鋏と布と型

久坂葉子




マネキン人形
谷川諏訪子

机、テーブル、椅子、など散在、中央より、上手に、ボディー、着尺、散在、奥まったところに、マネキン人形、布をまとって、ポーズしている。(註、マネキンは、メーキャップ及び、動作を非人間的に。言葉はそのまま)中央に、大きな姿見一つ。

奇怪なる音楽。



奇怪なる音楽つづく。マネキン、動きはじめる。奇怪なる音楽、静止と共に、マネキンも静止。左手より、諏訪子の声。

声 まあ、ボタンがかからないのですって、それは、あなたがおふとりになったからですわ。私の裁断に限って誤りはございませんもの、失礼いたしました。でも本当なんですもの、私の腕はたしかですわ。狂っちゃいません。決して、ええ、何事にでもですわ。誤算なんて飛んでもない。

諏訪子登場

諏訪子 望月様の奥様。あきれたお方だわ。御自分がおふとりになったのに。御自分が、御洋服にあわないようにおなりになったのに、一体、それがどうして私の責任なんでしょう。二十三インチのウエストが二十五インチにおなりになったのは、牛乳と卵を召上りすぎたせいなんだわ。

椅子に腰かけて、机の上の鋏をもてあそぶ。

諏訪子 考えてもごらんなさい。私が十年間、ただの一度だって、失敗をやって? デザイナー谷川諏訪子が、寸法のはかりちがいを、冗談じゃない。仮縫だって、見事なもんだわ、あーあ、まちがいなんて、この私に、あろう筈はございませんよ。
マネキン そう。
諏訪子 えっ。
マネキン いいえ、本当にそうなの。
諏訪子 何ですって。
マネキン 本当にそうおっしゃれるわけなの。
諏訪子 何が、ああ、私の腕。
マネキン あなたの腕。
諏訪子 ええ、腕。
マネキン 眼も。
諏訪子 そう、眼も。
マネキン 計算も、あなたの計算。
諏訪子 計算も、勿論ですわ。
マネキン 二十三インチは二十三インチね。
諏訪子 はかりは正確。
マネキン はかられるものがかわらない限りね。
諏訪子 当然あたりまえだわ、はかられるものがかわれば、これは、仕方がないことよ。望月さんのスーツのようにね。
マネキン そう。じゃ望月さんは太らないと思ってたわけ。
諏訪子 ええ、何ですって。
マネキン いえ、望月さんは、永久に二十三インチのウエストだというわけ。
諏訪子 誰がそんなこと云って。
マネキン 誰も云わない。云わないけど、誰かそう思いこんでいる。
諏訪子 誰がそんなこと思って?
マネキン あなた自身がよ。
諏訪子 どうして?
マネキン そうじゃないの、太ることを計算にはいれてなかった筈よ。
諏訪子 えっ、えー、そりゃそう。だって、仮縫から仕上げまで一週間よ。一週間で、太ったりちぢんだり、それは勝手すぎてよ。
マネキン 勝手すぎるって何が勝手すぎるの。
諏訪子 望月さんがよ。
マネキン 望月さんが。
諏訪子 いえ、望月さんのウエストが。
マネキン 望月さんのウエストは、一体、意志があって。
諏訪子 意志。
マネキン 意志よ。感情でもいいわ、つまり、そのウエストの寸法に、考えたり感じたりする場所があって。
諏訪子 わからないことを云うのね、一体何のことなの。
マネキン わからない人ね。望月さんのウエストは決して勝手すぎやしないでしょう。
諏訪子 …………
マネキン 勝手だというのは、考えたり感じたりする場所があるとき云えるのよ。ウエストには、ございませんよ。
諏訪子 じゃあ、あなたは一体誰がわるいと云うの。
マネキン 誰が悪いとも云わないわ。唯、誤算があったのよ。
諏訪子 誰に誤算があったの。
マネキン あなたによ。
諏訪子 え、私に。
マネキン そうよ。あなたによ。
諏訪子 どうして、私にどうして、誤算なんか。
マネキン 太ることを考えなかったのが誤算でしょう。
諏訪子 何が誤算、そんなこといちいちかんじょうにいれてたひにゃ、デザイナーは洋服をつくることが出来ないわ。
マネキン まあまあ、そんなにおこらないで。いえね。偶然に発見出来た誤算なのよ。
