子 お父さん
父
子
父 虎の話? 虎の話は困つたな。
子 よう、虎の話をさあ。
父 虎の話と。……ぢや虎の話をして上げよう。昔、朝鮮のらつぱ
子 どうして?
父 そりやらつぱ卒が酔つぱらつてゐたから、お酒つ臭い
子 それから?
父 それかららつぱ卒は覚悟をきめて、力一ぱい持つてゐたらつぱを虎のお尻へ突き立てたとさ。虎は痛いのにびつくりして、どんどん町の方へ逃げ出したとさ。
子 死ななかつたの?
父 そのうちに町のまん中へ来ると、とうとうお尻の傷の為に倒れて死んでしまつたとさ。けれどもお尻に立つてゐたらつぱは虎の死んでしまふまで、ぶうぶう鳴りつづけに鳴つてゐたとさ。
子 (笑ふ)らつぱ卒は?
父 らつぱ卒は大へん褒められて虎退治の
子 いやだ。何かもう一つ。
父 今度は虎の話ぢやないよ。
子 ううん、今度も虎のお話をして。
父 そんなに虎の話ばかりありやしない。ええと、何かなかつたかな?……ああ、ぢやもう一つして上げよう。これも朝鮮の猟師がね、或山奥へ狩をしに行つたら、
子 大きい虎?
父 うん、大きい虎がね。猟師は
子 打つたの?
父 ところが打たうとした時にね、虎はいきなり身をちぢめたと思ふと、向うの大岩に飛びあがつたとさ。けれども宙へ躍り上つたぎり、
子 それから?
父 それから虎はもう一度もとの処へ帰つて来た上、又大岩へ飛びかかつたとさ。
子 今度はうまく飛びついた?
父 今度もまた落ちてしまつたとさ。すると
子 ぢや虎は打たなかつたの?
父 うん、あんまりその
子 つまらないなあ、そんなお話。何かもう一つ虎のお話をして。
父 もう一つ? 今度は猫の話をしよう。長靴をはいた猫の話を。
子 ううん、もう一つ虎のお話をして。
父 仕かたがないな。……ぢや昔大きい虎がね。子虎を三匹持つてゐたとさ。虎はいつも日暮になると三匹の子虎と遊んでゐたとさ。それから
子 (眠むさうに)うん。
父 ところが或秋の日の暮、虎は猟師の矢を受けて、死なないばかりになつて帰つて来たとさ。
子 (寝入つて答へをしない)……
父 おい、誰かゐないか? こいつはもう寝てしまつたよ。
遠くで「はい、唯今」といふ返事が聞える。
(大正十四年十二月)