探檢實記 地中の秘密
蠻勇の力
江見水蔭
――氷川社内の一小破片――それが抑もの初採集――日本先住民は大疑問――余は勞働に耐え得る健康を有す――
誰
(
たれ
)
でも
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
なければならぬ
事
(
こと
)
を、
然
(
さ
)
う
誰
(
たれ
)
でも
知
(
し
)
らずに
居
(
ゐ
)
る
大問題
(
だいもんだい
)
がある。
自分
(
じぶん
)
も
知
(
し
)
らぬ
者
(
もの
)
の
一人
(
ひとり
)
で
有
(
あ
)
つた、それは
日本
(
にほん
)
に
於
(
お
)
ける
石器時代
(
せききじだい
)
住民
(
じうみん
)
に
就
(
つい
)
てゞある。
明治
(
めいぢ
)
三十五
年
(
ねん
)
の
夏
(
なつ
)
であつた。
我
(
わ
)
が
品川
(
しながは
)
の
住居
(
じうきよ
)
から
遠
(
とほ
)
くもあらぬ
桐
(
きり
)
ヶ
谷
(
や
)
の
村
(
むら
)
、
其所
(
そこ
)
に
在
(
あ
)
る
氷川神社
(
ひがはじんじや
)
の
境内
(
けいだい
)
に、
瀧
(
たき
)
と
名
(
な
)
に
呼
(
よ
)
ぶも
如何
(
いかゞ
)
であるが、一
日
(
にち
)
の
暑
(
しよ
)
を
避
(
さ
)
けるに
適
(
てき
)
して
居
(
ゐ
)
る
靜地
(
せいち
)
に、
清水
(
しみづ
)
の
人造瀧
(
じんざうたき
)
が
懸
(
かゝ
)
つて
居
(
ゐ
)
るので、
家族
(
かぞく
)
と
共
(
とも
)
に
能
(
よ
)
く
遊
(
あそ
)
びに
行
(
ゆ
)
つて
居
(
ゐ
)
たが、
其時
(
そのとき
)
に、
今
(
いま
)
は
故人
(
こじん
)
の
谷活東子
(
たにくわつとうし
)
が、
畑
(
はたけ
)
の
中
(
なか
)
から
土器
(
どき
)
の
破片
(
はへん
)
を
一箇
(
ひとつ
)
拾
(
ひろ
)
ひ
出
(
だ
)
して、
余
(
よ
)
に
示
(
しめ
)
した。
まさか
余
(
よ
)
は、
摺鉢
(
すりばち
)
の
破片
(
かけ
)
かとも
問
(
と
)
はなかつた。が、それは
埴輪
(
はにわ
)
の
破片
(
はへん
)
だらうと
言
(
い
)
うて
問
(
と
)
うて
見
(
み
)
た。
活東子
(
くわつとうし
)
は
鼻
(
はな
)
を
蠢
(
うご
)
めかして『いや、
之
(
これ
)
は、
埴輪
(
はにわ
)
よりずツと
古
(
ふる
)
い
時代
(
じだい
)
の
遺物
(
ゐぶつ
)
です。
石器時代
(
せききじだい
)
の
土器
(
どき
)
の
破片
(
はへん
)
です』と
説明
(
せつめい
)
した。『すると、あの
石
(
いし
)
の
斧
(
をの
)
や
石
(
いし
)
の
鏃
(
やぢり
)
や、あれ
等
(
ら
)
と
同時代
(
どうじだい
)
の
製作
(
せいさく
)
ですか』と
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
ると。『
然
(
さ
)
うです、三千
年
(
ねん
)
前
(
ぜん
)
のコロボツクル
人種
(
じんしゆ
)
の
遺物
(
ゐぶつ
)
です。
此土器
(
このどき
)
の
他
(
ほか
)
に、
未
(
ま
)
だ
種々
(
しゆ/″\
)
の
品
(
しな
)
が
有
(
あ
)
るのですが、
土偶
(
どぐう
)
なんか
別
(
べつ
)
して
珍品
(
ちんぴん
)
