まえがき
ここに訳出した『ルバイヤート』(四行詩)は、十九世紀のイギリス詩人フィツジェラルド Edward FitzGerald の名訳によって、欧米はもちろん、広く全世界にその名を知られるにいたった十一−十二世紀のペルシアの科学者、哲学者また詩人、オマル・ハイヤーム Omar Khayy


フィツジェラルドが、一八五九年にその翻訳を自費出版で初版わずかに二五〇部だけ印刷した時には、
このように数奇な運命をたどったフィツジェラルドの翻訳は、ラファエル前派の詩人たちの推称によってようやく識者の注目をひくにいたり、初版後九年を経た一八六八年に第二版、それから四年後の七二年に第三版、また七九年には最後の第四版が出版され、フィツジェラルドの死後『ルバイヤート』はますます広く読まれるにいたった。ことに十九世紀末から今世紀の初めにかけてオマル・ハイヤーム熱は一種の流行となって英米を
詩聖ゲーテはその有名な『西東詩集』の中で、人も知るごとく、ペルシア語の原文さえも引用して、古きイランの詩人たちを推称した。彼は言った――「ペルシア人は五世紀間の数多い詩人の中で、特筆に値いする詩人としてわずかに七人の名しか挙げないと言われている。しかし彼らが
自ら挙げた七人のペルシア詩人中の一人で、十四世紀に生きていたハーフェズのペシミズム溢れる抒情詩から、ゲーテは多大の影響を受けたと言われている。もしも彼にしてハーフェズの創作上の先師であったオマル・ハイヤームを知っていたならば、この東方に深く
本書に収めた一四三首はペルシア語の原典から直接訳したもので、テクストにはオマルの原作として定評のあるものだけを厳選し、また最近のイランにおける新しい配列の仕方に従って、「解き得ぬ
はじめ、フィツジェラルドの英訳をテクストとした
昭和二十二年八月二十日
松戸にて 訳者
[#改丁]目次
まえがき
解き得ぬ
生きのなやみ([#ここから横組み]16-25[#ここで横組み終わり])
無常の車([#ここから横組み]57-73[#ここで横組み終わり])
ままよ、どうあろうと([#ここから横組み]74-100[#ここで横組み終わり])
むなしさよ([#ここから横組み]101-107[#ここで横組み終わり])
註
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解き得ぬ
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1
チューリップのおもて、糸杉のあで姿よ、
わが面影のいかばかり
なんのためにこうしてわれを久遠の絵師は
土のうてなになんか飾ったものだろう?
2
もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!
3
自分が来て宇宙になんの益があったか?
また行けばとて格別変化があったか?
いったい何のためにこうして来り去るのか、
この耳に説きあかしてくれた人があったか?
4
魂よ、
さかしい知者*の立場になることは出来ない。
せめては酒と
あの世でお前が楽土に行けるときまってはいない。
5
生きてこの世の理を知りつくした魂なら、
死してあの世の謎も解けたであろうか。
今おのが身にいて何もわからないお前に、
あした身をはなれて何がわかろうか?
(6)
いつまで水の上に
仏教徒や拝火教徒の説にはもう
またの世に地獄があるなどと言うのは誰か?
誰か地獄から帰って来たとでも言うのか?
7
創世の神秘は君もわれも知らない。
その謎は君やわれには解けない。
何を言い合おうと幕の外のこと、
その幕がおりたらわれらは形もない。
8
この
誰ひとりそのみなもとをつきとめた人はない。
あてずっぽうにめいめい勝手なことは言ったが、
真相を明らかにすることは誰にも出来ない。
9
このたかどのを宿とするかの天体の群
こそは博士らの心になやみのたね
だが、心して見ればそれほどの天体でさえ
揺られてはしきりに頭を振る身の上。
10
われらが来たり行ったりするこの世の中、
それはおしまいもなし、はじめもなかった。
答えようとて誰にはっきり答えられよう――
われらはどこから来てどこへ行くやら?
11
造物主が万物の形をつくり出したそのとき、
なぜとじこめたのであろう、滅亡と不足の中に?
