消息

伊藤野枝




 こちらへまゐりましてからまだしみじみおちついた気持になれないうちに東京からは後から/\いろ/\な面倒なことを言つて来たり何かして本当によはりきつて居ます 其為めにまだ何所へも手紙らしい手紙もかけずに原稿もかけず何にも手につきません。却つて遠くでいろ/\心配ばかりしてゐますので頭が変になつて仕舞ひます 原稿も是非かゝねば申訳がないと思ひながらそんなこんなで何にもかけません。九月号が出来ねばどうにもおちつくことが出来ないやうな気がいたします。海を見ても山を見てもなか/\呑気のんきな気持になれません。毎日々々どうしていゝかわからないやうな日ばかりです しばらく第三帝国も拝見しませんが如何ですか。此度はこちらあてに送つて頂くことは出来ませんでせうか、さうして頂ければ大変に都合がいゝと思ひます 今月になつて雑誌を一つ二つのぞきましたきりで何にもよみません 何か面白いものがございますか 久保田氏の小説は大変いゝと思ひました。なか/\達者にかけて居ます。今迄何か投書でもしてゐらしたのですか、此度かへりましたら是非お眼にかゝりたいと思ひます。何卒おついでの節よろしく、また何かいゝものが有りましたら頂かして下さいますよう仰言おっしゃつて下さいまし、こちらもまだなか/\あつうございます 東京もおあついでせうね。――
八月十八日―孤月様―
野枝
[『第三帝国』第五〇号、一九一五年九月一日]





底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
   2000(平成12)年5月31日初版発行
底本の親本:「第三帝国 第五〇号」
   1915(大正4)年9月1日
初出:「第三帝国 第五〇号」
   1915(大正4)年9月1日
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※初出時に表題はありません。
入力:酒井裕二
校正:きゅうり
2019年3月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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