濡れた葦

林芙美子




     1

 女中にきいてみると、こゝでは朝御飯しか出せないと云ふことで、ふじ子はがつかりしてしまつた。子供たちは、いかにも心細さうにあたりをながめてゐる。ふじ子はひよいとしたら、丼物でもとつてもらへるかも知れないと、女中に、何か食べものを取りよせてもらへるかときいてみた。
「さうですねえ、お蕎麥か、親子丼ぐらゐのとこでしたら‥‥」
「ぢやア、親子丼とうどんかけを一つづつ取つて下さいませんか」
 女中が階下へおりてゆくと、ふじ子は暑いので帶をといた。障子をあけると、ふつと椎の木のむせるやうな匂ひが流れてきた。
「いま、おいしい御飯が來るから待つてゐらつしやい‥‥」
 ふじ子は、子供たちの疲れた顏を見ると、冷い手拭で二人の顏を拭いてやりたいとおもひ、廊下へ出て洗面所を探した。廊下のつきあたりが窓になり、そこから、電車通の賑やかなネオンサインが見える。表は西洋館まがひで、ペンキで新しさうに塗りたてたこの旅館も、なかへはいつてみると古ぼけた造作で、新宿の賑やかな通りに、こんな古めかしい旅館があるとはおもへないくらゐだつた。
 もう遲いので、女中が蒲團をかゝへて梯子段をあがつて來た。ふじ子はその女に洗面所をきいて、暗い梯子段を階下へ降りていつた。洗面器が三ツ四ツ、暗い流しに伏せてある。ふじ子は銹びたやうな水道のガランをひねつて、ぬるい水を洗面器にたゝへた。
 生きてゆくためには、どのやうな手段法則をもいとはないのだけれど、二人の子供のことを考へると、ふじ子はどうにも仕方のない現實を感じるのであつた。親子三人やつとで、猛火をくゞり拔けて來たやうなそんな氣がして來る。ぬるい水のなかへ顏をひたしてゐると、急に鼻の奧が涙で燒けるやうになり、ぐつぐつと眼に熱いものがつきあげて來た。
 細い聲でこほろぎがないてゐる。
 ふじ子は、つくづく敗滅の人生を感じずにはゐられなかつた。――明日になつたら木谷に電話をかけて、宿へ來て貰はうと考へ、これからさきのことは、暗く怖しくとも、いまだけは、どうにかこの生活からのがれることが出來ればいゝと思へた。
 手拭をしぼつて部屋へかへつてゆくと、もう丼物が來てゐて、上の子の健吉は、親子丼の蓋をあけて母を待つてゐた。妹のちづ子の方は、狹い蚊帳の中で寢てゐる。
「おや、ちいちやん寢ちまつたのね、おうどんをすこし食べさせようと思つたのに‥‥」
「僕、これ食べていゝ?」
「あゝ、おあがんなさい、――でも、一寸、お顏とお手々を拭いてからね」
 ふじ子が濡れ手拭を健吉の顏へ持つてゆくと、健吉は箸を持つたなりで、顏だけふじ子の方へつき出してきた。
「ねえ、お母さん、こゝへ、いくつ泊るの?」
「明日までよ」
「明日、姫路へかへるの?」
「さうね、そりやア、わからないわ、どんなになるか‥‥」
「お父さん、いつ來るの?」
「何處へ?」
「だつて、お父さん、僕にすぐ歸るつて云つたよ‥‥」
「御飯つぶをちらかさないでおあがんなさい、――あゝ、暑いねえ、なンてむしむしする晩だらう‥‥」
「とてもおいしいよ、母さん食べない?」
「いゝから召上れ‥‥」
 ふじ子は白い蚊帳のなかへはいつて、肌ぬぎになると、濡れ手拭で、胸や腕をきしきしこすつた。汚れた蚊帳は、ところどころ小さい穴があいてゐる。ちづ子は、鼻の頭にいつぱい汗をためてよく眠つてゐた。
「お母さん、こゝは何處なの?」
「どこでもいゝぢやアないの、さつさと食べて頂戴」
「僕、お水がのみたいなア」
「いけません、こんな處にお水なンてありませんよ、その、おうどんのおつゆをすゝつておいたら‥‥」
「だつて、しよつぱいンだもの‥‥」
「お茶はもうないの?」
「もうないよ」
 蚊帳から這ひ出て、ふじ子は階下へ白湯を貰ひに降りて行つた。狹い臺所で白湯を貰ひ、序に團扇をかりて二階へあがつて來ると、健吉は不服さうな顏をして、
「ねえ、僕、何を着て寢るのさ?」
 と、蚊帳の外へつゝ立つてゐる。
 ふじ子は良人によく似た我まゝな子供の横顏を見て、急に激しい怒りやうになり、ものも云はずに、健吉のスポーツ襯衣やズボンを手荒くぬがしてやつた。
「腹卷一つぢやないか‥‥」
「それでいゝのよツ。こんなに、何もないところで泊つてゐるのがわからないの? 健ちやんも、お父さんにくつついて行けばいゝのよ。――健ちやんだつて、もう七ツでせう。こゝはお家にゐるやうにはゆかないのよツ」
 健吉はしぶしぶ蚊帳の中へ這入つて、母の持つてきた團扇で、ぱたぱた裸の胸をあふいでゐた。なまぬるい風が、ふはふは蚊帳の裾を波立たしてゐる。健吉は、思ひついたやうに、寢たなりで、天井へ團扇の風をおくつてゐた。四隅から網のやうにたれさがつてゐた蚊帳の天井は團扇の風であふられるたび、波のやうにうねうねと波立つてゐる。
 健吉はひとりで、雲こい、空こい、天井こい、みんなのんでやるぞと云ひながら、天井へ、激しくゆるく、團扇で風をおくつてゐた。
「早くねんねなさいよ‥‥」
 ふじ子は、健吉ののこした親子井をたべてゐた。暗い空へ時々、サーチライトが光つてゐる。びろうどのやうに暑くるしい暗い空へ、銀河のやうな青い光芒が、遠くの方で交叉されたりしてゐた。ふじ子はうどんも殘さずに食べた。
 あわたゞしいこの數日の苦しみを、よく、こゝまで耐へて來られたとふじ子は、自分ながら不思議な氣持である。

     2

こよなき寶のさかづきを
乾しけりうたげのたびごとに
この杯ゆのむ酒は
涙をさそふ酒なりき

 食堂車の窓から、走つてゆく景色を眺めながら、廣太郎はひとりでビールを飮んでゐた。酒の氣がないときは、變つた人のやうに靜かでおとなしい性格だのに、酒がはいると、そはそはと落ちつきがなくなつてきて、口ぐせの、ツウレの王の酒の唄をうたつてゐるのだ。
 廣太郎はふじ子と結婚して八年になる。
 子供が二人出來て、月給はやつと百貳拾圓になつた。八年の間、何の變哲もない、平々凡々な生活であつた。廣太郎へのひなんと云へば酒好きなところがふじ子には不平であつたが、一家を困らせるやうな飮みぶりは今までにあまりなかつた。
 廣太郎は、信託會社の不動産課に勤めてゐて、月のうち、二週間位はあつちこつち地方を廻つて歩いてゐる。
 八年の間と云ふもの、邸や、山林や、田畑ばかり、人のものを見て歩いてゐたけれど、つくづくこの仕事に飽きてしまひ、廣太郎はいまはなかだるみな状態になりつゝあつた。自分では、こんな状態はいけないことだと思はないでもなかつたけれど、水の流れは、自分の抗しがたい方へ假借なくどんどん流れてゆく。――家庭の平和さへも妙に癪にさはつて來て、廣太郎は毎晩のやうに夜更けまで安い酒場を廻つて歩いてゐた。
 水先案内をうしなつたやうに、うろうろしてゐる自分の姿を、深夜の街にみいだしては、時にうつろな淋しい氣持になる時もあつたけれど、さて、現在の自分に何をなすべきかとたづねたところで、自分を救つてくれるやうな、媒介物もみあたらない。廣太郎はいつそ、この職業を捨ててしまつて、他に何か新しい職業をみつけてみようかとも考へてゐた。
 一生涯、人の山林を歩き、人の邸のなかをのぞいて値ぶみをして歩くことは、自分の生涯の主軸としてはなさけない氣持がしてならなかつた。よしツ! 俺は何かやらう‥‥酒の力をかりて、時には明日にでも、現在の職業から離れ得る自信に滿々とした思ひを持ちながら、家へかへつて來ると、妻や子供のうす汚なさに引きずられて、ずるずると他愛もなく無爲な歳月が過ぎていつてしまふ。