せっかく美しい形をこわすのがわからない、
もしまた美しくなかったらそれは誰の罪?
12
苦心して学徳をつみかさねた人たちは
「世の燈明*」と仰がれて光りかがやきながら、
夜も明けやらぬに
(13)
この道を歩んで行った人たちは、ねえ
もうあの誇らしい地のふところに
酒をのんで、おれの言うことをききたまえ――
あの人たちの言ったことはただの風だよ。
(14)
愚かしい者ども
大空のめぐる中でくさぐさの論を立てた。
だが、ついに宇宙の謎には達せず、
しばしたわごとしてやがてねむりこけた!
15
地の底にはまた大地を
さあ、理性の目を開き二頭の牛の
上下にいる
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生きのなやみ
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16
今日こそわが青春はめぐって来た!
酒をのもうよ、それがこの身の幸だ。
たとえ苦くても、君、とがめるな。
苦いのが道理、それが自分の命だ。
17
思いどおりになったなら来はしなかった。
思いどおりになるものなら
この
ああ、それこそどんなによかったろうか!
18
来ては行くだけでなんの
この玉の緒の切れ目はいったいどこであろう?
罪もなく
身を燃やして
19
ああ、
いまに大空の
いたましや、助けてくれ、この命を、
のぞみ一つかなわずに消えてしまうよ!
(20)
よい人と一生安らかにいたとて、
一生この世の
すべて一場の夢さ、一生に何を見たとて。
21
歓楽もやがて思い出と消えようもの、
古き
酒の器にかけた手をしっかりと離すまい、
お前が消えたって
22
ああ、全く、休み場所でもあったらいいに、
この長旅に終点があったらいいに。
千万年をへたときに土の中から
草のように芽をふくのぞみがあったらいいに!
23
二つ戸口のこの宿にいることの
心の痛みと命へのあきらめのみだ。
生の
母から生まれなかった者こそ幸福だ!
(24)
地を固め天のめぐりをはじめたお前は
なんという痛恨を哀れな胸にあたえたのか?
紅玉の
地の底の
25
神のように宇宙が自由に出来たらよかったろうに、
そうしたらこんな宇宙は砕きすてたろうに。
何でも心のままになる自由な宇宙を
別に新しくつくり出したろうに。
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26
あることはみんな
人の
さだめは
何になるかよ、悲しんだとてつとめたとて!
27
まかせぬものは昼と命の短さ、
まかせぬものに心よせるな。
われも君も、人の
思いのままに
28
嘆きのほかに何もない宇宙! お前は、
追い立てるのになぜ連れて来たのか?
まだ来ぬ旅人も
誰がこんな宿へなど来るものか!
29
おお、七と四*の結果にすぎない者が、
七と四の中に
千度ならず言うように酒をのむがいい、
一度行ったら二度と帰らぬ旅路だ。
(30)
土を型に入れてつくられた身なのだ、
あらましの罪けがれは土から来たのだ。
これ以上よくなれとて出来ない相談だ、
自分をこんな風につくった主が悪いのだ。
(31)
天国の報い、地獄の責めがなんだ。
見よ、天の書を、創世の主は
あることはみんな
(32)
宇宙の真理は不可知なのに、なあ、
そんなに心を労してなんの
身を天命にまかして心の悩みはすてよ、
ふりかかった筆のはこび*はどうせ
33
天に声してわが耳もとに
ひためぐるこのさだめを誰が知っていよう?
このめぐりが自由になるものなら、
われさきにその目まぐるしさを
34
善悪は人に生まれついた天性、
苦楽は各自あたえられた天命。
しかし天輪を
かれもまたわれらとあわれは同じ。
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35
若き日の絵巻は早も閉じてしまった、
命の春はいつのまにか暮れてしまった。
青春という命の季節は、いつ来て
いつ去るともなしに、過ぎてしまった。
36
ああ、
血まみれの
あの世から帰った人はなし、きく
世の旅人はどこへ行ったか、どうなったか?
37
幼い頃には師について学んだもの、
長じては自ら学識を誇ったもの。
だが今にして胸に宿る辞世の言葉は――
水のごとくも来たり、風のごとくも去る身よ!