です』と
答
(
こた
)
へた。
『それでは、
野見宿禰
(
のみのすくね
)
が
獻言
(
けんげん
)
して
造
(
つく
)
り
出
(
だ
)
した
埴輪
(
はにわ
)
土偶
(
どぐう
)
とは
別
(
べつ
)
に、
既
(
すで
)
に三千
年
(
ねん
)
前
(
ぜん
)
の
太古
(
たいこ
)
に
於
(
おい
)
て、
土偶
(
どぐう
)
が
作
(
つく
)
られて
有
(
あ
)
つたのですね』
『
然
(
さ
)
うです、それ
等
(
ら
)
は
皆
(
みな
)
コロボツクルの
手
(
て
)
に
成
(
な
)
つたのです』
余
(
よ
)
は、コロボツクルの
名
(
な
)
は、
曾
(
かつ
)
て
耳
(
みゝ
)
に
入
(
い
)
れて
居
(
ゐ
)
た。
同時
(
どうじ
)
に
人類學者
(
じんるゐがくしや
)
として
坪井博士
(
つぼゐはかせ
)
の
居
(
ゐ
)
られる
事
(
こと
)
も
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
た。けれども、
日本
(
にほん
)
に
於
(
お
)
ける
石器時代
(
せききじだい
)
に
就
(
つい
)
ては、
全
(
まつた
)
く
注意
(
ちうい
)
を
拂
(
はら
)
はずに
居
(
ゐ
)
たのであつた。
のみならず、いくら
注意
(
ちうい
)
を
拂
(
はら
)
つても、
却々
(
なか/\
)
我々
(
われ/\
)
の
手
(
て
)
に――
其遺物
(
そのゐぶつ
)
の一
破片
(
はへん
)
でも――
觸
(
ふ
)
れる
事
(
こと
)
は
難
(
むづ
)
かしからうと
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たのが、
斯
(
か
)
う、
容易
(
ようゐ
)
に
發見
(
はつけん
)
せられて
見
(
み
)
ると、
大
(
おほ
)
いに
趣味
(
しゆみ
)
を
感
(
かん
)
ぜずんばあらずである。
『
這
(
こ
)
んな
處
(
ところ
)
にでも
君
(
きみ
)
、
遺物
(
ゐぶつ
)
が
有
(
あ
)
るですか』
『
有
(
あ
)
りますとも、
第
(
だい
)
一、
品川
(
しながは
)
の
近
(
ちか
)
くでは
有名
(
ゆうめい
)
な
權現臺
(
ごんげんだい
)
といふ
處
(
ところ
)
が
有
(
あ
)
ります。
其所
(
そこ
)
なんぞは
大變
(
たいへん
)
です、
這
(
こ
)
んな
破片
(
はへん
)
は
山
(
やま
)
の
樣
(
やう
)
に
積
(
つ
)
んで
有
(
あ
)
ります』
『
君
(
きみ
)
が
斯
(
か
)
う
如何
(
どう
)
もコロボツクル
通
(
つう
)
とは
知
(
し
)
らなかつたです。
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
に
研究
(
けんきう
)
したのですか』
『それは
友人
(
いうじん
)
に
水谷幻花
(
みづたにげんくわ
)
といふのが
有
(
あ
)
ります。
此人
(
このひと
)
に
連
(
つ
)
れられて、
東京近郊
(
とうきやうきんがう
)
は
能
(
よ
)
く
表面採集
(
ひやうめんさいしう
)
に
歩
(
ある
)
きました』
話
(
はなし
)
を
聞
(
き
)
いて
見
(
み
)
ると、
如何
(
いか
)
にも
面白
(
おもしろ
)
さうなので、つい/\
魔道
(
まだう
)
に
引入
(
ひきい
)
れられて
了
(
しま