諏訪子 …………
マネキン 考えてもごらんなさいよ。人間って、たびたび、どこかで、至極まじめに、至極、真実な気持で、誤算をしでかしているのよ、それは、滑稽な位、たくさんあることで、滑稽な位、あわれなことよ。
諏訪子 あわれ……。人間があわれですって。
マネキン ええ。
諏訪子 人形のあなたが、人間の私達をみて。
マネキン ええ。
諏訪子 驚いちゃうわ、あなたこそあわれだわ、私にはそうみえるわ。
マネキン あら、それはどうも。
諏訪子 澄ましかえっているのね、侮辱だわ。
マネキン (笑)一体、私の何があわれ。
諏訪子 だってさ。一日中、部屋の中でつったって。
マネキン それで。
諏訪子 誰からも愛されないで。
マネキン それで。
諏訪子 愛することも出来ないで。
マネキン それで。
諏訪子 あなたは私をからかうつもり。
マネキン いいえ、決して、それで。
諏訪子 うるさいわね。
マネキン じゃ、今度は私が云うわ。
諏訪子 どうぞ。
マネキン 人間があわれだっていうわけよ。
諏訪子 どうぞ。
マネキン 第一に。
諏訪子 第一に。
マネキン 太ったりやせたりするわ。
諏訪子 それがどうしてあわれ。
マネキン あわれよ。そのために、誤算が生じる。
諏訪子 …………
マネキン 渋いお顔ね。
諏訪子 それから。
マネキン 第二に、そうね。年をとるじゃないの。
諏訪子 あたり前よ、いつまでもい這いしてはいやしませんよ。
マネキン あわれだわ。
諏訪子 何故。
マネキン 十年たったら、あなたの額にみにくいしわ。あなたは毛が薄いから、はげになるかも知れません。
諏訪子 いやなこと。
マネキン 今は、まともなスタイルでも、腰がまがり、胸はぺしゃんこになるわ。
諏訪子 …………
マネキン おまけに、老眼鏡もかけなきゃならない。一軒おいて隣りの産婆さんみたいに、あなたは低い鼻じゃないから、眼鏡がずれる心配はないでしょうけど。
諏訪子 あたり前よ、誰だって年をとりゃ、みにくくなりますよ。
マネキン みにくくなるのはあわれよ。
諏訪子 仕方ないことじゃないの。
マネキン かわいそうに。
諏訪子 それから、さ、早く云っちまって。
マネキン まあまあ、いそがないで、だって数えきれない位たくさんあってよ。パーマネントはのびるし、くち紅ははげるし、それから……
諏訪子 そんなこと理由にならないわ。
マネキン どう致しまして、大きなことよ。だって無駄な御金つかうでしょ。
諏訪子 安いことよ。お金をかけたってその分以上にたのしめるんですもの。
マネキン じゃ、別のこと。それはね。愛したり愛されたりすること。そんなことは、やっぱりあわれの部類にはいってよ。
諏訪子 何故。
マネキン そのたんびに、苦しんだり泣いたり。
諏訪子 たのしむことを忘れてるのね。
マネキン たのしい時が瞬間だってこと忘れてるのね。
諏訪子 たのしい時を長びかせることが出来るってこと忘れてるのね。
マネキン たのしい時がいつか破壊されやしないかという不安を忘れてるのね。
諏訪子 不安。不安なんて、考えられやしないわ。
マネキン 本当に?
諏訪子 本当によ。
マネキン 本当だと思いこませる努力がまたあわれよ。焦燥。苦痛。失望。絶望。人間には、いやな思いがたくさんあること。
諏訪子 そんなものを越えてこそ、真の喜び、真の幸福があるんだわ。
マネキン 真の喜び、成程ね。真の幸福、成程ね。その後にくるものがわかって?
諏訪子 何もないわ、絶頂よ。
マネキン 絶頂の後にあるもの、ある筈よ。
諏訪子 何よ。
マネキン (笑)死。死よ。人間は死ぬんじゃないの。
諏訪子 …………
マネキン 死よ。救われないものよ。まぬがれないものよ。
諏訪子 死。死ね。ええ、死ぬんだわ。
マネキン しかも、何時かわからない。
諏訪子 そうだわ。明日かも、いえ数分後かも。
マネキン そうよ。今すぐかも。
諏訪子 だまって。
マネキン ええ、黙るわ、もう何も言うことないの。
諏訪子 …………

