「死」の問題に対して

新渡戸稲造




 死というような哲学じみた問題は、僕らの口を出すべきものでもないし、また出したところで何らの権威にもなるまい。が、ただ死というものは人間として誰でも免るべからざる事柄であり、かつまた考えまいと思っても必ず我々の心を襲うて来る事柄であるから、哲学者でなくても、何人でも、死については何かの思想は持っているものである。しかし一般にいえば死なる現象をいくらかもてあそぶという嫌いもなきにしもあらずと思う。殆んど巫山戯ふざけ半分に死を論ずるというものもある。しかしこの死に対する観念態度の奈何いかんは即ち凡俗と聖賢とを区別する標準じゃないかと思う。死を怖れるというと語弊があるが、また死を軽んずるといえばよく聞えるけれども、軽んじ方によっては甚だ愚の極であって、日本人は死することを何とも思わぬというは、めれば褒めるようなものの、生の責任を知らぬものと批難さるるのも無理ならぬことと思う。
 死の価値を定むるものは生であると思う。しかして生の価値を定むるものは義務である。死を軽んずるということは義務を軽んずるという事になると僕は思うている。己れのすべき事を為して天にも地にもじない人は、死を見ること帰るが如くなるべきで、これは古来の聖人君子の死方を観てもよく分る。これに反して己れの為すべき事をも為さずして死を怖れぬという。その辺の熊だの八だのと択ぶところがない。こういう風に死を軽んずるという事は決してむるに足らぬと思う。
 誰でも死を怖れるということは普通であるが、この死を怖れるという観念は、ただ生理学上あるいは生物学上のみの現象であろうとは僕には思われぬ。これには深い倫理的の意味のあるものと思う。死を怖るるとは即ち生を重んずるの意味だろうと思う。生を重んずるというは生きて為すべき義務を重んずる意味である。譬えていえば少女が男子にちかづくことを怖れる、その理由をただせば知らない。この無意識に怖わいということは少女の節操を重んずる理由であるんで、人が死を怖れるのもこれと同じもので、無意識に生の義務を重んずるに由るものと思う。
 己れの義務を全うした人には、死は怖くも恐ろしくもないものじゃないかと思う。かつまた死というものが、果してそう明かに生から区別すべきものかどうかという事も僕にはちょっと信じられない。無論死ねば肉体が朽ちる。物を言うておったものが言わなくなる。動いたものが静かになる、というような点からいうと非常な変化である。けれどもこれは生の一段階に過ぎないのじゃないかという気がする。聖書にもある通り、麦の種が死ななければ穂が出ない、ちょうどあんなようなもので、朽ちるところはなるほど麦の種が素人言葉でいう朽ちるように朽ちるであろう。が、それがために新たに種を結ぶところの根だの茎だのが生える。幽明とか、有無とかいうものは形而下の話で、精神上からいうたならば、生と死というものはさほど区別のあるものでないかも知れんと思う。メーテルリンクの『青い鳥』――あれは読んでも面白い戯曲であるが、私はあの実演を亜米利加アメリカで見たが、実に今でも忘れられない印象を受けた。爺さんと婆さんが小屋の前に腰を掛けて眠っている。そこに孫が二人走って来て「お爺さん、お婆さん」と声をかけると、二人が眼を覚まして孫を抱いて大変に喜ぶ。すると孫は、「お爺さん、お婆さん、あなたたちはよほど前に死んでしまったんじゃないんですか」というと、お爺さんがいうのに、「世の中では私たちを死んだというんだが、いわゆる死んだ人も世の中の人の忘れている間は死んだというんで、紀念してくれる人があるとその度ごとに生き返るんだ。」という所がある。それから同じ『青い鳥』の中に――あすこは芝居で見ぬと分らぬ所と思うが――子供ら二人が墓場に行き、妹は「こんな淋しい所に来て怖い怖い」と大きな声して泣く。すると兄貴の方が「何怖い事があるものか」というてちょっと頭に被っている帽子に手を触ると、墓場が急に花園に変る。詰り世の中に死というものがないということを現わした所で、即ち頭の使いようによって死ぬる生きるという事が定まるんで、多く主観的の現象と見做してよいように思う。
 私はこの死という事を思うと、何時いつでもソクラテスと基督キリストの死方に心を慰むることが多い。かのルソーもソクラテスの伝を書いて、彼の自若として死ぬる様には非常に敬服したものと見えて、その伝の筆をかんとする時に「ソクラテスはに哲学者の死を遂げた」と書いてその文を結ばんとした時に、ふと眼前にひらめいたのは基督の死方であった。故にまた筆を執り直し殆んど附録のように「然るにエス・キリストは神の如くに死した」と書き加えた。外から見て、自若として死を迎うる胆力は、世に稀とはいいながら、数えれば少くないと私は思う。ただややもすると、死を以て最上の戯曲ドラマの如く思っているものがある。俺が死ぬんだから、ここで一つ華やかにして見せようというようなのがある。内心、人と和し神としたしみ、心に一点の悔ゆることなく、安らけく死を迎う、これはすこぶる少いものだと思う。
 プルタークの英雄伝などを見ると、ローマ人などには、よく日本の英雄豪傑に似た人格が沢山ある。その死に臨んだ時なども、いわゆる武士気質を現わしているが、しかしその中に死を一のドラマ的に感じておりはせぬかと思わるるものが沢山ある。これは私の感心しないところである。ただ、何にもない、当り前の通りにして死ぬる様は、これこそ実に敬服に値するのである。僕は日頃南洲翁を崇拝するものであるが、この点に於ても益々翁の偉大なることが分る。如何にも生きておっても死んでおっても何も変らんという風が見える。あるいは死を見ること生の如く、その代り一方には生を見ること死の如く、形而上幽明有無の区別を知らなかった。実に平々淡々としている。こういう修養が出来た人が、一番エライんじゃないかと私は思う。
〔一九一三年一一月一日『中央公論』二八年一三号〕





底本:「新渡戸稲造論集」岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年5月16日第1刷発行
底本の親本:「中央公論 二八年一三号」反省社
   1913(大正2)年11月1日
初出:「中央公論 二八年一三号」反省社
   1913(大正2)年11月1日
入力:田中哲郎
校正:ゆうき
2011年1月8日作成
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