)
つた。
抑
(
そもそ
)
も
此氷川
(
このひがは
)
の
境内
(
けいだい
)
で
拾
(
ひろ
)
つた一
破片
(
はへん
)
(
今
(
いま
)
でも
保存
(
ほぞん
)
してあるが)これが
地中
(
ちちう
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を
探
(
さぐ
)
り
始
(
はじ
)
めた
最初
(
さいしよ
)
の
鍵
(
かぎ
)
で、
余
(
よ
)
が
石器時代
(
せききじだい
)
の
研究
(
けんきう
)
を
思
(
おも
)
ひ
立
(
た
)
つた
動機
(
どうき
)
とはなつたのだ。
其後
(
そののち
)
、
帝室博物館
(
ていしつはくぶつくわん
)
に
行
(
ゆ
)
つて
[#「
行
(
ゆ
)
つて」はママ]
陳列品
(
ちんれつひん
)
を一
見
(
けん
)
し、それから
水谷氏
(
みづたにし
)
と
交際
(
かうさい
)
を
結
(
むす
)
ぶ
樣
(
やう
)
になり、
氏
(
し
)
の
採集品
(
さいしふひん
)
を一
見
(
けん
)
し、
個人
(
こじん
)
の
力
(
ちから
)
を
以
(
もつ
)
て
帝室博物館
(
ていしつはくぶつくわん
)
以上
(
いじやう
)
の
採集
(
さいしふ
)
を
成
(
な
)
し
得
(
う
)
る
事
(
こと
)
を
知
(
し
)
り。
坪井博士
(
つぼゐはかせ
)
や
八木氏等
(
やぎしとう
)
の
著書
(
ちよしよ
)
、
東京人類學會雜誌
(
とうきやうじんるゐがくくわいざつし
)
及
(
およ
)
び
考古界等
(
かうこかいとう
)
を
讀
(
よ
)
み、
又
(
また
)
、
水谷
(
みづたに
)
、
谷
(
たに
)
、
栗島
(
くりしま
)
諸氏
(
しよし
)
と
各所
(
かくしよ
)
の
遺跡
(
ゐせき
)
を
發掘
(
はつくつ
)
するに
至
(
いた
)
つて、
益々
(
ます/\
)
趣味
(
しゆみ
)
を
感
(
かん
)
じて
來
(
き
)
た。いくらか
分
(
わか
)
つて
見
(
み
)
ると、いよ/\
進
(
すゝ
)
んで
發掘
(
はつくつ
)
を
續
(
つゞ
)
ける
樣
(
やう
)
に
成
(
な
)
つた。
今
(
いま
)
まで
注意
(
ちうい
)
せずに
何度
(
なんど
)
も/\
歩
(
ある
)
いて
居
(
ゐ
)
た
其路
(
そのみち
)
から、三千
年
(
ねん
)
前
(
ぜん
)
の
遺物
(
ゐぶつ
)
を
幾個
(
いくこ
)
となく
發見
(
はつけん
)
するので、
何
(
な
)
んだか
金剛石
(
こんがうせき
)
がゴロ/\
足下
(
あしもと
)
に
轉
(
ころ
)
がつて
居
(
ゐ
)
る
樣
(
やう
)
な
氣持
(
きもち
)
までして、
嬉
(
うれ
)
しくて
溜
(
たま
)
らなかつた。
但
(
たゞ
)
しその
時代
(
じだい
)
には、
精々
(
せい/″\
)
打製石斧
(
だせいせきふ
)
か、
石鏃屑
(
せきぞくくづ
)
位
(
くらゐ
)
で、
格別
(
かくべつ
)
驚
(
おどろ
)
くべき
珍品
(
ちんぴん
)
は
手
(
て
)
に
入
(
い
)
らぬのであつた。
併
(
しか
)
しながら、
白状
(
はくじやう
)
する。
此時代
(
このじだい
)
には、
研究
(
けんきう
)
は
第
(
だい
)
四か
第
(
だい
)
五
位
(
ゐ
)
で、
第
(
だい
)
三は
好奇心
(
かうきしん
)
であつた。
第
(
だい
)
二は
弄古的
(
ろうこてき
)
慾心
(
よくしん
)
?であつた。
第
(
だい
)
一は
實
(
じつ
)
に
運動
(
うんどう
)
の
目的
(
もくてき
)
であつた。
鍬
(
くは
)
を
擔
(
かつ
)
いで
遺跡
(
ゐせき
)
さぐりに
歩
(
ある
)
き、
貝塚
(
かひづか
)
を
泥
(
どろ
)
だらけに
成
(
な
)
つて
掘
(
ほ
)
り、
其
(
その
)
掘出
(
ほりだ
)
したる
土器
(
どき
)
の
破片
(
はへん
)
を
背負
(
せお
)
ひ、
然
(
さ
)
うして
家
(
いへ
)
に
歸
(
かへ
)
つて
井戸端
(
ゐどばた
)
で
洗
(
あら
)
ふ。
此
(
この
)
一
日
(
にち
)
の
運動
(
うんどう
)
は、
骨
(
ほね
)
の
髓
(
ずい
)
まで
疲勞
(
ひろう
)
する
樣
(
やう
)
に
感
(
かん
)
じるのであるが、
扨
(
さ
)
て
其
(
その
)
洗
(
あら
)
ひ
上
(
あ
)
げたる
破片
(
はへん
)
を
食卓
(
しよくたく
)
の一
隅
(
ぐう
)
に
並
(
なら
)
べて、
然
(
さ
)
うして、一
杯
(
ぱい
)
やる
時
(
とき
)
の
心持
(
こゝろもち
)
といふものは、
何
(
な
)
んとも
云
(
い
)
はれぬ
愉快
(
ゆくわい
)
である。それから三千
年
(
ねん
)
前
(
ぜん
)
の
往古
(
わうこ
)
を
考
(
かんが
)
へながら、
寐
(
しん
)
に
就
(
つ
)
くと、
不平
(
ふへい
)
、
煩悶
(
はんもん
)
、
何等
(
なんら
)
の
小感情
(
せうかんじやう
)
は
浮
(
うか
)
ぶなく、
我
(
われ
)
も
太古
(
たいこ
)
の
民
(
たみ
)
なるなからんやと
疑
(
うたが
)
はれる
程
(
ほど
)
に、
安
(
やす
)
らけき
夢
(
ゆめ
)
に
入
(
い
)
るのである。
斯
(
か
)
くして
翌朝
(
よくあさ
)
起出
(
おきい
)
でた
時
(
とき
)
には、
腦
(
のう
)
の
爽快
(
さうくわい
)
なる
事
(
こと
)
、
拭
(
ぬぐ
)
へる
鏡
(
かゞみ
)
の
如
(
ごと
)
く、
磨
(
みが
)
ける
玉
(
たま
)
の
如
(
ごと
)
く、
腦漿
(
のうしやう
)
が
透明
(
たうめい
)
であるかの
樣
(
やう
)
に
感
(
かん
)
じるので、
極
(
きは
)
めて
愉快
(
ゆくわい
)
に
其日
(
そのひ
)
の
業務
(
げふむ
)
が
執
(
と
)
れるのである。
余
(
よ
)
は
正
(
まさ
)
しく
生
(
うま
)
れ
替
(
かは
)
つた
心地
(
こゝち
)
である。
發掘
(
はつくつ
)
を
始
(
はじ
)
め(
其他
(
そのた
)
の
方面
(
はうめん
)
に
於
(
おい
)
て
角力
(
すまふ
)
を
取
(
と
)
つた)てからは、
身體
(
しんたい
)
の
健康
(
けんかう
)
は
非常
(
ひじやう
)
に
良好
(
りやうかう
)
で、
普通
(
ふつう
)
の
土方
(
どかた
)
としても一
人
(
にん
)
前
(
まへ
)
の
業務
(
げふむ
)
が
取
(
と
)
れる
樣
(
やう
)
に
成
(
な
)
つて
見
(
み
)
ると、
益々
(
ます/\
)
多
(
おほ
)
く
大
(
おほ
)
きく
遺跡
(
ゐせき
)
を
掘
(
ほ
)
り
得
(
う
)
る
樣
(
やう
)
になり、
從
(
したが
)
つて
遺物
(
ゐぶつ
)
も
多
(
おほ
)
く
出
(
だ
)
す
樣
(