マネキン、今まで、おかしげに手足を動かしていたが、突然、ポーズしてとまる。

諏訪子 私、ちょっと、電話してくるわ。

諏訪子、下手へ退場。
奇怪なる音楽。マネキン歩きだす。
下手より、諏訪子の声。

声 ええ、そう、私よ、諏訪子。

奇怪な音楽、静止、マネキン、おかしなポーズにて静止。(このポーズ、そば耳を立てる姿)

声 何故だって? わからないの、急に電話したくなっただけ。いえ、それが、あなた、生きてるわね。確かに。ええ、気はたしかよ。勿論。ええ、何事も起らなかったわ。とりたてて。いやあったわ、望月さんの奥様のスーツ、彼女ったら、太っちまってさ。ボタンがかからないのだって。それだけよ。それだけのことよ。ねえ、あなた、私に何の罪もないわね。奥様がおふとりになるもんだから、え、何を云ってるのかって、いそがしいの? そんなにいそがしいの? 仕事しろって、ええ、しますわ、私もたくさん仕事あるんです。ひどいわ、せっかく電話したのに……

マネキン、二三歩あるいて、普通のポーズになる。諏訪子登場。

諏訪子 嫌になっちゃうわ。あの人ったら、いそがしいいそがしいって、電話を切っちまった。

諏訪子、椅子に腰かける。

諏訪子 だけど、おかしいわ、私、又何を思って電話なんかしたのかしら。さ、仕事だ仕事だ。

諏訪子、机の上にある雑誌をひろげる。紙と鉛筆をとり出し、線をやたらに書きはじめる。

諏訪子 雲の海。雲の海に、さあっと月光が輝いて。灰色のタフタに、ゴールドのラメ。靴も勿論ゴールドで。あれは何年前かしら、乗鞍の山小屋でみたんだわ。真夜中の雲の海。
マネキン 追憶?
諏訪子 ええ、追憶だわ。
マネキン 追憶って甘いもんですって。
諏訪子 そうよ。なつかしい。あの頃。
マネキン 若かった。
諏訪子 何。
マネキン あの頃、若かった。
諏訪子 今だって……
マネキン 若いです。
諏訪子 どうしてそう、いちいち私をからかうの。
マネキン からかっちゃいませんよ。
諏訪子 黙ってて頂戴。せっかくのイリュージョンがこわれてしまう。
マネキン 灰色のタフタとゴールドのラメ。
諏訪子 そうよ。
マネキン つまらないイリュージョン。
諏訪子 どうして、つまらないの。
マネキン 雲の海と月の光。
諏訪子 そうよ。偉大で荘厳で。
マネキン それは自然。
諏訪子 そうよ。自然よ。
マネキン あなたの作るものは。
諏訪子 何だって云うの。
マネキン 自然じゃないわね。
諏訪子 当然だわ。芸術よ。
マネキン 芸術って、自然よりどうなの。
諏訪子 何て意味わけ
マネキン 自然をまねた芸術の方が美しいの。
諏訪子 美しいって。
マネキン あなたの作るものよ。
諏訪子 美しいわ、最も美しいものよ。
マネキン 自然よりもね。
諏訪子 …………
マネキン どう、お返事。
諏訪子 美しいわ。美しい筈だわ。
マネキン 芸術だなんて、人間がうまい言葉をつくり出して、そのために、あくせく、命をかけて、馬鹿らしいったらありゃしない。自然をまねて、自然以上のものをつくろうってこと。出来る筈ないのに。
諏訪子 ……、あなたの云うことわからなくなったわ。
マネキン 芸術に限ったことじゃない。それそれ、さっき、大事な御主人に電話かけたりして。
諏訪子 ええかけたわ、それが。
マネキン 何故かけたか、よく考えてみて。
諏訪子 …………
マネキン 不安になったからなんだわ。
諏訪子 …………
マネキン 人間って、ちっちゃなことで、ガタガタしちゃうのね。
諏訪子 ガタガタ? 私こわれちゃいないわ。
マネキン こわれかけよ。
諏訪子 どこがこわれているの。
マネキン どこもかも。こわれていないのは、あなたの肉体だけよ。
諏訪子 肉体以外のどこもかも?
マネキン そうよ。デザイナーだったということからして、こわれかかった存在よ。
諏訪子 デザイナー。私はデザイナーよ。ものをつくり出す人よ。
マネキン そんなにちがいないわ。だけど、およそ、つまらない一つの職業だわ。人間のうちでよ。
諏訪子 いいえ、神聖な職業よ、デザイナーは、芸術家よ。神聖ですとも。
マネキン 神聖?
諏訪子 そうよ。天分がなきゃ出来ないんですものね。
マネキン 天分。
諏訪子 そうよ。才能だと云ってもいいんだわ。
マネキン 才能。天分。それがあなたにくっついている部分なのね。
諏訪子 そうよ。だから、私は今の位置を築きあげることが出来たのよ。私の才能。十何人も弟子をもって、東京にも大阪にも、都会という都会から招かれて、ラジオでしゃべり、新聞に記事がのり、ジャパン、スワコ、タニガワは、アメリカでもフランスでも知れ渡っているのよ。
マネキン それで。
諏訪子 それで何よ。
マネキン あなたは偉いの。
諏訪子 (暫く黙っている)偉いのよ。才能があるのよ。偉いのよ。
マネキン 人間っておかしいね。
諏訪子 どうしておかしいの。
マネキン 錯覚を起すから、時たまなら、あいきょうよ。ところがしばしばですものよ。おろかだわ。
諏訪子 何が錯覚、どうしておろか。
マネキン わかるようにしてあげましょうか。たち上って、そら、鏡があるでしょう。大きな姿見、その前にたてばわかることよ。

