うまい商売

グリム Grimm

矢崎源九郎訳




 あるお百姓ひゃくしょうさんが、牝牛めうし市場いちばっていって、七ターレルで売ってきました。かえり道に、池のはたをとおらなければなりませんでした。まだ池までこないうちに、もう遠くのほうから、カエルたちが「アク、アク、アク」と、ないているのがきこえてきました。
「まったく、うるさくがなりたてやあがる。」
と、お百姓ひゃくしょうさんはひとりごとをいいました。
「おらのもらったかねジーベンだぞ。アクトじゃねえや。」
 お百姓さんは水ぎわまできますと、カエルたちにむかって、
「てめえたちゃ、なんてばかだ! わからねえのかよ。七ターレルだぞ。八じゃねえんだ。」
と、どなりました。
 それでも、カエルたちは、やっぱり「アク、アク、アク」と、なきつづけています。
「ようし、ほんとにしねえんなら、てめえたちの目のまえで勘定かんじょうしてみせてやらあな。」
 こういって、お百姓ひゃくしょうさんはポケットからかねをとりだして、二十四グロッシェンずつで一ターレルと、合計ごうけい七ターレルをかぞえあげてみせました。
挿絵
挿絵
 けれども、カエルたちは、そんな勘定かんじょうにはおかまいなしに、またもや、「アク、アク、アク」と、なきたてました。
「ええい。」
と、お百姓さんはすっかりはらをたててどなりつけました。
「これでも気がすまねえんなら、てめえたちで勘定しろい。」
 そして、カエルたちのいる水のなかへ、金をそっくりほうりこみました。お百姓さんはそのまま立っていました。カエルたちが勘定かんじょうをすまして、金をかえしてくれるまで、っているつもりだったのです。ところが、カエルたちはがんこで、ひっきりなしに、「アク、アク、アク」と、なきたてるばかりです。そして、金などはなげかえしてもくれませんでした。
 お百姓ひゃくしょうさんはなおしばらくっていましたが、そのうちに日がくれてきましたので、うちへかえらなければならなくなりました。そこで、カエルたちを口ぎたなくののしって、どなりました。
「やい、やい、水んなかのバチャバチャ野郎やろうの、でか頭の、ぐりぐり目玉め。てめえたちゃ、ばかでっかい口をしてやがって、耳もいたくなるほどギャア、ギャア大さわぎしゃあがるくせして、七ターレルの勘定かんじょうもできねえじゃねえか。てめえたちの勘定がすむまで、おらがここでってるとでも思ってんのか。」
 こういいすてて、お百姓ひゃくしょうさんは歩きはじめました。しかし、カエルたちは、あいかわらずそのうしろから、「アク、アク、アク」と、ないていました。で、お百姓さんはぷんぷんはらをたてて、うちへかえりました。
 それからしばらくして、お百姓さんはまた牝牛めうしを一とう買いました。お百姓さんはそいつをころして、さて、どのくらいになるだろうかと、むね計算けいさんをしてみました。にくをうまく売れば、牝牛めうし二頭ぶんぐらいの金にはなるでしょうし、それにまだかわものこるというものです。そこで、お百姓さんは肉をかついで町へでかけました。町の門のまえまできますと、犬がひとかたまりになってかけてきました。みれば、大きな猟犬りょうけん先頭せんとうにたっています。そいつが肉のまわりをとびまわって、くんくんかぎながら、「ワス、ワス、ワス、ワス」と、ほえたてました。
 ところが、犬がいつまでたってもなきやまないので、お百姓ひゃくしょうさんは犬にむかっていいました。
「よしよし、わかった、わかった。おめえ、この肉がちっとばかしほしいもんだから、『ワス、ワス(すこしの意味)』っていってんだな。だがな、おめえにこいつをくれちまったら、おらのほうがうまくいかねえでの。」
 けれども、犬はやっぱり「ワス、ワス」とへんじをするばかりです。
「おめえ、ほんとににくをみんなくっちまわねえか。そこらにいるおめえのなかまのことも、うけあえるか。」
「ワス、ワス。」
と、犬がいいました。
「ようし、おめえがそんなにまでいうんなら、おめえにまかせんべえ。おら、おめえをようく知ってる。おめえの奉公ほうこうさきも、ちゃあんとわかってる。だがな、いいか、三日たったら、きっとかねをもらうぞ。約束やくそくをまもらなかったら、ただではおかねえぞ。とにかく、おめえがおれんとこへ金をもってきさえすりゃいいんだ。」
 それから、お百姓ひゃくしょうさんはかたから肉をおろして、また、いまきた道をひきかえしました。犬どものほうは、たちまち肉をめがけておどりかかって、「ワス、ワス」と、大声にほえたてました。
 お百姓さんはそれを遠くのほうできいて、ひとりごとをいいました。
「ほほう、あいつら、みんなちっとばかしほしがってやがる。だが、でっかいやつが、おらにうけあってるだ。」