38
同心の友はみな別れて去った、
死の枕べにつぎつぎ倒れていった。
命の
ひと足さきに酔魔のとりことなった。
39
天輪よ、滅亡はお前の憎しみ、
無情はお前
地軸よ、地軸よ、お前のふところの中にこそは
かぎりなくも秘められている尊い宝*!
40
日のめぐりは博士の思いどおりにならない、
天宮など七つとも八つとも数えるがいい。
どうせ死ぬ命だし、一切の望みは失せる、
41
一滴の水だったものは海に注ぐ。
一握の
この世に来てまた立ち去るお前の姿は
一匹の
(42)
この幻の影が何であるかと言ったっても、
真相をそう簡単にはつくされぬ。
水面に現われた
やがてまた水底へ
43
知は
愛は百度もその
だのに無情の
44
せっかく立派な形に出来た酒盃なら、
形よい
誰のご
45
時はお前のため花の
道学者などの言うことなどに耳を傾けるものでない。
この
摘むべき花は早く摘むがよい、身を摘まれぬうちに。
46
この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て
気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。
47
酒をのめ、土の下には友もなく、またつれもない、
眠るばかりで、そこに一滴の酒もない。
気をつけて、気をつけて、この秘密 人には言うな――
チューリップひとたび
(48)
われは酒屋に一人の
先客の
酒をのめ、みんな行ったきりで、
一人として帰っては来なかった。
49
幾山川を越えて来たこの旅路であった、
どこの地平のはてまでもめぐりめぐった。
だが、向うから誰一人来るのに会わず、
道はただ行く道、帰る旅人を見なかった。
50
われらは人形で人形使いは天さ。
それは
この席で一くさり
一つずつ無の
51
われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ!
われらは影も形もなく消えるよ、ああ!
来なかったとてなんの不足があろう?
行くからとてなんの変りもないよ、ああ!
52
土の
大地の底にかくれて見えない者。
虚無の荒野をそぞろ見わたせば、
そこにはまだ来ない者と行った者だけだよ。
53
人呼んで世界と言う古びた宿場は、
昼と夜との二色の休み場所だ。
ジャムシード*らの
バ

54
バ

命のかぎり野驢を射たバ

野驢に踏みしだかれる身とはてた。
55
廃墟と化した城壁に
爪の間にケイカーウス*の
ああ、ああと、声ひとしきり上げてなく――
鈴の音*も、
56
天に
ああ、そのむかし帝王が
名残りの
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無常の車
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57
君も、われも、やがて身と魂が分れよう。
そしてまたわれらの骨が
その土で新しい塚の瓦が焼かれよう。
(58)
地の表にある一塊の土だっても、
かつては輝く日の
それとても花の
59
土ふるいの小童の手を戒めてやれ、
パルヴィーズ*の目やケイコバード*の頭を
なぜああ手あらにふるうのかえ!
60
朝風に
お前もしばしその下蔭で憩えよ。
そら、花は土から咲いて土に散る。
61
雲は垂れて草の葉末に涙ふる、
花の酒がなくてどうして生きておれる?
今日わが目をなぐさめるあの若草が
明日はまたわが身に生えて誰が見る?
62
さあ、早く
いま君の目をたのします青草が
明日はまた君のなきがらからも生えるさ。
63
川の岸べに生え
美女の
そのかみの乙女の身から咲いた花。
64
酒のもう、天日はわれらを滅ぼす、
君やわれの魂を奪う。
草の上に
どうせ土になったらあまたの草が生える!
(65)
ありし日の
土を両足で踏みつけた。
土は声なき声上げて男に言った――
待てよ、お前も踏まれるのさ!
66
よき人よ、盃と
水のほとりの青草の茂みのあたり。
そら、めぐる車*は月の
くりかえし盃にしたり、また壺にしたり。
67
昨夜酔うての
石の
壺は無言の言葉で行った――
お前もそんなにされるのだ!