 八重子が廣太郎の前へ現れたのは、丁度、こんな時分であつた。――八重子は、銀座裏の酒場の女給をしてゐて、年は二十三だと云つてゐた。千葉の女で、まだ田舍から出て來たばかりらしく、着物のこのみも、化粧のしかたも土くさい感じだつたが、八重子は非常におとなしかつたので、荒んでゐる廣太郎の興味をそゝつた。
 八重子は芝の三田小山町に弟と二人で、二階借りをして住んでゐた。弟は晝間は會社の給仕をしてゐて夜は夜學に行つてゐる樣子である。――自分の生活が、八重子とのさゝやかな戀愛で、こんなに明るく燃えあがらうとは思はなかつたし、しかも、大學を出たての青年のやうに、野心が躯ぢゆうにみなぎつて來るこのごろを、廣太郎はくすぐつたく考へてゐた。
 ふじ子は、急に良人の生々としてきたそぶりをみせつけられると、妻らしい敏感さで第六感を働かしてゐるやうであつた。別に根掘り葉掘りのありさまではなかつたけれど、悶々としてゐるところが廣太郎には察しられてゐた。
 こんな、むしむしした夫婦の状態が半年ばかりもつゞき、廣太郎は自分でも大人氣ないとは思ひつゝも、たうとう家を出てしまひ、八重子と郊外の宿屋で二三日遊びつづけてゐた。
 たとひわれわが財産たからをことごとく施し、又わがからだを燒かるゝ爲にわたすとも、愛なくば我に益なし。コリント書の一節をくちずさみながら八重子のそばにゐることを、廣太郎は幸福に感じてゐた。女のあさぐろい皮膚は、いま海からあがつたやうな、鹽つぽさと新鮮さがあつて、このまゝ海の底ふかく溺れてしまつてもよいやうな、そんな男の熱情をかきたててくれる。
 廣太郎が疲れて家へ戻つて來たのは、家を出てから四日目の夜であつた。ふじ子は默つてゐた。子供たちもいやにおとなしかつた。何かひそんでゐるやうな不氣味な平和さが、廣太郎には、またたまらない氣持である。
「私は、子供たちを連れて、姫路へかへらうかとおもひますけど‥‥」
 翌る朝、ふじ子は呆んやりそんなことを云つてみた。廣太郎は寢床で新聞を讀んでゐたけれど、新聞から顏をはなさないでいつまでも默つてゐる。
「男の方つて、自分勝手なことをして平氣だけれど、とても、私には苦しくて我慢が出來ないわ‥‥」
「がまんが出來なければ勝手にすればいゝだらう」
 一寸可哀想だとは思つたけれど、つい、こんな亂暴な言葉がづけづけと口をついて出て來る。ふじ子はそのまゝ次の部屋へ去つてしまつた。――廣太郎は、このまゝ、當分、會社も休んでしまつて、田舍へ資金調達にかへり、自分一人で新しい仕事をしてみるのもいゝなと思つた。あんな會社に生涯働いてゐたところで、自分はいつたいどれだけの成功が得られると云ふのだらう。子供が成長してゆくとともに自分は衰へて、やがて何も出來ない年齡に老い果てて來るのだ。ふじ子は、酒を飮む金があれば一坪の家でも得られると云ふのだつたが、一坪の家と云ふことが、廣太郎にはまた癪にさはつて仕方がないのだ。
 會社へも行かないで、その夜、廣太郎は、誰にも默つて下關行きの汽車に乘つてゐた。

