大成がその時病気になった。母は珊瑚がみだらであるからだといって、ある朝珊瑚を責め
大成は母が珊瑚に怒っていることを知ったので、我が家に寝ずに他所で泊って、珊瑚と夫婦の交わりを絶っていることを見せたが、それでも母の気持ちはなおらなかった。何かにつけて怒り罵るのは皆珊瑚のとばっちりであった。大成は、
「
といって、とうとう珊瑚を離縁して、
「女と生れて人の妻となることができないで、どうして両親に顔があわされよう。いっそ死ぬるがましだ。」
といって、袖の中から
老媼が帰って来ると大成は、この事情を隠しているようにいいつけたが、母がそれをさとりはしないかと思って恐れた。で、数日して珊瑚の傷がすこし
「叔母さん、あんな者を置いちゃいけない、おんだしなさい。」
といった。叔母は、
「まァ、まァ、門口でそんなことをいってはいけない、お入りなさいよ。」
といったが、大成は入らないで、
「おい、珊瑚出ていけ。こんな所にいてはいけない、出ろ、出ていけ。」
といって怒鳴った。間もなく珊瑚は大成の前に出て来た。
「私にどんな罪がございましょう。」
大成はいった。
「お母さんに仕えることができないじゃないか。」
珊瑚は何かいいたそうにしながら何もいわないで、
それからまた二、三日して、母は珊瑚のことを聞き知った。怒って王家へいって汚い詞で王を
「嫁はもう出ているじゃないか、まだ安家のなにかになるのですか。私が自分で陳家の女を留めてある、安家の嫁を留めてあるのじゃないよ。なんで他の家のことに口を出すのです。」
母はひどく怒ったが王のいうことが道理にかなっているので何もいえなかった。それに王の勢いが盛んであるから、だんだんしょげて来て大声に泣きながら返っていった。珊瑚は心がおちつかないので他へいこうと思った。
その時、王の
「妹のわからずやにもほどがある。」
といって、そこで珊瑚を送り還そうとしたが、珊瑚は、
「それはだめですよ。」
と、帰っていけない事情を頻りにいって、
「どうか、ここに来ていることをいわないでください。」
と頼んだ。そこで珊瑚は姨の家にいることになったが、その容子は
珊瑚には二人の兄があった。兄は珊瑚のことを聞いて
大成が細君を離縁してから、母は
三、四年して大成の弟の二成がだんだん大きくなって、とうとう先に結婚した。その二成の細君は
臧は母を婢のように追いつかったが、大成は何もいわずにただ母の代わりになってはたらいた。器を洗うことから掃除をすることまでも皆やった。母と大成とはいつも人のいない処へいって泣いた。
間もなく母は気苦労がつもって病気になり、たおれて
大成はそこで姨の家へかけつけて、
「見舞ってやってください。」
といって涙を流しながら頼んだ。その頼みの言葉の
間もなく姨が来た。大成の母は喜んでいてもらうことにした。それから姨の家から日として人の来ないことはなかった。そして来れば
「ここではひもじいめに逢うようなこともないから、もう何も送って来ないようにってね。」
しかし姨の家からは欠かさずに物を送って来た。姨はそれをすこしも食わずに、のこしておいて病人にやった。
大成の母の病気はだんだんよくなった。姨の孫がその母親にいいつけられて、おいしい食物を持って病人の見舞に来た。大成の母は歎息していった。
「賢いのね、嫁は。姉さんは、前世でどんな善いことをしたのでしょう。」
姨はいった。
「お前さんが出してしまった嫁はどうだった。」
大成の母はいった。
「あァ、あァ、それはね、
姨はいった。
「嫁がいた時には、お前は苦労を知らないでいられたし、お前が怒っても、嫁は怨まなかったし、嫁があるにこしたことはないじゃないか。」
大成の母はそこで泣いて、そして珊瑚を出したことを後悔しているといって、
「珊瑚はもう他へかたづいたでしょうか。」
と訊いた。姨はいった。
「知らないが、ね。詮議をしてみよう。待っておいで。」
二、三日して大成の母の病気は一層良くなった。姨は家へ帰ろうとした。大成の母は泣いていった。
「姉さんがいなくなったら、私は死ぬるのですよ。」
姨はそこで大成と相談して、二成を分家さすことにした。二成はそれを臧に知らした。臧は気を悪くして大成と姨に悪口をついた。大成は良い田地をすっかり二成にやりたいといった。臧はそこで機嫌がよくなったので、財産を分配するに用いる書類をこしらえた。
姨はそこで始めて持っていった。翌日になって姨は車を以て大成の母を迎えにやった。大成の母は姨の家へいって、先ず、
「嫁に逢わしてくださいよ。」
といって、ひどく甥嫁を褒めた。姨はいった。
