露西亜の実生活

宮本百合子




        作家の生活費は収入で決まる

 ソヴェト露西亜の実生活については種々反動的なデマゴーグが拡まっているが、実際内部へ入って見れば、年々状態は好くなって来るし、一九二八年――まして一九三三年の生産拡張五ヵ年計画が着手されてから、個人商人の激減と工場及び凡ての官公署内の組織が社会主義的ラインに依って非常に多くのものを清算し改造したために、各個人の実際生活が一方から見れば窮屈みたいだけれど、一方から見れば非常に合理的に営まれている。
 最近モスコーの中で個人資本で営業している店が二パーセントに減った。失業者が統計上のみならず、実際的に絶無となり、有資格労働者が十万人も養成されつつあるが、未だ労働力が足りない。若い労働者の間では、専門技術を勉強して資格ある労働者にならねばならぬという熱心が非常に強い。今ソヴェト露西亜では五ヵ年計画が凡ゆるものの根柢になっている。その完成のために五日週間、衝撃隊(生産に従事する労働者の能率増進の特志団)、官僚主義を掃蕩するための軽騎隊などを組織して、工場内ばかりでなく住宅問題、消費組合の問題を扱っている。
 例えば今年の秋の初め、野菜が非常に配給困難に陥った、その理由は消費組合内の反革命的分子の策動と、運輸状態が悪かった為めに起ったことである。そう云う場合に実際活動をして、消費組合の監督運輸方面を活溌にさせたものは衝撃隊と、軽騎隊と、婦人労働者の中から選ばれた代表者の仕事であった、勿論凡ての団体は男女の労働者勤人から成立っている。
 軽工業の生産品を、今年の冬は一つの工場、その他の勤め先に半年以上勤めた者に、特別の(オールデル)を渡して配給することにしている。例えば外套、防寒靴、布地等をそういう組織で配給している。
 今ソヴェトは重工業に力を入れているから軽工業の生産品はまわり切れない。その代り忠実に生産に従事して働いているものは食糧及び軽工業の生産品にも左程ひどく欠乏を感じずに暮している。
 一言に云えば、ソヴェトは建設時代の種々の困難を経験しつつあるが、世界でほんとの意味の不景気でないところ経済的に民衆の希望の満ちているところと云える。
 生活費の点でもソヴェトでは例えば家賃、教育費、ある場合食費、電話料、電燈料、水道料等も各個人の収入との比例によって定まる。
 画かきや作家等は一ヵ月の収入が不定だから、毎月の収入を届け出て、それに依って毎月家賃でも凡ての生活費の支弁率が変って来る。例えば作家クラブ等では、団体に属している作家は半額で食堂の食事が食べられる、五ルーブルの食事が二ルーブル半で出来る。その他金融、健康保護、休みの家、時には作家の家族の生活保証まで特種な組織があってやっている。
 ソヴェトで或る組織の中に入って働いている人にとって、生活は一寸他の国で想像の出来ない根柢的な安心がある。そこで革命は無駄にやったことではないと痛感する。

        所有権から利用権への推移

 今のソヴェトの若い人の心持の中で、過去の人々のもっていた所有権と云う観念が、利用権と云うようなものの観念に変って来ている。何故ならば、小学校の教育時代から個人主義的な(自分のもの、自分が持たなければ使えないと云う)ものの考え方がすっかり変えられている。学校は食事も勉強に必要な学用品類をも文部省から支給されている、子供は勉強に必要なものは学校へ行けば有る。昨日Aという子が使ったものを、今日は自分が使う。明日いらなければ別の子がそれを使う、みんなにそれは必要な品である。必要だから皆が使う権利をもっている、そしてそれを自分だけで専有することは間違っていると云う心持が養成されている。クラブにしろ、種々な研究会に於てにしろ、凡てその主義で行われているから、自分で買込んだり貯め込んだりする興味が減って来る。益々社会主義的感情が、自然に若い時代の人々の附焼刃でない感情になっている、従って若い人々が自分の働く場所、生活する場所の文化的設備増大に対する関心は、注目すべきものがある。
 中心になっているのは当然ピオニェール、コムソモールであるが、党員以外の若い者は、男女を問わず革命以前に見られなかった新人間として成長しつつある。
 一般月給は最近二年間に、例えば四十五ルーブルだったものが今六十二ルーブルとる程度に上っている。
〔一九三〇年十一月〕





底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
   1986(昭和61)年3月20日初版発行
初出:「時事新報」
   1930(昭和5)年11月13、14日号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年8月14日作成
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