部屋の中

尾形亀之助




 雨が降つてゐる。※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)が啼いてゐる。

×

 何時の間にか雨が止んでゐる。私は机の前にママつてゐる。朝、床の中で新聞を読んだ他何もしてゐない。氷のやうなものが食べたい。

×

 淋みしい「人生興奮」。

 ながいことかゝつて火鉢に炭をついでゐた。
 僕は何か喜びにあひたい。このまゝ日が暮れてしまつては、口ひとつきくことが出来ない。

×

 僕はいつものやうに寝床に入つてゐる。そして、電燈を消さうか消すまいかと思案してゐる。もう床へ入つてから二時間はたつてゐる。

×

 月のない夜は暗い。窓に何処かの門燈がうすく映つてゐる。
 ま夜中よ
 このま暗な部屋に眼をさましてゐて
 蒲団の中で動かしてゐる足が私の何なのかがわからない。

×

 この頃僕は日記をつける気にはなれない。たのまれて書いてゐるのだ。僕はこの頃きせるで煙草をのんでゐる。時々詩を書いてゐる。
「この頃我が胸に燃え上つたものはみな、すべて再び我が胸の深みに沈んで行け……」といふツルゲエネフの「ファウスト」の終りにある言葉を思ひ出してゐる。
(一九二八年一月×日)
(現代文芸第五巻第二号 昭和3年3月発行)





底本:「尾形亀之助詩集」現代詩文庫、思潮社
   1975(昭和50)年6月10日初版第1刷
   1980(昭和55)年10月1日第3刷
初出:「現代文芸 第五巻第二号」
   1928(昭和3年)3月発行
入力:高柳典子
校正:泉井小太郎
2008年4月15日作成
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