心眼

三遊亭円朝




 さてこれは外題げだい心眼しんがんまうす心のといふお話でござりますが、物の色をで見ましても、たゞあかいのでは紅梅こうばい木瓜ぼけの花か薔薇ばら牡丹ぼたんわかりませんが、ハヽア早咲はやぎき牡丹ぼたんであるなと心で受けませんと、五しき見分みわけきませんから、心眼しんがん外題げだいを致しましたが、大坂町おほさかちやう梅喜ばいきまう針医はりいがございましたが、療治れうぢはうごく下手へたで、病人にはりを打ちますと、それがためおなかが痛くなつたり、頭痛の所へ打ちますとかへつ天窓あたまが痛んだり致しますので、あまり療治れうぢたのむ者はありません。すると横浜よこはま懇意こんいな人が親切に横浜よこはま出稼でかせぎにるがい、うやつてゐては何時いつまでも貧乏してゐる事ではらん、はまはまた贔屓強ひいきづよところだからとつてくれましたので、当人たうにんまゐる気になりましたが、横浜よこはままゐるには手曳てひきがないからと自分の弟の松之助まつのすけといふ者をれまして横浜よこはまへまゐりまして、野毛のげうち厄介やつかいになつてり、せめて半年か今年一年ぐらゐかせいでかへつてるだらうと、女房にようばうも待つてりますと、すぐに三日目にかへつてまゐりました。鼻の尖頭あたまへ汗をかき、天窓あたまからポツポとけむを出し、門口かどぐち突立つツたつたなり物もひません。女房「おやおまへかへりか。梅「い……今かへつたよ。女房「おやうしたんだね、まアうもあんまり早いぢやアないか、はまつてぐにかへつてたの。梅「ぐにたツてられねえもの、どうも幾許いくらたくつてもられません、あまり馬鹿馬鹿ばかばかしくつて口惜くやしいたツて口惜くやしくねえたツてたまらないもの……。と鼻息はないきあらく思ふやうに口もきけん様子。女房「うしたんだねえ、まアなんだね。梅「うしたつて、フン/\あのまつ畜生ちくしやうめ……。女房「まつさんがうしたんだえ。梅「彼奴あいつが、おれ置去おきざりにして先へけへりやアがつたが、岩田屋いはたやさんは親切だから此方こつちな、はま贔屓強ひいきづええからなんでもねえとおつしやるので、ほか手曳てひきがねえからまつれていくと、六でふ座敷ざしき借切かりきつてゐると、火鉢ひばちはここへくよ、烟草盆たばこぼんくよ、土瓶どびんしてやる、水指みづさしもこゝにるは、手水場てうづばへは此処こゝからくんだ、こゝへ布巾ふきんけてくよ、この戸棚とだな夜具やぐ蒲団ふとんもあるよとなにからなにまでのこらずしてすだすつてよ、つた当座たうざだから療治れうぢはないや、退屈たいくつだらうと思つて岩田屋いはたや御夫婦ごふうふて、四方山よもやまの話をしてると、まつそば土瓶どびんをひつくりかへして灰神楽はいかぐらげたから、けろ、粗忽そこつをするなつて他人ひとさまのまへだから小言こごとはうぢやアねえか、すると彼奴あいつおれにむかツぱらつて、よく小言こごとをいふ、兄振あにいぶつたことをふな、おれが手をいてやらなけりやア何処どこへもかれめえ、御飯おまんま世話せわから手水場てうづばくまでおれいてツてやるんだ、月給げつきふを取るんぢやアなし、んぞとふと小言こごとやアがる、あにきもねえもんだ、あにきたぬき)の腹鼓はらつゞみが聞いてあきれるとぬかしやアがるから、やい畜生ちくしやう手前てめえ懶惰者なまけもんでべん/\と遊んでゐるから、何処どこ奉公ほうこうつたつて置いてくれる者もないから、おれやしなつて置くからには、おれの手をくぐらゐは当然あたりまいだ、なにやアがるつて立上たちあがつて戸外そとへ出たが、おれが見えないから追掛おつかけて出ても仕様しやうはなし、あんなやつにまで馬鹿ばかにされると腹を立つのを、岩田屋いはたや御夫婦ごふうふが心配して、なにまつさんだつてうちかへればあねさんに小言こごとはれるから、かへつてるにちがひない、なに彼奴あいつぜにつてゐる気遣きづかひはありませんから、停車場ステイシヨンつたツて切符を買ふ手当てあてもありませんから、いまにかへりませうと待つたが、かへつてねえ、ところで悪い顔もしず、御飯ごはん世話せわからとこ揚下あげおろしまで岩田屋いはたやさん御夫婦ごふうふくださるんだが、になつて其様そんなことがさせられるかさせられねえか考へて見ねえ、とてもそれなりに世話せわつてもゐられねえからかへつてたのよ。