     3

「健ちやん、眠つたの‥‥」
「うゝん、なアに?」
「健ちやんは男の子だから、お父さんがおいでと云つたら、お父さんのところへ行く?」
「厭だい!」
「だつて、お母さんは健ちやんだの、ちいちやんだのつて二人も育てられないもの」
「お父さん、すぐ歸ると云つたよ」
「お父さんはもう戻らないのよ」
「何故?」
「何故でも‥‥」
 健吉はくるりとふじ子の方へ寢がへりをうつて來て、そつと母の乳房を着物の上からばたばた叩いてゐた。
 ふじ子は子供の小さい手で、乳房を叩かれながら、しみじみと孤獨な氣持である。――田舍の女學校を卒業して、世の常の娘のやうに、自分も希望に燃えてこの東京へ出て來たのだ。上京すると、ふじ子は間もなく知人の世話で中央郵便局の事務員になつた。事務員を二年ほどしてゐるうちに、知人の家に下宿をしてゐる木山と云ふ早稻田の法科に通つてゐる學生と戀におちたが、間もなく、木山とは、何の關係もなく別れてしまひ、世話をする人があつて、廣太郎と平凡な結婚をしたのであつた。
 考へてみると、呆れるほど平凡な八年間であり、ふじ子は二人の子供を養育するために今日まで、すべての禍福の外で生きてゐたやうな氣さへされて來る。
 眼を閉ぢてゐると、長い間、考へたこともない初戀の木山の顏が、瞼にちらちら浮んできた。
「お母さん、鶯つて、このぐらゐかい?」
「なアんだ、健ちやんは、まだ起きてゐたの?」
「ねえ、鶯つて、健ちやん見たことないね」
「見たことありますよ。ホウホケキヨつて鳴くぢやないの、健ちやんのは、それ、烏と間違へてるンんでせう、――そんな大きな鶯つてゐませんよ‥‥」
 ふつと、ふじ子は眼をあけて、蚊帳のすみに轉がつてゐるちづ子を自分の方へ抱きよせてやつた。ちづ子は汗でべとべとした肌をしてゐたが、抱きかゝへてゐると、胸がうづくやうに、子供たちが可愛くなつてくる。豐かな田畑を持つてゐるやうな、そんな、ふくよかな氣持が湧いてくる。
 スーツケースをかゝへて、汽車へ乘るのだ汽車へ乘るのだと、わめきちらしてゐた昨日の良人の姿が、いまはもう、千里も遠くへ消えてしまつたやうにはかなくなつてきて、ふじ子は、どんなことがあつても、廣太郎とは再び相逢ふやうなみれんは持つまいと決心するのであつた。

 翌朝、ふじ子は子供たちの聲で眼が覺めた。
 子供たちは、どんなところへ連れてゆかれても、母親が傍にゐるかぎりは、愉しさうにいろいろなものを、流れるやうに歌つてゐる。
 健吉はちづ子と頭をならべて、牛乳こい、お菓子こい、ジャミパンこいとうたつてゐた。
「いやアな健ちやんねえ、おなか空いたの?」
「うん、ちいちやんだつておなか空いたよ」
「ちいちやん、おとつぷたべるの‥‥」
 四つになるちづ子が、健吉をまたいで、ふじ子のふところへ飛びついてきた。彈力のある、子供の柔らかい重みが、ふじ子にはこれが幸福な有力とでも云ふのだと、謙讓なおもひだつた。
 顏を洗つて、まづい朝御飯をすませると、ふじ子は、三年前にきた木山の年始状を頼りに、宿から、木山の勤め先へ電話をかけてみた。
「あゝ、木山さんでゐらつしやいますか、二三ヶ月前からお躯がわるくて、お休みでゐらつしやいますが‥‥」
 ふじ子は、夢かかすみのやうに遠く去つた木山に對して、いまごろ電話をかけたりする自分ををかしい女心だと苦笑しながらも、木山の下宿先をたづねてみずにはゐられなかつた。
 木山は胸をわるくして、千葉の稻毛海岸に保養に行つてゐると云ふことである。宿の名も教はり、ふじ子は、晝近くになつて、木山へのさゝやかな土産物をたづさへ、二人の子供を連れて兩國驛へ行つた。
 何の自制もない、たゞ足まかせな暗澹とした氣持だつた。

