ソヴェトのピオニェールはなにして遊ぶか

宮本百合子




 夏になると、ソヴェトのピオニェールは、たいてい避暑にでかける。避暑といっても、ブルジョアの子供たちみたいに、おしゃれした母親といっしょに、海岸の宿やへ行ったりするんじゃない。
 ピオニェール分隊が、景色のいい田舎や海べに野営地をもっていて、ピオニェールたちは、無料で、一ヵ月ぐらい、楽しくそこで暮すのだ。
 モスクワと云えば、ソヴェト同盟の首府で、世界の革命[#「革命」に「××」の注記、底本の親本「河出書房 宮本百合子全集」で伏字を起こした個所]的プロレタリアートの都だ。そこのモスクワに東京で云えば本所区、浅草区と云うようにいくつか区がある。区のピオニェール分隊は、モスクワ郊外のいろんなところに、それぞれ野営地をもって、夏の間に何百人というピオニェールたちが暮してる。
 天気のいい日、汽車にのっかって、わたしは、或る野営地見学に出かけていった。小さい田舎のステーションで汽車を下りて、林の間の道をドンドン歩いて行くと、沢山の牛が小さい牧童と犬とに番されながらやって来る。
 なお行くと、林からって来た樹を、そのまんま門にして、緑の葉っぱで飾った凱旋門みたいなものが行手に見えた。
 見ろ! 鎌と槌の飾がついてる! 赤旗がヒラヒラしてる。ピオニェール野営地の入口だ。
 嬉しい心持ちで、あっちこっち見まわしながらそこをぬけると、大きい松の木の下に家があって、裏で、赤い襟飾をつけたピオニェール少年少女が数人笑ったり喋ったりしながらジャガイモの皮むきをやっている。太ったおばさんが、前掛で手をふきながら、窓のところへ立っている。そこには涼しい風がふいた。
 みんなも知っているだろう。ピオニェールは小さくたって、大人の働きをたすけることをよく知っている連中だ。大勢で野営地にくらすとき、順ぐり当番で、ピオニェールたちが食べものこしらえの手伝いも、洗濯も、掃除もみんなやるんだ。自分の室や服や、食うものやを不潔にしといて、争議んときだけ働くピオニェールというものはないんだ。
 ところで、そのおばさんが窓のところからわれわれに陽気な声をかけた。
「野営地を見にきたんですか? あんたがたは――」
「そうです」
とわたしは答えた。
「どこへ行ったらいいんでしょう」
「まっすぐその道行って、第一番の家へ入っておききなさい」
「ありがとう」
 家と松の木のかげを出たら、前にとってもカラリとした広場があらわれた。真中に高い高い柱が立っていて頂上に大きい赤旗が翻っている。夏の光った熱い青空で、赤旗は愉快に翻っている。
 朝、野営地じゅうのピオニェールが整列してラッパと敬礼でこの旗をあげる。夕方、また同じ儀式でこの赤旗をおろす。赤い労働者の旗は、ピオニェールの一日の働きのしるしなのだ。
 一番目の家というのは、すぐ広場の前にある。十二三の、ピオニェールの制服をつけたオカッパのピオニェールの女の子が二人、家の入口のところに歩哨に立っている。その家の中には、この野営にやって来ているいくつかの分隊の分隊旗、ラッパ、太鼓などが、きちんと並べて飾ってある。
 そのピオニェール少女のひとりが、指導者をよんで来てくれた。まるで若い共産党青年女子コムソモールカだ。上は制服をきているが足はむき出しで、運動靴をはいている。元気なもんだ。
 われわれは、カンカン日にてらされながら、ひろいひろい、野営地じゅうを見て歩いた。五百人のピオニェールが走っているんだそうだが、どこにいるのか、丘や林や池のあっちこっちにちらばって、一向めだたない。
 景色はなんとも云えずいい。花の咲いてる道をダラダラのぼってゆくと、樹にかこまれた大きい池がある。大よろこびで、ピオニェールたちは水浴びの最中だ。
 植物採集をやっているらしく、しきりに茂った草の中を、なにかさがしながら歩いているピオニェールの姿も見える。
 指導者のアンナさんは、われわれとならんで草の中へねころび、満足そうにそういうピオニェールの夏休みの景色を眺めていたが、急に、
「ああ、あなた。この池をさかいにして、私どもんところじゃ、大戦さがあったんですよ」
と云った。
「大戦さ? いつです?」
「ついこの間!」
 そう云って、アンナさんは笑った。
「知っているでしょう。一九二九年の夏はソヴェト同盟で、世界の第一回ピオニェール大会がありました。今年一九三〇年の夏は、ドイツのハーレという市で、第二回の世界ピオニェール大会がひらかれる筈だったんです。ところが、ドイツはブルジョアの天下ですからね。あなたの国日本とおなじように、ソヴェト同盟のピオニェールたちが自分の国へ出かけて来て、元気なソヴェト同盟の生活ぶりを話すのを、いやがったんです。入国許可をソヴェト同盟のピオニェールだけによこさないんです。
 ソヴェトのピオニェールは一寸はガッカリしたけれど、ナニ糞! と思ってね。ドイツへは行けなくったって、ちゃんと世界ピオニェール大会は記念してやることを考えついたんです」
 そして、この野営地にいる五百人のピオニェールたちは、「世界ピオニェール大会」についての集団遊戯を考えだした。
 このきれいなひろい池のあっち側はブルジョア国。こっち側は、ソヴェト同盟。まず、広い野営地を、そう二つにわけた。
 ブルジョア国では、国境に見張りをおいて、自分の国の中のピオニェールがソヴェト同盟へ行かないように、ソヴェトのピオニェールと連絡をとらないように番をしている。
 だが、ソヴェトのピオニェールは、世界の同志となんとかして手を握ろうとするし、ブルジョア国のピオニェールがそれを望んでいることは、もちろんだ。
 そこで、夜、見張りの目をかすめ、丘を越し、林をぬけて、ソヴェト側とブルジョア国のピオニェールとが忍び合い、いろんな手順を相談する。
 幾日もかかって相談した。
 そして、いよいよすっかり相談がまとまったとき、ソヴェト側のピオニェールは、勢盛んにブルジョア国へ侵入した。ブルジョア国の内では、きめた手順でピオニェールが待っている。
 ソラ! ソヴェト側がやって来たぞ! 合図といっしょに立ちあがり、ソヴェトのピオニェールと力をあわせてやるぞ、やるぞ! さんざんブルジョアをやっつけて、到頭、自分のところへもソヴェト政府をこしらえてしまった。
「遊戯は、そこでおしまいになったんです。でも、もうブルジョアとの戦いときたら、スゴイ勢でね。大人がハラハラするようでしたよ。本気なんです。とても……」
 ふふーん。と自分は感心した。
 どこの国の子供だって、戦さごっこはやる。けれども、これは、さすがにソヴェトのピオニェールの戦さごっこだ。ガキ大将にくっついて、ヤーッ、チャンチャン、バラバラ、とやるんじゃない。役割をきめ、組織をきめ、しかも一日ではない、幾日もかかって、世界の革命[#「革命」に「××」の注記]を題にし、みんな自分たちの考えだけで遊びをやりとげるところは感心だ。
 どうだ。日本の小さい同志。ひとつ、まけずに、こっちでも、ためになる、真面目な、集団遊戯を考えようではないか。
〔一九三一年五月〕





底本:「宮本百合子全集 第九巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年9月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本「宮本百合子全集 第六巻」河出書房
   1952(昭和27)年12月発行
初出:「ショーネン・センキ」
   1931(昭和6)年5月1日 復刊第1号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2002年10月28日作成
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