マネキン、諏訪子の片腕をひっぱって鏡の前にたたせる。二人並んで鏡の前に。

マネキン よおく、自分をみて。
諏訪子 みてるわ。
マネキン 映っているのは、あなた。
諏訪子 ええ、私だわ。
マネキン 地位のある、有名なデザイナーね。谷川諏訪子女史なのね。
諏訪子 ええ、そう。
マネキン 偉大なる芸術家のね。
諏訪子 …………
マネキン 認めたわね。
諏訪子 そうよ。
マネキン 飛んだ才能をおもちになったわけね。
諏訪子 どうして。
マネキン 芸術家、私は偉いんです。そのために、無理な苦しみを自ら背負って、まっすぐにたっていなければならない。
諏訪子 …………
マネキン 夫を愛するあなたは、デザイナーの諏訪子女史。諏訪子女史の地位でのあなたが夫を愛している。
諏訪子 …………
マネキン 朝起きて、コーヒーとトーストパンを食べるのも、新聞をよむのも、デザイナー諏訪子女史。裁断する時は勿論、仮縫の時も、お客にあう時も、教壇にたった時も、インタビューの時も。
諏訪子 止して。で、それがどうだっていうの。
マネキン どんな時にでも、芸術家らしく、デザイナーらしく、谷川諏訪子女史らしく、ふるまう生活。
諏訪子 よしてよ。
マネキン 窮屈な生活。その窮屈さは、自分からこしらえたもの。
諏訪子 …………
マネキン 馬鹿げたことでしょう。どんな場合にもポーズしている。ポーズしている。私のポーズは人形のポーズよ。あなたのポーズは人間のポーズよ。御苦労様なこと。わざわざもとめて、ポーズしなければならない。
諏訪子 名誉があるわ。名誉というものあなた知らないの。
マネキン 名誉。知っててよ。それは、人間がねつ造したお面よ。
諏訪子 お面って何。
マネキン いつわりの顔よ。おすまし顔。やっぱりポーズの一つよ。誰からかに、銅像をたててもらいたいっていうポーズよ。
諏訪子 じゃあ一体、どうしろというの。
マネキン よくごらんなさいよ。あなた自身を。
諏訪子 みてるわ、みてるじゃないの。
マネキン 自然にさからおうとする無駄な力。芸術家の力、そんなものが、どれ程に、あなた自身を価値づけるのよ。大きな錯覚、心得違いじゃないの。まるで価値などないわよ。零よ。むなしいことよ。
諏訪子 もういい。もう止して、それより、一体どうすればいいって云うの。
マネキン 私に、人形に指図をおうけになるつもり。
諏訪子 …………
マネキン 崩れてゆく。いや、あなたはすでにくずれてしまっている。
諏訪子 どうにもならないというの。
マネキン あわれよ。どうにもならないというの、そのあなたは、あわれよ。
諏訪子 私、あわれ。
マネキン あなた(強く)なのよ。あなた以外の人もよ。人間がよ。あわれなのよ。
諏訪子 …………
マネキン ほら、私の姿。あなたの姿。くらべてごらんなさい。
諏訪子 あなたの瞳は動かないわ。
マネキン そうよ。
諏訪子 あなたの顔はいつも同じだわ。
マネキン そうよ。で何故だかわかってて?