     4

 海風館と云ふ旅館に、木山は滯在してゐた。松林のなかをぬけて、砂地の丘に、明治時代の遺物のやうな、色硝子の雨戸のはいつた古い旅館が木山のゐる宿屋だつた。
 木山は吃驚してふじ子たちを迎へた。
「よくわかりましたねえ‥‥」
 木山は青年の時よりずつと痩せてはゐたが、少しも病人らしくなかつた。八年の星霜が、二人の間にあつたことを、ふじ子は老けた木山を見て、始めて無量な氣特になつてゐる。木山は眼鏡をかけてゐた。聲音だけは昔のとほりだつたけれど、ふじ子は目の前に立つてゐる木山を、昔の木山とはどうしても思へなかつた。
 木山にしたところで、これが、あの當時のふじ子なのかと思つてゐるに違ひない。子供たちは生れて始めて海を見るので、しつかりと、ふじ子の袖につかまつてゐた。海を見晴らした、二階の木山の部屋へ上つてゆくと、子供たちは、砂でざらざらした廊下を、二人とも四ツ這ひに這つて歩いてゐる。
「始めて海をみせたり、その上、この人たちは、いままで、二階家に住んだことがないものですから、怖くて這つて歩くんですわ‥‥」
 ふじ子がそつと辯解をした。
 砂地をかつと照りかへすやうな暑い日だつたけれど、海からは涼しい風が吹いてきた。風が吹きつけるたび、ざあつと雨のやうな音をたてて松林の梢が鳴つた。
「とても涼しいところですね、――お躯はいかゞでございますか?」
「躯はすつかりいゝのですが、こゝが氣にいつてしまつて、東京へ歸りたくなくなつて弱つてゐます」
 木山の後の床の間には、古風な文字で、佛法の海に入らんには、信を根本と爲し、生死の河を渡らんには、戒を船筏と爲す。と書いた軸がさがつてゐる。生死の河を渡らんには‥‥昨夜の新宿の宿のおもひが、ふじ子の胸にぐつとせりあげてきた。
 よく眠つてゐる子の寢姿をみて、もうこのまゝこの子供たちと、こゝで自殺をしてしまはうかと思つた。――子供たちは、いつの間にか二階にも海の景色にもなれてしまつたとみえて、今度は、宿の廣い梯子段を上つたり降りたりして遊んでゐる。
「ふじ子さんもかはりましたねえ‥‥」
「えゝ、でも、八年もたてば、いゝかげん、女つてかはりますわ」
 ふじ子は、木山からみて、さだめし自分は老いつかれた女にかはつてゐるのだらうと、何となく、木山がまぶしかつた。
 木山はぬるい茶をつぎながら、ふじ子の身上話をきいてゐる。
「男つて、結婚生活にも、自分の職業にも飽いて來ると、まるで、手がつけられないンですもの。木山さんにも、そんなお氣持ありますかしら?」
「さうね。ある年齡に達した時、そんなおさきまつくらな氣持は、必ずありますね。女のひとにはわからないでせうが――三十をすぎて來ると、男も、本當に仕事が面白くなつてきますからねえ。仕事に不滿や懷疑の出て來るのも、僕たちの年齡ですよ。あなたの云ふやうな仕事に飽きる氣持ぢやなくて、仕事に慾を持つた時の中だるみだと僕は思ふンです。女のひとが出來たところで、それは長つゞきするものぢやないと思ふンだが。あなたや、子供たちを忘れ果てて去つてゆかれたのだとは、どうも思へないですね」
「さうでせうか‥‥でも私、どうしてもどんなことがあつても、再び前どほりに家庭を持つと云ふことはとても出來ないと思ひますわ。潔癖とでも云ふのでせうかしら。もう、いままでの生活を二度くりかへすのはこりごりですの‥‥」
「子供さんはどうします?」
「子供は私が養育するより仕方がないとおもつてゐます。兄の方を、父親へかへしてやらうかともおもひましたけれども、いざとなると、可愛くて手離すことが出來ませんし‥‥」
「ぢやア、生活はどうします?」
「えゝ、それなンですけれど、どうしたらいゝかと思つてゐますの。二十八にもなつて、しかも子供まであるンですもの、おいそれと、いゝ職業もみつかりつこはありませんし、いつそ、親子心中でもしようかとおもつたりしましたわ」
「ぶつさうですね、――まア、四五日、こゝにゐらつしやい。そしてよく考へるンですよ。死ぬることはいつでも出來ます。最後の瞬間まで、元氣を持たなくちやいけませんね」
 娘の頃よりも落ちついてゐて、ふじ子の胸や腰の肉づきが、木山には變にくすぐつたい感じだつた。ふじ子は、このごろ、何もたのしいことがないから、腹いせに煙草を喫ひ出してみたのだと、袂から「朝日」を出して一本口に咥へた。
 煙草を唇に咥へた手つきも妙に自然だつたし、白粉氣のない、白い皮膚が、さつぱりとしてゐる。木山はこの女が四五日ゐたところで不快ではないとおもひ、
「まア、ゆつくりしてゐらつしやい、僕は子供好きだし、賑やかでいゝ」
 と云つた。
「えゝ、ありがたうございます‥‥木山さんはその後、御結婚なすつてゐらつしやいますの?」
「僕ですか、さア貰つたやうなこともあるし、貰はないやうなところもあるし、と云ふところですかな。――いまは獨りものですよ」

