現世 にしては、ひとつなり、
物のあはれも、さいはひも。)
あゝ、聞け、楽 のやむひまを
「長月姫 」と「葉月姫 」、
なが「憂愁」と「歓楽」と
語らふ声の蕭 やかさ。
(熟しうみたるくだものゝ
つはりて枝や撓 むらむ。)
あはれ、微風 、さやさやと
伊吹 のすゑは木枯 を
誘ふと知れば、憂 かれども、
けふ木枯 もそよ風も
口ふれあひて、熟睡 せり。
森蔭はまだ夏緑 、
夕まぐれ、空より落ちて、
笛の音 は山鳩よばひ、
「夏」の歌「秋」を揺 りぬ。
曙 の美しからば、
その昼は晴れわたるべく、
心だに優しくあらば、
身の夜 も楽しかるらむ。
ほゝゑみは口のさうび花 、
もつれ髪 、髷 にゆふべく、
真清水 やいつも澄みたる。
あゝ人よ、「愛」を命の法 とせば、
星や照らさむ、なが足を、
いづれは「夜 」に入らむ時。
[#改ページ]をさな心も青春も、
今はた過ぎしけふの日や、
「
「秋」に響かふ「夏笛」を。
(
物のあはれも、さいはひも。)
あゝ、聞け、
「
なが「憂愁」と「歓楽」と
語らふ声の
(熟しうみたるくだものゝ
つはりて枝や
あはれ、
誘ふと知れば、
けふ
口ふれあひて、
森蔭はまだ
夕まぐれ、空より落ちて、
笛の
「夏」の歌「秋」を
その昼は晴れわたるべく、
心だに優しくあらば、
身の
ほゝゑみは口のさうび
もつれ
あゝ人よ、「愛」を命の
星や照らさむ、なが足を、
いづれは「
あらはれ浮ぶわが「
命の朝のかしまだち、
今、たそがれのおとろへを
顔
思ひかねつゝ、またみるに、
避けて、よそみて、うなだるゝ、
あら、なつかしのわが「想」。
げにこそ思へ、「時」の山、
山越えいでて、さすかたや、
「命」の里に、もとほりし
なが足音もきのふかな。
さて、いかにせし、盃に
水やみちたる。としごろの
あな
とこしへの
いと
ゆびさせる其足もとに、
つぎなる
こはすさまじき姿かな。
そのかみの
みだれ
酒の
あな
さて、また次のなれが
みれば
指組み絞り胸隠す
毒ながすなるくち
また「驕慢」に
なが獲物をと、うらどふに、
えび
又、なにものぞ、ほてりたる
もろ手ひろげて「
らうがはしくも走りしは。
酔狂の
唇を噛み破られて、
満面に
われを
あはれ、
なれみづからをいかにする。
しかはあれども、そがなかに、
きぬもけがれと、はだか身に、
出でゆきしより、けふまでも、
あだし「想」の
――あゝ
素足の「愛」の
なれは、ゐよりて、
うけつ、あたへつ、とりかはし
飾るや、
ホセ・マリヤ・デ・エレディヤは金工の如くアンリ・ドゥ・レニエは織人の如し。また、
訳者
[#改ページ]――
その
ねむり
起きいでよ、呼ばはりて、過ぎ行く夢は
今にして
ゆく末に何の
呼ばはりて過ぎ行く夢は
去りぬ
いでたちの旅路の
愛の一念ましぐらに、
急げ、とく行け、
呼ばはりて、過ぎ行く夢は、
夢は、また帰り
進めよ、
あな、急げ……あゝ遅れたり。
はしけやし「命」は愛に
――
いましめもあだなりけりな。
ゆきずりに、夢は嘲る……
さるからに、
むしろ「命」に口触れて
これに
教をきかで、
たちかへり、色よき「命」かき抱き、
なれが刹那を
死の憂愁に歓楽に
なが
はた、さゞめかむ、はた、なかむ、
うれしの森に、春風や
若緑、
さればぞ歌へ
夏の