やう
)
に
成
(
な
)
つた。
雪
(
ゆき
)
が
降
(
ふ
)
つても
掘
(
ほ
)
り、
雨
(
あめ
)
が
降
(
ふ
)
つても
掘
(
ほ
)
り、どんな
事
(
こと
)
が
有
(
あ
)
つても
暇
(
ひま
)
さへあれば
掘
(
ほ
)
り
進
(
すゝ
)
む。
其方法
(
そのはうはふ
)
も
亦
(
また
)
進歩
(
しんぽ
)
を
生
(
しやう
)
じて、
從來
(
じうらい
)
の
遣
(
や
)
り
方
(
かた
)
とは
大
(
おほ
)
いに
異
(
こと
)
なつた
掘
(
ほ
)
り
方
(
かた
)
をするに
至
(
いた
)
つたのである。
此蠻勇
(
このばんゆう
)
の
力
(
ちから
)
、それが
積
(
つも
)
り
積
(
つも
)
つて
見
(
み
)
ると、
運動
(
うんどう
)
の
爲
(
ため
)
とか、
好奇
(
かうき
)
の
慾
(
よく
)
とか、そればかりで
承知
(
しやうち
)
が
出來
(
でき
)
なくなつて、
初
(
はじ
)
めて
研究
(
けんきう
)
といふ
事
(
こと
)
に
重
(
おも
)
きを
置
(
おく
)
く
樣
(
やう
)
になり、
進
(
すゝ
)
んでは
自分
(
じぶん
)
で
學説
(
がくせつ
)
を
立
(
た
)
てるとまで――
先
(
ま
)
づ
今日
(
こんにち
)
では
成
(
な
)
つたのである。
以上
(
いじやう
)
は
餘
(
あま
)
りに
正直
(
しやうぢき
)
過
(
す
)
ぎた
白状
(
はくじやう
)
かも
知
(
し
)
れぬ。けれども、
正直
(
しやうぢき
)
過
(
す
)
ぎた
自白
(
じはく
)
の
間
(
うち
)
には、
多少
(
たせう
)
の
諷刺
(
ふうし
)
も
籠
(
こも
)
つて
居
(
ゐ
)
るつもりだ。
と
云
(
い
)
ふものは、
碌々
(
ろく/\
)
貝塚
(
かひづか
)
を
發掘
(
はつくつ
)
して
見
(
み
)
もせずに、
直
(
たゞ
)
ちに
地中
(
ちちう
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を
知
(
し
)
つた
振
(
ふり
)
をして、
僅少
(
きんせう
)
なる
遺物
(
ゐぶつ
)
を
材料
(
ざいれう
)
に、
堂々
(
だう/\
)
たる
大議論
(
だいぎろん
)
を
並
(
なら
)
べ、
然
(
さ
)
うして
自個
(
じこ
)
の
學説
(
がくせつ
)
を
立
(
た
)
てるのに
急
(
きふ
)
な
人
(
ひと
)
が
無
(
な
)
いでも
無
(
な
)
い。
かゝる
淺薄
(
せんぱく
)
なる
研究
(
けんきう
)
を
以
(
もつ
)
て、
日本先住民
(
にほんせんじうみん
)
の
大疑問
(
だいぎもん
)
に
關
(
くわん
)
し、
解决
(
かいけつ
)
が
容易
(
ようゐ
)
に
與
(
あた
)
へ
得
(
え
)
らるべきか、
如何
(
どう
)
か。
先住民
(
せんじうみん
)
は、アイヌか、
非
(
ひ
)
アイヌか。コロボツクルか、
非
(
ひ
)
コロボツクルか。
現在
(
げんざい
)
に
於
(
おい
)
て、アイヌ
説
(
せつ
)
を
代表
(
だいひやう
)
される
小金井博士
(
こがねゐはかせ
)
、
非
(
ひ
)
アイヌ
説
(
せつ
)
を
代表
(
だいひやう
)
される
坪井博士
(
つぼゐはかせ
)
、
此二大學説
(
このにだいがくせつ
)
は
實
(
じつ
)
に
尊重
(
そんちやう
)
すべきであるが、これ
意外
