一
雪の降る日でした。
「アヽ/\/\」
吉ちやんは大きな口をあけて、
「
吉ちやんは不思議さうにきゝました。
「あゝわしが呼んだ、お前は大変勉強するね、少し休まないか、面白いものを見せてあげるよ。」
吉ちやんは変なおぢいさんだ。一体どこから、いつ来たのだらうと思ひました。けれども全然見知らぬ人でもないやうでした。
「あゝさう/\。」
と、吉ちやんはその時不意に思ひつきました。
「あなたは去年のクリスマスに、青年会館に出てゐらした、サンタ・クロースですね。」
おぢいさんは、につこり笑ひました。
「似てゐるかも知れないが、ちがふよ。わたしはねえ、オレ・リユク・ウイといふ名さ。」
「へえ、やはり西洋人ですね。」
「いや、西洋人でもなければ、
「夢の国? そんな国がありますか。」
「あるとも/\、わしの名はそれに
「えゝ有難う、でもこんなに雪が降つちや、外は
「いゝえ、外へ出なくてもいゝのだよ、
オレ・リユク・ウイのおぢいさんは、さう言つて、手にもつた蝙蝠傘をひろげて、吉ちやんの頭の上にさしかけました。
それは綺麗な不思議な絵をかいた傘でした。子供の顔をした花やら、人間のやうに歩く動物やら、まだみたこともない形や色をしたものが、沢山にかいてありました。しかも、それが活動写真のやうに、動くのでした。
「これが夢の国ですか。変なところですねえ。日本とはまるでちがつてゐる。」
吉ちやんが言ひますと、オレ・リユク・ウイは、
「日本のやうなところもあるよ。そこが見たければ、つれて行つてあげるよ。ちよつと眼をつぶりなさい。」
と、言ひました。
二
「あゝ本当に不思議々々々。」
と、
「おぢいさんこゝはどこ? えゝ? 浅草の観音様?」
「さあ、さうかも知れない。夢の国の
「あれ、あすこに石の鳥居が見えますよ。けれども
「うん、そんなものはない、けれどもね、一つお前に言つて置くことがある。それはお前にどつさりお土産をやらうといふことだ。
オレ・リユク・ウイはさう言つたかと思ふと、ふとその姿を消してしまひました。
一番目の鳥居に来てみますと、果して、そこに一つの豆自動車がありました。けれどもその自動車は、あたり前の形をしてゐませんで、前の方が竜の首になつて、乗るところは丁度その背中に当るところでした。そして金と銀とで全体ができて、いろ/\の宝石、ダイヤモンド、
「おや、珍らしい自動車だなあ。」
吉ちやんは思はず、足をそこに止めて、見とれてをります。
「
おぢいさんの言つたことなんか忘れて、吉ちやんは、欲しいと思ひました。すると、
「さあ/\お取んなさい/\/\/\、お取りになれば、あなたのものですよ。
と、竜の首になつてゐるところが、不意に口をきゝました。
吉ちやんはびつくりしました。
「おや、不思議な自動車だ、物をいふのねえ。」
「えゝ、この国のものは、何でも物を言ひますよ。」
「さうかね。――うん、僕欲しいね、この自動車が――。それでもオレ・リユク・ウイのおぢいさんが、一番目の鳥居のものは、取つちやいけないつていひつけたから……」
「なあに、あのおぢいさんの言ふことなんか当てになりやしません。早くお取んなさい。まあ乗つて御覧なさい、
「千里! 一時間に? うん、ぢや乗つてみよう。でも僕のものにするんぢやないよ。でないとおぢいさんに知れると悪いから。」
「
と、自動車の竜は、ちよつと首を傾げました。
「困りましたなあ。そして乗つてしまつたら、あとは置いてけぼりにされるんですか。」
「だつて外にもつといゝお土産があるから、オレ・リユク・ウイのおぢいさんが、取つちやあいけないと言つたもの。」
「では仕方がありません。あなたが
「どのくらゐあるの、遠いつてのは。」
「十里あります。だからお乗りなさい。」
「でも、ハンドルが無いぢやないか。」
「はゝゝ」
と、自動車は笑ひました。
「この国ぢやハンドルなんて、面倒くさい馬鹿げたものは有りません。あなたが乗りさへなされは、自動車はひとりでに、どこへでもあなたのお好きなところへ行きます。飛行機のやうに空にでものぼります。」
吉ちやんはそのいふとほりに自動車にのりますと、自動車はふはりと宙に浮いて、またゝくうちに、二番目の鳥居の前にとまりました。
三
第二の鳥居には
「あゝよく来てくれたね、君の来るのを待つてゐたのだ。」
と、声をかけました。
「おや、君は
「はゝゝ」
と、人形は笑ひました。
「この国ぢや何でも物を言つて、何でもひとりで動くのだよ。そんなことをきいてゐるよつかも、早くこの服を着てくれ
吉ちやんは首を横にふりました。
「そんな
「あのおぢいさんの言ふことなんか、当てになるものかね。いゝから僕があげるといふのだ。追剥ぎぢやない。どうか取つてくれ給へ。」
吉ちやんも、洋服がとうから欲しかつたのでした。けれども吉ちやんの
「ではねえ、僕に貸してくれ給へ。きたないけれど、その間僕のきものを着てゐてねえ……三番目の鳥居に行くまでゝいゝのだよ。お土産ができたら、僕直ぐに
