むかし、トルコに、ハボンスといふ手品師がゐました。三角の帽子をかぶり、赤や青の着物を着、一人の子供をつれて、田舎の町々を
けれども、さういふ広場の手品師の生活は楽ではありませんでした。見物人がはふつてくれる金はごくわづかなものでしたし、その上、天気のよい日にしか出来ないのです。雨が降つたり雪が降つたりする時には、宿屋の中にぼんやりしてゐなければなりません。
ハボンスは心配で心配でたまりませんでした。
ハボンスはひどく泣き悲しみました。一度に十も二十も年をとつて老いぼれたやうになりました。そしてもう自分はどうなつても構はないといふ気で、金輪や棒や
それからハボンスは、宿屋のきたない
それは名高い魔法使で、死んだ者を生き返らすことも出来るし、生きてる者をすぐに死なせることも出来るし、何でも出来ないことがないといふのです。
「その魔法使のところへ行つて、死んだ子供を生き返らしてもらふか、自分を死なしてもらふか、どちらかにしてもらはう。」
さう決心してハボンスは、残つてるわづかな金で食べ物を買つて、それを肩にしよひ、山奥の魔法使を探しに、雨の中を一人で出かけました。
ハボンスは次第に山深くすゝんで行きました。腹がすくと背中の包みから食べ物を取りだして食べ、夜は木の下や
そしてある日の夕方、大きな森の奥に火の光を見つけ出して、ハボンスは躍り上らんばかりに喜びました。疲れきつてるのも忘れてしまつて、火の光の方へ走り出しました。
森の奥の
「お前は、こんなところへ、何しに来たのだ。」
がーんと響くような声で婆さんがたづねました。ハボンスはこは/″\顔をあげて、これまでのことを話しました。
「さういふわけでございますから、なくなつた子供を生き返らして下さいますか、わたくしをこのまゝ死なして下さいますか、どちらかにして下さいませ。わたくしは
ハボンスは泣かんばかりにして頼みました。魔法使の婆さんはそれを黙つて聞いてゐましたが、しまひに気の毒さうな顔をして言ひました。
「なるほど、手品と魔法とは縁があるといへばいへないこともないから、出来ることならお前の願ひを聞いてあげたいが、それだといつて、もう土の中にうづもつて長くたつてるお前の子供を生き返らすことは、わたしの力にも及ばないのだからね。」
「それでは、わたくしを死なして下さいませ。あの子がゐなければ、わたくしは生きてゐても
「まあさう短気を起したところで仕様がない。わたしがいゝやうにしてあげるから、
そしてハボンスは婆さんにいろ/\慰められて、その夜は婆さんの
翌朝になると、魔法使の婆さんはハボンスを呼んで言ひました。
「考へてみると、お前の心はいかにも
そして婆さんは、両手で握りきれないほど大きな無患子の実と、小さな銀の鉢とを差出しました。
ハボンスは大層喜んで、いはれる通りにシャボン玉を吹きました。「わたしの死んだ子供になれ、子供になれ、」と心の中で言ひますと、シャボン玉が子供の姿になつて、にこ/\笑ひながら空高く飛んでいきました。ハボンスはびつくりしてしまひました。
「子供ばかりぢやない、何でもお前の思ふ通りのものになるんだよ。」と婆さんは言ひました。
そこでハボンスは、こん度は馬にしてみようと思ひますと、全くその通りに、シャボン玉が馬になつて飛んでいきました。
「それさへあれば、お前はまだ生きてゆけるだらうね。」と婆さんはいひました。「だけど、こんな魔法はめつたに使ふものではない。わたしはたゞ、お前が
ハボンスは生き返つたやうな気持がして、婆さんのことは
ハボンスはうれしくてたまりませんでした。自分の望む時にはいつでも死んだ子供の姿が見られるのです。その上、どうせもう死んでしまはうと思つたくらゐですから、長く生きてゐたい気もありませんので、
「これから一つ死に花を咲かしてやらう。」
さう思つてハボンスは、ちよつとした手品なんかを使ひながら旅費をこさへて、たうとう都まで上つてきました。そして、都の中の一番にぎやかな広場にむしろをひろげ、無患子の実の汁を銀の