諏訪子 人形だからよ。
マネキン 心がないからじゃありませんか。心ってのも、人間のつくったおかしな場所だけど。つまり、危険地帯にもなるし安全地帯にもなるし。
諏訪子 …………
マネキン 都合のいい時にゃ、透明な液体をふん出させる。
諏訪子 涙ってわけね。
マネキン そう。だけどさ。それが、都合の良い時ばかりじゃないのよ。心は便利なようにみえて、おそろしく不便利なのよ。すくなくとも二十世紀には無用の長物でさ。
諏訪子 私、鏡の中の自分をみつめていると、だんだんほんとうらしく思っていた自分がうそのようにみえて来るわ。
マネキン もっとみてたら、まるでうそになっちまう筈よ。人間って、だからあわれよ。私なんか、いつまで鏡をみてたってさ。人形の私であることに何ら矛盾もないしさ。当然だし、それは変化しないものなのよ。
諏訪子 おそろしいわ。
マネキン あわれな人間。おそろしいと感じるのね。
諏訪子 かなしいことだわ。
マネキン あわれな人間。かなしいと感じるのは。
諏訪子 みていられない。私自身を。(顔を掩う)
マネキン じだんだふんだっても、あなたは人間なのよ。それも人間の屑。たわけたこころがけをもっている芸術家なのよ。
諏訪子 おねがい、おねがいだから私を人形にしてほしい。
マネキン それは不可能でございます。

諏訪子、鏡の前から逃げ出すように椅子のあるところまでゆく。マネキン、ことこと歩いて、諏訪子の前へたち、ポーズをする。

マネキン さあさ、仕事がたくさん、たまっているのでしょう。仕事をおはじめになってはいかがです。諏訪子女史。
諏訪子 …………
マネキン それとも、御主人様に御電話なすってはいかが。
諏訪子 …………

諏訪子、じっとしている。突然、奇怪なる音楽。それにつれてマネキンおかしく踊り出す。電話のベル。音楽とまり、マネキンも静止。

マネキン そらそら御主人様かららしいことよ。

電話なりつづける。諏訪子たたない。電話なりやむ。

マネキン おうおう人間の生活はいそがしいこと。複雑なこと。
諏訪子 もう何も云わないで、お願いだからだまってて、私は人形になれないんだから。
マネキン え、そうよ。だからさあさ。鋏と布と、そしてかたちをつくって下さいましな。美しいかたちをね。

奇怪な音楽。マネキン、再び踊り出す。
――幕――
(昭和二七年一二月作、『久坂葉子作品集 女』人文書院、昭和二八年六月)





底本:「幾度目かの最期」講談社文芸文庫、講談社
   2005(平成17)年12月10日第1刷発行
底本の親本:「久坂葉子作品集 女」人文書院
   1953(昭和28)年6月
※表題は底本では、「鋏と布とかたち」となっています。
入力:kompass
校正:The Creative CAT
2020年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について


●図書カード