女房「本当ほんたうに困るぢやアないかね、わたし義理ぎりあるなかだから小言こごとへないが、たつた一人のにいさんを置去おきざりにしてかへつてるなんて……なに屹度きつと早晩いまにぶらりとかへつてるのがおちだらうが、さぞ腹が立つたらうね。梅「腹が立つたつて立たねえツてえ、つまらねえことを腹ア立てやアがつて、たつた一人の血を分けた兄のおれ置去おきざりにしやアがつてよ、れとふのもおれが悪いばつかりだ、あゝ口惜くやしい、うかしておたけめて片方かた/\でもいから明けてくんなよ。女房「明けてくんなとつて、わたし医者いしやぢやアなし、そんな無理なことをつたツてわたしがおめへあけわけにはいかないが、苦しい時の神頼かみだのみてえ事も有るから、二人で信心しん/″\をして、一生懸命になつたら、またいお医者いしや出会であふことも有らうから、夫婦で茅場町かやばちやう薬師やくしさまへ信心しん/″\をして、三七、二十一にち断食だんじきをして、夜中参よなかまゐりをしたらからう。とこれから一生懸命に信心しん/″\を始めました。すると一心いつしんとほりましてか、満願まんぐわんの日に梅喜ばいきは疲れ果てゝ賽銭箱さいせんばこそば打倒ぶつたふれてしまふうちに、カア/\と黎明しのゝめつぐからす諸共もろとも白々しら/\が明けはなれますと、たれやらんそばしきりにおこすものが有ります。×「梅喜ばいきさん/\、こんなところちやアいけないよ、かぜえ引くよ……。梅「はい/\……(こす此方こつちを見る)×「おや……おまいいたぜ。梅「へえゝ……成程なるほど……これは……あゝ(両手りやうてあはをがみ)有難ありがたぞんじます、南無薬師瑠璃光如来なむやくしるりくわうによらい、お庇陰かげちまして両眼りやうがんともあきらかになりまして、誠に有難ありがたぞんじます……成程なるほどこれは手でございますか。×「うよ。梅「へえゝうま出来できてゐますね。×「おまへうしていたんだ。梅「へえじつは二十一にち断食だんじきをしました、一しんとゞいたものと見えます。×「ムヽウ、まゝ此位このくらゐ目出度めでたい事はないぜ。梅「へえ誠に有難ありがたぞんじます……あなたは何方どちらのおかたで。×「フヽヽ何方どちらだつて、おまへ毎日まいにちのやうにうちてえるぢやアねえか、大坂町おゝさかちやう近江屋金兵衛あふみやきんべゑだよ。梅「へえ、これうも誠にへえゝ……あなたは其様そんなお顔でございましたか。近江屋「フヽヽ其様そんなお顔とふものもねえもんぢやアねえか、なににしてもいたは共によろこばしい、ま結構けつこうな事で。梅「へえ有難ありがたぞんじます、毎度また御贔屓ごひいきになりまして……これはなんです、一たいにかうるのは……。近江屋「成程なるほどな、のない人が始めていた時には、何尺なんじやく何間なんげんわからんで、さきへ一たいものえるとふが、めうなもんだね、これ薬師やくしさまのおだうだよ。梅「へえゝ、おだうで、これは……。近江屋「お賽銭箱さいせんばこ。梅「成程なるほどみんながお賽銭さいせんげるんで手を突込つツこんでも取れないやうに…うま出来できますなア…あのむかうに二つ吊下ぶらさがつてますのは…。近江屋「あれは提灯ちやうちんよ。梅「家内かないなどがよるつけて歩きますのはれでげすか。近江屋「なに、それはもつと小さい丸いので、ぶら提灯ぢやうちんといふのだが、あれは神前しんぜん奉納ほうなふするので、周囲まはりあかつぶして、なかくろで「うをがし」と書いてあるのだ、周囲まはりなかくろ。梅「へえゝ……くろうまけましたな、成程なるほどらしい色で……れは。近江屋「彼家あれ宮松みやまつといふ茶屋ちややよ。梅「へえゝ……これは甃石しきいしでございませう。