中村さん。
問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。
元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活
全容に
外ならないのだから、二重生活と云ふ事は、第一義的にはある筈がないと考へます。
が、それが第二義的な意味になると、いろいろむづかしい問題が起つて来る。生活を芸術化するとか、或は逆に芸術を生活化するとか云ふ事も、そこから起つて来るのでせう。
あなたの手紙にあつた芸術家の職業問題などは、それを更に一歩
皮相な方面へ移して来ての問題だと思ひます。
だから「
物心両面に
於ける人としての生活と、芸術家としての生活の関係交渉」と云つても、それぞれの意義に相当な立場をきめてかからないと、
折角の議論は混乱するより
外にありますまい。
所で
私は前にも云つたやうに、今さう云ふ問題を
辯じてゐる
暇がない。
が、
強ひて何か云はなければならないとなると、職業として私は英語を教へてゐるから、そこに起る二重生活が不愉快で、しかもその不愉快を
超越するのは全然物質的の問題だが、
生憎それが現代の日本では当分解決されさうもない以上、永久に我々はこの不愉快な生存を続けて
行く外はないと云ふ位な、
甚平凡な事になつてしまひます。
これでよかつたら、どうか諸家の解答の中へ加へて下さい。以上。
(大正七年十月)