書簡 武部ツタ宛

(一九一七年八月一三日)

伊藤野枝




宛先  大坂市西区松島十返町 武部種吉様方
発信地 東京市外巣鴨村宮仲二五八三


 お手紙拝見。大坂に来てゐると云ふことはやつと半月ばかり前にききました。東京に来たのだつたら尋ねて来ればよかつたのに。本郷の菊富士ホテルと云ふことは今宿いまじゅくのうちでもだいのうちでも知つてゐる筈、一寸ちょっときいてから来ればよかつた。うちからは四五日前たよりがあつた。突然に、盆前に金を送つてくれるやうにとの事だつたけれど、もう日数がないから、とりあえず手許にあつた拾円だけ送つて置きました。私も毎月でも送りたいと思ふが、流二を他所に預けて、その方に毎月十円近くとられるので、三十円や四十円とつた所でどうすることも出来ないのに、この二三ヶ月は体の具合がわるくて少しも仕事をしないで遊んでゐるので一層困ります。出来さえすればどうにでもするつもり。今宿へは今年一杯はかへれないと思ふ。来年になつたら早々にかへります。大阪には、もうよほどお馴れか、少しは知つた人が出来ましたか。私も時々はたよりをするから、そちらでも時々はハガキ位は書いて欲しい。こちらに用があつたら、面倒な事でなかつたら足してあげる。入用なものでもあつたら、とゝのへて送つてあげる。大阪では、国とも大分遠いから、体を大切にして病気になんかならぬやうになさい。私のことは心配しなくても大丈夫だから。そのうち大阪にでも行つたら会ひませう。大坂は特にあついから本当に体を大事におしなさい。
野枝
津た子どの





底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
   2000(平成12)年5月31日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※「大坂」と「大阪」の混在は、底本通りです。
入力:酒井裕二
校正:雪森
2016年6月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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