     5

 廣太郎は郷里の姫路へかへつたが、四五日は親類の家へ出向いて酒をよばれることだけで日をおくつた。どの家からもまとまつた資金を出させるにいたらなかつた。
「わしの方こそ、あんたたちに相談をしようと思つた位だぜ‥‥千圓はおろか、百圓だつて都合はつくまい」
 末弟は、小さい材木商をやつてゐたが、このごろは建築の方もおもはしくなくて、臺所向きも白々と逼塞してゐる風である。廣太郎は、無爲に十日ばかりも郷里で日を過したけれど、空想したやうな甘い考へ通りにはゆかなかつた。一萬圓もあれば、小さな工場を持つて、インキの製造をやらうと思つてゐたし、少し豐かになつたら、八重子の爲に、小綺麗な喫茶店をつくつてやつてもいゝと思つてゐたのだ。
 親類のものたちは、何の前ぶれもなく郷里に戻つて來た廣太郎を不思議がつてゐたし、酒で荒んでゐる、面がはりの廣太郎に、どの家のものも何か警戒してゐる樣子があつた。――廣太郎は日を經るにしたがつて、資金調達が困難だつたし、始めのやうに、珍しがつて迎へて呉れる知人もなくなつて來ると、祖母ををがみたふして、祖母の貯金を全部おろして瓢然とまた東京へ戻つて來た。
 百圓たらずの金だつたが、それでも、子供たちへ土産物を買つたりして東京へ戻つて來た。ふじ子へ會ひたいとは思はなかつたが子供たちには妙に會ひたかつた。何と云ふこともなく、歸つたら子供たちを抱いてやりたいなごやかなものを感じてゐる。
 八重子にも會ひたかつたが、何よりもまづ子供に會ひたいと云ふ氣持は、廣太郎にとつては、幾年にもないことだつたらう。
 平凡な家庭に馴れてしまつて、何の波瀾もなかつた日常に、こんなに、二週間近くも子供に會はないと云ふことは、廣太郎にとつては珍しいことだとも云へる。――歸心矢の如しで、廣太郎は子供に會ひたくて仕方がなかつた。そのくせ、廣太郎は、東京驛から、素直にふじ子のもとへ歸るのが億劫で、靜岡から、わざわざ八重子へ東京着の時間を電報で打つたりしておく勝手さもあつた。
 東京は雨が降つてゐた。
 赤煉瓦の東京驛のホームへ、汽車がすさまじい勢で這入つて行つた。帽子をあみだにかぶつて、ステッキを持ち、網棚から土産物をおろして、廣太郎は悠々と窓から首を出して見たが、ホームに八重子らしいおもかげは見えなかつた。
 電報を見ないはずはないのだが、奴さん、もう店へ出てゐたのかも知れんな、廣太郎は、一寸ばかり失望した氣持で、人のまばらになつたホームを歩いていつた。
 おゝ、だうは形無し、か、去りて明存みやうそんし‥‥だな、廣太郎は、白い飛沫をあげて降りつゞけてゐる雨のうつたうしさを眺めて肚のなかから佗しさの溜息を吐いてゐた。
 四方八方にゆきくれたおもひである。
 明日から、また、會社へ出てゆき、あの世界に身を屈して働くより仕方もないのだらう。人の山林を調べ、人の邸内の坪數を評價して、この鬱勃たる人生が暮れてゆくのも俺の運命かも知れない。
 瀧野川へ戻つてみたが、家は鍵がかゝつてゐて誰もゐる樣子がなかつた。差配に鍵をかりてやつと家の中へ這入つたが、家の中は雜然としてゐた。玩具箱がひつくりかへつてゐたし、ハンモックも吊つたなりだつた。よほど以前から、皆さんゐらつしやらないのですよ、と隣家のものが教へてくれた。
 廣太郎は、ハンモックの中へ、帽子や土産物を投げいれて、臺所に二本並んでゐるビールを座敷へ持つて來て、一人で栓をぬいてごくごく飮んだ。なまぬるくて美味くはなかつたけれど、哀しみを誘ふやうなビールの味は、廣太郎をいやがうへにも感傷的にしてしまふ。
 整理好きのふじ子が、こんなに部屋の中をとりみだしてゐるのは、自分の出たあと怒つて、子供を連れて姫路へ行つたのかも知れないとおもつた。姫路へ歸つても、ふじ子の實家をたづねてやらなかつた冷さが悔いられたが、いまになつては仕方もないことだと、廣太郎は雨の中を、郵便局まで電報を打ちに行き、歸りは酒屋から酒をとどけさせるやうにして家へ戻つて來た。疊はしめつてゐてかびくさく、床の間の百合の花は、枯れてちりちりに銹びた色をしてゐた。

