書簡 山田邦子宛

(一九一五年七月一一日)

伊藤野枝




宛先  東京代々木
発信地 小石川区指ヶ谷町 青鞜社


 お手紙拝見いたしました。おかねもたしかに頂だい致しました。ありがたく御礼申上げます。この間から、あなたにはお目に懸りに伺はふか、それとも手紙でと、いろ/\に考へて居りましたの。先日の永いお手紙に返事を出しそびれまして、さぞお腹立のことと存じ、そのおわびもあり、それからわざ/\お持ち下さいました御歌集についても、まづしい感想でもと思ひながら、今月号に何の御紹介もいたしませんで、そのおわびにもとおもひまして、かたがたとても手紙では申上きれませんし、是非伺はうと思つて居りましたのに、先きにあのやうなお手紙をいただきまして、本当に恐縮いたしました。御歌集については九月にゆる/\少しながく書いて見る気が御座いますので、少し時期はのびますがおゆるしをお願ひする気でをりました、何卒あしからずおゆるし下さい。
 いつぞやは私の方でもぜひおわびしなければなりません。あんなにとり乱してをりましたので自分ながら困つて仕舞ひました。そうしてあなたに失礼なおもひをいたしまして、私は後で本当に私こそあなたに済まなくて後悔いたしてをりました。それだのにあなたから反対にあんなお手紙をいただきまして、すつかりどぎまぎして仕舞ひました。そのこと直ぐに御返事を書かうと思ひ/\つい日頃の不精のせいで毎日おもひくらしてゐながら一日一日と遠ざかつて、何となくあなたにはすまない/\と思ひながら出しそびれてそのままになつて仕舞ひました。けれども決して横着な気があつたのでは御座いませんから何卒おゆるし下さいまし。国へは十六七日頃立つつもりで居りますから、出来ればその前に一度お伺ひしたいと思つて居りますが、よくそれもわかりません。何卒あなたにもおあつさおいとひ下さい。
 それから又九月には記念号を出したいと存じますから、八月十日頃までになるべく永いものを何卒頂かして下さいましな。いつも/\勝手なお願ひをいたしながら感謝のおしるしも出来ないふがひなさを悲しく存じて居りますけれど、今度かへつてまゐりましたらば、もうすこし仕事に自分をみんなうち込んで少ししつかりしたものにしたいと息込んでゐます。それにしても矢張りあなた方のお力にたよらなければ何にも出来ません。何卒何時までもよろしくお願ひいたします。私はあなたがもう少しお近かつたらとしみ/″\思ひます。
 私は今の処、本当に友だちといつてはないのです。平塚(らいてう)さんも遠くに行つて越して仕舞ひましたし、ろくに手紙も来ませんし書きません。あの方は本当に立派な方ですけれど、あの方にいつでも優越感をもたせてゐなくてはおつき合ひの出来ない方です。私が勿論、あの方に及ぶはづはありませんけれども、いくらかづつでも、他の者が育つてゆくのをずつと見てゐられる方ではないので、私も子供が出来てエゴイステイツクになつたと非難されて遠ざけられて居ります。私のひがみかも知れませんけれど、私はあの方に私の手を引かれて育てられたことは決して何時になつても忘れませんし、たつた一人の私の近しいたよりになる人と思つてゐましたのですけれど、そんな風です。私は本当につらひのですけれど、これも自分のゆくべき道ならば仕方がないのです。私は私の尊い先輩だとは思つてゐます。何にも代へがたいのですけれど、一度私の仕事として引きうけた雑誌をなげ出して仕舞ふことは出来ません。百人に代はる一人の大事な友であつても、私は今、私の仕事を投げ出さうとは思ひません。私はエゴイストであることは自分でも知つてゐます。
 つまらないぐちを思はず書いてしまひました。何卒おゆるし下さい。つひ、何時でもあなたのお書きになるものに少からず動かされる同じ自分を見出しますので、何となくなつかしく、自分ひとりで何だか心やすい方のやうにきめてゐますので、こんなつまらないものを書きました。女はつまらないぐちを云ふものといつも云はれて居りながら、矢張り仕やうのないものですね。この頃はいくらかセンチメンタルになつてゐますので、つい一寸ちょっとしたことにもかうしたぐちを云ふやうになるのです。何卒私のこの下らなさをお笑ひ下さいまし。私はこんな下らないぐちをさへ云ふ女なのに、何とかかんとか他人様に云はれると云ふのは何といふ皮肉でせうね。私は自分をかへり見て本当にかなしく情なくなります。どうしてかうも小さい見苦しい自分なのかと恥かしくなります。
 本当にお目にかかつてゆつくりしみ/″\お話したいと思ひますわ。何卒お気のおむきになつた時には、おはがきでも頂かして下さいましな。私も手紙位は書きます。沢山書きたいことはありますけれども、これで失礼いたします。本当にあなたの御健康を祈ります。(十一日)
[『大杉栄随筆集』人文会出版部、一九二七年五月]





底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
   2000(平成12)年5月31日初版発行
底本の親本:「大杉栄随筆集」人文会出版部
   1927(昭和2)年5月10日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:酒井裕二
校正:雪森
2016年6月10日作成
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