 三日たちますと、お百姓さんは、今夜はかねが手にへえるぞと、考えて、ほくほくしていました。ところが、だれも金をはらいにはやってきませんでした。
「もう、だれも信用しんようできねえ。」
と、お百姓ひゃくしょうさんはいいました。
 とうとう、がまんができなくなって、お百姓さんは町の肉屋にくやへでかけていき、かねをはらってくれとねじこみました。肉屋はじょうだんだとばかり思っていましたが、お百姓さんはいいました。
「じょうだんごとじゃあねえ。おら、金をもらうだ。三日めえに、おめえさんとこのでっかい犬が、ぶちころした牝牛めうしを、まるごともってこなかったかね。」
 肉屋にくやはおこって、そこにあったほうきのをつかむと、いきなりお百姓ひゃくしょうさんをたたきだしてしまいました。
「だが、てよ。のなかにゃあ、まだ道理どうりってものがあらあな。」
 お百姓さんはこういうと、王さまのおしろへでかけていって、うったえごとをきいてください、と、ねがいでました。お百姓さんは、王さまのまえにつれだされました。王さまはおひめさまといっしょにすわっていましたが、お百姓さんを見ますと、どんなめにあったのかと、たずねました。
「ああ、犬とカエルがおらのものをとりましたで。そいから、肉屋のやつは、金のかわりにおらにぼうをくらわしたでごぜえます。」
 こういって、お百姓ひゃくしょうさんは、ことのしだいをくわしく話しました。それをきいたおひめさまは、大きな声でわらいだしました。すると、王さまはお百姓さんにいいました。
「いまここで、おまえのもうすことがただしいとはきめられぬが、そのかわり、おまえにはわしのむすめをよめにやろう。むすめは生まれてから[#「生まれてから」は底本では「生まれでから」]まだいちどもわらったことがない。それがいま、おまえをわらったのだ。わしは、むすめをわらわせたものに、むすめをやると約束やくそくしてあるのだ。おまえは、幸運こううんのおれいかみさまにもうすがよい。」
「いやあ、おひめさまなんぞいりませんや。うちにゃ、たったひとりのかかあがいますだが、あいつひとりでもおおすぎまさあ。うちへけえりゃ、あっちのすみにもこっちのすみにも、かかあが立ってるような気がしますだ。」
と、お百姓さんはこたえました。
 すると、王さまはおこって、
「おまえは礼儀れいぎを知らぬやつだ。」
と、いいました。
「でもなあ、王さま。」
と、お百姓さんはこたえました。
「牛からは、牛肉ぎゅうにくしかとることはできねえでごぜえますでな。」
て。」
と、王さまがまたいいました。
「おまえには、べつのほうびをつかわすことにする。いまはさがって、三日たったら、もういちどまいれ。そのとき、五百つかわそう。」
 お百姓ひゃくしょうさんがおしろの門のまえまできますと、番兵ばんぺいがいいました。
「おまえはおひめさまをわらわせたな。なにかそうとうのごほうびをいただいたろう。」
「うん、そのとおりだ。」
と、お百姓さんはこたえました。
「五百くださるってえことだ。」
「おいおい、おれにもちっとわけてくんなよ。おまえ、そんなにたくさんのかねをもって、どうするんだ。」
「おめえのこったから、二百やらあ。三日たったら、王さまのところへ名のってでて、それだけもらいな。」
と、お百姓ひゃくしょうさんがいいました。
 ひとりのユダヤ人がその近くにいて、この話をきいていました。ユダヤ人は、すぐにお百姓さんのあとをっていって、いいました。
「すばらしいことになりましたなあ。おまえさんは、なんてしあわせものなんだろう。わたしが両替りょうがえして、小銭こぜににかえてあげましょう。ターレルのような大きな金じゃ、しようがないでしょうから。」
「ユダこうかい。」
と、お百姓さんはいいました。
「おめえにゃ、まだ三百のこってら。いますぐ、小銭こぜにで三百くんな。あと三日たちゃ、王さまんとこで、それだけはらってくださらあ。」
 ユダヤ人はちょっとしたもうけにほくほくして、しつのわるいグロッシェンでこの金額きんがくをもってきました。グロッシェン貨なら、三まいでも、質のいいかねの二枚ぶんのうちしかないのです。
 三日たったところで、王さまのいいつけどおり、お百姓ひゃくしょうさんは王さまのまえにでました。
「この男の上着うわぎをはぎとれ。」
と、王さまがいいました。
「五百つかわすのだ。」
「あの、もうし。」
と、お百姓さんはいいました。
「その五百は、もうおらのもんではござりません。二百は番兵ばんぺいにくれてやりました。あとの三百は、ユダヤ人が両替りょうがえしてくれましただ。法律ほうりつのうえからいや、おらのものは一文いちもんもねえでござります。」
 そこへ、番兵とユダヤ人がやってきて、お百姓ひゃくしょうさんからうまくせしめたつもりのかねを、いただきたい、ともうしでました。そのため、ふたりはまちがいなくその数だけうたれました。番兵はじいっとがまんしていました。もうまえから、このあじを知っていたからです。けれども、ユダヤ人はひいひいきわめいて、