(
いぐわい
)
に
出
(
で
)
て
論
(
ろん
)
じる
程
(
ほど
)
の
材料
(
ざいれう
)
を、
抑
(
そもそ
)
も
何人
(
なんびと
)
が
集
(
あつ
)
めつゝあるか、
思
(
おも
)
うて
茲
(
ここ
)
に
至
(
いた
)
ると、
實
(
じつ
)
に
寒心
(
かんしん
)
に
耐
(
た
)
えぬのである。
大學
(
だいがく
)
の
人類學教室
(
じんるゐがくけうしつ
)
、
帝室博物館
(
ていしつはくぶつくわん
)
、
此所
(
こゝ
)
には
貴重
(
きちやう
)
なる
標本
(
ひやうほん
)
が
少
(
すくな
)
からず
集
(
あつめ
)
められ
[#「
集
(
あつめ
)
められ」はママ]
、
又
(
また
)
集
(
あつ
)
められつゝあるが、
併
(
しか
)
しながら、
單
(
たん
)
に
石器時代
(
せききじだい
)
の
遺物
(
ゐぶつ
)
にのみ、
大學
(
だいがく
)
なり
博物館
(
はくぶつくわん
)
なりが、
全力
(
ぜんりよく
)
を
盡
(
つく
)
されるといふ
事
(
こと
)
は、
不可能
(
ふかのう
)
で、
又
(
また
)
其目的
(
そのもくてき
)
のみの
大學
(
だいがく
)
でもなし
博物館
(
はくぶつくわん
)
でもない、
故
(
ゆゑ
)
に
今一息
(
いまひといき
)
といふ
岡目
(
をかめ
)
の
評
(
ひやう
)
が
其所
(
そこ
)
に
突入
(
とつにふ
)
するだけの
餘地
(
よち
)
が
無
(
な
)
いでも
無
(
な
)
い。
然
(
さ
)
らば
他
(
た
)
に、
專門
(
せんもん
)
に、これを
研究的
(
けんきうてき
)
に
集
(
あつ
)
める
人
(
ひと
)
が
有
(
あ
)
るか。
有
(
あ
)
るといふだらう。
我
(
われ
)
、それであると
名乘
(
なの
)
る
人
(
ひと
)
もあるだらう。
併
(
しか
)
しながら、いたづらに
完全
(
くわんぜん
)
の
物
(
もの
)
のみを
選
(
えら
)
び、
金錢
(
きんせん
)
の
力
(
ちから
)
を
以
(
もつ
)
て
買入
(
かひい
)
れ、
或
(
あるひ
)
は
他
(
た
)
の
手
(
て
)
を
借
(
か
)
りて
集
(
あつ
)
めて、いたづらに
其數
(
そのすう
)
の
多
(
おほ
)
きを
誇
(
ほこ
)
る
者
(
もの
)
の
如
(
ごと
)
きは、
余
(
よ
)
は
决
(
けつ
)
して
取
(
と
)
らぬのである。
之等
(
これら
)
は
單
(
たん
)
に
弄古的
(
ろうこてき
)
採集家
(
さいしふか
)
なるのみ、
珍世界
(
ちんせかい
)
の
主人
(
しゆじん
)
たるのみ。
自
(
みづか
)
ら
資
(
し
)
を
投
(
とう
)
じ、
自
(
みづか
)
ら
鍬
(
くわ
)
を
取
(
と
)
り、
自
(
みづか
)
ら
其破片
(
そのはへん
)
をツギ
合
(
あは
)
せて、
然
(
しか
)
る
上
(
うへ
)
に
研究
(
けんきう
)
を
自
(
みづか
)
らもし、
他
(
た
)
が
來
(
きた
)
つて
研究
(
けんきう
)
する
材料
(
ざいれう
)
にも
供
(
きやう
)
するにあらざれば――
駄目
(
だめ
)
だ。
偶然
(
ぐうぜん
)
の
結果
(
けつくわ
)
ではあるが、
余
(
よ
)
は
此責任
(
このせきにん
)
を
負
(
お
)
うて
立
(
た
)
つべく
出來上
(
できあが
)
つたと
信
(
しん
)
じる。
余
(
よ
)
