犯人

宮本百合子




 国鉄のクビキリが人々の注目をあつめはじめると同時に、列車妨害の記事が毎日、新聞へ出るようになった。九州ではトンネルの入口にダイナマイトをしかけた者さえあった。
 そしてそれらの新聞記事は、それらの妨害がどれも鉄道の専門知識をもったものによっている、といかにも国鉄労働組合員のしかもクビキリにつよく反対している部類の組合員の仕業のようにほのめかした。この列車妨害記事の出はじめたとき、全国の国鉄労組のまじめな人たちは、すぐ自身たちで検察隊をつくるべきだと思った。こういう挑発は労働者自身によってきびしく監視されるべきことがらである。
 列車妨害という行為は本質的に反労働者的であり、反人民的である。ソヴェト同盟で列車妨害は反革命陰謀者たちが主要な一環として実行した挑発行為であった。
 九州でダイナマイトを仕かけた事件は写真入りで報道された。しかし犯人も出なければそのダイナマイトというものが果して本当に爆発するものであったかなかったかさえ公表されなかった。記事は世間に不安なセンセーションをおこし反共の役を演じたままヤミに葬られた。その前後に十五歳になる少年数名が列車妨害で捕えられ、またこれもウヤムヤにひっこめられた。十五歳ぐらいの不良少年がチャリンコ適齢期であり、親分子分、兄貴とのつきあいを知っていることは、こんにちの日本の世相では周知の事実である。反対に十三歳より十五歳の少年たちが列車妨害を発見した一例があった。これとそれとを考えあわせれば、十五歳の少年団の列車妨害はただのいたずら心といいきれるだろうか。列車妨害で一人の共産党員と自称する男がつかまったと報じられた。これはデマとして大した利用価値はなかったようだ。
 下山事件は二週間たった今日やっと自殺説が表面に出されてきている。この事件で検事局が警視庁の捜査本部へ殺人の方向で進めてくれと特に注文をつけ、捜査本部はかならずしも同調しなかったことは世人の記憶にあたらしい事実である。
『読売新聞』は一貫して犯罪性を強調し、この裏に共産党ありと、あすにも犯人があがりそうに不安な雰囲気をかきたててきたが、今日の『読売』をみると一役すんだのだろう、国鉄中闘委員会左派十四名免職をトップに、あとは野球、囲碁へと注意を流している。
 七月十五日の三鷹事件では飯田七三氏、山本久一氏の二人が容疑者として十七日に逮捕された。七月十八日の各紙に出ている逮捕理由はおおざっぱで独断的ですべての常識ある人には奇妙に思われるものだった。吉村隊長でさえ、検事局はあれだけ全国的に事実をかためてから逮捕した。飯田、山本両氏について、検事局は「往来危険罪で処断」と最悪の場合は死刑までふくむ法文を引用して見解を示している(十七日)。
 ところが事件の十五日夜アリバイがはっきりしているために「やや焦燥の色濃い東京地検堀検事正、馬場次席検事は」「教唆罪もあり得る」と語っている(七月十九日『東京新聞』)。検事のこの言葉は「あり得る」あらゆる罪名をもって飯田、山本両氏を犯人にしようとしているような感じを与える。
 吉田内閣のやりかたは下山事件、三鷹事件、どれをみても裏面工作、小細工陰険で、新聞デマは極度に使用されている。手口がそろそろ見えてきた。吉田首相は政府自身の工作で「国内不安」を挑発し、そのデマ記事を世界に流して国際反動の力を動員しようと熱中している。
 真に国内不安を除去しようというなら、なぜ、下山事件の捜査過程に、あんな秘密主義をとっただろう。三鷹事件で、ハンドルからとれた指紋が、山本、飯田両氏のものであるかないかは、二三時間もあれば発表できることではないか。
〔一九四九年七月〕





底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「文化タイムズ」
   1949(昭和24)年7月27日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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