近江屋「おや/\よくわかつたね。梅「へえこれ下駄げたいてとほると、がら/\音がしますからわかりますが、これ盲人まうじんが歩きいゝやうに何処どこへでもいてるのでせう。近江屋「なアに社内しやないばかりだアね、そろ/\出掛でかけようか。梅「へえ有難ありがたぞんじます、只今たゞいまつゑを持つてまゐりませう。近「もうつゑらねえから薬師やくしさまへをさめてきな。梅「へえ誠に有難ありがたぞんじます……へえゝうも日本晴につぽんばれがしたやうだてえのは、旦那だんなさま此事このことでございませう、本当に有難ありがたいことで。近「まア芽出度めでたかつた。梅「旦那だんな々々/\これはなんでげす。近「生薬屋きぐすりや看板かんばんだよ。梅「あれは……。近「糸屋いとや看板かんばんだ。梅「へえゝ……あれは。近「人が見て笑つてるに、水菓子屋みづぐわしやだ。梅「へえゝ……あ彼処あすこまアるいものはなんです、かういくつもるのは。近「あれは密柑みかんだ。梅「あの色はなんふんです。近「黄色きいろいてえのだ。梅「へえゝ……密柑みかんにはちがつたのがりますなア、かう細長ほそながいやうな。近「フヽヽあれは乾柿ころがきだ。梅「乾柿ころがき、へえゝあれは。近「第一の銀行よ。梅「成程なるほどうはさには聞いてりましたが立派りつぱなもんですね……あれは。近「橋だ、鎧橋よろひばしといふのだ。梅「へえゝ立派りつぱもんですねうも……あの向うへきますのはをんなぢやアございませんか。近「うよ。梅「へえゝをんなてえものは綺麗きれいなものですなア、をとこまよふな無理もありませんね。近「あれは何処どこかの権妻ごんさいだかおくさんだか知れんが、人柄ひとがら別嬪べつぴんだのう。梅「へえゝ綺麗きれいなもんですなア、私共わたしども家内かないは、時々とき/″\わたし貴方あなたところへお療治れうぢまゐつてるとむかひにた事もありますが、わたし女房にようばうは今のやうなをんなですか。近「ウフヽヽ、アハヽヽ梅喜ばいきさんはらつちやアいけないよ、おまへとこのお内儀かみさんは失敬しつけいだがあま器量きりやうくないよ。梅「へえゝんな工合ぐあひですな。近「フヽヽんな工合ぐあひだツて……あ彼処あそこ味噌漉みそこしげて何処どこかのやとをんなるね、あれよりはう少し色がくろくツて、ずんぐりしてえてくないよ。梅「あれよりわるうございますと、それは恐入おそれいりましたな、わたくしは美人だと思つてましたが、器量きりやう善悪よしあしなでたツてわかりません……あ……あぶねえなア、んですなア……これは……。近「人力車じんりきだ。梅「へえゝの見えないうちかへつておどろきませんでした、うでも勝手にしねえとりましたから、いたらなんだかこはくツてちつとも歩けません。近「それぢやアくるませよう、うして浅草あさくさ観音くわんおんさまへれてゆかう。とこれから合乗あひのりで、蔵前通くらまへどほりから雷神門かみなりもんきはくるまり、近「梅喜ばいきさん、これ仲見世なかみせだよ。梅「へゝえ何処どこウ……。近「なアにさ、ここが観音くわんおん仲見世なかみせだ。梅「なにかゞございませう玩具店おもちやみせが。近「べた玩具店おもちやみせだ。梅「どれが……。近「あの種々いろんなものを玩具おもちやふのだ。梅「へえゝ……種々いろんものりますな、此間このあひだ山田やまださんのぼつちやんがつていらしつたのをわたしにぎつたら、玩具おもちやだとおつしやいましたが、成程なるほどさま/″\のものりますよ、此方こつち玩具おもちや……彼方あつち玩具おもちやとなり玩具おもちや、あゝ玩具おもちや引張ひつぱつてのばしてります。近「フヽヽあれはあめやだよ。梅「へえゝ成程なるほど此方こつちは。近「人形屋にんぎやうや。梅「むかうのは。近「料理茶屋萬梅れうりぢややまんばいといふのだ。梅「あら/\。近「みつともねえなア、大きなこゑであらあらとひなさんな。梅「あれは。近「絵草紙ゑざうしだよ。梅「へえゝ綺麗きれいなもんですな、なでて見ちやアわかりませんが、此間このあひだ池田いけださんのおぢやうさまが、これだとおつしやいましたがわかりませんでした。