ネコとネズミのいっしょのくらし

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 ネコがネズミと知りあいになりました。ネコはネズミにむかって、これからきみをうんとかわいがって、なかよくしてあげるよ、と、さかんにうまいことをいいたてました。それで、とうとうネズミは、ネコとおなじうちにすんで、いっしょにくらすことを承知しょうちしてしまいました。
「だが、わたしたちは、冬になってもいいように、用意よういをしておかなくちゃならないよ。さもないと、ひもじいめにあうからね。」
と、ネコがいいました。
「ネズミくん、きみはそこらじゅう、むやみに歩きまわることはできないだろう。ネズミとりにでもひっかかるとこまるものねえ。」
 このしんせつな忠告ちゅうこくどおりにして、ふたりはヘット料理りょうりにつかう牛の脂肪しぼうのはいった小さなつぼをひとつ買いこみました。でも、そのつぼをどこへおいたものか、どうもふたりにはよくわかりません。それで、長いこと考えぬいたあげくに、とうとう、ネコがこういいました。
「こいつをしまっておくのにいい場所ばしょといったら、まず教会きょうかいのほかにはないだろうよ。あそこなら、まさかぬすみだすやつもいまいからね。祭壇さいだんの下においといて、入り用なときがくるまでは、手をつけないでおくことにしよう。」
 これで、つぼはだれにもぬすまれる心配しんぱいはなくなりました。ところが、いくらもたたないうちに、ネコはヘットがなめたくてしようがなくなりました。そこで、ネズミにむかっていいました。
「きみに話したいことがあるんだがね、ネズミくん。じつは、わたしはおばさんからづけおやになってくれってたのまれているんだよ。おばさんがね、白と茶色ちゃいろぶちのむすこを一ぴき生んだもんだから、その子の洗礼せんれいにたちあってくれっていうのさ。だから、きょうはひとつ、わたしをでかけさせて、おまえさんひとりで、うちのことをやっていてくれないかね。」
「いいですよ、いいですよ。」
と、ネズミはこたえました。
「えんりょなくいってらっしゃい。あなたがなにかおいしいものでもめしあがるときには、あたしのことも思いだしてくださいな。産婦さんぷさんののむ、あまいあかブドウしゅのようなものなら、あたしもひとしずくぐらい、いただきたいですよ。」
 ところがこれは、ぜんぶでたらめなんです。だって、ネコにはおばさんなんてひとりもないんですからね。ですから、名づけ親にたのまれたなんて、とんでもない話なのです。
 ネコは、そのまままっすぐ教会きょうかいへいって、あのつぼのところへしのびこむと、さっそくピチャ、ピチャなめはじめました。そしてまもなく、ヘットのどろんとした上皮うわかわを、きれいになめてしまいました。それから、町の家いえの屋根やねの上を散歩さんぽして、あたりのようすをながめてから、こんどは日なたに長ながとねそべりました。そして、さっきのヘットのつぼのことを思いだしては、そのたびに、ひげをこすっていました。
 日がくれてから、ネコはやっとうちへかえってきました。
「おや、おかえりになったのね。きょうは、さぞかしたのしかったでしょう。」
と、ネズミがいいました。
「うん、うまくいったよ。」
と、ネコがこたえました。
「赤ちゃんにはどんな名まえがつけられましたの。」
と、ネズミがたずねました。
「〈かわなめ〉さ。」
と、ネコは、そっけなくこたえました。
「皮なめですって。」
と、ネズミは思わず大きな声でいいました。
「それはまた、きみょうな、かわった名まえですのね。あなたがたのおうちでは、そういう名まえがよくつけられるんですの。」
「こんなのは、なんでもないさ。きみのづけの〈パンくずどろぼう〉なんてのよりは、わるかあないぜ。」
と、ネコはいいました。
 それからまもなく、ネコはまたまた、ヘットがなめたくてたまらなくなりました。そこで、ネコはネズミにいいました。
「ほんとに、きみにはすまないけど、もういっぺん、うちのことをひとりでやってもらわなきゃならない。じつは、またづけおやにたのまれちまったんだよ。なにしろ、こんどの赤んぼうのくびのまわりにゃ白いがついてるってことだから、どうしてもことわるわけにゃいかないのさ。」
 心のすなおなネズミは、すぐに承知しょうちしました。ところがネコのほうは、町の石べいのうしろをとおって、教会きょうかいのなかへしのびこみました。そして、あのヘットのつぼを半分はんぶんほどもたいらげてしまったのです。