68
なんでけがれ*がある、この
盃にうつしてのんで、おれにもよこせ、
さあ、若人よ、この旅路のはてで
われわれが酒甕とならないうちに。
(69)
昨日壺をつくる所へ立ちよったら、
壺つくりは土をこねてしきりに腕をふるっていた。
盲の人は気もつかなかったろう、しかし
その手の中におれは
(70)
壺つくりよ、心あるならその手を休めよ、
尊い土に無礼なことはやめよ!
ファレイドゥーン*の指やケイホスロウ*の
ろくろに取ってどうしようてんだよ?
71
壺つくりの仕事場へ来て見れば、
壺つくり朗らかにろくろをまわしては、
みかどの首もこじきの足もごっちゃに、
手に取ってつくるは壺の首と足だ。
72
この壺も、おれと同じ、人を
黒髪に身を捕われの境涯か。
この壺に手がある、これこそはいつの日か
よき人の肩にかかった腕なのだ。
73
壺つくりの仕事場に
千も二千もの
そのおのおのが声なき言葉でおれにきくよう――
壺つくり、売り手、買い手は誰なのかと。
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ままよ、どうあろうと
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74
マギイ*の酒に酔うたとならば、
しかしわがふるまいを人がどんなにけなしたとて、
われはどうなりもしない、相変らずのものさ。
75
わが宗旨はうんと酒のんでたのしむこと、
わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。
久遠の花嫁*に欲しい形見は何かときいたら、
答えて言ったよ――君が心のよろこびをと。
76
身の内に酒がなくては生きておれぬ、
われは
77
そこばくの酒に心を富ましめよう。
信仰や理知の
葡萄樹の娘*を一夜の妻としよう。
(78)
死んだらおれの
白骨が土と化したらその土から
(79)
死んだら
野の送りにもかけて欲しい
もし復活の日ともなり会いたい人は、
酒場の戸口にやって来ておれを待て。
(80)
墓の中から酒の香が立ちのぼるほど、
そして墓場へやって来る酒のみがあっても
その香に
ああ、そんなにも酒をのみたいもの!
81
尊い命の芽を摘みとられる日、
身体の各部がちりぢりに分れる日、
その土でもし壺を焼いたら、さっそく
酒をついでよ、息を吹きかえすに。
(82)
命の幹が根を掘られて、
死の足もとにうなじをたれよう日、
身の土だけは必ず酒の器に焼いてくれ、
しばらくは息をつこう、酒の香に。
(83)
おれのいた座にもし
地に傾けてその酒をおれに
(84)
あのしかつめらしい
人たちは、あるなしの嘆きの中にむなしく去った。
気をつけて早く、はやく葡萄の古酒を
愚か者らはまだ
(85)
おれの心はなおたしかだよ、君よりも。
君は人の血、おれは葡萄の
吸血の罪はどちらか、裁けよ。
(86)
或る
いつもそう違った人となぜ交わるか?
答えに――
あなたの口と
(87)
恋する者と酒のみは地獄に行くと言う、
根も葉もない
恋する者や酒のみが地獄に落ちたら、
天国は人影もなくさびれよう!
88
天国にはそんなに美しい天女がいるのか?
酒の泉や
この世の恋と
天国もやっぱりそんなものにすぎないのか?
(89)
天女のいるコーサル河*のほとりには、
蜜、香乳と、酒があふれているそうな。
だが、おれは今ある酒の一杯を手に選ぶ、
現物はよろずの約にまさるから。
(90)
エデンの
おれの心は葡萄の液でたのしいのだ。
現物をとれ、あの世の約束に手を出すな、
遠くきく
91
なにびとも楽土や
あの世から帰ってきたという人はない。
われらのねがいやおそれもそれではなく、
ただこの命――消えて名前しかとどめない!
(92)
おれは天国の住人なのか、それとも
地獄に落ちる身なのか、わからぬ。
草の上の盃と花の乙女と長琴さえあれば、
この現物と引き替えに天国は君にやるよ。
93
この世に永久にとどまるわれらじゃないぞ、
いつまで旧慣にとらわれているのか、賢者よ?
自分が去ってからの世に何の旧慣があろうぞ!