梅「おゝ突当つきあたりやがつて、けろい、盲人めくら突当つきあたやつるかい。近「いてるぢやアないか。梅「ヘヽヽ今日けふきましたんで、不断ふだんけてるもんですから。とひながら両手りやうてあはせ、梅「南無大慈大悲なむだいじだいひ観世音菩薩くわんぜおんぼさつ……いやアおほきなもんですな、人が盲目めくらだと思つてだますんです、浅草あさくさ観音くわんおんさまは一すんだつて、虚言うそばツかり、おほきなもんですな。近「そりやア仁王門にわうもんだ、これから観音くわんおんさまのおだうだ。梅「道理だうりおほきいと思ひました……あゝ……あぶない。とおどろいて飛下とびさがる。近「フヽヽなんだい、みつともない、はとがゐるんだ。梅「へえゝ豆をやるのはこれですか……はとがお辞儀じぎをしてますよ。近「なに豆をつてゐるんだ。梅「ちがつたのがりますね、あたまあかい。近「あれは鶏鳥にはとりだ……ま此方こつちへおで、こゝがおだうだ。梅「へえゝ成程なるほど、十八けんめんとは聞いてゐましたが、立派りつぱなもんですな。近「さ段々だん/″\のぼるんだ。梅「へえなんだかうも滅茶めちやでげすな……おゝ/\大層たいさう絵双紙ゑざうしあがつてゐますな。近「がくだアな、此方こつちへおで、こゝで抹香まつかうあげるんだ、これがおだうだよ。梅「へえゝこれ観音くわんおんさまで……これはなんで。近「お賽銭箱さいせんばこだ。梅「成程なるほど先刻さつき薬師やくしさまで見ましたが、薬師やくしさまより観音くわんおんさまのはう工面くめんいと見えてお賽銭箱さいせんばこが大きい……南無大慈大悲なむだいじだいひ観世音菩薩くわんぜおんぼさつ今日こんにちはからず両眼りやうがんあきらかに相成あひなりましてございます、誠に有難ありがた仕合しあはせぞんじます……。近「梅喜ばいきさん、此方こつちへおでよ。梅「へえ……こゝに大層たいそう人が立つてゐますな。近「なにりやア此方こつちの人がうつるんだ、向うに大きな姿見すがたみが立つてゐるのさ。梅「此方こつちの人が向うへ……(前後ぜんご見返みかへり)え成程なるほど近江屋あふみやさん貴方あなたが向うに立つてゐますな、成程なるほどてゐますこと。近「てゐるはずよ、かゞみうつるんだから、並んで見えるだらう。梅「わたし何方どれで。近「何方どれだツて二人並んでるだらう。梅「へえ……。首を動かし見て、「成程なるほど此方こつちで首をるやうに向うでもり、したを出せば彼方あつちでも出しますな。近「しねえ、みつともねえから。梅「ムヽウわたし随分ずゐぶんをとこですな。近「ウン……。梅「わたしくらゐ器量きりやうつてゐながら、家内かない鎧橋よろひばし味噌漉みそこしげてつた下婢をんなより悪いとは、ちよいとふさぎますなア。近「其様そんなことをつたつてやうがない、さアこゝは奥山おくやまだ。梅「へえ……。ときよろ/\してゐる中に、近江屋あふみや旦那だんな見失みはぐつてしまひました。梅「金兵衛きんべゑさアん……近江屋あふみやさアん……。と大きなこゑを出して山中やまぢう呶鳴どなり歩きますうちに、田圃たんぼ出口でぐち掛茶屋かけぢややに腰をけてましたをんな芳町辺よしちやうへん芸妓げいしやと見えて、おまゐりにたのだからあまなりではりません、南部なんぶあゐ萬筋まんすぢ小袖こそでに、黒縮緬くろちりめん羽織はおり唐繻子たうじゆすおびめ、小さい絹張きぬばり蝙蝠傘かうもりがさそばに置き、後丸あとまるのめり本天ほんてん鼻緒はなをのすがつた駒下駄こまげたいた小粋こいき婦人ふじんが、女「ちよいと梅喜ばいきさん、ちよいと。梅「へえへえ何処どこウ……(彼方あちら此方こちら見廻みまはす)女「なんだよう、わたし先刻さつきから見てゐると、おまへがこゝをつたりたりしてえるが、いてるからた人がるとおもつてゐたら、矢張やつぱり梅喜ばいきさんなんだよ、まうしたえ。梅「へえ、今日けふきました。女「いたえ……だから馬鹿ばかには出来できないものだよ、本当ほんたうかみさまの御利益ごりやくだよ、しかしまア見違みちがへるやうなをとこになつたよ。