「ああ、いたっ。これが約束やくそくのターレル金貨きんかですかい。」
と、いいました。
 王さまは、お百姓ひゃくしょうさんをわらわずにはいられませんでした。そして、いままでのはらだたしさもすっかりきえてしまって、こういいました。
「おまえは、ほうびをもらわぬうちに、なくしてしまったから、わしがうめあわせをしてやろう。わしのたからぐらへはいって、ほしいだけかねをもってくるがよい。」
 お百姓ひゃくしょうさんはすぐさまとんでいって、大きなポケットへ、はいるだけぎゅうぎゅうにつめこみました。それから、茶店ちゃみせへいって、金をすっかりかぞえてみました。
 ユダヤ人は、お百姓さんのあとからそっとついていって、お百姓さんがひとりでぶつぶついっているのをききました。
「王さまのとんちきめ、やっぱりおらをだましゃあがった。こんなに金をくれなきゃ、おらの金がいくらあるだか、ちゃんとわかるになあ。これじゃ、手あたりしだいにねじこんだやつが、いくらになるのか、見当けんとうもつきゃあしねえ。」
「とんでもねえ。」
と、ユダヤ人はひとりごとをいいました。
「あの野郎やろう、王さまのことを、あんなにひどくいってやがる。ちょいと走ってって、おとどけしてこよう。そうすりゃ、このおれはごほうびがもらえるし、あいつはばつをくらうだろう。」
 王さまは、お百姓ひゃくしょうさんのいったことをききますと、かんかんにはらをたてました。そして、ユダヤ人にむかって、おまえいって、そのふとどきものをひきつれてこい、といいつけました。
 そこで、ユダヤ人はお百姓さんのところへかけつけました。
「おまえさん、ぐずぐずしないで、いますぐ王さまのところへいくんだよ。」
「どうすりゃええか、おらのほうがよく知ってら。」
と、お百姓さんがこたえました。
「まず、おらにあたらしい着物きものをこせえさせてくんねえ。なあ、そうだろ、ポケットにこんなにたくさんのかねをもってる男がよ、古いおんぼろふくのまんまでいかれもしねえじゃねえか。」
 ユダヤ人は、お百姓ひゃくしょうさんがほかの上着うわぎをきないうちは、とてもつれていくことができないとみてとりました。それに、王さまのいかりがしずまったら、じぶんはほうびももらえなくなりますし、お百姓さんはばつをうけないでもすむかもしれません。そう思いますと、気が気でなくなりました。そこで、
「おまえさんは友だちだから、ちょっとのあいだだけ、おれがきれいな上着をかしてやろう。人間てのは、なんでもあいの気持ちでやるものさ。」
と、いいました。こういわれますと、お百姓ひゃくしょうさんも承知しょうちしました。そこで、ユダヤ人の上着をきて、いっしょにでかけました。王さまは、ユダヤ人のつげ口したわる口のことをいいたてて、お百姓さんをしかりつけました。
「あれまあ。」
と、お百姓ひゃくしょうさんはいいました。
「ユダヤ人なんかのいうことはうそばっかりでごぜえます。あいつらの口からは、ほんとのことはひとことだってでたことはごぜえません。だいいち、ここにいる野郎やろうなども、おらがこいつの上着うわぎをきているなんていいたててますだ。」
「なんだと。」
と、ユダヤ人はさけびました。
「その上着がおれのじゃないと? そいつは、おまえが王さまのまえにでられるように、つい、気やすい気持ちからかしてやったもんじゃあないか。」
 それをきいて、王さまは、
「ユダヤ人は、わしかこの百姓ひゃくしょうか、どっちかひとりをだましたにちがいない。」
と、いって、またまた、さっきのターレル金貨きんかを、さらにいくつかユダヤ人にくらわせました。
 お百姓さんのほうは、いい上着をきて、ポケットにたんまりかねをいれて、うちへかえりました。そして、
「こんどは、うまくあてたもんだ。」
と、いいました。





底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
   1980(昭和55)年6月1刷
   2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「うまい商売しょうばい」となっています。
※誤植を疑った箇所を、「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社、1989(平成元)年5月26刷の表記にそって、あらためました。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年1月24日作成
2023年9月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード