よみがへる父

原民喜




 父の十七回忌に帰って、その時彼の縁談が成立したのだから、これも仏の手びきだらうと母は云ふ。その法会の時、彼は長いこと正坐してゐたため、足が棒のやうになったが、焼香に立上って、仏壇を見ると、何かほのぼのと暗い空気の奥に光る、かなしく、なつかしい夢のやうなものを感じた。

 彼は奈良に立寄って、大仏を見た。その時、かたはらに妻がゐると云ふことがもう古代からのことのやうに思へた。何人かここに来て、何人か死んで行った――そこの太い大きな柱をめぐって、年寄の女が御詠歌をうたってゐた。
 彼の妻は父のことを聞くのを好んだ。彼はそれで以前よりか、もっと細かに父に関する記憶を掘り出すことが出来た。すると、そればかりではなかった。あちらからも、こちらからも並木路が見えて来た。何年も憶ひ出さなかった記憶がそこを走り廻った。





底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
   1966(昭和41)年2月15日初版発行
入力:蒋龍
校正:伊藤時也
2013年1月24日作成
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