幕末維新懐古談

甲子年の大黒のはなし

高村光雲




 話が少し元へ返って、私の十二の時が文久三年、十三が確か元治げんじ元年の甲子年きのえねどしであった。この甲子年はめったには来ません。六十一年目に一度という……それでその時の甲子年には、大黒だいこくの信者はもとよりのこと、そうでないものでも、商売繁昌の神のこと故、尊信するものはなはだ多くして、大黒様をその年には沢山にこしらえました。
 そして、その大黒さまを作る材であるが、それは、檜材ひのきざいである。日本橋の登る三枚目の板が大事にされたもの……王城の地を中心にして京を上としてある。で、登る三枚目とは室町むろまちの方から渡って三枚目の橋板を差すのである。時たま、橋の修繕の際、この橋板は皆が争って得たがったものです。私の師匠の東雲師はその甲子歳には沢山の大黒をこしらえましたが、まだ私は十三の子供、なかなかその手伝いは出来ませんでした。
 さて、翌年が慶応元年のうし、私の十四の時ですが、押し迫った師走しわすの……あれは幾日のことであったか……浅草に大火があって、それは実に大変でありました。





底本:「幕末維新懐古談」岩波文庫、岩波書店
   1995(平成7)年1月17日第1刷発行
底本の親本:「光雲懐古談」万里閣書房
   1929(昭和4)年1月刊
入力:網迫、土屋隆
校正:しだひろし
2006年2月1日作成
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