天地の間に生るゝ動物は肉食のものと肉を喰はざるものとあり。獅子、虎、犬、猫の如きは肉類を以て食物と爲し、牛、馬、羊の如きは五穀草木を喰ふ。皆其天然の性なり。人は萬物の靈にして五穀草木鳥魚獸肉盡く皆喰はざるものなし。此亦人の天性なれば、若し此性に戻り肉類のみを喰ひ或は五穀草木のみを喰ふときは必ず身心虚弱に陷り、不意の病に罹て斃るゝ歟、又は短命ならざるも生て甲斐なき病身にて、生涯の樂なかるべし。古來我日本國は農業をつとめ、人の常食五穀を用ひ肉類を喰ふこと稀にして、人身の榮養一方に偏り自から病弱の者多ければ、今より大に牧牛羊の法を開き、其肉を用ひ其乳汁を飮み滋養の缺を補ふべき筈なれども、數千百年の久しき、一國の風俗を成し、肉食を穢たるものゝ如く云ひなし、妄に之を嫌ふ者多し。畢竟人の天性を知らず人身の窮理を辨へざる無學文盲の空論なり。抑も其肉食を嫌ふは豚牛の大なるを殺すに忍びざる乎。牛と鯨と何れか大なる。鯨を捕て其肉を喰へば人これを怪まず。抑も生物を殺すときの有樣を見て無殘なりと思ふ故乎。生た鰻の背を割き泥龜の首を切落すも亦痛々しからずや。或は牛肉牛乳を穢きものといはん乎。牛羊の食物は五穀草木を喰ひ水を飮むのみ。其肉の清潔なること論を俟ず。よく事物の始末を詮索すれば世の食物に穢き物こそ多からん。日本橋の蒲鉾は溺死人を喰ひし鱶の肉にて製したるなり。黒鯛の潮汁旨しと雖ども、大船の艫に附て人の糞を喰ひし魚なり。春の青菜香しと雖ども、一昨日かけし小便は深く其葉に浸込たらん。或は牛肉牛乳に臭氣あるといはん乎。松魚の鹽辛くさからざるにあらず、くさやの干物最も甚し。先祖傳來の糠味噌樽へ
牛乳製造の種類
一、牛乳(洋名ミルク)
牛の乳を搾り其まゝこれを飮む。或は砂糖を和するもよし。又或は口に慣れざる者は茶「コッヒー」(茶の類舶來品)を濃く煎じ混和 [#「混和」の左に「マゼテ」のルビ]して用れば味甚だ香し。身體の滋養を助け食物の消化を促し腹合をよくし元氣を増すこと百藥の長と稱すべし。又子を育るに牛の乳を用れば乳母を雇ふに及ばず。
一、乾酪(洋名チーズ)
牛の乳を製して乾餅の如くなしたるものなり。鹽氣を含み味甚だよし。永く貯置くべし。
一、乳油(洋名バタ)
牛乳の中に含む油の分を集め鹽に和して製したるものなり。蒸餅又は芋の蒸したるものへ附け平日の食事に用ふ。又魚類肉類を調理するとき鹽梅に用ふ。消化を助る妙品なり。
一、懷中乳の粉(洋名ミルクパヲダル)
牛の乳を煎じ次第に乾かして粉になしたるものなり。旅行の用意に貯へ又は牛乳を得がたき土地の人は遠方より取寄せ貯置くべし。これを用るときは湯、水、茶、「コッヒー」等に和す。功能牛乳に異ならず。
一、懷中薄乳の粉(洋名コンデンスド・ミルク)
牛乳に精製の砂糖を和し濃く煎じ詰たるものなり。其状飴の如し。用法功能乳の粉に同じ。
右は我會社にて製する所の品なり。其功能は用ひて知るべし。凡日本國中の府藩縣にて牧を開き牛乳の製法を弘めんとする者あらば、我社中は悦て其法を傳へ天下と共に裨益を謀るべし。明治三年庚午季秋
東京築地中通り 牛馬會社