「さあ/\皆さん、昔から今まで世界にまたとないシャボン玉吹きのハボンス。
そして彼はあたりに立つてる見物人を
「
「よろしい、雀。」
さう答へてハボンスは、シャボン玉を一つ吹き上げながら、「雀になれ、雀になーれ、」と口の中でとなへますと、ふしぎにもシャボン玉が雀になつて飛んでいきました。
「お次は。」
「
「よろしい、蛇。」
ハボンスはまた一つシャボン玉を吹いて、「蛇になれ、蛇になーれ、」と口の中でとなへますと、蛇になつて飛んでいきました。
さあ見物人たちは大変な騒ぎでした。今まで見たことも聞いたこともないふしぎ極まる芸当なんです。広場一面に人立ちがして、それ/″\、
やがて、銀の鉢の中の無患子の汁がなくなりかけますと、ハボンスはさびしさうな顔でつつ立ちました。
「今日の芸当はこれでおしまひ。あとはまた明日のこと。そこで
そして彼は、残りの汁で大きなシャボン玉を一つ吹き上げて、「わしの子供になれ、子供になーれ、」と口の中でとなへました。するとシャボン玉が、なくなつた子供の姿となつて、にこ/\笑ひながら、空高く消えてゆきました。ハボンスはその方へ手を合して、じつと見送りました。
大ぜいの見物人は、もう
「もうよい、これでよい。さう沢山はいらない。」
さう言つてハボンスは、むしろの上の金を拾ひ集め、銀の鉢と無患子の実とをふところにしまひ、むしろをまき納めて、宿の方へ帰つて行きました。たくさんの人が宿屋の前までもぞろ/\ついて来ました。
ハボンスの評判は、一日のうちに都中へひろまりました。ハボンスが出てくる広場には、朝の暗いうちから見物人が立ちならびました。
ハボンスは
ところがある朝、ハボンスがいつもの通り出かけようとしてると、その小さな宿屋へ、王様から迎ひの
「お前のふしぎな芸当を聞かせられて、王様がぜひ一度見たいと仰せになつてゐる。これからさつそく来てもらひたい。」
さう
御殿の中の美しい庭で、王様はじめ多くの家来たちの前で、ハボンスはふしぎなシャボン玉の芸をしてみせました。
王様はすつかり感心されました。
「お前は
「それは故あつて申上げかねます。」とハボンスは答へました。
「それでは無理にはたづねまい。だが、お前の芸は全く世界に二つとは見られないものだ。どうだ、今日からこのわしに仕へてはくれまいか。」
「それもお受け致しかねます。」とハボンスは答へました。「なぜかと申しますと、わたくしはもう間もなく、
王様はおどろかれました。そしていろ/\たづねられましたが、ハボンスはどうしてもそのわけを申しませんでした。
「明日、町の広場までお
さう答へるだけでした。
王様は大へん残念に思はれましたが、どうも仕方がありませんので、翌日町の広場に出向くことを約束され、なほまた、世界一のシャボン玉吹きといふ名をお許しになりました。
ハボンスは、もうこれで自分の望みもかなつたと思ひました。そして、この上は
いよ/\翌日になりますと、町の広場は大変な騒ぎです。王様は大勢の家来をつれてやつて来られます。都の人たちはその話を伝へ聞いて、今日のハボンスの芸を見落してはならないと、われも/\と出かけます。都中の人たちがその広場にあつまつたのです。
ハボンスはもう今日が終りだといふので、赤青黄紫などの美しい筋のはいつた着物をつけ、金色の三角の帽子をかぶり、「世界一のシャボン玉吹きハボンス」といふ旗を立てゝ、しづかに広場のまん中にあらはれました。
四方から
「さて皆さん、これから世界一のシャボン玉吹きハボンスの芸当、よく/\
そして彼は、
それから竹の管を取つて、鉢の汁でシャボン玉をいくつか吹き上げました。それに日の光がきら/\と美しく映りました。
それから最後の芸にとりかゝつて、まづ
「いよ/\最後の最後の
さう言つてハボンスは、残りの
人々はその子供には見おぼえがありますから、例の子供だなくらゐに思つてゐますと、子供の後から大きなシャボン玉がふはり/\と上つてゆきました。おや、と思つて気がついてみると、いつのまにかハボンスの姿が消えてなくなるてゐました。
ふしぎなことだと人々が