○一つ橋外の学校の寄宿舎に居る時に、明日は三角術の試験だというので、ノートを広げてサイン、アルファ、タン、スィータスィータと読んで居るけれど少しも分らぬ。困って居ると友達が酒飲みに行かんかというから、直に
一処に飛び出した。いつも行く神保町の洋酒屋へ往って、ラッキョを
肴で
正宗を飲んだ。自分は五
勺飲むのがきまりであるが、この日は
一合傾けた。この勢いで帰って三角を勉強しようという意気込であった。ところが学校の門を
這入る頃から、足が土地へつかぬようになって、自分の室に帰って来た時は最早酔がまわって苦しくてたまらぬ。試験の用意などは思いもつかぬので、その晩はそれきり寐てしまった。すると翌日の試験には満点百のものをようよう十四点だけもらった。十四点とは余り例のない事だ。酒も悪いが先生もひどいや。
〔『ホトトギス』第二巻第九号 明治32・6・20〕