94
はじめから自由意志でここへ来たのでない。
あてどなく立ち去るのも自分の心でない。
この世の憂いを
95
バグダード*でも、バルク*でも、命はつきる。
酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は満ちる。
たのしむがいい、おれと君と立ち去ってからも、
月は無限に
(96)
選ぶならば、酒場の
酒と楽の音と恋人と、そのほかには何もない!
手には酒盃、肩には
酒をのめ、君、つまらぬことを言わぬがよい。
(97)
おれの酔いは程度を越してしまった。
だがつもる
頭に霜をいただいても心に春の風が吹くから。
(98)
一壺の
それにただ命をつなぐ
君とともにたとえ
心は
99
おれは有と無の
またかぎりない変転の
しかもそのさかしさのすべてをさげすむ、
酔いの
100
今はむなしく創世の論議も解けず、
昨夜の酒も余すところわずかに一杯、
さてあとはいつまでつづく? おれの命!
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[#ページの左右中央]
むなしさよ
[#改丁]
101
九重の空のひろがりは虚無だ!
地の上の形もすべて虚無だ!
たのしもうよ、生滅の宿にいる身だ、
ああ、一瞬のこの命とて虚無だ!
102
時の中で何を見ようと、何を聞こうと、
また何を言おうと、みんな
野に出でて地平のきわみを
家にいて想いにふけろうと無駄なこと。
103
世の中が思いのままに動いたとてなんになろう?
命の書を読みつくしたとてなんになろう?
心のままに百年を生きていたとて、
(104)
地の青馬にうち
邪宗も、イスラム*も、まして信仰や戒律どころか、
神も、真理も、世の中も眼中にないありさま、
二つの世にかけてこれ以上の勇者があったか?
105
たとえてみれば幻の走馬燈だ。
日の
われらはその上を走りすぎる影絵だ。
106
ないものにも
あるものには崩壊と不足しかない。
ないかと思えば、すべてのものがあり、
あるかと見れば、すべてのものがない。
107
世に生れて来た
生きた生命の結果として何が残るか?
饗宴の
ジャムの酒盃*となってもやがては砕ける。
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108
迷いの門から正信までは、ただの
懐疑の中から悟りに入るまでもただの一瞬。
かくも尊い一瞬をたのしくしよう、
命の
109
たのしくすごせ、ただひとときの命を。
世の現象も、人の命も、けっきょく
つかのまの夢よ、錯覚よ、幻よ!
110
大空に月と日が姿を現わしてこのかた
腑に落ちないのは酒を売る人々のこと、
このよきものを売って何に替えようとか?
111
月の光に夜は衣の
酒をのむにまさるたのしい
たのしもう! 何をくよくよ? いつの日か月の光は
墓場の石を一つずつ照らすだろうさ。
112
あすの日が誰にいったい保証出来よう?
哀れな胸を今この時こそたのしくしよう。
月の君*よ、さあ、月の下で酒をのもう、
われらは行くし、月はかぎりなくめぐって来よう!
113
あわれ、人の世の
この
あしたのことなんか何を心配するのか?
さあ、早く酒盃を持て、
114
東の空の白むとき

声を上げて騒ぐかを知っているか?
朝の鏡に夜の命のうしろ姿が
映っても知らない君に告げようとさ。
115
夜は明けた、起きようよ、ねえ
酒をのみ、琴を弾け、静かに、しずかに!
相宿の客は一人も目がさめぬよう、
立ち去った客もかえって来ぬように!
116
わが心の偶像よ、さあ、朝だ、
酒を持て、琴をつまびき、うたえ歌。
千万のジャムシードやケイホスロウら
夏が来て冬が行くまに土の中!