「あゝいゝとも/\。さあ/\着給へ、着給へ。」
人形はさつさと立派な洋服を脱いで、吉ちやんに渡しました。そして裸になつたまゝ、吉ちやんの着物なんか着ないで、そのまゝよた/\といつてしまひました。
「まあをかしな人形だ。寒くはないかしら。」
「いゝえ。」
と、
「この国ぢや、寒いことも、暑いこともないのです。
三番目の鳥居は木のぼろ/\にくさつた小さな鳥居でした。吉ちやんはがつかりしました。
「なんだ、こんな汚ない、ちいぽけな鳥居か。おまけにお土産になるやうな
「だから
と、竜の豆自動車は申しました。
「あのおぢいさんの言ふことなんか、当てになりやしませんよ……
「本当だね、ぢや帰らう。」
吉ちやんは自動車にのりかけると、
「もし/\。」
と、呼びかけるものがありました。見ると、鳥居の根にポケツトの中に入れるぐらゐの、
「吉坊/\、お前わしを忘れちやいけないよ。わしを拾つていかなければいけないよ。」
大黒様は、かなりはつきりした声で申しました。吉ちやんは頭を
「あなたは汚ないね。取つたら、手がよごれるでせう。」
「よごれたつてかまはない。わしをポケツトに入れなさい。」
吉ちやんは困つて、竜の豆自動車にきゝました。
「どうだらう。大黒様をつれて行つたものだらうか。」
「さあ、どうでも。」
と、自動車は言ひました。
「あなたのお心まかせです。けれどもこの大黒様は、もう千年も年を
「さう、ぢや仕方がない、つれて行かう。」
吉ちやんが大黒様を拾つて、ポケツトに入れると、手にも服にも真黒に
「そんなことを気にしなさるな。いまにもつといゝものをあげるから、それよつかも、お前は大事なものを拾はない。あれ、あすこにおしやもじが落ちてゐる。あれが大変な宝だ。早く、こゝへ持つて来なさい。」
そのおしやもじは、一方は焼け焦げになつてゐる汚ないものでした。吉ちやんは、
「さあ、今度はちつと、遠くへ行かう。」
と、大黒様は言ひました。
「おい自動車、一万里の速力になつて、千里さきへ行つてくれ。」
「へい、
自動車は、目にもとまらぬ速さで、プーンと空を飛びました。
四
千里さきは妙な国でした。
そこでは、みんな人でも物でも逆さまになつてゐました。両足を天にあげて、もが/\さして苦しさうなのです。そして人は口々に、
「あゝ苦しい/\、助けてくれ/\。」
と、言つてゐました。
「どうしたんでせう、大黒さん、なぜあんなに逆さまになつて歩くんでせう。」
「こゝか。」
と、大黒様が申しました。
「こゝは鏡の市といふところさ。やはり夢の国のうちなんだよ。だがね、こゝで一つ面白いことをして遊ばう。あの逆さまの人や物を、ひつくり返してみよう。お前あのおしやもじを持つてゐるね。」
「えゝ、こゝにあります。」
「それを出して、焼けてゐない方を前へ向けて、クウル、クリイル、ケーレと
吉ちやんはそのとほりにしますと、不思議/\、音もしないで、ピヨコリと、人でも物でも皆当り前になりました。するとそこいらにゐた
「有難うございます/\。あなたのお
一人々々ぺこ/\とお礼を言ひます。そのうちに一人の立派な服を着た人が、その中から進み出て、丁寧にお辞儀をいたしました。
「
大黒様はポケツトの中から、行くと言ひなさいと、すゝめますから、吉ちやんも、では行きませうといつて、その男に案内さして市長のうちへ行きました。
市長のうちは大変立派な、大きなお城でした。けれども不思議なことには、何だかごた/\してゐて、吉ちやんをうつちやらかしたまゝ誰も出て来ません。
「大黒様。」
と、吉ちやんはもう何でも大黒様にきゝさへすれば分ると思つてゐます。
「どうしたのでせうね、この騒ぎは。それに、お客様の
「うん、これか。」
と、大黒様は申しました。
「これはいつもあることなんだ、世界がひつくり返つたときには。――いまに分るよ。」
言つてゐるうちに、立派な服に、左の腕に黒い布をまいた人が出て来ました。その顔は
「
と、その人は丁寧にお辞儀をして申しました。
「あなたのお
「はあ、さうですか……成程、あなたの顔はあをいですよ。一体どんなことが起つたのですか。」
と、吉ちやんはもつたいらしく大人ぶつて言ひました。
「えゝそれはあなたに申しかねますが、実のところ、
吉ちやんが何かいはうとすると、大黒様がポケツトの中から小さな声で、
「そんなことなら、僕が
と、勧めました。
「さうですか、えゝと、では僕がよくしてあげませう。」
と、吉ちやんはえらさうに言ひましたので、市長は大変
「ではちよつとみんなこの
と、いひつけました。
「またそのおしやもじの焼けない方で、娘の顔を
吉ちやんがそのとほりにしますと、娘はすぐ
五
そこで市長は
それはこんな綺麗な
「うん、これは面白いぞ。やあ変な顔をしてゐる。そら元へ返してやるぞ。」
吉ちやんがおしやもじの焼けない方を向けると、また