メランコリア

三富朽葉




外から砂鉄の臭ひを持つて来る海際の午後。
象の戯れるやうななみ呻吟うなり
畳の上によこたへる身体からだ
分解しようとんでまはる。

私は或日珍しくもない原素に成つて
重いメランコリイの底へ沈んでしまふであらう。

えたいの知れぬ此のひと時の衰へよ、
身動きもできないしびれが
筋肉のあたりを延びてゆく……
限りない物思ひのあるやうな、むなしさ。

かがやける光線につながれて
目まぐるしい蝿のひとむれめぐる。
私は或日、砂地の影へ身を潜めて
水月くらげのやうに音もなくけ入るであらう。

太陽は紅いイリュウジョンを夢みてゐる、
私は不思議な役割をつとめてるのではないか。

無花果樹いちじくの陰の籐椅子とういすや、
まいまいつむりのもろい殻のあたりへ
私は蝿の群となつて舞ひに行く。

壁の廻りのまぎれ易い模様にも
ちよつとしりを突き出して止つて見た。

窓の下に死にゆくやうな尨犬むくいぬよ。
私はいつしかその上で渦巻き初める、
………………
………………
砂鉄の臭ひのものういひとすぢ。





底本:「日本の詩歌 26 近代詩集」中央公論社
   1970(昭和45)年4月15日初版発行
   1979(昭和54)年11月20日新訂版発行
底本の親本:「三富朽葉詩集」第一書房
   1926(大正15)年10月15日発行
初出:「創作 第一卷第七號」東雲堂書店
   1910(明治43)年9月1日発行
入力:hitsuji
校正:きりんの手紙
2022年7月27日作成
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