117
朝の
恥や外聞の醜い殻を石に打とう。
丈なす髪と琴の上にその手を置こう。
118
こころよい
空に雲 花の面の

酒のめと声ふりしぼることしきり。
119
花のころ、水のほとりの草の上で、
おれの手をとるこの世の天女二、三人。
世の
120
はなびらに
草原の花の乙女の顔もたのしく、
過ぎ去ったことを思うのはたのしくない。
過去をすて、今日この日だけすごせ、たのしく。
121
草は生え、花も開いた、
七、八日地にしくまでにたのしめよ。
酒をのみ、花を
花も散り、草も枯れよう、早くせよ。
122
チューリップの
どうせいつかは天の車が
土に踏み敷く身と思え。
123
そよかぜが妙なる楽を奏でるとき、
もし心ある人ならば、玉の乙女と酒をくみ、
その盃を破るだろうよ、石の
124
さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。
たのしみのうちにすごそう、
世にたとえ信義というものがあろうとも、
君の番が来るのはいつか
125
大空の
酒をのめ、
嘆くなよ、お前の番がめぐって来ても、
星の
126
学問のことはすっかりあきらめ、
ひたすらに愛する者の
日のめぐりがお前の血汐を流さぬまに
お前は
127
人生はその日その夜を嘆きのうちに
すごすような人にはもったいない。
君の器が砕けて土に散らぬまえに、
君は器の酒のめよ、琴のしらべに!
(128)
春が来て、冬がすぎては、いつのまにか
人生の絵巻はむなしくとじてしまった。
酒をのみ、悲しむな。悲しみは心の毒、
それを解く薬は酒と、古人も説いた。
129
お前の名がこの世から消えないうちに
酒をのめ、酒が胸に入れば悲しみは去る。
女神の
お前の身が
(130)
さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、
ただ
あしたこの古びた修道院を出て行ったら、
七千年前の旅人と
(131)
胸をたたけ、ああ、よるべない大空の下、
酒をのめ、ああ、はかない世の中。
土から生れて土に入るのか、いっそのこと、
土の上でなくて中にあるものと思おう。
132
心はたぎる、早くこの手に酒をくれ!
命、いのち、銀露のようにたばしる!
とらえないと青春の火も水となる。
さあ、早く物にくらんだ目をさませ!
133
酒をのめ、それこそ永遠の生命だ、
また青春の
花と酒、君も浮かれる春の季節に、
たのしめ
134
酒をのめ、マ

琴をきけ、ダヴィデ*の歌のしらべはこれ。
さきのこと、過ぎたことは、みな忘れよう
今さえたのしければよい――人生の目的はそれ。
135
あしたのことは誰にだってわからない、
あしたのことを考えるのは
気がたしかならこの
二度とかえらぬ命、だがもうのこりは少い。
(136)
時のめぐりも酒や
イラク*の笛も
つくずく世のありさまをながめると、
生れた
137
いつまで有る無しのわずらいになやんでおれよう?
短い命をたのしむに何をためらう?
酒盃に酒をつげ、この胸に吸い込む息が
出て来るものかどうか、誰に判ろう?
138
はこぶなよ、たのしみの足を悲しみへ。
夜のあけぬまに起きてこの世の息を吸え、
夜はくりかえしあけても、息はつづくまい。
139
永遠の命ほしさにむさぼるごとく
冷い
酒をのめ、二度とかえらぬ世の中だと。
140
さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、
チューリップのような美女によろこべ。
世の終局は虚無に帰する。
よろこべ、ない
141
もうわずらわしい学問はすてよう、
白髪の身のなぐさめに酒をのもう。
つみ重ねて来た七十の
今この
142
めぐる宇宙は廃物となったわれらの
ジェイホンの流れ*は人々の涙の跡、
地獄というのは
極楽はこころよく過ごした
143
いつまで一生をうぬぼれておれよう、
有る無しの論議になどふけっておれよう?
酒をのめ、こう悲しみの多い人生は
眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!