が
筆
(
ふで
)
の
先
(
さき
)
にて
耕
(
たがや
)
し
得
(
え
)
たる
收入
(
しふにふ
)
は
極
(
きは
)
めて
僅少
(
きんせう
)
にして、
自
(
みづか
)
ら
食
(
く
)
ひ、
自
(
みづか
)
ら
衣
(
き
)
るに
未
(
いま
)
だ
足
(
た
)
らざれども、
足
(
た
)
らざる
内
(
うち
)
にもそれを
貯
(
たくは
)
へて、
以
(
もつ
)
て
子孫
(
しそん
)
に
傳
(
つた
)
へるといふ、
其子
(
そのこ
)
は
未
(
いま
)
だ
無
(
な
)
いのである。
恐
(
おそ
)
らく
此後
(
こののち
)
も
無
(
な
)
からうと
思
(
おも
)
ふ。
今
(
いま
)
の
處
(
ところ
)
では
養子
(
やうし
)
を
仕
(
し
)
やうとも
考
(
かんが
)
へて
居
(
を
)
らぬ。されば
若
(
も
)
し
生活
(
せいかつ
)
に
餘
(
あま
)
りある
時
(
とき
)
には、それを
悉
(
こと/″\
)
く
注
(
そゝ
)
いで
遺跡
(
ゐせき
)
の
發掘
(
はつくつ
)
を
成
(
な
)
し
得
(
う
)
るのである。
更
(
さら
)
に
又
(
また
)
余
(
よ
)
は
時間
(
じかん
)
を
有
(
ゆう
)
し、
浪人生活
(
ろうにんせいくわつ
)
の
氣樂
(
きらく
)
さは、
何時
(
いつ
)
でも
構
(
かま
)
はず
發掘
(
はつくつ
)
に
從事
(
じうじ
)
するとが
[#「從事するとが」はママ]
出來
(
でき
)
るのである。
更
(
さら
)
に
又
(
また
)
、
更
(
さら
)
に
又
(
また
)
、
余
(
よ
)
は
勞動
(
らうだう
)
に
耐
(
た
)
え
得
(
う
)
る
健康
(
けんかう
)
を
有
(
ゆう
)
す。
此
(
この
)
三
拍子
(
べうし
)
揃
(
そろ
)
つたる
余
(
よ
)
は、
益々
(
ます/\
)
斯學
(
しがく
)
の
爲
(
ため
)
に
努力
(
どりよく
)
して、
誰
(
たれ
)
でも
知
(
し
)
らなければならぬ
事
(
こと
)
の、
誰
(
たれ
)
でも
然
(
さ
)
う
委
(
くわ
)
しく
知
(
し
)
れずに
居
(
ゐ
)
る一
大
(
だい
)
問題
(
もんだい
)
を、
誰
(
たれ
)
にでも
知
(
し
)
れる
樣
(
やう
)
になる
爲
(
ため
)
に、
研究
(
けんきう
)
を
進
(
すゝ
)
めて
行
(
ゆ
)
かねばならぬ。
蠻勇
(
ばんゆう
)
の
力
(
ちから
)
を
以
(
もつ
)
て、
地中
(
ちちう
)
の
秘密
(
ひみつ
)
を
發
(
あば
)
き、
學術上
(
がくじゆつじやう
)
の
疑問
(
ぎもん
)
に
解决
(
かいけつ
)
を
與
(
あた
)
へねば、
已
(
や
)
まぬのである。
底本:「探檢實記 地中の秘密」博文館
1909(明治42)年5月25日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
※「採集」に対するルビの「さいしう」と「さいしふ」の混在は、底本通りです。
入力:岡山勝美
校正:岡村和彦
2019年7月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
●表記について
このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
[#…]は、入力者による注を表す記号です。
●図書カード