水
夢をゆくわが船のあし。
船のあし、空をもゆくか、
かたちなき水にうかびて
ならべたるふたつの
「
水の
波の
わが胸に
色に賞 でにし紅薔薇 、日にけに花は散りはてゝ、
唐棣花 色 よき若立 も、季 ことごとくしめあへず、
そよそよ風の手枕 に、はや日数 経 しけふの日や、
つれなき北の木枯に、河氷るべきながめかな。
噫 、歓楽よ、今さらに、なじかは、せめて争はむ、
知らずや、かゝる雄誥 の、世に類 無く烏滸 なるを、
ゆゑだもなくて、徒 に痴 れたる思、去りもあへず、
「悲哀」の琴 の糸の緒 を、ゆし按 ずるぞ無益 なる。
*
ゆめ、な語りそ、人の世は悦 おほき宴 ぞと。
そは愚かしきあだ心、はたや卑しき癡 れごこち。
ことに歎くな、現世 を涯 も知らぬ苦界 よと。
益 無き勇 の逸気 は、たゞいち早く悔いぬらむ。
春日 霞みて、葦蘆 のさゞめくが如 、笑みわたれ。
磯浜 かけて風騒ぎ波おとなふがごと、泣けよ。
一切の快楽 を尽し、一切の苦患 に堪へて、
豊 の世 と称 ふるもよし、夢の世と観 ずるもよし。
*
死者のみ、ひとり吾に聴く、奥津城処 、わが栖家 。
世の終 るまで、吾はしも己が心のあだがたき。
亡恩に栄華は尽きむ、里鴉 畠 をあらさむ、
収穫時 の頼 なきも、吾はいそしみて種を播 かむ。
ゆめ、自 らは悲まじ。世の木枯もなにかあらむ。
あはれ侮蔑 や、誹謗 をや、大凶事 の迫害 をや。
たゞ、詩の神の箜篌 の上、指をふるれば、わが楽 の
日毎に清く澄みわたり、霊妙音 の鳴るが楽しさ。
*
長雨空の喪 過ぎて、さすや忽ち薄日影、
冠 の花葉 ふりおとす栗の林の枝の上に、
水のおもてに、遅花 の花壇の上に、わが眼にも、
照り添ふ匂なつかしき秋の日脚 の白みたる。
日よ何の意ぞ、夏花 のこぼれて散るも惜からじ、
はた禁 めえじ、落葉 の風のまにまに吹き交 ふも。
水や曇れ、空も鈍 びよ、たゞ悲のわれに在らば、
想 はこれに養はれ、心はために勇 をえむ。
*
われは夢む、滄海 の天 の色、哀 深き入日の影を、
わだつみの灘 は荒れて、風を痛み、甚振 る波を、
また思ふ釣船の海人 の子を、巌穴 に隠 ろふ蟹 を、
青眼 のネアイラを、グラウコス、プロオティウスを。
又思ふ、路の辺 をあさりゆく物乞 の漂浪人 を、
栖 み慣れし軒端がもとに、休 ひゐる賤 が翁 を
斧 の柄 を手握 りもちて、肩かゞむ杣 の工 を、
げに思ひいづ、鳴神 の都の騒擾 、村肝 の心の痍 を。
*
この一切の無益 なる世の煩累 を振りすてゝ、
もの恐ろしく汚れたる都の憂あとにして、
終 に分け入る森蔭の清 しき宿 求めえなば、
光も澄める湖の静けき岸にわれは悟らむ。
否 、寧 われはおほわだの波うちぎはに夢みむ。
幼年の日を養ひし大揺籃 のわだつみよ、
ほだしも波の鴎鳥 、呼びかふ声を耳にして、
磯根に近き岩枕 汚れし眼 、洗はばや。
*
噫 いち早く襲ひ来る冬の日、なにか恐るべき。
春の卯月 の贈物、われはや、既に尽し果て、
秋のみのりのえびかづら葡萄 も摘まず、新麦 の
豊 の足穂 も、他 し人 、刈 り干しにけむ、いつの間 に。
*
けふは照日 の映々 と青葉高麦 生ひ茂る
大野が上に空高く靡 びかひ浮ぶ旗雲 よ。
