一
うしろに山をひかえ前に広々とした平野をひかえてる、低いなだらかな丘の上に、小さな村がありました。村の東の
白く塗った
晴れた日の朝早く、長者の子供を
「ああ、いいことを考えた」と長者の子供がふいに叫びました。「待っといでよ、じきに来るから」
そして
お
「お祖父さん、僕にあの……東の
お祖父さんは、まんまるい眼鏡の下にびっくりした眼を開いて、子供を見ました。
「なに、塀をくれって……」
「ええ、下さいよ。おもしろいことがあるんです。こわしやしません。ただ遊ぶだけなんです。塀で遊ぶんです。ね、いいでしょう」
「塀で遊ぶって……おかしなことを言う子だね。こわしさえしなければよいけれど……」
「じゃあ下さいね。遊ぶだけなんですから」
そして子供はもうお祖父さんの側から駆け出して、部屋の中にはいって、大きな
「何をするの」
待ってた子供たちが集まってきました。
「今ね、この塀をお祖父さんからもらってきたんだ。だから、こわしさえしなけりゃ、何をしたって
「影法師を写し取る……うん、おもしろいな」
皆はわーっと声を立てておもしろがりました。そしてすぐにそのしたくにかかりました。小川の水を硯にくみ取って、一生懸命に
「僕が考えたんだから、僕が先だよ」
そう言って長者の子供は、白い
「影法師なんだから、すっかりまっ黒に塗らなけりゃいけないよ」
そして皆は影法師の形をまっ黒に塗り始めました。
そのうちに、太陽はずんずん昇っていって、塀にうつる影法師は小さな不格好なものになりましたので、長者の子供一人のだけで、他のは写し取れませんでした。
「また明日の朝にしよう」
二
毎日晴れた日が続きました。子供たちは朝早くから白塀の前に集まって、かわるがわる影法師を写し取りました。
そのことをおもしろがって、他の子供たちも集まって来ました。そして太陽が出たばかりの頃、日に二つか三つずつ影法師を写し取りましたが、日がたつにつれて、塀いっぱいたくさんになってきました。高いのや低いのや、
それを見て、通りがかりの
「これが僕んですよ」
「これが僕んですよ」
子供たちはめいめいそう言って、自分の影法師の前に立ってみせました。背の高さから形まで、
さて皆の影法師が写し取られて、塀いっぱいに並びますと、これからどうしようかと、子供たちは考えました。写し取っただけではいっこうつまりません。
「影法師が塀からぬけ出して踊ってくれるといいんだがなあ」
そう皆は考えました。そしていつも塀の前に集まっては、何度もくり返して考えました。しかしそんなことが出来るわけはありません。
ところが、ある日、皆がやはりそこに集まって、同じことをこそこそ話し合っていますと、いつのまにどこからやって来たか、髪の長い
「君たちはばかなことを考えてるね」
そしてやはり、塀の影法師を見て笑っています。
子供たちはそれがしゃくにさわりました。髪の長い
「何を言ってるんだい。何がばかなことなんだい。
見馴れない男は、さも
「なるほど、私が悪かった。それはおもしろいことに違いない。……それでは一つ私が教えてやろうか。その影法師を踊らせることを、教えてやろうか」
「え、おじさんはそんなことを知ってるの。教えて下さい。ね、教えて下さい」
「じゃあ教えてやろう。そのかわり、私の影も一つ、そこに写し取ってくれなくてはいけない。そして、明日の朝早くここに来れば、君たちの影法師は踊れるようになってるだろう」
子供たちは大変喜びました。そして
「だめだよ、日が高くなってるから……。おかしいな」
「いや、それで
そして男は、自分の変な影法師を見て、はっはっは……。と笑いました。
「それでは、明日の朝早く皆でそろっておいでよ」
男はそう言いいすてて、どこかへ行ってしまいました。
三
子供たちはその晩、おちついて眠れませんでした。自分たちの
やがて皆そろいましたので、胸をどきどきさせながら、長者の
ところが、
「はっはっはっは……」
高い笑い声がしたので振り向くと、昨日の男がそこに立って笑っています。
「私のあのおかしな影がね、一晩のうちに大きくなって、塀いっぱいにひろがったのだ。とんだことになってしまった」
それを聞くと、子供たちは急に怒り出しました。その男がだまかしたのだ。嘘を言ってるんだ。影法師が一晩のうちに
「嘘つき、嘘つき。僕たちをだまかしたんだな」
そう言って子供たちはつめよっていきました。
「はっはっはっ……」と男は平気でなお笑っています。
「人をばかにしてる。なぐっちまえ」
気の早い子供たちは、棒ぎれを拾ったり、石をつかんだり、げんこを握りしめたりして、男へ向かっていきました。男は笑いながら、あちこちへ身をかわしました。ひどくすばしこい影のような男で、
「君たちはばかだな」と男は広場の中を逃げ廻りながら言いました。「そら、まっ黒な塀の中で、影法師が踊ってるじゃないか」
そう言われてから皆は初めて気づきました。東から出た太陽の光を受けて、黒い鏡のように光っている塀の中に、皆の影法師が浮き出していました。
「おや、これはおもしろいや。ふしぎだなあ」
皆は
「わかったかね、はっはっは……」
皆が振り返ってみると、髪の長い
そこへ、長者のうちのお
「それはきっと、大変えらい人にちがいない。お前達はよいことを教わったものだ」
子供たちはさっぱりわけがわかりませんでした。けれど
皆はいろんな姿をうつして、自分も踊り影の姿も踊らして、いつも大変愉快に元気に遊びました。