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註
番号
4 知者――全智の神。
6 水の上に瓦を積む――意味のない妄想にふけること。
12 「世の燈明」――神学者に奉 られた尊号。
13 酒姫――酒の酌 をする侍者 。それは普通は女でなくて紅顔の美少年で、よく同性愛の対象とされた。
15 大地を担う牛――イラン人は地球は円いものではなく、大海の中の大魚の上に跨 る大牛の背中にのっているものと考えていた。そして太陽は地球の周囲を廻転するものと考えられていた。
26 人の所業を書き入れる筆もくたびれて――イスラム教徒の信仰によると、創世の日に神の筆がすべての天命を神の書に記入し、また日ごろ人間の善業悪業をもいちいち記入して裁きの日に備えるといわれている。
29 七と四――七天と四元素。
31 礼堂――イスラム教徒の礼拝の場所。
〃 火殿――拝火教の聖火奉安所。
32 筆のはこび――宿命。
39 尊い宝――宝石とそして尊い人の骨と。
53 ジャムシード――詩人フェルドゥシイの集成したイランの国民史詩『シャーナーメ』に伝わる帝王の名。「ジャムシード」は「日の王」を意味する。
〃 バ
ラーム――ササン王朝(二二六−六四二年)のバ
ラーム五世のこと。在位は四二〇−四三八年。夫人を伴って野驢 を狩りしたことで有名。バ
ラーム・グールと綽名 された。



55 ケイカーウス――神話時代のイランの第二王朝であるケイアニイ朝第二世の帝王で、太祖ケイコバードの子。
〃 鈴の音――古代イランでは、帝王の出御 するときに鈴を振り、太鼓 を鳴らす習慣があった。
59 パルヴィーズ――ササン王朝の帝王ホスロウ・パルヴィーズ(五九〇−六二八年)。
〃 ケイコバード――神話時代のイランの第二王朝ケイアニイ朝を開いた。
62 新春――イランには古くから一種の太陽暦が行われ、春分の日、すなわち春の彼岸が一年のはじめとなっている。この日は新年としてまた春の祭として祝われる。
66 めぐる車――天体の運行を陶器師のろくろにたとえたもの。
68 けがれ――イスラム教は酒をけがれあるものとして禁じている。
70 ファレイドゥーン――かつてのピシダーデイ王朝の末裔 としてイランを再興したと伝えられる勇士。
〃 ケイホスロウ――ケイアニイ王朝中興の英主。
74 マギイ――拝火教の司祭。イスラム教以前のイランの宗教は拝火教であった。しかしそれはイスラム教徒にイランが征服されてから後は邪教として擯斥 された。
75 久遠の花嫁――自然、人生。
77 葡萄樹の娘――葡萄の実からとった酒。
86 教長――学識経験のすぐれたイスラム教徒の指導的な人物。
89 コーサル河――イスラム教徒の死後の天国にあるといわれる川の名。
95 バグダード――アッバス朝時代(七四九−一二五八年)のカリフの首都、当時イスラム文化の中心地であった。のちイラクの首府。
〃 バルク――現在は北アフガニスタンの小都であるが、古代にはバクトリアの都として、また中世にはブハラやネイシャプールと並ぶ東ペルシアの中心地の一つとして文化の栄えた所。
96 舞い男――イスラム教の教団の一つに歓喜して踊り狂うことによって神との合一の三昧境 を現出しようとするのがあるが、この教団に属する修道者がカランダールである。
104 イスラム――回教とも言う。マホメットのはじめた宗教。唯一神アッラーを信じ、日に五回の礼拝を行い、斎戒をし、喜捨を寄せ、メッカへの巡礼をするイスラム教徒は、イスラムを唯一の正信と信じ、その他の宗教をすべて邪信と見ている。
107 ジャムの酒盃――ジャムシード王の七輪の杯。七天、七星、七海などに象 った七つの輪を有し、世の中の出来事はことごとくこれに映して見ることができたといわれる。
112 月の君――愛人を月になぞらえて呼んだ愛称。
118 パ
ラヴイ語――中世ペルシア語。イランがアラビア人に征服される以前、三世紀から七世紀にかけてササン王朝時代に用いられていた言葉で、その後上層階級には忘れ去られ、わずかに下層の国民大衆の間に語りつがれていた。

134 マ
ムード――ガズニ王朝(九七七−一一八六年)の英主スルタン・マ
ムード(九九八−一〇三〇年)。インドを侵略して数多 の財宝を掠取 した。


〃 ダヴィデ――聖書に見えるイスラエルの王で『詩篇』の作者。イスラム教徒は彼を美声の歌手の典型と考えている。
136 イラク――メソポタミアとイランの一部を含む地方。
138 胸に両手を合わす――永眠すること。
142 ジェイホンの流れ――オクサス河。アムダリアとも言う。