無題 京都

富倉次郎に

富永太郎




おまへの歯は よく切れるさうな

山々の皮膚が あんなに赤く
夕陽ゆふひで爛らされた鐃鉢ねうばち
焦々して 摺り合せてゐる
おまへはもう 暗い部屋へ帰つておくれ

おまへの顎が、薄明うすあかりを食べてゐる橋の下で
友禅染を晒すのだとかいふくろい水が
産卵を終へた蜉蝣かげろふの羽根を滲ませる
おまへはもう 暗い部屋へ帰つておくれ

色褪せた造りものの おまへの四肢てあしの花々で
貧血の柳らを飾つてやることはない
コンクリートの護岸堤は 思ひのままにしらけさせよう
おまへはもう 暗い部屋へ帰つておくれ

ああ おまへの歯はよく切れるさうな





底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
   1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
   1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
   1971(昭和46)年1月
初出:「山繭 第四号」
   1925(大正14)年3月
※表題は底本では、「無題 京都」となっています。
入力:村松洋一
校正:川山隆
2014年3月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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