「まったく、このうまさは、ひとりで食べてみなくちゃわからんて。」
と、ネコはいいました。そして、きょうはうまいことをやったもんだと、すっかり満足まんぞくしていました。やがて、ネコがうちにかえってきますと、ネズミがたずねました。
「こんどの赤ちゃんは、なんて名まえをつけてもらいましたの。」
「〈半分はんぶんぺろり〉。」
と、ネコはこたえました。
「半分ぺろりですって。なにをおっしゃるのよ。そんな名まえは、あたしまだきいたこともありませんわ。だいいち、そんな名まえ、人名簿じんめいぼにだってのっちゃいませんよ。」
 ネコは、まもなく、またおいしいごちそうが食べたくなって、しきりに口のなかにつばきがたまってきました。
「いいことは三度あるっていうがね。」
と、ネコはネズミに話しました。
「じつは、またづけおやになってくれっていわれているんだよ。こんどの子はまっ黒でね、足だけが白いんだよ。そのほかは、からだじゅうどこにも白いなんて一本もはえていないのさ。こんなのは、二、三年に一ぴきぐらいしか生まれないんだよ。だから、どうかわたしをもういちどいかしておくれ。」
かわなめだの、半分はんぶんぺろりだのって、ずいぶんおかしな名まえなのね。考えてみると、なんだかへんだわ。」
と、ネズミはこたえました。
「きみは、そのネズミ色のあらっぽい毛の上着うわぎをきこんで、長い毛をおさげにして、いつもうちのなかにばかりひっこんでいる。おまけに、年がら年じゅう、くよくよしている。昼まそとへでないもんだから、そんなふうになっちまうんだね。」
と、ネコがいいました。
 ネズミは、ネコのるすのあいだにうちのなかをきれいにかたづけて、きちんとしておきました。ところが、くいしんぼうのネコは、つぼのなかのヘットをすっかりたいらげてしまいました。
「みんなたいらげちまうと、やっと安心あんしんできるもんだ。」
 ネコはこうひとりごとをいって、がふけてから、ようやく、大満腹だいまんぷくでうちにかえってきました。ネズミは、さっそく、三ばんめの赤んぼうにつけられた名まえをきいてみました。
「こんどの名まえも、きみには気にいらないだろうよ。」
と、ネコがいいました。
「こんどのは、〈みんなぺろり〉というのさ。」
「みんなぺろりですって。」
と、ネズミは大声をあげました。
「そんな名まえが印刷いんさつされてるのは、まだ見たこともないわ。みんなぺろり。いったい、なんのことだろう。」
 ネズミは頭をふりましたが、からだをまるくして、そのままねてしまいました。
 それからは、もうだれも、ネコにづけおやになってくれとたのむこともありませんでした。しかし、やがて冬がちかづいてきて、そとに食べものがなんにも見つからなくなりました。すると、ネズミはたくわえのことを思いだして、いいました。
「ねえ、ネコさん、ふたりでしまっておいたヘットのつぼのところへいきましょうよ。きっとおいしいわよ。」
「よしきた。」
と、ネコはこたえました。
「きっと、きみのそのうすっぺらなしたを、まどからだしたときのようなあじがするだろうぜ。」
 そこで、ふたりはでかけました。むこうへついてみますと、たしかに、つぼはもとのままの場所ばしょにおいてありました。ところが、その中身なかみがからっぽです。
「まあ。」
と、ネズミがいいました。
「いまこそ、あたしにも、よっくわかったわ。すっかりわけがのみこめてよ。あなたは、たいへんなお友だちだったのね。なにもかもきれいに食べちまってさ、づけおやになるなんていっちゃあ食べて、はじめは上皮うわかわをなめ、それから半分はんぶんぺろりとやって、そのつぎには……」
「だまらないか。」
と、ネコがどなりつけました。
「もうひとこといってみろ、おまえをくっちまうぞ。」
「みんなぺろり」と、あわれなネズミが、舌の上まででかかっていたことばを、口にするかしないうちに、ネコはネズミめがけてひととびにおどりかかりました。そして、ネズミをひっつかむがはやいか、ぐうっとのみこんでしまったのです。
 いいですか、のなかってこんなものなんですよ。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2019年8月30日作成
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