「あの子はいくら善いといったところで、すこしも欠点がないということはないよ。それは、ただ私がゆるしているからだよ。お前さんに、もし嫁があって、家の嫁のようであっても、たぶん世話になれまいよ。」
大成の母はいった。
「あんまりですわ、私を無神経だとおっしゃるのは。私にも目も鼻もありますよ、物の善い悪いが解らないことはありませんよ。」
姨はいった。
「では、珊瑚のように出されたら、お前のことを何といってるだろうね。」
大成の母はいった。
「悪くいってるでしょうよ。」
姨はいった。
「ほんとうに自分の身を振りかえってみたら、悪くいうことはないから、なんで悪くいうものかね。」
「しかし、どんな人にも至らない所があります。珊瑚も賢人でないから、悪くいってると思うのですよ。」
姨はいった。
「怨むはずのものを怨まないのは、その人の心が解るし、いってしまってよいものをいかないのは、かわいがっていることが解かるのだよ。あの食物を送って来てめんどうを見たのは、私の嫁でなくてお前の嫁だよ。」
大成の母は驚いていった。
「なんですって。」
「珊瑚は長いことここにいるのだよ。あの送ってくれた食物は、皆あれが
大成の母はそれを聞くと涙を流していった。
「私は、嫁にあわす顔がありません。」
姨はそこで珊瑚を呼んだ。珊瑚は涙を目に一ぱいためて出て来て、べったりと身を投げ伏してしまった。大成の母は
「私はなんという
姨はそれをやっとなだめた。そこで、とうとう初めのような嫁と姑の仲になり、十日あまりして一緒に帰っていった。
良田を二成にやってしまった大成の家では、痩せた幾畝かの田地を作っていたが、たべるに足りないので、大成は筆耕をやり、珊瑚は針仕事をして、それをたのみにしていた。
二成の方では足りないものはなかった。しかし、兄の方では助けを求めようともしなければ、弟の方でもまた世話をしようとはしなかった。そして、臧の方では
婢は臧の虐待にたえかねて、ある日、自分で首をつるして死んだ。婢の父親が臧を
「わしは、安孝廉だ。任というのは何者だ、わしの財産を買おうとするのは。」
といってから、大成を顧みて、
「
といった。大成は涙を流していった。
「お父様に
「あんな不孝な
大成はいった。
「母子がやっと生計をたてております。どうして、そんなたくさんの金ができましょう。」
「
大成はも一度精しいことを訊こうとしたが、老人はもう何もいわなかった。しばらくして大成は夢の覚めたようになって、何をしていたのか茫としていて自分で自分のやっていたことが解らなかった。
大成は帰って来てそれを母に話したが、あまり不思議であるから母もやはり深くは信じなかった。臧はこのことを聞くともう数人の者をつれていって
やがて家へ帰った二成は、臧と二人でそれをしらべようと思って、嚢の口を開けてみた。嚢の中には瓦と小石が一ぱい入っていたので大いに駭いた。臧は二成が兄のために
「これで、ますます兄さんの
二成はそれを聞かされると半信半疑になった。翌日になって任の家から下男をよこして、払った金はすっかり
「どうです。私ははじめから兄さんは
二成は懼れて任の家へいって哀みを乞うた。任は怒って
「たびたびお金をいただいてすみません。で、二枚だけ残しておいて、お心ざしをいただきます。しかし私は残っている財産が、まだ兄さんと同じくらいあります。たくさんの田地はいりませんから、もうすててしまいました。買いもどすとも、そのままにするとも、それは兄さんしだいです。」
大成は二成の心が解らなかったから、
「それは一たんお前にやったものだから、それはお前のものだよ、かえしてはいけない。」
といって取らなかったが、二成がひどく決心したようにいうので、そこで受け取って
「財産がもどったじゃありませんか。なぜそんなに怒ります。」
そこで大成に地券を出さして臧に渡した。と、二成はある夜父の夢を見た。父は二成を責めていった。
「
二成は醒めてから臧に話して、田地を兄に返そうとした。臧は、
「ほんとにあなたは
といって承知しなかった。その時二成に二人の男の子があって、長男が七歳で次男が三歳になっていたが、間もなく長男が
その時は春ももう尽きようとしているのに、二成の持っていた田地は草の生えるにまかして耕してなかった。安はしかたなしに耕して種を蒔いた。臧はその時から行いを改めて、朝夕母の機嫌を伺うのが孝子のようになり、嫂を敬うこともまた至れりであった。
半年たらずに母が没くなった。臧は
「お母さんの早く没くなって、私がつかえられなくなったのは、天が私に罪を
臧は十人も子供を生んだが皆育たなかったので、とうとう兄の子を養子にした。大成夫婦は天命をまっとうして世を終ったが、三人の子供があって、二人は進士に挙げられた。世人はそれを孝友の