和 ぎたる海を白帆あげて、朱 の曾保船 走るごと、
変化 乏しき青天 をすべりゆくなる白雲よ。
時ならずして、汝 も亦近づく暴風 の先駆 と、
みだれ姿の影黒み蹙 める空を翔 りゆかむ、
嗚咽 、大空の馳使 、添はゞや、なれにわが心、
心は汝 に通へども、世の人たえて汲む者もなし。
[#改ページ]そよそよ風の
つれなき北の木枯に、河氷るべきながめかな。
知らずや、かゝる
ゆゑだもなくて、
「悲哀」の
*
ゆめ、な語りそ、人の世は
そは愚かしきあだ心、はたや卑しき
ことに歎くな、
一切の
*
死者のみ、ひとり吾に聴く、
世の
亡恩に栄華は尽きむ、
ゆめ、
あはれ
たゞ、詩の神の
日毎に清く澄みわたり、
*
長雨空の
水のおもてに、
照り添ふ匂なつかしき秋の
日よ何の意ぞ、
はた
水や曇れ、空も
*
われは夢む、
わだつみの
また思ふ釣船の
又思ふ、路の
げに思ひいづ、
*
この一切の
もの恐ろしく汚れたる都の憂あとにして、
光も澄める湖の静けき岸にわれは悟らむ。
幼年の日を養ひし
ほだしも波の
磯根に近き
*
春の
秋のみのりのえびかづら
*
けふは
大野が上に空高く
時ならずして、
みだれ姿の影黒み
心は
静かなるわが妹 、君見れば、想 すゞろぐ。
朽葉色 に晩秋 の夢深き君が額 に、
天人 の瞳 なす空色の君がまなこに、
憧るゝわが胸は、苔古 りし花苑 の奥、
淡白 き吹上 の水のごと、空へ走りぬ。
その空は時雨月 、清らなる色に曇りて、
時節 のきはみなき鬱憂は池に映 ろひ
落葉 の薄黄 なる憂悶 を風の散らせば、
いざよひの池水に、いと冷 やき綾 は乱れて、
ながながし梔子 の光さす入日たゆたふ。
憧るゝわが胸は、
その空は
いざよひの池水に、いと
ながながし
物象を静観して、これが喚起したる幻想の
ステファンヌ・マラルメ
[#改ページ]
落日の光にもゆる
白楊 の聳 やぐ並木、
谷隈 になにか見る、
風そよぐ梢より。
[#改ページ]風そよぐ梢より。
小鳥でさへも巣は恋し、
まして青空、わが国よ、
うまれの里の波羅葦増雲 。
[#改ページ]まして青空、わが国よ、
うまれの里の
海のあなたの遙けき国へ
いつも夢路の波枕、
波の枕のなくなくぞ、
こがれ憧れわたるかな、
海のあなたの遙けき国へ。
いつも夢路の波枕、
波の枕のなくなくぞ、
こがれ憧れわたるかな、
海のあなたの遙けき国へ。
オオバネルは、ミストラル、ルウマニユ等と相結で、十九世紀の前半に近代プロヴァンス語を文芸に用ゐ、南欧の地を
「故国」の訳に
訳者
[#改ページ]
頼み入りし空 なる幸 の一つだにも、忠心 ありて、
とまれるはなし。
そをもふと、胸はふたぎぬ、悲にならはぬ胸も
にがき憂 に。
きしかたの犯 の罪の一つだにも、懲 の責 を
のがれしはなし。
そをもふと、胸はひらけぬ、荒屋 のあはれの胸も
高き望に。
[#改ページ]とまれるはなし。
そをもふと、胸はふたぎぬ、悲にならはぬ胸も
にがき
きしかたの
のがれしはなし。
そをもふと、胸はひらけぬ、
高き望に。
まさかりの真昼ぞ
われは昔の野山の精を
まなびて、こゝに宿からむ、
あゝ、神寂びし
なれがにほひの
[#改ページ]
足を延べたるこゝ、
うちひさす都のまちは、
鏡なす
風のみひとり、たまさぐる、