 翌日、ふじ子の實家から、こちらには戻つてゐないが、當分、東京へは歸らぬだらう、母子共健在故安心してくれと云つた返電が來た。
 廣太郎は、いつたい、ふじ子は何處へ行つたのだらうかと考へた。
 雨は昨日から降りつゞいてゐる。
 廣太郎は、子供をかゝへた何の取柄もない女が、いつたい二週間以上もどこをうろついてゐるのだらうと思つた。ひよいとしたら自殺でもするのではないかとも思へ、寒いものが背筋を走つた。死ぬるのだつたら子供だけは置いて逝つてくれと云つた、男の勝手きはまる想念が、意地惡く廣太郎の胸の中を走りまはつてゐる。
 だが、本當に、あの女が死んでしまつたとなると、自分はこんな氣持で平然とつゝ立つてはゐないかも知れない。
 何かしら瞼が熱くなつて來て仕方がなかつた。たいした幸福なおもひもさせなかつた妻に對して、ぴしぴしと苛責を受けてゐるやうな切なさがあり、子供へ會ひたい思ひが、まるで炎のやうに一日ぢゆう、目のさきにちらちらして仕方がなかつた。
 昨夜、寢卷姿で夜更けまで、家の中をきちんと整理して、今朝は早々と、廣太郎は雨の中を久しぶりに會社へ出掛けて行つた。
 病氣屆を出しておいたので、見舞を云つてくれる同僚もゐたりして、廣太郎は妙になさけない氣持だつたが、をかしいことには退屈ないまの仕事に、何と云ふことなく新しい元氣が湧いて來つゝある事だつた。不思議なことには、いままでよりも一級上の椅子に、廣太郎の位置がかはつてゐる。月給も少しばかりだつたが上つてゐた。
 廣太郎は、掛け心地のいゝ、革の椅子にどかつと腰を降ろして、ふつと、やつれ果てた妻の顏をおもひ出してゐた。さゝやかなよろこびだけれど、ふじ子が一番よろこんでくれさうな氣がして來る。
 二三日たつてから、廣太郎はふじ子からの手紙を手にした。
――おかへんなさい。姫路の家から、お歸りを知らせて來ました。お元氣ですか。
私たちもおかげさまで元氣でをります。同封の寫眞のやうになりました。
秋までこゝにゐようとぞんじます。
私は、いままでの生活に再び戻つてゆける自信はありません。何も知らない、平凡な妻であつた私に、あなたはおもひがけないところで、私に何百燭光と云ふ燈火をつけて下さつたやうなものです。子供もこゝがいゝと云つてゐます。私は久しぶりに、女學生のやうな昔の生々しさにかへりました。子供は私が養育したいとおもひます。生意氣なやうですけれども、子供たちも、もう、すつかり、この海邊の生活になついてしまつて東京へ歸らうとは申しません。どうぞお元氣でゐて下さい。籍の方はいつでも御自由に拔いて下さいまし。新しい奧さまをお迎へになつて、いゝ生活をなさいますやうに。いまは昔のやうな怨嫉つゆほどもなく、私も新しく生々と生活してをります。子供の着替へと、私のもの、お序の折に、姫路へ送り戻しておいて下さいませ。くれぐれもお大切に祈りあげます。
ふじ子 拜
    廣太郎 樣

 手紙の中へ二枚の小さい寫眞が入れてあつた。水平線の見える海邊で、ふじ子がハイカラな海水着を着て子供たちとたはむれてゐるのと、籐椅子に腰をかけて健吉と二人ですましてゐる、ふじ子の若々しい寫眞が、廣太郎の眼に燒きつくやうに寫つた。
 若い芽をおもひきり發芽させたやうなみちがへるばかり美しくなつた妻の寫眞を、廣太郎はのぼせるやうななつかしさで、ぢつと黄昏の縁側で眺めてゐた。





底本:「惡鬪」中央公論社
   1940(昭和15)年4月17日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※片仮名の拗音、促音を小書きするか否かは、底本通りとしました。
入力:林 幸雄
校正:花田泰治郎
ファイル作成:
2005年8月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について