メランコリア
三富朽葉
外から
砂鐵の
臭を持つて來る海際の午後、
象の
戯れるやうな
濤の
呻吟は
壘の
[#「壘の」はママ]上に横たへる
身體を
分解しやうと
揉んでまわる。
私は或日珍らしくも無い
原素に成つて
重いメランコリイの
底へ
沈[#ルビの「しつ」はママ]んで了ふであらう。
えたひの知れぬ此ひと時の衰へよ、
身動きも出來ない
痺れが
筋肉のあたりを延びて行く…………
限りない物思ひのあるような、空しさ。
鑠ける
光線に
續がれて
目まぐるしい
蠅のひと
群が
旋る。
私は或日、
砂地の
影へ身を
潜めて
水月のやうに
音もなく
溶け
入るであらう。
太陽は
紅い、紅いイリユージヨンを夢みてゐる、
私は不思議な役割をつとめてるのでは無いか。
無花果樹の蔭の
籐椅子や、
まいまいつむりの
脆い
殼の
邊へ
私は蠅の群となつて舞ひに行く、
壁の
廻りの
紛れ易い模樣にも
一寸
臂を
[#「臂を」はママ]突き出して止つて見た。
窓の
下に死にゆくやうな
尨犬よ。
私は
何時しかその上で
渦卷き初める、
…………………………
…………………………
砂鐵の臭の
懶いひとすぢ。
(八月)
○
午後の
薄明りの中で、
奇妙な
睡りに落ちて行く
影を
曳く
安樂椅子の
病の身を搖る儘に。
懶げな雨の
線條は
音も無く若葉の匂を煙らす
姿を見せぬ鳥の
囀りの
壞れた胸に響くことよ!
永い間の
疲勞が
重く夢を
壓す時に
鳥は青い
叫びを
殘して
翔る。
春は微笑んでゐるのかも知れないけれど
欝い
蔭を搖る安樂椅子の
さけ
難い
睡りに
包まれる…………
(四月)
底本:「複製版 創作第一期(日本大学三島図書館蔵本)」臨川書店
1973(昭和48)年10月20日発行
底本の親本:「創作 第一卷第七號」東雲堂書店
1910(明治43)年9月1日発行
初出:「創作 第一卷第七號」東雲堂書店
1910(明治43)年9月1日発行
※「やうな」と「ような」の混在は、底本通りです。
入力:きりんの手紙
校正:The Creative CAT
2023年7月17日作成
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