梅「へえ、あなたは何処どこのおかたで。女「いやだよ、大概たいがいこゑでも知れさうなもんだアね、小春こはるだよ。梅「え……小春姐こはるねえさんで、成程なるほど……うつくしいもんですなア。小春「いやだよ、大概たいがいにおし。梅「へゝゝおはつにおかゝりました。小春「なんだね、おはつウなんて。梅「いえ、お顔を見るのはおはつウで。小春「おまへいてちよいと子柄こがらげたよ、本当ほんたうにまア見違みちがいちまつたよ、一人でたのかい、なに近江屋あふみや旦那だんなを、ムヽはぐれて、うかい、ぢやア何処どこかで御飯ごぜんべたいが、そうざい料理れうりもごた/\するし、おんもりするところいやだし、あゝ釣堀つりぼり師匠しゝやうところかうぢやアないか。梅「へえゝ釣堀つりぼりさまとは。小「なんだね釣堀つりぼりだね。梅「有難ありがたい……わたしは二十一にち御飯ごぜんべないので、はらつたのがとほぎたくらゐなので、小「ぢやア合乗あひのりでかう。とこれから釣堀つりぼりへまゐりますと、男女なんによ二人連ふたりづれゆゑ先方せんぱうでもかして小間こまとほして、しゞみのおつけ、おいも※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)につころがしで一猪口いつちよこ出ました。小「さ、おべよ、おまへいて芽出度めでたいからおいはひだよ、わたしがおしやくをしてげよう……お猪口ちよこ其処そこらアね。梅「へえゝこれがお猪口ちよこ……ウンナ……手には持慣もちつけてますが、うま出来できてるもんですな、ヘヽヽ、これはお徳利とくり成程なるほどなかからおさけが出るんで、面白おもしろいもんですな。小「なんだよ、猪口ちよこの中へ指をんでサ、もういてるから、おさけこぼれる気遣きづかひはないは。梅「へゝゝ不断ふだんやりつけてるもんですから……(一くちんで猪口ちよこを下に置き)有難ありがたぞんじます、どうも……。小「さめないうちにおひよ、おわんを。梅「へえこれがおわんで……おはしは……これですか、成程なるほどうま出来できますな……ズル/\ズル/\(汁を吸ふ音)ウン結構けつこうでございます……が、どうもカかたくつて……。小「ホヽいやだよ此人このひとは、しゞみかひごとべてさ……あれさお刺身さしみをおかつこみでないよ。梅「へえ……あゝ心持こゝろもちになつた。と漸々だん/″\さかづきがまはつてまゐるにしたがつて、二人ともふちほんのり桜色さくらいろとなりました。小「梅喜ばいきさん、本当ほんたうにおまへ男振をとこぶりげたよ。梅「へえわたし随分ずゐぶんをとこで、先刻さつきかゞみでよく見ましたが。小「おまへ去年きよねんわたし寸白すばこいてゐる時分じぶんうち療治れうぢたに、梅喜ばいきさんの療治れうぢ下手へただが、何処どこ親切しんせつ彼様あんじつる人はないツて、うち小梅こうめ大変たいへんまへ岡惚をかぼれをしてゐたよ、あれでつたらうだらうとつたが、いたからだれでもれるよ、わたしは本当に岡惚をかぼれをしたワ。梅「えへゝゝゝ冗談じようだんつちやアいけません、盲人めくらにからかつちやア困ります。小「盲目めくらだつていたぢやアないか、冗談じようだんなしに月々つき/″\ぐらゐづゝ遊んでおくれな、え梅喜ばいきさん。梅「あなた、そりやア本当でげすかい。小「本当にもうそにもをんなの口から此様こんなことをひ出すからにやア一生懸命だよ。梅「え……本当なればわたしかゝあを追ひ出しちまひます、へえ鎧橋よろひばし味噌漉提みそこしさげよりわるいてえひどい顔で、ぐにさらけだしちまひます、あなたと三でもいから一しよいね。とつてりますと、突然いきなりうしろふすまをがらりとけて這入はいつて婦人ふじんいかりのこゑにて、婦人「なんだとえ。梅「え……何処どこひとだえ。婦人「何処どこひとだつて、おまへ女房にようばうのおたけだよ。梅「おたけえ……これはどうも……。竹「なんだとえ、いまいてゐれば、彼奴あいつの顔はんなだとかんなだとかでいけないから、さらけだしてしまひ、小春姐こはるねえさんと夫婦ふうふらうとつたな、おまへ其様そんなことがはれた義理ぎりかえ、岩田屋いはたや旦那だんなれられてはまつて、まつさんと喧嘩けんくわアしてかへつてた時になんとおひだえ、あゝ口惜くやしい、真実しんじつ兄弟きやうだいにまで置去おきざりにされるのもおれが悪いばかりだ、おたけ何卒どうぞ一方かた/\でもいからけてくれ、どうかエさうして薄くも見えるやうにしてれとふから、わたし医者いしやぢやアなし、おまへけやうはないが、夫程それほどに思ふならさだめし口惜くやしかつたらう、うかしてうすくとも見えるやうにしてげたいと思つて、茅場町かやばちやう薬師やくしさまへ願掛ぐわんがけをして、わたし手探てさぐりでも御飯ごぜんぐらゐはけますから、わたしつぶしても梅喜ばいきさんのけてくださるやう、御利益ごりやくひとへに願ひますと無理な願掛ぐわんがけをして、寿命じゆみやうを三ねんちゞめたので、おまへいたのは二十一日目にちめ満願まんぐわんぢやアないか、わたし今朝けさめてふとると、四辺あたりが見えないんだよ、はてな……わたしつぶれたか知らん、わたしが見えなければきつと梅喜ばいきさんのいたらう、それとも無理な願掛ぐわんがけをたからわたしばちあたつてつぶれたのかと思つて、おど/\してゐるところへ、近江屋あふみや旦那だんなかへつてて、梅喜ばいきいたから浅草あさくされてつたが、奥山おくやま見失みはぐつたけれども、いたからべつ負傷けがはないから安心してなとはれた時には、わたしは本当に飛立とびたほどうれしく、自分のつぶれた事も思はないでサ、早くおまへつて此事このことを聞かしたいと思つたから、おまへ空杖あきづゑいて方々はう/″\さがして歩くと、彼処あすこ茶店ちやややうや釣堀つりぼりつたといふ事がわかつたから、こゝへてもおまへ女房にようばうとははない。たゞ梅喜ばいきさんにひたうございます。何卒どうぞはしておくんなさいまし、わたし女按摩をんなあんまでお療治れうぢにまゐりましたとつたら、按摩あんまさんならこゝにおいで、今おさけが始まつてるからとふので、わたしつぎるとも知らず、おまへいたと思つてくのめのめと増長ぞうちやうしてわたしを出すとつたね。梅喜ばいき天窓あたま両手りやうておさへ、梅「はあア誠に面目次第めんぼくしだいもない、おまへつぎやうとは知らず、誠にまない……。女房にようばうしばら泣伏なきふし涙をぬぐひつゝ、竹「どうも本当にあきれちまつたね、わたしは死にます……なにおさへるんだ、はなしておくれ。と止める手先てさき振切ふりきつて戸外そとへ出る途端とたんに、感が悪いから池の中へずぶりはまりました。梅「おゝ……おたけや/\。竹「なんだよ、しつかりおよ、梅喜ばいきさん/\、おきよ。とおこされ、欠伸あくびをしながら手先てさきき、梅「ハアー……おや燈火あかりを消したかえ。竹「なにふんだね、しつかりおしよ、おまへなにか夢でも見たのかえ、ひたひへ汗をかいてゝさ。梅「へえゝ……おまへだれだえ。竹「ホヽヽなんだよ、おたけだアね。梅「こゝは釣堀つりぼりかい。竹「なんだね、うちるんだよ、おまへ寐耄ねぼけたね、うか夢でも見たんだよ。梅「あ……夢かア、おや/\盲人めくらてえものはめうもんだなア、てゐるうちには種々いろ/\のものが見えたが、めたらなにも見えない。……心眼しんがんふお話でございます。
(拠酒井昇造筆記)





底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
   2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
   1964(昭和39)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年8月14日作成
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